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報告書&レポート

2006年11月9日 シドニー事務所 久保田博志、永井正博、研究スタッフ:Joy Albert 報告 e-mail:kubota-hiroshi_1@jogmec.go.jp masahiro-nagai@jogmec.net
2006年86号

オーストラリアにおける鉱業と教育 その2-連邦政府による技術者不足対策「Skills for The Future」-

 オーストラリアのJohn Howard首相は、10月12日、労働者の再教育、技術系大学への補助金、技能習得者制度支援等を内容とする5年間で総額8.3億A$規模の技術者不足対策「Skills for The Future」を発表した。
 本稿では、技術者不足対策「Skills for The Future」の概要と鉱業関係者の反応について報告する。

1. はじめに

 オーストラリアは資源ブームの影響もあり、就業率が上昇し、失業率は低下しているが、一方で労働者不足が深刻化している。特に鉄鉱石や石炭産業で生産規模拡大が続く西オーストラリア州やクィーンズランド州でその傾向が顕著となっている。また、労働者不足は労働者賃金の上昇を招き、生産コストを押し上げる要因となってオーストラリア産業の国際競争力の低下を招くと懸念されている。*1
 この深刻な労働者不足、特に技能を有する技術者の不足に対して、産業界からは連邦政府に対して包括的な対策を求める声が高まっていた。このような産業界等からの要望に後押しされたかたちで、連邦政府は、5年間で総額8.3億A$に及ぶ大規模な技術者不足対策「Skills for The Future」を発表した。*1

図-1.州別就業率上昇割合
出典:ABS, through the year growth rates

図-2.労働賃金指数(2006年6月末四半期)
出典:“Wage Price Index, June quarter 2006”ABS

2. 技術者不足対策「Skills for The Future」の概要 *1

 John Howard首相は、5年間で総額8.3億A$規模の技術者不足対策「Skills for The Future」を発表した。その内容は以下のとおりである。*
 
(1) 職業技術(向上)バウチャー(教育利用券)(Work Skill Vouchers)    408百万A$
 25歳以上で12年以上相当(日本の高卒)の教育を受けていない者に対して、年間3,000A$を上限に公立、私立、地域の訓練教育機関で利用できるバウチャー(教育利用券)を発行して学費を補助する。年間最大30,000人分の予算措置がなされる。2007年1月から実施。
 
(2) 就業期間中の技能習得者制度支援(Support for Mid-Career Apprentices)   307百万A$
 30歳以上の労働者を対象に、技能習得者制度を通じて技能向上を図るために、初年度は一人当たり150A$/週(7,800A$/年)、2年度以降は100A$/週(5,200A$/年)を被雇用者或いは雇用者に支援する。2007年1月から実施。
 
(3) 技能習得者のための職能教育補助(Business Skills Vouchers for Apprentices)
 12百万A$
 個人事業者、小規模企業などへの職業選択の増加に対応して、一人当たり500A$を上限として年間6,300人分の技能習得者の職能教育費を補助する。2007年1月から実施。
 
(4) 工学系大学への補助(More Engineering Places at University)   56百万A$
 連邦政府教育科学訓練省(Department of Education, Science and Training)は、2006年6月に、近い将来、大卒の技術者に対する需要が供給を上回る状況が発生すると指摘した。
 このような事態に対応すべく、大学の工学系の定員を500名増員し、そのための費用を補助する。

(5) より高度な工学技術の取得奨励(Intensives for Higher Technological Skills)   54百万A$
 より高度な技術と知識が業務において求められ、それにしたがって高度な資格を取得する技術者への需要が高まっていることから、5年間に労働者24,800人を対象に、学位或いはそれ以上の資格を取得しようとする場合、それらを取得するためのコースに入学した時点で1,500A$、修了時に2,500A$を補助する。
* 予算額は5年間分
 

3. 鉱業関係者等の反応

 政府の技術者不足対策に対して、鉱業関係者等は次のような意見を述べている。
 
(1) 業界団体
 オーストラリア鉱業協会(MCA)は、「オーストラリア鉱業協会は、特に、連邦政府が技術者不足の問題がひろがっているとの認識を持って、工学系大学への補助やより高度な工学技術の取得奨励などの諸制度を創設したことを評価する」、「オーストラリア鉱業協会は、連邦政府と政策の実施に協力すること、特に、遠隔地や先住民との関係において」などと連邦政府の技術者不足対策を歓迎するコメントを発表した。*2
 
(2) 労働者団体
 製造業労働組合の(AMWU:Australian Manufacturing Workers Union)は、「今回発表された政策は、若年層にとってインセンティブの低いものであると考える。30,000人分の職業技術バウチャー(学費補助)は特定の職種にかたよっており、TAFE:Technical and Further Education(技術職業教育学校)や資格教育に悪い影響を与える。労働者には基礎的な資格取得を補助することが必要」と批判的な意見を述べている。*3
 一方、教育関係労働組合のAustralian Education Unionは、今回発表された政策を歓迎するとした上で、「AMWUと同様に今回の政策が長期的な技能労働者不足解決につながらない。資金不足によってTAFEをやめる学生がこれ以上増加しないよう技術訓練やその他の教育により大きな投資が必要」との意見を述べている。*4
 
(3) 教育関係
 西オーストラリア大学(UWA:University of Western Australia)は、「連邦政府による工学系大学の定員500名増員のための56百万A$の投資を歓迎する。UWAは西オーストラリア州で必要とされる工学系の学生枠を獲得することを強く連邦政府に働きかける立場にある」などとコメントしている。*5
 
(4) 連邦労働党
 連邦労働党(Federal Labor Party)は、Kim Beazley党首が「若年層に対する効果が小さすぎる、10年間の政策の過ちをようやく認識し始めた」*6、Penny Wong影の労働担当大臣が「職のない10代の若者に対して何ら対策を講じていない」*7、Jerry Macklin同教育科学担当大臣が「技能労働者不足は現政権が作り出したもの。30万人もの若者がTAFEを中途退学している。今回の政策はそれを取り繕っているに過ぎない。」*8と、それぞれ政府の政策を批判している。

4. おわりに

 産業界側は、これまで自らが労働者の訓練・教育を主体的に実施してきたとの思いが強く、その分、技能労働者不足に関して、ここ数年、産業界からは強く連邦政府主導のイニシアティブを求める声が強かった。今回、発表された技術者不足対策「Skills for The Future」は2007年1月から実施され、その成果が期待される。一方で、労働団体や教育関係者からは、特定の産業や世代に偏った政策との批判の声もある。
 
参考文献
*1“Skills for the Future”, Prime Minister of Australia John Howard, 2006/10/12
*2 Media Release “Minerals Sector welcomes Government Skills Package”, 2006/10/12
*3‘You stole our plans, Beazley accuses Howard’, Sydney Morning Herald (13 October 2006) http://www.smh.com.au/handheld/articles/2006/10/12/1160246262828.html
*4‘Beazley slams skills ‘catch-up’’, Canberra Times (13 October 2006)
http://canberra.yourguide.com.au/detail.asp?class=news&subclass=general
&story_id=516743&category=general&m=10&y=2006

*5‘Engineering skills package welcomed’ (12 October 2006), http://www.uwa.edu.au/media/statements/media_statements_2006/octobe
r/engineering_skills_package_welcome_(12_october)

*6 ALP Web サイト;Parliament House, Canberra – 12th October 2006
*7 ALP Web サイト; Media Statement – 12th October 2006 Penny Wong – Senator for South Australia
Shadow Minister for Employment and Workforce Participation、Shadow Minister for Corporate Governance and Responsibility
*8 ALP Web サイト;Jenny Macklin – Member for Jagajaga, Deputy Leader of the Opposition
Shadow Minister for Education, Training, Science & Research, Skills Crisis/ Attack By Liberal Party President,
Doorstop Interview, Canberra – 12th October 2006

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