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報告書&レポート

2008年3月19日 サンティアゴ事務所 平井浩二 Tel:+56-2-228-4025 e-mail:hirai-koji@jogmec.go.jp
2008年27号

アルゼンチンの環境問題(2)-アルゼンチン北西部地域の場合-

 アルゼンチン・パタゴニア地方で発生した反鉱業運動は、2006年末から2007年にかけて、アルゼンチンの鉱業活動の中心とされる北西部地域に広がった。現在、同地域の複数の州においてシアン等有害物質の使用を禁止する法律が制定され、アルゼンチンの投資環境を悪化させる要因となっている。本稿では北西部地域における反鉱業運動の広がりと州による鉱業規制の実態、今後の見通し等について報告する。

1. はじめに
 2003年にアルゼンチン・パタゴニア地域で発生した、反鉱業運動は環境保護団体等の介入より大きな社会問題に発展し、アルゼンチン全土の国民が知ることとなった。この反鉱業運動は、当初パタゴニア地方のみに限定されていたが、アルゼンチンで鉱物資源ポテンシャルが高く、鉱業活動の中心とされている北西部地域(Jujuy州、Salta州、Catamarca州、La Rioja州、San Juan州、Mendoza州)に広がっていった。
 2006年8月にアルゼンチン北西部各州の鉱業担当局を訪問した際、Mendoza州を除く各州の鉱業担当局長は、反鉱業運動はパタゴニア地域の一部で起こっている特殊な問題で、北西部地域で反鉱業運動が発生する可能性は低いとコメントしていた。農業を主産業とし、鉱業より農業を優先しているMendoza州のみが、反鉱業運動の広がりを警戒していた。
 現在、北西部地域では、La Rioja州、Mendoza州の全域及びSan Juan州Catamarca州の一部地域で鉱業活動を規制する法律が制定されている。また、北西部地域以外においても、Tucuman州、La Pampa州において、鉱業活動にシアン等の有害物質の使用を禁止する法律が可決・施行されている。
 北西部地域における反鉱業運動の実態と州政府による鉱業規制について、La Rioja州、Mendoza州等で発生した事例を中心に記載する。

アルゼンチン各州における鉱業規制内容 ( 州法制定済 )
州名 規制年月 規制内容
Rio Negro 2005 年 8 月 州内において金属鉱物の採掘、処理加工にシアン及び水銀を使用することを禁止する。
Chubut 2006 年 11 月 州全体の 40% に及ぶ山岳地帯で 36 か 月間、鉱業活動を完全禁止する。
La Rioja* 2007 年 3 月 州内においてシアン、水銀その他の汚染物質を使用したリーチング・プロセスを用いる露天掘り採掘を禁止する。
Tucuman 2007 年 4 月 州内の露天掘りの金属鉱山開発とシアン・水銀を使用した処理を禁止する。
Mendoza * 2007 年 6 月 州内において鉱物採掘 ( 抽出 ) にシアン他の化学物質の使用を禁止する。
La Pampa 2007 年 10 月 州内で金属鉱物を処理・加工するためにシアンや水銀のような危険な化学物質を使用することを禁止する。
*アルゼンチン北西部州

アルゼンチン各州における鉱業規制内容(州法未制定)
州名 規制年月 規制内容
San Juan * 2007 年 9 月 同州政府は Cerro Mercedario 地域における探鉱・鉱山開発を全面的に禁止。今後、当該地域における探鉱許可を与えない措置を実施。
Catamarca* 2007 年 11 月 Tinogasta 地区委員会は同地区内における露天掘り採掘の禁止を含む新しい環境規則を制定、この規則をウラン・金・銀・銅の採掘に適用できるよう拡張。
Santa Cruz 2008 年 2 月 同州政府はアンデス地域において鉱業を禁止する法律を作成。本法律は 2008 年 3 月に下院へ提出される見込み。なお、同州政府は同地域で既に探鉱許可を得ている企業に対し、探鉱を中止するよう要請する見込み。
Salta * Metan 県は Calchequies 峡谷での探鉱活動に対し、近日中に鉱業活動を受け入れるかどうかの住民投票を実施する予定 ( 時期未定 ) 。
*アルゼンチン北西部州


アルゼンチン北西の主要プロジェクト位置図

2. アルゼンチン北西部地域の鉱物資源ポテンシャル
 アルゼンチン北西部地域はアルゼンチンの中でも特に鉱物資源ポテンシャルの高い地域で、Bajo de la Alumbrera銅・金鉱山(Xstrata 50%、Goldcorp社(加)37.5%、Northern Orion社(加)12.5%)、El Aguilar鉛・亜鉛鉱山(Glencore社89% IFC(世界銀行のファイナンス会社)11%)、Veladero金鉱山(Barrick Gold 100%)、Salar de Hombre Muertoリチウム鉱山等のアルゼンチンを代表する鉱山が操業しているほか、欧米のメジャー及びジュニアーカンパニーによる探鉱・開発プロジェクトも数多く実施されている。以下に北西部地域の各州における鉱物資源ポテンシャルを示す。
(1) Jujuy州
 Jujuy州には金属鉱物資源と工業用鉱物資源が賦存する。同州を代表する金属鉱山はEl Aguilar鉱山で、1936年から採掘されており、富鉱部の鉱石品位はZn 8.4%、Pb 5.5%、Ag 120g/tに達する。また、現在Pirquitas錫・銀・鉛プロジェクトの開発が進められている。同鉱床はオルドビス紀の堆積層にある錫・銀・鉛の浅熱水鉱床で鉱石品位はAg 177g/t、Sn 0.21%、Zn 0.61%、確定+推定鉱物埋蔵鉱量は18.9百万tである。
 工業用鉱物資源としては、湖畔の巨大な化石層の中にあるLoma Blanca鉱床のホウ酸ナトリウムが有名である。鉱石品位はB2O3 13.5%、埋蔵鉱量20百万t である。同鉱床は現在採掘中で、この種のタイプの鉱床としては世界でも第3位の大きさである。また、Grandes塩湖、Olaroz塩湖、Cauchari塩湖で岩塩を採掘中である。

(2) Salta州
 Salta州に賦存する鉱物資源は、工業用鉱物資源、特にホウ酸ナトリウム、岩塩、珪藻石、重晶石、フォノライトがある。Saltaには大規模な蒸発性鉱物の埋蔵地帯があり、中でも岩塩及び硫酸塩を産するRincón塩湖, Pocitos塩湖, Arizaro塩湖の3つの塩湖が有名である。また、広大な面積を持つPatos Grandes塩湖では岩塩とホウ酸ナトリウムを採掘している。ホウ酸ナトリウムは、Tincalayu鉱山で産出されているが、同鉱山は第三紀の堆積層にある天然ホウ砂鉱床で、鉱物の品位はB2O3 14~22%、無水ホウ酸塩の埋蔵量1.5百万tである。
 同州の金属鉱物資源については、操業中の鉱山はないものの、El Quemado地区のNb-Taのペグマタイトの鉱化帯や、Taca-Taca、Cerro Samenta、Pancho Arias、Inca Viejo等の銅鉱床、Organullo熱水性金鉱床、Concordia、La Pomaの鉛・銀・亜鉛鉱床が存在する。

(3) Catamarca州
 Catamarca州ではBajo de La Alumbrera鉱山、Farallón Negro-Alto de la Blenda鉱山及びSalar de Hombre Muerto鉱山が操業中である。また、ポーフィリーカッパーの探鉱プロジェクトが複数実施されている。開発段階のプロジェクトの中で特に重要なのがAgua Ricaプロジェクトで、同鉱床の資源量は14.6億t、銅0.44%、モリブデン0.03%、金0.19g/t、年間生産量は銅13.6万t、モリブデン7,000t、金3.9tである。同プロジェクトは2008年より建設を開始し、2010年から操業を開始する予定である。
 工業用鉱物資源では、La Puerta、Capital地区の水晶・長石・雲母を随伴するペグマタイト鉱床が存在するほか、Esquiú地域には石灰石が豊富に賦存し、その埋蔵量は12百万t以上に達する。

(4) La Rioja州
 La Rioja州には主要な金属鉱山は存在しないが、幾つかの探鉱プロジェクトが実施されている。La Helveciaはオルドビス紀の石灰石と石炭紀の堆積岩との不整合なコンタクト中に賦存する鉛・亜鉛鉱床で、鉱量361,000t、品位鉛8.3%、亜鉛 18.8%、銀91g/tと評価されている。Famatina地区の金・銅鉱脈鉱床は19世紀末から1925年まで採掘された経緯がある。
 工業用鉱物資源としては、Amaná地区で耐火煉瓦用粘土を年間6,000t採掘しているほか、装飾用岩石としては、Olta-Zona Loma Blanca地区の砂岩が有名で、年間10,000tを生産している。

(5) Mendoza州
 Mendoza州に賦存する金属鉱物としては、モリブデンと金を随伴するポーフィリーカッパー鉱床及び金の熱水性鉱床がある。Mendozaの北西に位置するSan Jorge鉱床はポーフィリー銅・金鉱床で、埋蔵鉱量は361百万t、銅0.39%、金0.18g/tで、現在FSを実施中である。Paramillo Norte鉱床は銅・金・モリブデンのポーフィリーカッパータイプの鉱床で、埋蔵鉱量は未だ確定していないが、脈部分に200万t、ブレッチャ部分に5,000万tの鉱量が確認されている。
 同州の工業用鉱物資源としては、世界的レベルの埋蔵量を有するPotasio Rio Colorado塩化カリウムプロジェクトが有名である。また、セラミック産業の原料として使われる粘土及びカオリン、耐火粘土、掘進用泥、ワインのろ過用材等が生産されている。Mendoza州はアルゼンチン国内有数の滑石の産地であり、同州の年間生産量は10,000~15,000tである。

(6) San Juan州
 San Juan州は金属鉱物資源ポテンシャルが非常に高い州で、ポーフィリーカッパー鉱床、スカルン鉱床、熱水性金鉱床等が存在し、数多くの探鉱・開発プロジェクトが実施されている。同州の主要操業鉱山はVeladero金鉱山で、埋蔵量は金量約400t、生産量は金20t/年である。また、アドバンスステージの案件として、El Pachon銅・モリブデンプロジェクト(確定・推定資源量700百万t、銅0.65%、モリブデン0.014%、金2.6g/t、年間銅生産量245,000t)、Pascua Lama金プロジェクト(金量526t、年間生産量金約20t)、Gualcamayoスカルンプロジェクト(資源量62.3百万t、金品位0.66g/t、年間生産量、金96,000oz)、Casposo金・銀プロジェクト(資源量1.7百万t、金5.29g/t、銀115g/t、年間生産量、金:65,000oz、銀:1.0百万oz)などが挙げられる。
 San Juan州で産出される工業用鉱物資源は、建築用砂、砕石、粘土、石灰石、花崗岩、岩塩、ドロマイト石膏、砂利、大理石、石英、長石、雲母、タルク、ベントナイト、軽石、方解石等である。

3.アルゼンチン北西部地域の反鉱業運動
(1) Mendoza州の反鉱業運動
1)背景と経緯
 Mendoza州で2005年に発生・拡大した反鉱業運動は、2006年12月に下院が、同州内における金属鉱業活動を禁止する法案を提出し、州知事がこれに反対、拒否権を行使する異例の事態となった。最終的に2007年6月に鉱業活動におけるシアン・水銀等の有害物質の禁止する法案が可決されることとなり、同州内で探鉱活動を行っていた多くの企業が影響を受けることとなった。
 この問題は、同州San Carlos県の農業従事者がTenke Mininig社が実施するPapagayos探鉱プロジェクトに反対したのが発端であるが、Mendoza州がシアン・水銀等の有害物質を用いる探鉱活動を禁止するに至った経緯を以下に示す。

2005年4月: San Carlos県Uco渓谷地帯の農業活動を支援する名目で、近隣住民団、農事業所、生産業者、市議会議員、自由業者、観光会社経営者及び教育者達の代表者によりダイヤモンド前線が結成される。ダイヤモンド前線の目的は、Diamante湖の南方約20km位置するPapagayos地域で行なわれていたTenke Mininig社の探鉱活動を阻止することであった。その後、ダイヤモンド前線は州の環境委員会や上・下院に働きかけ、San Carlos県において探鉱活動を禁止する法律制定の中心的役割を担うこととなる。

2005年4月: 州の環境委員会会長を兼務するJorge Difonso氏が提出した県内の鉱業採掘を禁止する条令をSan Carlos県審議会が満場一致で承認。この条令は連邦及び州の法規に反するものであったが、弁護士の資格を持つDifonso氏は、「我々は1994年の連邦憲法で保障されている市の自治権を行使するものであり、条令は法律に反していない。」と主張した。

2005年5月: San Carlos県のMario Guinazu長官が県内で鉱業採掘を禁止する条令に拒否権を発動。長官は鉱業活動に関する法制について、鉱業法を公布する権限を持っているのは連邦議会であることを強調した。

2005年8月: Mendoza州鉱業局長Carlos Monjo氏がTenke社の探鉱活動を許可するための環境影響調査書を承認しようとしていることが知れ、地元住民による大反対運動が起こる。2005年5月に鉱山会社に有利な見解を示していたGuinazu長官もこれに同調した。

2005年9月4日: 州政府は、環境法及び経済法の統合が完成されるまでの間、90日間に限り、Papagayos地域での試掘・探鉱許可の中止を決定した。Julio Cobos、Mendoza州知事は、環境保護者や地元住民の意見を考慮して、州内の鉱業投資を増やすのが州の経済政策だと語った。

2005年9月7~8日: Mendoza州上院がDiamante湖保護地域の拡張を承認。これにより、San Carlos県の住民はDiamante湖の保護地域を28,000haから170,000haに拡張する立法支援を得て、Uco渓谷地帯の灌漑用水の取水源であるPapagayos川源流における探鉱停止を要請出来るようになった。農業機関と環境・公共事業省が共同でSan Carlos県と州上院と協力してこの立法措置を実現したのである。その後、同州下院はDiamante湖自然保護地域を拡張し、保護地域内及び域内の水資源に影響を及ぼす鉱業活動を全て禁止する法律を承認した。鉱業活動より農業活動の防衛に重きを置いた法律の制定であった。Cobos州知事も下院の決定に同意した。

2006年5月16日: 州知事が法令第820/06号に署名し、これにより環境・公共事業省はMendoza州のエネルギー・炭化水素・鉱業庁と環境所管当局としての権限を分かち合うこととなった。これ以降に提出される鉱業プロジェクトの承認または否決の決定は経済省の傘下にあるエネルギー・炭化水素・鉱業庁の手に委ねられることになり、環境庁は権限を失った。San Carlos県の探鉱活動反対派はCobos州知事の法令は根拠がないと主張し本法令に不快感を表明した。環境派の人達はCobos州知事が鉱業推進派であると考えるようになり、法令を疑問視し、反対を唱えるようになった。

2006年12月14日: Mendoza州下院は、州内における鉱業権、試掘、探鉱または露天掘りによる金属鉱物採掘の停止を決定して、州政府が環境保護に関する法律第5961号の定める環境計画書を州議会に提出するまで、金属鉱業活動を禁止する法案を提出した。鉱業反対を訴える組織が、鉱業活動が行われていた複数の県で道路を封鎖し、デモンストレーションを行なった。

2006年12月19日: Cobos州知事が、憲法違反であるとの理由で、Mendozaで金属鉱業活動を禁止する法律に拒否権を発動した。知事の拒否権は上院に送られ、上院の環境委員会及び立法・憲法問題委員会に回付された。これにより、2006年12月に下院が提出した法案は両委員会の審議結果が出るまでの間凍結された。Cobos州知事は拒否権を発動する根拠として以下の2つを主張している。

* 連邦憲法が規定する原則によれば、鉱業活動は連邦議会の専管事項であり、連邦鉱業法の適用を受けるとされている。従って、試掘・探鉱許可等の鉱業活動にかかわる権利は全て鉱業法の規定によらなければならない。従って、州に該当しない権限を州に付与することを定めた、この法令の制定は憲法違反である。
* 鉱業権の停止は第三者への損害を発生する可能性があり、従ってMendoza州を提訴する大きな動きに発展しかねないことは避けなければならない。

2007年6月初旬: 上院はCobos州知事の発動した拒否権を否決し、法案を正当と判定。あとは下院での審議だけとなった。なお、観光業者、農産物製造業者等が環境派の人達に守られて議場に押しかけて、上院議員にも下院議員にも圧力をかけた。

2007年6月6日: 職場を失うことに危機感をつのらせた鉱山労働者達と環境保護の旗印を掲げた環境組織とが対立して騒ぎを起こしたため、下院で提唱されていたCobos州知事の拒否権審議は行なわれなかった。約500人に昇る鉱山労働者と経営者がSan Rafael、Malargue、Mendoza市や近隣の村から議会に押しかけた。一方の環境派は、Uco峡谷地帯やGeneral Alvearから約400人を動員した(2005年4月にSan Carlos県で発生し、Mendoza州における反鉱業運動の発端となった事例と同様に、General Alvear県においても反鉱業運動が活発化し、2007年6月10日に同県の条令により鉱業活動を禁止することが決定されていた)。

2007年6月20日: Mendoza州の上下両院は、Cobos州知事の拒否権を否決したが、鉱業活動を全面的に禁止するのではなく鉱物採掘(抽出)にシアン他の化学物質の使用を禁止する法律第7722/07号を可決・公布した。これにより、Mendoza州における鉱業活動を規制する法案が、鉱業活動における有害物質の使用禁止という形で制定されることとなった。

2) 問題点と今後の見通し
 Cobos州知事はMendoza州で鉱業活動が全面的に禁止されることは回避した。同知事はこの法律が同州内における金属鉱業活動を完全に停止させることを良く認識しており、「鉱業活動が禁止されたのではなく、シアンその他の化学物質の使用が禁止された」のであり、「鉱山会社は現実を見つめて、鉱物の処理に新しい技術を使わなければならない」とコメントしている。2007年6月以降、San Carlos県の道路封鎖は解かれ、州南部の市町村やUco渓谷地帯でのデモ騒ぎも解消した。環境派による議会への圧力もなくなった。鉱業賛成派の県の長官は内部の鉱業反対派を刺激しないよう、鉱業賛成の主張の声を落としている。
 本法律の制定により、Mendoza州では複数の探鉱プロジェクトが中断・中止された。カナダのジュニアーカンパニーであるLatin American Minerals社はCerro Amarillo金プロジェクトの活動を停止し、カナダのExeter Resources社はDon Sixtoプロジェクト(以前のCabezaプロジェクト)の探鉱活動を中断し、静観している。また、カナダのPortal Resources社はこれまで3.0百万US$投資し探鉱を続けていたAnchorisプロジェクトを凍結、現地で雇用していた職員を解雇、同プロジェクトの近郊で実施していたTigreプロジェクトからも撤退した。法律の制定後、約10億US$の投資プロジェクトに影響を与えているという指摘もある。
 現在Mendoza州で問題となっているのは、アルゼンチン連邦政府が進める原子力開発計画のため、国家原子力委員会(CNEA)が再開発を見込んでいたSierra Pintadaウランプロジェクトが中断されていることで、CNEAはMendoza州の決定をアルゼンチン国民に不利益を与えるものであるとして非難し、同州で探鉱を実施していたジュニアーカンパニーとともに訴訟を起こすことを検討している。
 今後は2007年10月に就任したCelso Jaque新知事の意向が大きく影響するものと考えられる。Mendoza州の政治家は、雇用創出のため鉱業投資により金属鉱物資源を開発しなければならないことを認識しているため、新知事が州民検討会を招集し、鉱業推進派、反鉱業派の立場を尊重し、鉱業政策を策定する可能性は残されている。

(2) La Rioja州の反鉱業運動
1)背景と経緯
 Mendoza州で反鉱業運動が活発化している中で、La Rioja州においても鉱業活動を制限する法律が制定された。La Rioja州の場合はこれまでのパタゴニア地域及びMendoza州の例と異なり、州知事選にからむ政治的要素が大きく影響したとされる。La Rioja州における反鉱業運動とシアン等有害物質を使用した鉱業活動を禁止する法律が制定された経緯を以下に示す。
 La Rioja州における鉱業活動を規制する法律の制定は時のAngel Maza州知事と副知事Luis Beder Herrera氏の政治上の確執に端を発している。Angel Mazaは1990年代の初めに連邦政府の鉱業庁長官を務めており、アルゼンチンに鉱業投資を誘致するための改革推進者と目されていた。その後、鉱業庁長官を辞し、La Rioja州知事に就任した。Maza州知事はLa Rioja州において鉱業投資の誘致を行ったが、その内の一つがBarrick GoldによるFamatina探鉱プロジェクトであった。
 2007年初めにFamatinaプロジェクトに反対する地元住民と環境保護団体が抗議活動やプロジェクト地域への道路封鎖を繰り返す事件が発生した。Herrera副知事は次期知事就任のためMaza知事を打倒する必要があったが、Maza知事が進めるFamatinaプロジェクトに反対する地元住民・環境保護団体を利用した。
 La Rioja州議会の賛同を得たHerrera副知事は、2007年3月8日に「州内においてシアン、水銀その他の汚染物質を使用したリーチング・プロセスを用いる露天掘り採掘を禁止する」法案を可決した。本法律は科学的または技術的な審議を行なうこともなく下院で承認されており、本法律が政治的な背景の下に制定されたことは明らかであった。なお、本法律にはBeder Herrera副知事が、副知事兼La Rioja州下院議長として署名している。本法律制定後、Maza州知事は、“職務怠慢”及び“公務員の義務不履行”により、2007年3月13日にその職務を停止され、2007年4月8日には正式に罷免される。
 また、同州議会は「行政府にその義務として、2007年7月29日に住民協議会を招集し、Chilecito県及びFamatina県の住民にこれら県内でシアン、水銀その他の汚染物質を用いてリーチング・プロセスを行なう露天掘り採掘に賛成か反対かを投票させることを命じる」と規定する法律も制定している。これは拘束力を持つ法律であり、住民投票の結果により、Famatinaプロジェクトにおいてシアン等の有害物質の使用を許可する可能性もあり、鉱業推進派の意見も尊重したのではないかと考えられる。
 法律制定後、同州への鉱業投資が激減するとして反対を唱えていたLa Rioja州鉱業次官Abel Nonino氏がHerrera臨時代理知事により解任された。このような状況の中でBarrick GoldはFamatinaプロジェクトから正式に撤退することを決定し、現地キャンプ等の施設を解体した。同社のスポークスマンは今後La Rioja州での探鉱活動は実施するつもりはないと発表した。このBarrick Goldの撤退により、2007年7月に予定していた、Famatinaプロジェクトの可否を問う住民投票は無意味となり、最終的に同州においてシアン等有害物質を使用した鉱業活動を禁止する法律が制定される結果となった。

2)問題点と今後の見通し
 アルゼンチン北西部の鉱業州においては鉱業促進政策をとる政府に反対する勢力が、地元住民の鉱業に対する反対運動や環境保全運動を利用し、現政権を揺さぶる事例が認められる。La Rioja州のFamatimaプロジェクトに対する反対運動は政治的に利用された典型的な例である。
 この問題の結果、最も被害を受けることとなったのは、Famatimaプロジェクトから撤退したBarrick Goldだけではなく、これまで地元住民と良好な関係を築いて探鉱活動を行なっていた、各企業であった。
 2007年8月にLa Rioja州知事選が行なわれ、鉱業活動を規制する法律を制定した張本人であるBeder Herrera氏が新知事となった。これにより、同州で鉱業推進派の勢力は大幅に縮小されるという見方が強く、同州で投資環境が改善する可能性は低くなったといえる。

(3) その他の州における反鉱業運動
 アルゼンチン北西部地域における反鉱業運動はMendoza州、La Rioja州以外の州においても発生している。特に2007年に入り、アルゼンチンで唯一の大規模銅鉱山であるBajo de la Alumbrera鉱山やAgua Ricaプロジェクトが存在するCatamarca州、Veladero金鉱山やPascua-Lamaプロジェクト、El Pachonプロジェクト等のアドバンスステージのプロジェクトが数多く存在し、アルゼンチンにおいて最も探鉱活動が盛んであるとされているSan Juan州においても発生している。Mendoza州、La Rioja州以外の州における反鉱業運動の実態を以下に示す。

1)Catamarca州
 Catamarca州では2007年6月に議会の環境派が同州内の露天掘り鉱山の開発を禁止する法案を提出し、州内でシアン・水銀等の有害物質の使用を禁止することを訴えた。同州議会の環境派は少数で住民による十分なサポートも得られなかったため、法律は制定されることはなかったが、一部の議員が州政府に対し、主要な探鉱プロジェクト全てについて、環境対策を実施しているか報告するよう要求した。
 また、国家原子力委員会(CNEA)が進めるTinogasta地域のウランの探鉱活動に地元住民が反対し、2007年11月にTinogasta地区委員会が露天掘り採掘の禁止を含む新しい環境規則を制定、この規則をウラン・金・銀・銅の採掘に適用できるよう拡張した。Tinogasta市には数千人規模の鉱業反対派が集結し、同地区において将来起こり得るウラン採掘に抗議した。ウラン鉱床の存在するTinogasta地区Fiambalaコミュニティーで実施された住民投票では約7,000人の人々が反対票を投じ、将来のウラン採掘を明確に拒否した。CNEAはこの投票結果について、住民の総意ではなく一部の環境団体に影響された結果であるとし、住民を説得し探鉱活動を続けたい意向であるが、困難な状況である。

2)San Juan州
 San Juan州では2007年9月に、環境保護団体と観光セクターからの反対により、同州政府は金、銀、銅のポテンシャルが高いとされるCerro Mercedario地域における探鉱・鉱山開発を全面的に禁止する決定を下した。2007年8月の選挙で再選されたJose Luis Gioja知事は、Mercedario地域は国立公園に指定する予定で、いかなる鉱業活動も許可しないとの意向を示した。なお、同地域はSan Juan州の鉱業探査公社が鉱区テンダーを予定していた地域で、2005年時点では、探鉱活動を禁止する動きは全く認められなかった。
 また、2008年1月にはアルゼンチンのオンブズマン事務局が地元住民の申し入れを受け入れ、San Geillermo自然保護区の調査を行った結果、鉱山開発が地元住民と自然環境に悪影響を与える可能性があるとして、同地域での鉱業活動を禁止するよう州政府に要請した。鉱業活動を禁止する期間は、十分な環境マネージメント計画が策定されるまでの間としているが、San Geillermo自然保護区内にはVeladero鉱山、Pascua-Lamaプロジェクトがある他、約200件の探鉱プロジェクトが実施されており、この問題が拡大すれば同州の鉱業活動に大きな影響を与える可能性がある。

3)Salta州
 Salta州では、2007年後半から環境保護団体が反鉱業活動を活発化させ、同州の鉱業支援政策を変更するようJuan Urtubey新州知事に働きかけており、投資環境を不安定にしている。環境団体はSalta州Metan県Calchequies峡谷で活動しており、Metan県は近日中に鉱業を受け入れるかどうかの住民投票を実施する予定である。同州のAlonso鉱業次官によると、環境団体は非常に強力なロビー活動を行なっており、州政府の方針を転換するよう強く要請している。

4)その他
 アルゼンチン北西部地域以外においても2007年に鉱業活動を規制する法律が相次いで制定されている。2007年4月にTucuman州政府が露天掘りの金属鉱山開発とシアン・水銀を使用した処理を禁止する法律を制定した。現在、Tucuman州の鉱業生産は採石、セラミック、粘土、石膏、石灰石等の非金属に限定されているが、金属鉱物資源のポテンシャルが存在するにもかかわらず、法律制定以後、金属鉱山開発に係る投資は事実上、禁止されている状況である。
 また、La Pampa州では、2007年10月に金属鉱物を処理・加工するためにシアンや水銀のような危険な化学物質を使用することを禁止する法案が可決した。本法律では金属鉱物の露天掘り採掘も禁止している。同州の主な資源は非金属鉱物資源であるが、これまで金属鉱物資源探査も実施されており、いくつかの鉱徴が確認されている。

4. 終わりに
 本稿ではアルゼンチン北西部地域における反鉱業運動の広がりと各州政府による鉱業規制について現状を報告した。この反鉱業運動は2003年のEsquel問題を発端とし、パタゴニア地域、北西部地域に広がって行った。反鉱業運動は2006年まではアルゼンチンの各州において散発的に発生していたが、2006年末から2007年にかけて集中的に問題が起こり、いずれも鉱業活動を規制する処置がとられることとなった。この傾向は2008年以降も継続し、今後、反鉱業運動はアルゼンチンの鉱業州を含むあらゆる地域で発生し、アルゼンチンの投資環境を悪化させるものと考える。
 州政府が鉱業規制に踏み切るきっかけの多くは、州内にある僅か1つのプロジェクトで地元住民・環境団体による反鉱業運動が発生し、問題が拡大することである。この場合、州政府が州内全地域(あるいは州内一部地域)での鉱業活動を規制することとなり、これまで地元住民と良好な関係を築いて探鉱活動を行っていた企業も州内で他の企業が引き起こしたトラブルの影響を受け、プロジェクトの延期・中止を強いられる場合がある。
 2003年以降、アルゼンチンで反鉱業運動によりプロジェクトの撤退を決定した企業は数多く存在する。今後、アルゼンチンにおける反鉱業運動が激化すれば、アルゼンチンに投資している多くの企業は同国を適当な投資先であると判断しなくなる恐れがある。

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