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報告書&レポート

2007年6月28日 ワシントン事務所 平井裕秀報告 Tel:+1-202-783-4470 e-mail:Hirohide-Hirai@jogmec-dc.org
2007年59号

アルゼンチンの資源・エネルギー政策と我が国メタル事業者へのインプリケーション

1. はじめに
 資源エネルギー価格の高騰がもたらした各国の資源ナショナリズムとも言うべき資源保有国の動きに注目が集まっている。なかでもチャベス大統領の過激な言動に影響を受け、わが国のマスコミでは、ボリビアの動きも例にあげつつ、あたかも南米の左派政権では全て極端な資源ナショナリズム政策が進められているかの如き論調が散見されるところである。無論のことながら、南米の左派政権でも、それぞれの国の実情を反映して、各国様々な動きを見せているのが実情である。今次、機会を得てアルゼンチン・チリの両国を訪れ、資源エネルギー政策について関係者へのインタビューの機会を得た。本稿では、特にアルゼンチンの資源ナショナリズムの動き、今後の展望についてまとめるとともに、これが我が国非鉄業界に与える影響を考察する。  

2. アルゼンチンにおける経済政策思想と資源エネルギー政策
 アルゼンチンの経済政策の中心課題といえば、経済成長優先の低金利政策を取る中での物価抑制、換言すればインフレ対策である。近時、経済指標の誤魔化しが一大論争になっているのも、これがインフレ指標、ひいては組合のベースアップの根本に関わる案件であるからである。経済成長を持続しつつ、為替を安定させ、インフレを抑制するというのは、少々都合のよすぎる話であるが、社会の安定、そして政権の安定という意味では、この不可能を可能にすることが常に求められるというのがアルゼンチンの政治の現実である。
 これが同国の経済政策の基本的な思想である以上は、エネルギー政策にもその影響があちこちに見られることとなる。まずは、消費者物価を抑えるために、エネルギー価格を低位安定させなければならない。消費者価格に大きな影響を与える食料とエネルギーの両方を自給できる、世界の中でも数少ない同国であるが、足元で価格上昇のプレッシャーをより受けているのはエネルギーであろう。しかし、エネルギーの国際価格の高騰にも関わらず、エネルギーの代表格であるガソリン、電気料金は、低位で安定している。これは、政府による価格統制のおかげといってよい。
 ただでさえ米国と同様に車社会となっているアルゼンチンにとって、ガソリン価格の高騰は政治的に受容しがたいことであり、上述のような状況を抱えれば左派政権たる現キルチネル政権がこれを統制しようという動きは政治的には当然とも言える。幸い、アルゼンチンは原油及び石油製品を自給できる状況にあるため、国家が大幅な財政支出という道を選ばずとも済む。これを石油会社にシワ寄せするだけの話である。同国の政策担当者に言わせれば、「アルゼンチンの原油生産コストは非常に低価であり、現在のような低価(末端価格で1リッター2ペソ、約0.7$)でも十分に利益を上げることができるはず」ということとなる。電力料金についても同様のことがあてはまる。少なくない数の国に同様の例が見られるが、これもポピュリズム的政治運営を迫られる政権にありがちな話で、ガソリン以上に消費者全般に影響をもたらす電力料金を規制し始めれば、その値上げを容認することは特に選挙を前に控えた政府には取りがたい選択肢である。
 一方で供給面を眺めてみると、南米の他国で見られるような、大幅な税金、ロイヤルティーの引き上げや、国又はナショナルカンパニーによる接収といったような話は見られない。唯一、最近になって、スペインの石油企業レプソルへのアルゼンチン国有石油会社YPFの譲渡を後悔してなのか、レプソルに対して亜民族資本への一部株式の売却を求めるといった話が取りざたされている(6月13日付けOil Dailyによればアルゼンチンの銀行家がYPF株の25%買取り、さらに20%をブエノスアイレス証券取引所で上場という案が伝えられている)。ただ、石油ガスに関しては、十分に国内需給が満たされているということが確認できないと原油輸出をすることができないとか、輸出に対して非常に重い税金が課せられるといった規制が講じられたままの状態にある。おおまかに言えば、一部に見直しの動きはあるものの、国内原油鉱区は広く門戸を開いており、その操業者が誰であるかは問わない一方で、その生産はアルゼンチン向け第一という方向性が見て取れる。
 この消費面と供給面の両方の制度が二つ組み合わさると、石油ガスの探鉱開発に対して後ろ向き効果を強く持つこととなる。いくら政府担当者が、言葉を重ねようとも、はたから見れば心もとないことこの上ない。今後の開発の中心はオフショアというのは同国のある石油業界団体の人間も認めるところである。オフショアということとなれば、これを開発できる企業の数は限られており、高収益をあげている彼らといえども、アップサイドのリターンが見込めない地域で開発を進めるほどリソースが余っているわけではない。こうした背景からであろうか、新規油田・ガス田開発は、既存の油ガス田の減耗スピードに対応しきれておらず、同国の石油ガスの国内埋蔵量は低下を始めており(別紙グラフ参照)、これが急激に減少していくおそれさえある。ガスだけに限った場合には、程度はましであるものの、基本的な傾向においては変わりない。煎じ詰めて言えば、100%エネルギー自給という状況も、そう長くは続かないおそれが強い。

アルゼンチンの石油ガス埋蔵量の変化 (1990-2005)アルゼンチンの石油ガス埋蔵量の変化 (1990-2005)

 こうした石油ガスの動きとは対照的なのが、メタルといってよい。国民生活に密着している物資でもない上、国内に大きなスメルターも存在しない。インフレ抑制の対象外で、価格統制などかける術もなく、輸出税などは無いに等しい(鉱石の輸出税はゼロ。銅地金の輸出税は0.05%(メルコスール域外輸出には0.016%払い戻し)、銅線やアルミ地金もほぼ同じ税率。対照的に原油の場合は45%)。同国の鉱業法に関して言えば、90年代に非常に探鉱企業にフレンドリーな制度が構築されている。長期にわたる投資にとっては非常にありがたい枠組みとして、長期にわたって制度変更をすることはないと約束し、予見可能性の高い制度を保証することで探鉱投資を呼び込もうという姿勢が明らかに伺える。1990年代の鉱物価格低迷の時代に作られた制度であるからという指摘もありえるところだが、2001年から始まった経済危機を迎えた際にも、今次のような資源価格の大幅な高騰という事態を迎えても、その制度的枠組みには揺らぎがない。さらに言えば、現政権は、こうした制度枠組みを作り上げたメネム政権の全否定を行うことで国民的支持をとりつけている側面があると指摘されるが、その現政権が成立してから既に3年が経過するものの、その見直しの機運は見られない。これは、ボリビアなどと比較すれば、非常に際立った傾向ということができるであろう。

3. キルチネル政権、メタル関連政策の今後
 2007年末に大統領選挙を迎えるキルチネル政権であるが、現在までのところ、国民における絶大な人気を背景に、安定した政策運営を続けており、よほどの事態でもおこらない限りは、キルチネル再選の可能性が高いといわれている。ペロン政権以降、非常に長い間政治的不安定を抱え続けてきたアルゼンチンとしては、漸く安定した政治運営が可能な状況になってきたというところであろうか。米国政府から見れば、チャベスやモラレスという「悪い友達」と仲良くしている国ということなのかもしれないが、その米国こそが、2001年の経済危機を引き起こした元凶と見られ、反米感情が強く蔓延しているだけに、親米的政策を全面的に採用したメネム政権の否定を標榜する政権にとっては何ら問題ではない。
 背景にあるのは、2001年の経済危機で破綻した状態を成長軌道に乗せているというその経済環境である。南米全体に共通することであるが、巨大な隣国たる米国の金融引き締めのたびにガタガタしていたアルゼンチン経済も、最近は度重なる米国での利上げにも関わらず概ね安定した経済成長を続けているところに、同国としても自信を取り戻している様子が伺える。さらにその背景としては、一次産品中心の同国経済にとってその世界的な価格の高騰という追い風があるのだろうか、エネルギー価格の上昇で国の経済と威信を取り返したプーチン政権が絶大の人気を誇っているのと同様の構図を感じさせる。
 資源エネルギー政策、特にメタル関係の政策についての今後の展望ということとなると、上述のような状況を踏まえれば、外資も含めた投資歓迎の姿勢に当面変更は考えられない。さらに踏み込んだ表現をするならば、メタルに関しては、国民の関心の外なのである。鉱業関係者団体専務理事の言葉を借りれば、「ベネズエラの石油、チリの銅、というようにアルゼンチンを特徴付けるとするならば、それは農産物。国民レベルの意識はそんなところであり、メタルに関して国民の関心は低い。世論の盛り上がりで大幅な政策変更が迫られる契機がない。」ということとなる。そもそも政策変更を迫るような問題を起こす鉱業事業者が存在しないということなのであろう。
 無論、鉱業に特殊ということではなく、環境関連の規制が厳しくなるのは、どこの国にも見られる動きであり、アルゼンチンでも例外ではない。基本的には連邦法の鉱業法で規制枠組みができあがっているものではあるが、その鉱物の所有権は各州にあり、実際の探鉱生産ということとなると、全て州との契約ということとなり、如何なる開発生産をするのかということについて、事実上は州の規制の下に置かれるということとなる。これまたどこの国も同じであろうが、地方政府に行けば行くほど、その地元民の声に左右されざるを得ず、環境面での配慮といったことについては、今後とも非常に慎重な対応が必要となってくることであろう。

4. 結びに代えて ~我が国鉱業者へのインプリケーション~
 アルゼンチンという国は、チリと国境をはさんだ国でもあり、銅鉱脈の存在について疑いを挟む向きは見られない。大本営発表的色彩も否定できないが、当局の言によれば既に80近くのプロジェクトが検討、進行中であり、我が国の事業者もその中に含まれている。今回、関係者の暖かいお取り計らいで、チリのロスペランブレス鉱山に見学させていただいた際には、アルゼンチン・チリ国境まで連れて行っていただいたが、実際の現場に立ってみると、開発現場がチリばかりにあるのは却って不自然とさえ実感した。自然な流れとして、チリ周辺諸国の政治的経済的な落ち着きとともに、今後はペルーからアルゼンチンにまでアンデス山脈沿いに探鉱開発活動が広がっていくこととなるであろう。
 ただ、ここで問題となるのが、アルゼンチン・チリにおけるエネルギーインフラの脆弱性ではないだろうか。これまで両国においては、アルゼンチンを中心とする豊富なエネルギー資源のおかげで、係る問題が意識されたことは少なかった。しかし、長期にわたる投資の低迷と、同地域の着実な景気回復があいまって、需給状況は逼迫し始めている。昨年問題となったアルゼンチンからのガス輸出停止は、ガス輸入の90%以上をアルゼンチンからに頼るチリを揺さぶる結果となった。強い寒波等の特殊な事情ということで一時的な問題と説明されている向きもあるが、根本的な問題は、上述のようなアルゼンチン国内の石油ガス資源開発を巡る制度環境にある。既に、筆者が同国訪問から戻ってきた翌週には、アルゼンチンにおける寒波の来襲から、アルゼンチン国内での電力ガスの使用制限とチリへの輸出停止いう事態がまた発生しており、いよいよ問題が顕在化してきている。にも関わらず、アルゼンチン政府担当者のヒアリングからは政策変更の兆しは感じられず、よほどの天佑に恵まれない限りはアルゼンチンのエネルギー供給能力に対しては、中期的には悲観的な見方を持たざるを得ない。これからアルゼンチンに進出するに際しては、安定的なエネルギー源を如何に確保するのかを十分に検討する必要がでてくるのであろう。
 さらに、チリに至っては、問題はより深刻である。凡そ自国内に有望な石油ガス資源もなく、ボリビアにエネルギー供給を頼ることが出来ない歴史的背景を持つ同国としては、真剣に自国のエネルギー確保に急がねばなない。その点、シカゴ学派の優等生であるチリの政府関係者が直面する課題は非常に重い。環境問題、権利調整等を抱え、十分なエネルギー供給体制を築くには、市場の見えざる手に委ねていては間に合わないおそれもある。現時点では、二つのLNG受入施設の計画が進行中であるが、これが順調に進んでいくのか、それで必要なエネルギー量を確保できるのか、時間との競争という状況になってきている。我が国メタル事業者としても、その動向を注目して早期に対応策を講じていくことが必要になってくるかもしれない。かかる懸念が杞憂に終わることを願うばかりである。

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