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報告書&レポート

2006年7月20日 バンクーバー事務所 宮武 修一、中塚 正紀、戸村 昌幸、室井エリサ e-mail:miyatake@jogmec.ca
2006年49号

白熱するカナダ・ニッケル大手を巡るM&A

 カナダのベースメタル大手Falconbridge社の獲得に動くカナダInco社、スイスXstrata社、またこのInco社の獲得を競うカナダTeck Cominco社、米国Phelps Dodge社など、現在展開されている白熱の買収合戦は、単に非鉄業界に留まらない大きな注目を集めている。
 本稿では、一連の端緒となった2004年のCVRD社によるFalconbridge社買収提案にまで遡り、一連の買収提案について履歴と現状を整理した。また、カナダ紙アナリストが予想する今後のシナリオ、この成り行きを見守るカナダ国民の懸念、政府の姿勢についても触れたい。

1.現在のFalconbridge社に至るまで:
 CVRD社、Minmetals社の買収提案、Noranda社との合併、Xstrata社による株式取得

1-1 ブラジルCVRD社
 2004年7月1日以後、ブラジルのメディアなどは、ブラジルの鉄鉱石生産最大手CVRD社が、カナダ最大の鉱山会社であるNoranda社の獲得に動いていると報じた。CVRD社の親会社であるValepar社(52.3%)役員会は6月末にNoranda社の買収計画を承認し、CVRD社は今後Noranda社株の51%以上の権益取得を目指して、カナダの不動産、金融、林業等の投資会社Brascan社が保有していたNoranda社株42%を購入するほか、市場に流通している株式を取得するとした。またこの資金調達のため、7月2日に正式に開山したブラジルCarajas地区のSossego銅鉱山の権益との交換も検討されていることが伝えられた。買収にかかる総費用は7月の段階で30億US$とされたが、8月には54億US$に増額した模様との報も出た。
 しかし、CVRD社を巡るこうした一連の報道は、なんらCVRD社の公式コメントに基づくものではなく、同社はNorandaやBrascanとの交渉事実の存在についても明らかにはしていない。
 
1-2 中国Minmetals社
 CVRD社による買収の噂が流れた頃、2004年7月22日のカナダ地元紙は、CVRDに対抗するように中国のトレーダーMinmetals社もNoranda社獲得に動いていると報道した。Minmetals社はCVRD社に勝る総額60億C$の買収金額を用意したとされる。一方CVRD社を取り巻く報道を見る限り、当時騰勢を急速に強める資源株に対して、CVRD社には高値づかみの警戒感が色濃く存在していたとし、同社はこれ以上の対抗を見合わせたという(非公式情報)。その後、Minmetals社は、CVRD社に代わってFalconbridge社の買収交渉の主役となり、本格的な交渉に着手する。
 Noranda社はMinmetals社との交渉事実に関して具体的なコメントを控えていたが、2004年9月にMinmetals社に対して45日間の独占交渉権を与えたことを明らかにした。中国側は、Noranda社の発行株式の100%をキャッシュで購入する意思を示し、この買収はひとつの国家戦略であると位置づけて大同団結して資金手当に当たった。Minmetals社は、Jiangxi Copper社、Shanghai Baosteel Group社、CITIC Group社、Taiyuan Iron and Steel社ら大手4社と共同して出資金を捻出、このほかChina開発銀行による融資を加えて資金調達を行った模様。しかし、Noranda社とMinmetals社の交渉にはその後進展はみられず、結局11月16日にNoranda社は独占交渉期間の終了を通告するに至る。両社とも理由についてのコメントは控えたが、この頃急速に進んだカナダドル高の影響で、米ドルキャッシュを持つChina Minmetals社の買収資金がショートしたのではないかということが噂された。Minmetals社は、独占交渉期間の終了は残念だが、引き続きNoranda社買収意欲をもっているとコメントした。
 
1-3 Noranda社はFalconbridge社を完全買収、社名をFalconbridgeへ
 2005年3月9日、Noranda社は、ニッケル生産量世界第3位のFalconbridge社を100%買収することを発表した。Noranda社はすでにFalconbridge社株を59%保有しており、残りの41%(30億C$相当)を株式交換により買収するというもの。
 一方、Noranda社の株42%を所有するBrascan社は、これまでは他社へのNoranda社株の売却を希望していたが、今回のFalconbridge社の買収に伴って方針を変更。Noranda社との話し合いにより、当時Brascan社が保有していた普通株の半分に当たる6,340万株をNoranda社に返還し、引き換えに12.5億US$相当の3段階に分けた優先株を受け取ることで同意した。同優先株は年間の配当金が普通株より総額約5,200万C$多いが、5年、7年、10年のそれぞれの段階ごとに失効してゆく。また残りのNoranda社普通株はBrascan社がそのまま保有するとした。この結果、Noranda/Falconbridgeの新会社におけるBrascan社の持ち株比率は最終的には全体の19.9%と半減したが、引き続き最大株主の座は維持した。
 Noranda社によるFalconbridge社の買収は6月に完了し、Noranda/Falconbridgeは新会社名をFalconbridge社に改めた。Noranda社の買収を試みたChina Minmetals社であるが、新Falconbridge社の成立により、巨額に及ぶ資金負担の点から、この時点で買収の可能性はほぼ消滅したとみられた。
 
1-4 Xstrata社によるBrascan保有のFalconbridge株取得
 2005年8月15日、スイスのトレーダーでベースメタル大手Xstrata社は、Brascan社が保有する新Falconbridge社株式19.9%を約20億4,700万C$(1株当たり28C$、総額17億US$相当)で購入したことを発表した。この株式購入にあたってはBrascan社側から条件が課せられ、仮に以後9か月以内、すなわち2006年5月14日までにXstrata社がFalconbridge社株式の追加取得に関して1株当たり28C$を超える価格で行う公開買い付けを行う場合、この株単価に対する超過分を資産運用会社Brookfield Asset Management社(旧Brascan社)に支払うことが定められた。Falconbridge社の株式19.9%を獲得したXstrata社は、今後Falconbridge社のマイナーシェアホルダーに留まるつもりは無いと発言し、将来の完全買収意志を明らかにした。
 Falconbridge社は、今回の株取引は一株主の判断により売買されたものであるだけコメントし、同社買収に関してはコメントを控えた。その後、2006年3月には、Falconbridge社は企業買収防衛を目的とし、時価以下で新株を購入できる新株予約権を既存株主に対して発行できるshare holder right planを導入した。これはいわゆるポイズンピルにあたるもので、仮にこの権利が行使されれば、Falconbridge社株式は著しく希釈化され、敵対的買収は事実上困難になる。Falconbridge社はこの措置を、「特定の企業を対象にしたものではなく、すべての株主が公平に株式の売買が出来るよう配慮したもの」だと語ったが、Xstrata社の買収を防ごうとする意図が背景にあることは明らかと、一般には受け止められた。
 Xstrata社はBrascan社株式の獲得後、8月から9月頃にかけて市場外でFalconbridge社株式を非カナダ投資家などから購入。最終的なシェアは20.04%程度に増加した模様。
 

2.Inco社、Teck Cominco社、Xstrata社、Phelps Dodge社の買収提案:現状の買収合戦に至るまで

2-1 Inco社によるFalconbridge社の友好的買収提案
 2005年10月11日、カナダのニッケル最大手Inco社は、Falconbridge社を総額128億C$で友好的に買収することを発表した。Inco社による株式買い受け条件は、Falconbridge社株を1株34C$で買い上げるか、或いはInco社株0.6713株プラス5C¢と交換するというもの。買収総額は128億C$におよぶ。両社は2005年7月頃から内々に提携についての議論を始めていたという。ニッケル生産大手同士の統合効果は、長らくライバル関係にあったオンタリオ州・サドベリー地区の生産でとりわけ大きい。現在のところ、Inco社のニッケル生産量の約50%、またFalconbridge社生産量の約25%がサドベリーから得られているが、合併によるインフラの共用、効率的開発などから、年間3億5,000万~3億9,000万$のコストが削減されると試算された。
 しかし両社の合併にあたっては、仏ニッケル加工大手Eramet社らは、軍事用途もあるニッケル超合金生産の90%以上のシェアを新会社一社が握ることになるなどと難色を示し、欧州独禁当局はこの合併の認可に時間を費やした。欧州独禁当局への合併申請後およそ半年が経過する中、この間Teck Cominco社、Xstrata社らの敵対的買収が次々に発表されるなど、Inco/Falconbridge社合併の先行きは混沌とした状況になった。こうした状況を打開するため、Inco/Falconbridge社は2006年6月7日、両者の合併が実現することを条件に、Falconbridge社が保有するノルウェーのNikkelverk精錬所(精錬能力ニッケル:85,000t/年、銅:39,000t/年)を在トロントの中堅ニッケル生産者LionOre社に総額6億5,000万US$で売却することを決断した。これを受け、欧州独禁当局は態度を軟化、7月4日に両社の合併を最終的に認可した。また欧州に歩調を合わせ、判断を保留していた米国司法局もこれに追随した。なお欧州独禁法当局の認可保留を巡り、カナダ政界、同鉱山業界の間には、Xstrata社が自社のFalconbridge社獲得が間に合うよう、即ち2006年5月15日に到来するBrookfield Asset Management社(旧Brascan社)と交わした株式公開買い付けのペナルティ期間が明けるまで、当局に承認の遅延を働きかけたのではないかとの見方も存在していた。
 欧州独禁当局の認可を待つ間、Inco社による当初株式買い受け提案の締め切りが到来したが、この後Inco社は三度にわたり、Falconbridge社に対する株式買い受けオファーを更新し続けた。この間、更なる資源株の高騰もあり、5月14日に提示した三度目のInco社の株式買い受け条件は、現金の場合、一株51.17C$、総額で190億C$にまで上昇した(株式交換プラス現金の条件には変更無し)。三度目のオファーの失効日は2006年6月30日であったが、これを待たず、6月26日にPhelps Dodge社からInco/Falconbridge両社との新たな友好的買収提案がなされ、この中で買収条件は更に引き上げられることになる。
 
2-2 Teck Cominco社によるInco社の敵対的買収提案
 2006年5月8日、Teck Cominco社は、Inco社が現在進めているFalconbridge社の買収を中止することを条件に、Inco社を買収するという敵対的な買収提案を行った。この買収提案は規模に勝るInco社を敵対的に手中に収めようとする動きであり、大半の非鉄業界関係者には予想外の報として受け止められた。Teck Cominco社が提示した株式買い受け条件は、Inco社一株当たりTeck Cominco社のクラスB株0.6293株及び23C$を支払うというもので、これは5月5日のInco社株価終値に20%のプレミアムを上乗せした額に相当する。買収総額は178億C$に及ぶ。Teck Cominco社は、本買収提案に関してInco社大手株主の賛意を得ているとし、買収に自信をみせた。
 Teck Cominco社の発行株式にはクラスA、Bの二種が存在しており、付随する議決権に差がある。Teck Cominco社株主の意志決定というものは、複数の議決権が割り当てられるクラスA株を大量保有するTeck社創業家であるKeevil一族と住友金属鉱山の二者により握られている。ここでInco社株主に譲渡される株式は単数の議決権が付随するクラスB株であることから、買収が成功するにせよ、Teck Cominco社の二大株主の議決権は希釈化しにくい構造になっていることが特徴である。
 Teck Cominco社はInco社との統合効果について、管理部門や一部操業の簡素化など、年間1億5,000万$に上ると見積もった。また、新Teck Cominco社は広範囲に多角化した安定した経営基盤を持つことになり、亜鉛、ニッケル、原料炭、インジウムの世界市場でのトップクラスの地位を得るほか、銅、金、銀、プラチナ、パラジウム、モリブデン、オイルサンドについても存在感のある生産者の位置を占められるとした。
 Inco社経営陣はこの提案に驚いたとしつつ、直ちに提案を拒否し、株主に対し改めてFalconbridge社との統合こそが、株主価値を最大化する方法であると訴えた。また、地元紙にはInco社の抵抗感が大きく、第三者によるいわゆる白馬の騎士(ホワイトナイト)による救済が模索されているとする記事が掲載された。またInco社会長は、後日取り扱いコモディティーの選択に関して、中国国内生産を睨んだ戦略的な見方を披露。Inco社は、中国国内で生産が乏しい銅・ニッケル事業には魅力を感じるが、他方、亜鉛・原料炭など中国国内に豊富なアセットには関心がないとし、これらはTeck Comincoが所有している資産でもあると述べた。
 こうしたTeck Cominco社の動きに対し、当地紙上アナリストの見方は、両社の業容の差が大きいため両社の統合効果は疑わしいという論調も少なくなかったが、他方、過去Cominco社の獲得など、買収を通じて一段の成長を図るTeck経営陣の手腕は高いとし、肯定的な見方も存在した。
 
2-3 Xstrata社によるFalconbridge社敵対的買収提案
 かねてよりFalconbridge社のマイナーシェアホルダーに留まるつもりはないとしていたXstrata社であったが、その後の資源株の高騰によりBrookfield Asset Management社(旧Brascan社)と交わした株式公開買い付けに伴う違約金の規模はおよそ20億C$にまで膨れ上がっており、大きな足かせとなっていた。Xstrata社は、このペナルティ期間が5月15日に明けるや、直後の5月17日にFalconbridge社に対し敵対的な買収提案を行った。株式買い受け条件は、Falconbridge社一株あたり52.5C$の現金にて発行済み株式の全量を買い取るというもの。Xstrata社は既に同社の20%を獲得していることから、残りの80%相当分の買収となり、買収総額は161億C$となる。これはカナダにおける現金買収額の中で過去最高額であった。Xstrata社の見積もりでは、2社の統合効果として、業務効率化により年間経費の約1億2,000万US$が見込まれるとし、買収が成立した場合、新Xstrata社は銅、亜鉛、ニッケル、石炭、クロムの生産高でそれぞれ世界の5位に入る生産会社の地位を得ることになる。
 この頃、新聞紙上などにみられた、競合するInco社との比較、買収合戦の行方についての主な論調は、60:40程度の割合でXstrata社に分があるというものであった。これは、Xstrata社の条件とは全量現金による買い上げであり株主には魅力的に映ること、またXstrata社は既にFalconbridge社株式の約20%を低廉に獲得しており条件の引き上げ余力が大きいと見られること、加えて、5月8日にTeck Cominco社が提示した対Inco社のTOBは、Inco社がFalconbridge社の買収を断念することを前提としており、Xstrata社のビッドを後押しする新たな環境が生じたことによる。
 なお、Xstrata社はFalconbridge社の20%の株式を有する筆頭株主ではあるが、Inco社との合意を破棄することは困難とみられていた。決定権を握るためにはシェアの向上が不可欠であるが、仮に上場先のトロント証券市場から株式を非公開で買い付けるにせよ、オンタリオ州証券規則は、この量は全発行株式の5%を下回るものでなければならないと定めている。ある紙上アナリストは、「仮にXstrata社が25%のシェアを握ることに成功すれば、Inco社との友好的買収合意を破棄できる可能性かもしれないが、短期的な実行は株価の高騰を招くなど、現実的には不可能」と解説する。
 
2-4 米国Phelps Dodge社によるInco社、Falconbridge社の3社による合併買収提案
 アリゾナ州フェニックスに本社を置く産銅最大手Phelps Dodge社は、6月26日、Inco社、Falconbridge社との間で3社による合併買収に合意したと発表した。この買収が成功すると総資本額560億US$の世界最大のニッケル生産会社、民間ベースで最大の銅生産株式会社が誕生することになる。新会社名はPhelps Dodge Inco社とし、本社と銅部門本部をフェニックスに、またニッケル部門本部としてInco Nickelをトロントにそれぞれ配置する計画。またカナダの雇用にも配慮し、統合後3年間はカナダ生産現場における従業員の解雇は行わないと公約した。
 Teck Cominco社とXstrata社によるそれぞれの敵対的買収提案によってInco/Falconbridge社の友好的買収の成り行きが混沌としていた中、Inco社は5月末、Phelps Dodge社に協力を求めていたと情報筋は述べている。6月25日夜、Phelps Dodge社はInco社とFalconbridge社の重役陣とそれぞれ別に会談し、2段階に分けた友好的買収案で合意した。合意内容は、まずPhelps Dodge社の融資によりInco社がFalconbridge社を買収、その後、新Inco社をPhelps Dodge社が株式交換プラス現金で買収するというもの。
 Inco/Falconbridge社の株式買い受け条件も大きく引き上げられた。Inco社によるFalconbridge社株式買い受け条件は、従来一株あたり12.5C$およびInco社0.524株であったところ、新たに17.50C$および0.55676株を提示。この評価額は6月23日Falconbridge社株価終値ベースで12%のプレミアムを加えた額に相当し、Xstrata社による提示額を18%を上回る。またPhelps Dodge社によるInco社一株当たりの買い受け条件は、Phelps Dodge社0.672株および17.5C$と、6月23日Inco社株価終値ベースで23%のプレミアムを加えた額であり、Teck Cominco社の提示条件を19%上回る。
 今後Phelps Dodge社は、Inco社によるFalconbridge社買収の成功・不成功に関わらず、Inco社が発行する劣後転換社債30億US$分を全額引き受けることにより融資を実行する。また仮にFalconbridge社がXstrata社により買収される場合でも、Phelps Dodge社はInco社の完全買収を実行に移すとしている。
 Phelps Dodge社によるカナダ二社の買収総額は400億US$と巨額であり、この額はカナダ史上最大の規模。Phelps Dodge社は、三社の統合により得られるコスト削減効果は、2008年までに年間9億US$に上ると試算した。この額はInco/Falconbridgeの統合効果、5億5,000万$を含む。Phelps Dodge社によるInco社、Falconbridge社の3社による友好的合併買収により、Xstrata社、Teck Cominco社の状況は大きく揺らぐことになった。
 

3. 今後の見通し

 Phelps Dodge社が明らかにしたInco社、Falconbridge社への友好的買収提案はカナダ各紙に大きく取り上げられ、多数の関係記事が掲載された。6月28日の全国紙Globe and Mail紙に掲載されたScotia Capital社アナリストが作成したオッズを以下に紹介したい。

3-1 Falconbridge社獲得の行方
 Phelps Dodge社の三社合併買収の提案を受け、Falconbridge社獲得の行方は、今後Xstrata社が株式買い受け条件を上げInco/Phelps Dodgeグループに対抗するのか、或いは現在の条件を保留するのかという点が焦点となる。Scotia Capital社アナリストは、Xstrata社が買い受け条件を更に上げ、最終的にXstrata社がFalconbridge社を獲得する可能性は60%、他方、Xstrata社は条件を変えず、結果としてInco社がFalconbridge社獲得する可能性を40%とした。これはXstrata社の株式買い受け条件は現金による買い上げであることから、市況リスクを伴わないこと、また提示金額についてもXstrata社には余力があり、一株あたり52.5C$の現行条件を61C$程度にまで引き上げられるとみられたことによる。
 他方考慮しなければならないのはFalconbridge社が導入した敵対的買収提案を妨げるポイズンピルであり、同社不承認の敵対的買収を挑む側には大きな障害となる。Xstrata社は株主利益を損ねる措置としてこの撤回を求めていたが、オンタリオ証券取引委員会は、6月27日に行った公聴会において、Xstrata社の主張を退け、Falconbridge社は引き続きこの条項を7月28日まで維持して良いよう裁定した。Xstrata社側弁護士は、「仮にポイズンピルが行使されれば、現行の約20%の持ち分が3%以下にまで希釈化される恐れもある。(Xstrata社は)不公平なフィールドで走ることを強いられており、その逆風は日に日に強まるようだ」などコメントした。
 注目されたXstrata社の買収提案の有効期限である7月7日、同社は単に買収提案の有効期限を二週間延期したに過ぎず、Falconbridge社株式の買い受け条件は変更しなかった。しかし7月11日の夕刻、Xstrata社は従来の一株当たり52.50C$の提示額を59C$に引き上げると発表した。この提示を受けFalconbridge社は株主利益を最大化する選択をしたいとし、対応の検討に入っている。この新たなXstrata社の条件提示は、両社間の獲得競争に一段の混沌を招くことは疑いない。
 
3-2 Inco社獲得の行方
 6月26日に発表されたPhelps Dodge社によるInco/Falconbridge両社との友好的買収提案の直後から、Teck Cominco社は、市場価値を超えた買収額を提示する考えは無いとし、これ以上の株式買い受け条件の引き上げはないことを示唆していた。各紙アナリスト論調は、Phelps Dodge社の出現により、Teck Comincoは不利な立場に追いやられたという見方で一致しており、高い確率でPhelps DodgeがInco社を獲得するであろうと見通されている。
 なおTeck Cominco社が、Inco社に加えてFalconbridge社まで買収し、カナダのナショナルフラッグ企業を形成する可能性について、同社は一貫してこれを否定している。またTeck Cominco社の場合、財務的にもこの水準の資金負担は困難と、紙上アナリスト間では疑問視されている。
 
3-3 Phelps Dodge社株主による合併の承認
 仮にInco社がFalconbridge社を獲得し新Inco社が成立する場合、Phelps Dodge社は果たして新Inco社の買収について、株主の承認を得られるかどうかが次の焦点になるとみられている。Scotia Capital社アナリストは、この確率を五分五分とする。Phelps Dodge社によれば、新Inco社との統合効果として、取り扱い鉱種の多角化による収益基盤の安定化、年間3億5,000万US$の新Inco社とのコスト削減効果が2008年までに得られるとしている。しかし、Phelps Dodge社株主にとっては、200億US$という巨大債務の発生と、3億株というPhelps Dodge社株式を新Inco社株主に譲渡せねばならず、株の希釈化が避けられない。加えて、Scotia Capital社アナリストは3億5,000万US$の統合効果についても、この規模の合併では効果は小さすぎるという見方も示している。買収提案発表後、Phelps Dodge社債務の増加から、既に同社格付けを引き下げる評価機関の動きもある。
 他方、Phelps Dodge社CEOは、構造的な中国の銅・ニッケル不足を背景に当面金属市況は好調に推移することが見通されるとし、加えてこのところのC$に対するUS$高を考慮すると、新Inco買収に要する費用は2年のうちに返済できるのではないかと財務上の懸念を一蹴している。控えめな見通しとして、2006年以後3年間のポンド当たり年間平均銅価を2.85、2.25、1.75US$とそれぞれ仮定した場合、2008年末にはPhelps Dodge社の借り入れは160億US$に減少、他方、現金100億$が手元に積み上がるという。従い、差し引き60億US$の負債が存在することになるが、多額の手元現金は金融的な自由度をもたらすことから、これはもはや問題ない水準であるという。
 

4. 外資買収によるカナダ国内の懸念、政府の対応

 以上、一連のカナダ・ニッケル大手を巡る現在までの買収合戦の履歴を紹介したが、カナダ紙面をみる限り、とりわけ中国Minmetalsの買収提案あたりから、外資による同国主要企業の買収を懸念する議論が目立つようになってきている。こうした議論には、質的には、資源の安定供給といった原料確保に関する視点はほとんど存在しておらず、大部分はカナダ国内雇用に関する懸念であり、生産現場の大規模なリストラや、本社機能の喪失に関係した会計、法務関係の就労機会の喪失、従業員の待遇、とりわけ年金などへの無関心といった懸念に集約される。労働組合などにあるナショナルフラッグ企業の歓迎イシューもまた、同じ視点からのものとみて良い。こうした声に対し、例えばPhelps Dodge社は、サドバリーでの生産を例にあげ、「今後年間3万tにおよぶニッケルの増産計画があり、カナダの雇用はむしろ創造される方向である」こと、また「これを統括するのはカナダ人が経営する在トロントのInco Nickelの本社である」ことなど、カナダ側の懸念に対して回答している。
 外資によるカナダ企業への大型投資について、カナダ連邦政府はこれを承認する権限を持っている。カナダ投資法が定めるところ、カナダ企業への投資の承認は申請後45日以内になされねばならないが、大臣が認める場合、更に30日間の延長が可能になる。バンクーバー事務所では、中国Minmetals社によりFalconbridge社の買収提案がなされた当時、カナダ天然資源省幹部を訪問し、国内企業を保全する考え方につき取材を行ったが、民間同士のビジネスに政府は関与しないという方針をその際改めて確認した。カナダ紙上の大臣発言などをみる限り、カナダ連邦政府の基本的な考え方とは、「カナダ市場は世界経済の一部、ルールに沿った買収であるならば、いかなる売買も可能」というものであり、同国基幹産業を担う最大手企業の買収においても例外ではないとする姿勢をとっていることがわかる。Inco社会長は、「Phelps Dodge社との提携では十分な雇用確保が図られており、この買収の否定は、結局はカナダの国益を損ねることに繋がり、こうした選択を取ることは考えられない」と見通している。カナダ連邦政府においては、2006年2月に12年ぶりの政権交代があり、それまでの自由党に代わって、より親米路線とみられる保守党が政権に就いた。こうした外資に関する基本方針は前政権と変わらず堅持されているとみられ、カナダ国民のセンチメントは別にしても、カナダ政府の対応が外資による大型買収の障害になるとは考えにくい。
 
〈参考文献〉
 Globe and Mail
 Financial Post
 Vancouver Sun
 Falconbridge, Inco, Teck Cominco, Phelps Dodge, CVRD各社プレスリリース
 MMAJおよびJOGMECニュースフラッシュ
 JOGMEC Vancouver事務所内部資料
 
〈補足情報〉
Inco/Phelps Dodge社、Falconbridge社株式買収提案を引き上げ(7月19日発行ニュースフラッシュ)

 Inco社、Phelps Dodge社、Falconbridge社は7月16日、三社間の友好的買収提案に係る株式買い受け条件の引き上げを発表した。Falconbridge社への現金および株式交換による買収提案を行うInco社は、現金部分を1C$引き上げ、18.50C$+Inco社0.55676株の株式買い受け条件を提示した。この条件は7月14日Falconbridge社株価終値に対し7.8%のプレミアムを上乗せした額に相当し、またPhelps Dodge社の合併買収発表直前の時点から23.7%プレミアムが加わった額となっている。Falconbridge社役員会は全会一致でこのInco社の新提案受け入れを決定、同社株主に対してInco社への株式譲渡を働きかける。併せてFalconbridge社役員会は一株当たり0.75C$の特別配当を行うことを決定。特別配当金は7月26日取引終了時点のFalconbridge社株主に対し、8月10日に支払われる。またInco社テンダーは最低全発行株式の2/3の獲得を掲げていたが、50.01%に引き下げた。
 同日、Phelps Dodge社はInco社株式の買い受け条件の引き上げについて発表。現金部分を1C$引き上げ、Inco社一株に対して現金20.25C$プラスPhelps Dodge社0.672株と交換する新条件を提示した。この結果、現Falconbridge社株主は、三者合併が実現する場合、最終的に一株当たり29.77C$+Phelps Dodge社0.3741株を獲得することになる。
 こうした三社による新条件の提示は、Xstrata社が7月11日に提示した対抗ビッドに、更に対抗する動き。なおXstrata社による現行ビッドの有効期限は7月21日である。

(2006. 7. 18 バンクーバー 宮武修一)

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