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報告書&レポート

2007年7月26日 バンクーバー事務所 宮武 修一 Tel:+1-604-685-1282 e-mail:miyatake@jogmec.ca
2007年70号

カナダ・ライオンオア社を巡るTOBとニッケル生産企業の買収単価の変遷

 2007年3月から6月にかけてカナダニッケル生産中堅のライオンオア社の獲得を巡り、スイス・エクストラータ社、ロシア・ノリルスク社の間で熾烈なTOB合戦が展開した。結局ノリルスク社による獲得で決着がついたもの、関係者の間には改めてエクストラータ社の強かな姿勢と手腕というものが印象づけられた結果となった。本稿ではまた2005年以後のニッケル生産企業に対するTOBを振り返り、TOB価格から窺われるニッケル資源の価値の変化についても概観したい。

1. はじめに
 2006年はニッケル価格の高騰を背景にカナダのニッケル生産1位、2位のインコ社、ファルコンブリッジ社が相次いで外資による企業買収の対象となるなど、ニッケル生産者の本格的な再編がスタートした年と位置づけることができる。こうした展開は2007年も継続しており、残るカナダの中堅ニッケル生産者の獲得を巡って引き続き活発なM&Aが展開されているところである。4月20日にはシェリット社(Sherritt International)によるダイナテック社(Dynatec)の買収が報じられたばかりであるほか、2007年3月から6月にかけては、ライオンオア社(LionOre Mining International)の獲得を巡り、友好的な買収を目指すエクストラータ社、ニッケル生産最大手のロシア・ノリルスク社の間で、短期間のうちに再三にわたり対抗ビッドが繰り返されるなど、熾烈な対抗関係がみられた。本稿では、この度のライオンオア社をめぐるTOB合戦の経緯を簡単に取りまとめるとともに、当地アナリストの見方について紹介することとしたい。また最近のニッケル企業の買収について振り返り、買収価格と各社の保有金属資源量から導かれる単位ニッケル当たりの価値の変遷についても触れたい。
 
2. ライオンオア社を巡るTOB合戦
2-1 エクストラータ社によるTOB発表 (3月23日)
 積極的なM&Aにより台頭著しいスイス・エクストラータ社(Xstrata)は、2007年3月23日、在トロントの産ニッケル中堅ライオンオア社の友好的な買収を発表した。TOB価格はライオンオア社一株あたり18.5C$で、直近の同社株価に5.8%のプレミアム(30日平均に対しては16.8%)が上乗せされたものであった。買収総額は46億C$で全額現金による買収提案である。この段階でエクストラータ社は既に一部株主とのロックアップ契約を交わしていたとされ、19%程度のシェアは確保していた模様である。また仮に買収が不成立の場合、ライオンオア側はブレークアップフィーとして1億3000万C$をエクストラータ社側に支払うことが課せられていた。
 ライオンオア社は世界第10位のニッケル生産者でボツワナ、南ア、豪州に操業鉱山を有する。2006年のニッケル生産量は地金換算で34,000t。エクストラータ社はこの買収により、年間ニッケル生産量は36%増加するほか、南半球のニッケル資産が手に入り鉱源の多様化も図ることができるなど、同社CEOは「両社の合併は戦略上自然な流れ」であると述べた。
 
2-2 ノリルスク社の対抗ビッド (5月3日)
 エクストラータ社との友好的な買収合意に対し、ニッケル生産世界首位のロシア・ノリルスク社(Norilsk Nickel)が反応し、5月3日、ライオンオア社買収の対抗ビッドを発表した。買収総額は53億C$(21.50C$/株)で、エクストラータ社と同じく全額現金によるオファーであった。このノリルスク社の買収提案額は3月23日のライオンオア社株価に22.9%のプレミアムを上乗せした額に相当しており、エクストラータ社オファーに比較しても16.2%高額である。ライオンオア社はこれを受け、同日「ノリルスク社オファーを検討し、当社態度をできるだけ早めに決定したい」と述べたが、他方エクストラータ社はコメントを保留した。
 買収提案に関し、ノリルスク社の狙いとは、南半球のニッケル資産の保有のほか、ニッケル生産首位の座を維持し市場への影響力を維持すること、またフィンランドの精練所への鉱石手当にあるとされていた。
 
2-3 エクストラータ社の対抗ビッド (5月15日)
 5月15日、今度はエクストラータ社が、ノリルスク社TOB価額を上回る一株あたり25C$の対抗ビッドを提示した。このオファーはノリルスク社の敵対的対抗ビッド21.5C$を更に16%上回り、エクストラータ社の当初提案の友好ビッド18.5C$を26%上回るものであった。また異例の条件として、友好的買収のブレークアップフィーを大きく引き上げ、ライオンオア社株式時価総額の4.9%にあたる3億500万C$と設定し、今後の他者からの対抗ビッドに対するハードルを大きく引き上げた。この額は通常時価総額の3%以内に留められることがほとんどであることから、前例の無い条件としてカナダのファイナンス関係者の間で話題となった。
 翌16日、ノリルスク社は、今回の引上げにおけるブレークアップフィーについて、「不当に高額であり、参入者を阻害し、株主利益を毀損する措置である」として証券当局への申し立てや法的措置を検討していると報じた。一方、ライオンオア社経営陣は、5月18日の株主に対する役員からの連絡文書の中で、エクストラータ社のオファーに申し込むよう進言を行った。また異例に高いブレークアップフィーの設定については、「より高額の対抗ビッドを得る良いハードルとして自社株主に対しても有利に作用する」などと述べた。

2-4 ノリルスク社の対抗ビッド (5月23日)
 出方が注目されていたノリルスク社であったが、僅か5日後の5月23日に再度の対抗ビッドを発表した。TOB提示価格はライオンオア社一株あたり27.5C$であり、先のエクストラータ社による友好ビッド25C$を11%上回るものであった。買収総額は68億C$。異例に高額のブレークアップフィー3億500万C$に対し、ノリルスク社役員は、「高額のブレークアップフィーは健全な競争プロセスを阻害し企業価値を毀損するもの、3億500万C$は本来エクストラータ社ではなくライオンオア社株主に還元されるべきであった」と重ねてコメントを表明した。
 ライオンオア社経営陣は、翌24日、今回のノリルスク社のオファーを、エクストラータ社と交わしたサポート契約書に定める、より優るプロポーザル(Superior Proposal)として受け入れることとし、同社株主及びエクストラータ社に対し通知することとした。
 これに対し、エクストラータ社は、5月27日、同社のオファーに対する応募締め切りについて、5月25日から6月7日への延長を発表したが、6月1日には、これ以上のTOB価額の積み上げは行わず、ライオンオア社との合併契約の破棄を発表、ライオンオア側にブレークアップフィー3億500万C$の支払いを求めると結論した。併せてエクストラータ社はTOBの有効期限を6月15日まで更に延長したのであったが、もはやTOB合戦からの撤退は誰の目からも明らかであった。
 結局ノリルスク社は6月末までにライオンオア社の90%以上の株式を保有するに至り、同社の買収と支配を決定的なものとした。ノリルスク社が負担した買収総額68億C$は、過去ロシアのグループが行った最大の海外市場における投資に相当している。ノリルスク社はTOB応募期限を7月10日まで延長し、残りの株式買付にあたっている。
 
3. カナダ紙アナリストの見方
3-1 対抗の理由
 カナダ地元紙によれば、エクストラータ社とノリルスク社のライオンオア社をめぐる激しい対抗関係は両社が抱えるニッケル精錬所へのライオンオア社からの給鉱の問題が原因であったとされている。現状エクストラータ社のNikkelverk精錬所が処理する鉱石の23%はライオンオア社が有するアフリカの鉱山から供給されており、ライオンオア社は主要な長期の原料調達先となっている。かたやノリルスク社側にとってもHarjavalta精錬所の原料の約1/4をライオンオア社の生産物に依存していることから、お互いにライオンオア社の鉱石を失うわけにはいかず、引くに引けない関係になっていた模様。加えてノリルスク社はライオンオア社が有するActivox Technologyにも関心が高いとされていた。
 
3-2 ノリルスク社のノックアウトビッド
 2006年以後、ニッケル価格が一段の著しい上昇をみせ、こうした価格高騰はM&Aを可能にする原資として機能していた。専門家の間では複数のコモディティを取り扱うエクストラータ社と、ニッケル専業のノリルスク社との比較では、この業態の違いからノリルスク側の資金がより潤沢であろうとみられており、ノリルスク社は望む資産に対していくらでも投資できる状況であるといった見方までカナダ紙上には掲載されていた。ノリルスク社が5月23日に発表したノックアウトビッドはこうした見方を裏付ける格好となったのである。
 しかしこの後、ノリルスク社有力株主からは、ニッケル価格がこのまま長期的、安定的に推移するとは思えず、むしろ価格のピーク時にリスクの大きい投資を行っているなど、声高な批判が多く噴出した。事実、6月の期間中ニッケル価格は急速に下げに転じ、6月月初から月末にかけてポンド当たりのニッケル価格は23US$から16US$台に下落するなど、ノリルスク社経営陣にとって足下の市況は厳しい推移を見せている。加えてノリルスク社によるノックアウトビッドの直後、ライオンオア社は2007年度のニッケル生産計画が44,300tから43,000tに2.9%減少する見通しを発表するなど、別な逆風もある。
 一連のTOBから窺われることとして、カナダ紙アナリストからは、ノリルスク社の経営は実質2人のロシア富豪により掌握されており西側大手企業よりも自由度の高い判断が可能な模様であること、また今回の積極的なビッドについては国家のプライドが後押ししたのではないかということが指摘されている。
 
3-3 エクストラータ社とライオンオア社の買収合意
 両社の間で締結された4.9%のブレークアップフィーについて、守るべき紳士的な態度があるとしてトロントの金融筋からは批判がある。グローブアンドメール紙Derek Decloet氏によれば、暖かい握手よりも、厳しい鉄槌が優ってよいものかどうか、紳士的な態度を遵守すべきとエクストラータ社の手法に対して疑問を投げかけている。エクストラータ社がライオンオア社に対し当初要求したブレークアップフィーの水準とは実に8%であった模様で、交渉の結果これが4.9%にまで下げられた経緯があったという。
 2006年のファルコンブリッジ社を巡るTOB合戦を振り返ると、同社と相互に買収合意に達していたインコ社はブレークアップフィーを2.6%と定め、終始紳士的な姿勢を貫いたのであるが、結局エクストラータ社の敵対的TOBの前に屈する結果となった。仮にファルコンブリッジ社とインコ社の間で巨額のブレークアップフィーが設定されていたとすれば、エクストラータ社からのライバルビッドを退けられた可能性もあり、逆にインコ社は紳士協定を遵守したからこそ、エクストラータ社との競争に敗れ、最後には自らも買収されるという顛末を招いたとみることもできる(2006年カレントトピックス06-49 06-64)。エクストラータ社は、今回の企業買収ではノリルスク社に破れたとはいえ、3億500万C$もの巨額を手にするなど、改めてその剛腕ぶり、したたかぶりが注目されるのである。
 またDecloet氏は、ライオンオア経営陣に対しても、企業統治の悪例とまで厳しく批判している。ライオンオア経営陣は2007年3月の段階では買収阻止のため、およそ100万株をボーナスとして経営陣に対し発行し、その直後に同社役員らは数百万株におよぶ売却を行っていた。しかしその後、一転してエクストラータのTOBに合意するなど、同氏は、経営陣は企業価値を十分理解していないのではないかといった疑問を投じている。加えて、ライオンオア社経営陣の異例のブレークアップフィーへの合意も不可解とし、経営陣に企業買収に関する多大な権限が集中しすぎているのではないかとの、そもそもの企業統治の構造についてまでの疑問を投げかけている。
 
4. 最近のニッケル生産企業買収の対価
 JOGMECバンクーバー事務所では一連のカナダのニッケル企業の買収につき主にカレントトピックスを通じて現地の様子について報告してきた。2005年から直近のライオンオア社の買収に至るまで、保有ニッケル資源に対する評価の変化を確認するために、2005年以後の主なTOBについて、買収対象となった企業が保有するニッケル金属資源量(未開発プロジェクトを含む鉱量ベース、買収対象となる権益分)を概算したうえ、これをTOB価格で割り戻し、ニッケル1ポンド当たりのTOB単位価格の変化をとりまとめた*(表1、図1)。図1をみる限り、各企業におけるTOB単位価格の推移(傾斜)とは、その期間のニッケル価格の変化に良い一致を示すことが解る。また各社間のニッケルポンド当たりのTOB価格の比較では2005年3月の豪州WMC社の買収で安く、直近のライオンオア社を巡る取引で高い顕著な右肩上がりの傾向を呈していることがわかる。ただし、その差は3倍強に留まり、ニッケル価格の実際の上げ幅に比較して小さいという点もまた指摘できる。
 ニッケル価格の高騰に伴ってニッケル生産企業の買収が活発化したが、こうした一連の激しい競合関係から、カナダ紙アナリストの中には、ニッケル資源とは、もはや得難い希少な金属と位置づけられるのではないかとの見方もある。昨今のニッケル市況の急落は加熱するカナダのニッケル企業買収に小休止をもたらすことと思われるが、中長期的には一部大手による一層の生産の集約化が進む可能性もあるのではないだろうか。
 なお本稿で示した試算は極めて単純な計算に基づくものであり、例えば各社の間で存在する各企業の財務的要素は考慮されておらず、またニッケル資産の価値についても、鉱山の生産コスト、それぞれの未開発プロジェクトの成熟度、ニッケルとそれ以外の金属の資産との量的な関係、また保有するニッケル資源が硫化鉱であるのか或いは酸化鉱(ラテライト鉱)であるのかという点などで大きな差が生じるが、これらの要素は考慮されておらず、図1は参考程度の精度しかないことにご留意頂きたい。
 

*

公表されている鉱山、未開発プロジェクトの鉱量と品位の単純な積によりニッケル金属量を算出した。主要な副産物については TOB 発表当時の金属価格を用いてニッケルに換算しニッケル資源量に上積みした。 LME 価格は対象月のスポット価格である。

表 1 2005 年以後のニッケル生産企業への主な TOB

 
買収対象
TOB 発表時期
買い手
獲得シェア
TOB 価格
百万 US$
Ni 金属資源量
百万 t
その他金属資源量
LionOre Mining
2007 年 5 月
2007 年 3 月
Norlisk
Xstrata
100.0
100.0

6,300
5,600

2.4
金 150 万 oz
Inco
2006 年 8 月
2006 年 5 月
CVRD
Teck Cominco
100.0
100.0

17,300
16,000

18.0
コバルト、白金など
Falconbridge
2006 年 7 月
2005 年 8 月
Xstrata
Xstrata
80.1
19.9

21,200
1,709

4.5
1.0


銅 31 百万 t

WMC
2005 年 3 月
BHP-B
100.0

7,300

2.5

銅 44 百万 t

 

図1 2005年以後のニッケル価格の推移と各社に対するニッケルポンド当たりのTOB単位価格
図1 2005年以後のニッケル価格の推移と各社に対する
 ニッケルポンド当たりのTOB単位価格

 参考資料
 JOGMEC カレントトピックス、ニュースフラッシュ
 JOGMEC クォータリーレビュー
 Metal Economics Group データベース
 各社ウェブサイト、年次レポート
 カナダ紙(Globe and Mail, Financial Post)

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