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報告書&レポート

2006年9月21日 リマ事務所 西川信康 e-mail:ommjlima@chavin.rcp.net.pe
2006年68号

ペルー、Yanacocha鉱山を巡る争議の動向-政府の調停で沈静化-

 ペルーでは、操業中の鉱山や探鉱開発プロジェクト地域における争議が後を絶たない。8月には、世界一の金生産量を誇るYanacocha鉱山で、河川の汚染問題などに抗議した一部の住民グループが鉱山のアクセス道路を封鎖したため、同鉱山の操業が一時停止する事態まで発展した。この事態を重く受け止めた政府は、カスティヨ首相及びバルディビア・エネルギー鉱山大臣を現地に派遣し、勢力的な調整を図った結果、約1か月続いた争議はようやく沈静化し、政府の存在感を示す結果となった。本稿では、Yanacocha鉱山を巡る今回の一連の争議の経緯と背景、政府の対応などについて報告する。

1.Yanacocha鉱山の概要

 Yanacocha鉱山は、ペルー北部のカハマルカ市の北方48kmにある世界最大の金山である(2005年の金生産量は103.2t)。同鉱山は、1981年、BRGM(仏)によって発見され、1993年より、Newmont社(米)とのJ/Vで操業を開始した。その後、BRGMが撤退し、現在の権益比率は、Newmont 51.35%、Buenaventura 43.65%、IFC 5%となっている。鉱石は5つのオープンピット(Maqui Maqui、San Jose、La Quinua、Cerro Yanacocha、Carachugo)から採掘し、ヒープリーチングによって金を採取している。従業員数約8,000人のうち56%が地元出身者で、鉱山関係の地元下請け会社は120社に及ぶ。また、鉱山地域には75のコミュニティがあり約26,000人の住民が暮らしている。Newmont社Lassonde社長によると、同鉱山は過去13年間にわたり、延べ27.1億$の給与を支払い、納税額は9.8億$に達し、さらに、地域住民の子供6,600人への教育支援や30の村をつなぐ延べ215kmの道路建設などを通じて地域発展に貢献してきたと強調している。
 Yanacocha鉱山位置図(Newmont社HPより)
 

Yanacocha鉱山位置図(Newmont社HPより)

2.争議の経緯

 8月に入り約1か月間に及んだ今回の争議は、鉱山の近隣にあるコンバヨ村の一部の住民グループが、河川の水質汚染対策や地域住民の雇用拡大などを求めて抗議デモを強行したことが発端となった。その際、それを阻止しようとした警察や警備員と衝突し、住民側に死傷者が出たことで、その責任などを巡って住民側の態度が硬化し、8月23日には、鉱山へのアクセス道路の封鎖に至った。鉱山側は解決の見通しが立たないことから、8月28日に鉱山操業の全面的な停止を発表、その後、政府の調停による話し合いが進み、鉱山側が環境対策や公共事業推進を約束したことで、双方が合意、30日に、1週間ぶりに道路封鎖が解除され、8月31日に鉱山生産が再開された。今回の争議を巡る経緯は以下のとおり。
 
8月2日
 Yanacocha鉱山がコンバヨ地区で建設中のCarachugoピット拡張工事現場周辺で同地区の一部の住民グループによる抗議デモが発生。それを阻止しようとした警察や警備員と衝突し、住民側は鉱山関係者2名を拘束するとともに、住民側に死者1名と負傷者5名が出る事態となった。
8月3日
 鉱山側代表とコンバヨ住民代表との間で話し合いが持たれ、鉱山側は、Carachugoピットでの操業を5日間にわたり停止することを約束。住民側は、前日に拘束した鉱山関係者2名を解放し、8日に再度話し合いを行うことで合意。
8月8日
 両者による再度の話し合いの場に鉱山側関係者1名が出席しなかったため、住民側は態度を硬化し、抗議デモを再開することを宣言。
8月23日
 住民側がカハマルカとバンバマルカ間を結ぶ鉱山のアクセス道路を封鎖したため、警官隊が出動し、13名の負傷者が出た。
8月28日
 鉱山側は道路封鎖が解除されるまで同鉱山の操業を全面停止すると発表。この停止により、約1万人の労働者に影響が及ぶほか、1日あたり会社に600万ソーレス(約188万$)、国に200万ソーレスの損失が出るとした。
8月29日
 カスティヨ首相の仲介により、鉱山側と住民側の代表を交えて行われた交渉の結果、鉱山側は環境対策の徹底と住民の雇用拡大に向けて、今後、政府、鉱山側、地元自治体の代表者によって構成される委員会を設置し、問題解決を図っていくことが決定された。これを受け、住民側は翌30日夜までに道路封鎖を解除することを約束。
8月31日
 鉱山側は、道路の安全な通行が確認されたため、鉱山生産を再開した。
 

3.争議の背景

 今回の争議は一過性のものではなく、Yanacocha鉱山では、過去、鉱山開発を巡って様々な争議が繰り返されているという歴史がある。以下に過去にYanacocha鉱山において発生した主な争議を示す。
 
2000年6月
 Yanacocha鉱山から副産物として生産された水銀をリマに搬送中のトラックから水銀約150kgが漏れ、周辺住民に健康被害をもたらした。Newmont社はこの事件で50万$の罰金を支払うが、その後も地域住民より飲料水への汚染が広がっているとの抗議行動を受けるなど企業イメージを大きく低下させた。
2004年8月
 同鉱山の南西部に位置するCerro Quilish地域の探鉱を開始直後、地元農民は、鉱山採掘が灌漑用水の枯渇や汚染につながるとして、現地への進入路を閉鎖。その後、この抗議運動は拡大し、カハマルカ市で、地元県知事、市長も参加した1万人規模の抗議集会まで発展。ペルー政府は、この事態を受け、Newmont社への探鉱許可の取り消しを発表。
2004年11月
 La Zanja探鉱地区の現地事務所に、環境汚染を懸念して鉱山開発に反対する地元住民数百人が乱入し、事務所や車両に放火する等、多大な被害(会社側発表損害額15万$)を与えた。その際鎮圧に当たった警官隊との衝突で、住民側に死者1名負傷者数人が出た。その後、話し合いが進み、2005年5月住民側と和解し調査再開。
2005年5月
 San Cirilo探鉱活動に対し、地元住民が、鉱山開発による水質と大気の汚染が危惧されるとして過激な抗議行動を予告。Newmont社は、これを回避するために、本探鉱活動を中止。
2006年4月
 同鉱山の地元出身の労働者63人が賃上げなど労働改善を求め鉱山のアクセス道路封鎖を強行。3日後に解決。
 
 このように、Yanacocha鉱山での争議は、2000年の水銀漏れ事故によるNewmont社への不信感が伏線となって、鉱山開発が、農業用水や飲料水の汚染につながるとして、鉱山活動そのものに反対する抗議運動と、昨今の金属価格高騰による収益拡大に伴い、その利益の地元還元を求めた条件闘争的な抗議運動とが混在しているのが特徴的である。なお、これら抗議活動の背後には、国際的なNGO組織であるEarthworksや一部の左翼勢力の組織的な支援があると言われている。
 

4. 政府の調停による合意事項

 9月3日、カスティヨ首相を議長として、コンバヨ住民側と鉱山側の代表などからなる委員会が開催され、5時間にわたる話し合いの結果、11項目から成る合意文書に双方が署名するに至った。これにより、鉱山側は、今後、環境保護を徹底するとともに、余剰利益の一部を地域住民へ還元していくことなどが合意された。カスティヨ首相は「この合意によって対話こそが相互理解の道であることが確認出来た。」と対話の重要性を強調した。今回合意された事項は以下のとおり。
 (1) 鉱山側は、8月2日の争議で死亡した故イシドロ・ヤノス氏の遺族に対し弔慰金を支払う。
 (2) 政府は、上記の住民が死亡した死因の調査を早急に行なうよう検事局に働きかける。
 (3) 鉱山側は、住民との合意なしに新規の鉱山採掘権の申請を行なわない。
 (4) 鉱山側は、住民が生活手段としている生産活動に被害を及ぼさないよう努める。
 (5) 鉱山側は、コンバヨ地区に水道用の浄水場を建設する。
 (6) 政府は、水質、水量検査を実施、管理する。また、モニタリング地点を新たに5箇所設ける。
 (7) 政府、鉱山側、コンバヨ住民の三者で、灌漑用水と家庭用水の水量確保に向けた調査を実施する。
 (8) カハマルカ水道公社と連携して、各村の下水処理のための調査を行う。
 (9) 鉱山側は、270万$を投じて、オトウスコ-コンバヨ間の道路と橋梁建設を継続する。
 (10) コンバヨ及びエンカニャダ区長は、鉱業カノン税と鉱山側による基金を用いてコンタマヨ投資計画に関する報告を行う。
 (11) 9月23日に本委員会を再度開催する。

調印式の様子
(左より、バルディビア・エネルギー鉱山大臣、ヤノス・コンバヨ区長、カスティヨ首相、サンタクルスYanacocha鉱山副社長)

 
 

5. 政府の対応と課題

 ペルー鉱業界の中では、今回の一連の争議に対し、カスティヨ首相やバルディビア・エネルギー鉱山大臣が自ら現地に乗り込み、重要な仲介役を果たし、問題解決に至ったことで、新政権のこうした早いアクションと行動力を評価する声が多い。Newmont社のTom Enos副会長も「政府が今回の地元住民との平和的な合意に大きく貢献してくれた」と感謝の意を示している。
 7月末の新政権発足後、今回のように政府が仲介役となり、争議が解決されたのは、先のCerro Verde鉱山の争議(*)に続き2つ目の実績となる。ガルシア大統領は、「今回の結果に満足している。」とし、今後も政府は、中立的な立場で鉱山側と地域住民との対立を解消すべく勢力的に取り組む一方、今回のYanacocha鉱山で発生した道路封鎖などの行き過ぎた妨害行為は法律によって厳格に禁止すると警告した。
 ペルーでは、銅の大型開発案件として注目されているRio BlancoやLas Bambas、Toromochoなど、いずれも同様の地域住民との対立問題を内包している。これら根本的な問題解決には政府が地域住民に対し長期的なビジョンを示すことが肝要であり、地域住民との摩擦解消に向けて、カノン税(地域還元税)や鉱業ロイヤルティさらには最近合意された自発的拠出金など、昨今の企業の高収益で潤沢にあるこのような資金(2006年のこれら合計額は約12億$と言われている)を地域経済の発展や貧困対策、環境対策にいかに効果的かつ迅速に活用していくかが課題となっており、今後の政府の手腕が注目される。

(*) 地元への利益還元問題を巡り、約2か月にわたって対立していたArequipa州自治体側とCerro Verde鉱山との交渉を巡り、カスティヨ首相が仲介役となり、8月2日合意に達したもの。この合意によって、Cerro Verde鉱山は約5千万$を投じてArequipa州内のAlto Cayma第2浄水場の建設に出資するとともに、市側へ1,300万ソーレスを拠出することとなった。

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