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報告書&レポート

2005年9月29日 シドニー事務所 永井正博 久保田博志、研究スタッフ Joel Rheuben
2005年63号

オーストラリア 鉱業と法律-鉱山保安における企業と個人の責任について-

 近年、オーストラリアでは、鉱山保安、特に鉱山事故において鉱山会社の責任に加え、鉱山を管理する立場にある個人がその責任を問われるケースが顕著となっている。
 本稿は、オーストラリアにおける鉱山保安に関する最近の裁判判決例をもとに鉱山保安における企業と個人の責任について報告する。

1. はじめに

 近年、オーストラリアで発生し、その後、裁判となった鉱山事故から、「従業員に対する責務(事例1)」、「コントラクト・マイナーに対する責務(事例2)」、「第三者への責任(事例3)」のそれぞれの場合に分け、鉱山保安における企業と個人の責任について、事故の経緯、判決内容、判決の持つ意味(解釈)等について以下に記す。

2. 事例1「従業員に対する責務」

(Stephen Finlay McMartin v Newcastle Wallsend Coal Company Pty Ltd and others [2004] NSWIRComm 202及び Morrison v Powercoal Pty Ltd & Anor [2004] NSWIRComm 297)

(1) 事実

McMartin v Newcastle事故

 石炭会社A(Newcastle Wallsend Coal Company、現Xstrata)は、閉山した炭鉱に隣接して新規に炭鉱開発を行っていた。同社は、ニューサウスウェルズ州の鉱物資源局(Department of Mineral Resources)の鉱山図に基づいて坑道掘削を行ったが、図面が正確なものではなかったために、作業員が閉山した炭鉱坑道の下盤をボーリング掘削し、閉山した炭鉱から水が溢れて作業員4人が死亡した。
 石炭会社A、鉱山経営者、副経営者及び鉱山監督員が当時の「職場の健康及び安全に関する法律」Occupational Health and Safety Act 1983 (NSW)(OH&S Act)に基づいて起訴された。

Morrison v Powercoal裁判

 石炭会社B(Powercoal Pty Lt)は坑道掘削中に天盤が崩落、作業員1人が死亡した。会社と経営者がOH&S Actに基づいて起訴された。

(2)争点

 会社の責務(Actの15条)については争点がなかった。争点は、「会社が有罪である限り、会社の経営に関係した者(「each person concerned in the management of the corporation」)には責務がある」との前提に個人の責務を規定したOH&S Actの50条(現26条)の解釈であった。
 弁護側は、1.経営に関係した者には該当しないこと、2.危険な状況を避けようと努めたこと、などを根拠に無罪を主張した。

(3) 判決

 McMartin v Newcastle裁判
 判決は、石炭会社Aはもちろん、鉱山経営者2名及び鉱山監督員は有罪。副経営者は無罪。鉱山経営者は102,000豪ドル、鉱山監督員は30,000豪ドルの罰金が科された。
 裁判所は、鉱山経営者及び鉱山監督員は経営に関係する者に該当すること、また、危険回避に努力した証拠がないこと、一方、副経営者は経営に十分に関係していなかったことをその理由としている。
 裁判所は、「『経営に関連する者』とは基本的には『意思決定力』と『権限力』を有する者であって、個人の意思決定力が結果的に会社の活動またはその活動の大部分に対応すれば(或いは発生した事故に関する意思決定力があれば)、その個人は経営に関係する者である。また、その個人の言動に会社が従うのであればその個人は生じた結果に責務を持つ(即ち経営に関係した)ことになる」と考えている。
 同時に、裁判所は、鉱物資源局の図面が正確なものではなかったことは抗弁にならないと判断した。古い図面だけでは旧坑道の位置は正確に分からないはずで、その位置を確認する義務は鉱山経営者側にあったとしている。

Morrison v Powercoal裁判

 裁判所は、「坑道の天盤は崩壊する可能性があったにも関わらず、石炭会社も経営者も天盤の強度を過信し、作業員に対して安全な職場提供する責任を果たさなかった」と判断した。

(4) 解釈

 ニューサウスウェルズ州のOH&S法の下では経営者個人への責務が極めて厳しい。Morrison v Powercoal裁判が示すように、危険な状況について知らずにいても経営に関係する者である限り責務があり、むしろ、知らずにいても積極的にその危険を避けようとしなければ責務がある。
 上述の判決は、他州への拘束力はないが、他州のOH&S法はニューサウスウェルズ州のそれに類似のものであり、将来の判決に影響を与えると見られている。
 2005年の法改正によってNSW州で責務の範囲が小さくなって、経営に関連する人が個人の積極的な行動で危険な状況になった場合だけに責務があることになった。しかし、他の州で個人の経営者の責務、罰がさらに厳しくなっていく。
 上述の判決は現在控訴中。理由は次の通りである。

  1. 会社が有罪であれば結果的に経営者も抗弁がない限り有罪だと看做されることは、「推定無罪」の刑法の基本原則に反する。
  2. 法が定める抗弁(経営に関連する人ではないこと、危険回避に努力したこと)以外の抗弁(例えば狂気のような伝統的な弁護)が認められないこと。
  3. 検察側には故意(Mens Rea)の立証義務がなく、犯罪行動だけで十分としているが、これは刑法の基本原則に反する。
  4. 裁判は労使関係委員会で行われるが、最高裁判所に上告する権利がないため違憲。

3. 事例2「コントラクト・マイナーに対する責務」

(Connector Drilling Pty Ltd v Equigold NL [2003] WASCA 78)[民法]

(1) 事実

 鉱山会社A(Equigold NL)がボーリングを専門とするコントラクト・マイナーB(Connector Drilling Pty Ltd)と探鉱ボーリング契約を締結した。鉱山会社Aの従業員がコントラクト・マイナーBの経営者にある地点でのボーリング実施を指示し、コントラクト・マイナーBはその支持に従ったが、そのボーリング地点は他のボーリング孔に近かったためボーリング作業員が負傷した。
 そのため、コントラクト・マイナーBの従業員Cがコントラクト・マイナーBに対して民事訴訟を起した。コントラクト・マイナーBは従業員Cに対する責任を認めたが、コントラクト・マイナーBは、発注会社である鉱山会社Aにも責任がある(Contributory negligence)として鉱山会社Aに対して民事訴訟を起した。

(2) 争点

 ボーリング作業員Cは鉱山会社Aの従業員ではないが、鉱山会社Aの指示に従っていたことから、鉱山会社Aはボーリング作業員Cの負傷事故に責任を負うか否か、つまり、自社の従業員ではないコントラクト・マイナーの従業員に対して職場の安全を保障する責任があるか否かが争点となった。

(3) 判決

 コントラクト・マイナーBの主張を認め、鉱山会社Aにも50%の責任があるとして、鉱山会社Aに対して、コントラクト・マイナーBが支払った損害賠償金の半分を支払うことを命じる判決が下された。
 西オーストラリア州のMines Safety and Inspection Act 1994 (WA)の9(3)条、或いはコモンローの過失原則に基づいて、契約有効期間は請負会社(この場合コントラクト・マイナーB)の従業員は契約を結んだ発注会社(鉱山会社)の従業員でもあると看做される。

(4) 解釈

 請負会社の従業員であっても発注会社である鉱業会社が民法に基づいて職場の安全を保障する責任がある。
 この訴訟は西オーストラリア州の法律に基づくものではあるが、コモンローの原則も含んでいることから、他州へ影響を与える可能性があると考えられている。

4. 事例3「第三者への責任>(Edwards v Consolidated Broken Hill Ltd [2005] NSWSC 301)[民法]

(1) 事実

 鉱山会社A(Consolidated Broken Hill Ltd)の鉱山リース地内の鉄道橋は、同社の私有地ではあったが地域の歩行者に頻繁に使用されていた。鉱山会社Aは鉄道車両をこの橋に駐車することにした。鉄道車両があるために橋の上は通行するには狭く、自転車で渡ろうとした通行人Bが、橋から5mを落ちて負傷(半身麻痺)したことから、通行人Bは、鉱山会社Aに過失があったとして民事訴訟を起こした。

(2) 争点

 コモンローの下の「過失の基本原則」には4つの条件がある。1.相手が傷を負わないように保障する責任関係(Duty of Care)、2.責任を果さないこと(Breach of Duty)、3.責任を満たさないことで相手が傷を負うことが予測可能であること(Forseeability)、4.相手の傷を負わせることを避けることが比較的に容易であること(Proportionality of response)。
 この訴訟はこの4つを争点として争われた。

(3)判決

 鉱山会社Aに過失があると判断され、損害賠償金額は1,825,830豪ドルと算定されたが、通行人B自身にも責任の3分の1があると認められることから、鉱山会社Aが支払う金額は1,217,220豪ドルとなった。
 上記の原則から見れば、「1. 私有地内に通行人Bが不法侵入したにもかかわらず、責任関係が存在する(Australian Safeway Stores Pty Limited v Zaluzna (1987) 162 CLR 479で決まった)、2. 橋に鉄道車両を駐車して危険な状態を作ることで責任が満たされなかった、3. 鉱山会社Aはその橋を歩行者がよく渡ることを知っていたことから歩行者が橋から落ちる可能性を予測できた、4. 鉄道車両を橋に駐車しないことは容易であった」、と考えられ、コモンローの「過失の基本原則」の4つの条件を満たしており、鉱山会社Aの過失責任は明らかであるということになる。

(4) 解釈
この訴訟の決定(判決)に対する議論は少ないとされ、コモンローで決まった判断でもあり、他州にあたえる影響力は高いと考えられている。

5. おわりに

 鉱山保安における「ベストプラクティス(Best Practice)」は、国や州の定める規制・基準は最低限のものであり、企業は最新の情報・技術・システムを導入し、より高い次元での鉱山保安を実現しようとするものである。
 これによって鉱山保安の制度面・適用面での柔軟性と企業側の自由度は広がり、効率的で確実性の高い保安が実施されると期待されているが、一方で、企業側には自己が決定した事項に関して責任が問われることになる。それは、先に述べた司法によるもの、投資家や一般市民による評価(Social Licence)として企業に向けられる。
 そして、個人に対する責任の追及は企業の意思決定に関与した者が当然に負うべきものとして認識され始めたことを示している。

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