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報告書&レポート

2010年1月14日 企画調査部  渡邉美和
2010年02号

中国における鉛製錬鉱害問題と規制強化

 2009年8月、中国の陝西省宝鶏市鳳翔県で数百人の児童らに血中鉛濃度の規準値超過が確認された事件は、地元住民の抗議行動と共に、中国メディアで大きく取り上げられ、汚染源の鉛・亜鉛製錬企業である東嶺冶煉公司は生産停止に追い込まれた。これをはじめとして鉛産業を中心に非鉄金属企業等からの有害物質排出による環境汚染事件が相次ぎ、鉛の主要生産省で生産停止が拡がった。LME価格も中国の鉛供給不安が大きく影響し、上昇を続けている。
一方、中国国内では、これを契機としたかのように、これまで進められてきた旧式設備の淘汰が加速されるとともに、『クリーン生産規準“粗鉛製錬業編”*』が2009年11月24日に公布(2010年2月1日施行)、排出規準を厳格化した『重金属汚染総合対策実施法案』が近い時期の公布を目指して準備中とされるなど、法的な規制強化が推進されつつある。
世界一の鉛の生産及び消費国である中国の状況は世界の鉛需給に影響を及ぼす。本稿では、限られた情報を整理して、中国の鉛製錬業を主体として非鉄産業を取り巻く鉱害や排出物汚染の実態と規制の動向、その影響についてまとめた。

1. 最近の非鉄金属産業に係る有害汚染物質排出事件
 北京市内の大気汚染は、2008年の北京オリンピックに際し、マラソン競技関係者が大気汚染への懸念を表明したことにより世界に広まった。急速な経済成長の中で、多くの環境問題が発生していることは予想されていたが、総論的にはともかく具体的な個々の事例としては、詳細な報道はそれまで少なかった。一方で、環境汚染問題
 

写真1. 東嶺冶煉公司の鉛製錬所(新華網より)
写真1. 東嶺冶煉公司の鉛製錬所(新華網より)

* 本稿では中国の法律等について日本語意訳で示した。例えば『クリーン生産規準“粗鉛製錬業編”』は、中国語表記では「清潔生産標準 粗鉛冶煉業 」である。

図1. 中国の非鉄金属産業関連の環境汚染発生都市
図1. 中国の非鉄金属産業関連の環境汚染発生都市

の複雑化・深刻さは、中央政府もこれを認め、「発達した国家での100年の工業化の過程で段階的に出てきた環境問題が、我が国では既に集中的に現われており、既に汚染事故の多発する矛盾が突出した時期に入っている。」(2007年11月22日国務院通知―「中国環境ハンドブック2009-2010」、中国問題研究会編、蒼蒼社刊、2009.6)と示されている。
 2009年8月、陝西省宝鶏市鳳翔県において、東嶺冶煉公司の排出汚染により数百人の児童らに血中鉛濃度の規準値超過が確認された。この事件を契機としたかのように、それ以降鉛製錬や非鉄金属産業に起因した同種の事件が相次いで報道された。それ以前の限定的な具体例の報道を含めて2005年以降に収集できた事例をまとめると図1のとおりとなる。
 特徴的な点として、2008年以降の事件に「民衆の抗議行動」が併せて報道され始めた点が上げられる。環境や健康を重視する世論の高まりによる結果と見られる。
 なお、中国の血中鉛濃度規準値は、世界保健機関WHOによる安全規準値10µg/㎗に準じ、軽度鉛中毒を10µg/㎗以上、中度を25µg/㎗としている。日本の規準値は、上限値の目安として日本産業衛生学会の生物学的許容値40µg/㎗があり、資料はやや古いが、1993年に得られた188人の児童の平均値として3.15±1.50µg/㎗(厚生労働省審議会2006年6月資料)がある。

2. 中国の汚染排出

図2. 産業排水に占める鉛量(t) (2006年) (出典;中国環境年鑑2007)
図2. 産業排水に占める鉛量(t) (2006年) (出典;中国環境年鑑2007)

 中国において環境政策の重点対策は、『工業三廃』と呼ばれている排水、排気(ガス)、固形廃棄物である。これを産業毎に集約し、排出割合の大きな産業に対して重点的な対策とフォローが実施されている。排水中の化学的酸素要求量では製紙産業が、排気に占める二酸化硫黄では電力産業が大きい。図2は中国環境年鑑から集約した排水中の鉛量で、非鉄金属鉱業が大きな割合を占めていることが分かる。

3. 中国の排水及び排気中の汚染物質規制
 中国の汚染物質規制は基本的に日本と同様で、排水は『水汚染防止法(2008年改正)』と『汚水総合排出規準(GB 8978-1996)』からなり、排気は『大気汚染防止法(2000年改正)』と、工業用炉の場合は『工業炉窯大気汚染物排出規準(GB 8978-1996)』にて規定されている。日本の規準値と比較し、表1に排水規準を、表2に排気規準を示す。なお、両国とも規準値の設定は複雑で、表1の中国の規準値でpH以降は排出される水域により1~3級(1級は飲料水源など、2級は一般工業用水区、3級は二級汚水処理設備の都市排水網などへの排出)の分類があり、ここでは2級の例を示す。また製造設備の設置年により、新しいほど規準値が厳しくなる。中国の『大気汚染防止法』では、産業毎に規準が設定され、先の電力産業の二酸化硫黄など、指定された産業毎に規準値の運用が異なっている。また排水と同様な分類があり、2級の値で代表している。なお、両国とも排出域による特別規準や上乗せ規準が存在する。
 これらを比較すると、日本の規準に比べ、中国の規準がやや緩いことがわかる。

表1. 排水中の汚染物質規準値の日中比較

  中国 (単位) 日本 (単位)  日本の規準値に関する備考
総水銀 0.05 mg/L 0.005 mg/L 水銀及びアルキル水銀その他の水銀化合物
総アルキル水銀 検出されないこと 検出されないこと アルキル水銀化合物
総カドミウム 0.1 mg/L 0.1 mg/L カドミウム及びその化合物
総クロム 1.5 mg/L 2 mg/L クロム含有量
六価クロム 0.5 mg/L 0.5 mg/L 六価クロム化合物
総ヒ素 0.5 mg/L 0.1 mg/L ヒ素及びその化合物
総鉛 1.0 mg/L 0.1 mg/L 鉛及びその化合物
    1997以前 1998以降      
pH 全産業 6~9 6~9   5.8~8.6    
浮遊物質量 採鉱・選鉱・選炭 300 300 mg/L 200 mg/L  
金選鉱 500 400 mg/L
その他 200 150 mg/L
BOD5 その他 60 30 mg/L 160 mg/L BOD (日数と関連して計測法に差がある)
COD その他 150 150 mg/L 160 mg/L COD
石油類 全産業 10 10 mg/L 5 mg/L 鉱油類n-ヘキサン抽出物質含有量
動植物油 全産業 20 15 mg/L 30 mg/L 動植物油脂類n-ヘキサン抽出物質含有量
揮発フェノール 全産業 0.5 0.5 mg/L 5 mg/L フェノール類含有量
総シアン化合物 その他 0.5 0.5 mg/L 0.1 mg/L ヒ素及びその化合物
ふっ化物 その他 10 10 mg/L 8 mg/L ふっ素及びその化合物
総銅 全産業 1.0 1.0 mg/L 3 mg/L 銅含有量
総亜鉛 全産業 5.0 5.0 mg/L 5 mg/L 亜鉛含有量
パラチオン 全産業 1.0 mg/L 1 mg/L 有機燐化合物(パラチオン・メチルパ
ラチオン他)
メチルパラチオン 全産業 1.0 mg/L
四塩化炭素 全産業 0.06 mg/L 0.02    
トリクロロエチレン 全産業 0.6 mg/L 0.3    
テトラクロロエチレン 全産業 0.2 mg/L 0.1    
ベンゼン 全産業 0.2 mg/L 0.1    
その他   16種 39種   20種    
中国の「1997以前」は「1997年以前に設置された設備」の意、「1998以降」同

表2. 排気中の汚染物質規準値の日中比較

  中 国 (単位)  日 本 (単位)    備   考
  1997以前 1998以降       
粉じん  (非鉄金属熔煉炉) 200 100 mg/m³ 0.04~0.7 mg/m³ 一般排出基準ばい煙中のばいじん
      0.03~0.2   特別排出基準ばい煙中のばいじん
二酸化硫黄 1,430 850 mg/m³ *1    
フッ素及びその化合物  15 6 mg/m³ 10 mg/m³ (ガラス等の炉)ふっ素、ふっ化水素等
鉛     (金属熔煉) 30 10 mg/m³ 10 mg/m³ (銅・鉛等の炉)鉛、鉛化合物
水銀   (金属熔煉) 3.0 1.0 mg/m³       
Be及びその酸化物 0.015 0.010 mg/m³       
(ピッチ)油烟 80 50 mg/m³       
                               1.0 mg/m³ カドミウム、カドミウム化合物
30 mg/m³ 塩素 
80,700 mg/m³ 塩化水素 
60~400 ppm 窒素酸化物 
その他揮発性有機化合物・粉じん指定物質(ベンゼン・トリクロロエチレン・テトラクロロエチレン)石綿等
*1 排出口の高さや地域により規定されるとともに、季節による燃料使用基準
中国の「1997以前」とは「1997年以前に設置された設備」の意、「1998以降」同

4. 中国の環境法整備の進行と規制の強化
(1)中国の環境行政
 2008年3月、それまで国務院の下で環境行政を担っていた『国家環境保護総局』は、日本の「省」に該当する『環境保護部』へ昇格し、従来の機構に加え『汚染防止司』などがこの下に新設改組された。従来の職責が強化されると共に、水汚染物質排出許可証の許認可を地方環境行政主管部門に委譲するほか職責委譲などが定められている(前記『中国環境ハンドブック』)。
 あるいは、2008年以降の情報開示の動きもこの機構改編に関連しているかもしれず、従来の環境問題への消極的ともみられる対応も変化するかもしれない。『中国環境ハンドブック』は従来の中国の環境問題対応傾向を以下のように紹介している(一部改筆)。
・汚染物質排出の規準超過が当局により指摘され一旦操業停止措置が取られて
も、対策の有効性が不十分なまま操業が再開される。
・地方政府は、汚染企業に対して保護を与えながら、汚染緩和の措置をとることに積極的でない。
・被害地域の汚染による紛争や民衆の陳情そして抗議行動がたまにマスコミも登場するが、それらは分散的であり、被害地域全体にまたがる集団行動は稀で、地方政府と汚染工場による阻止、威嚇にあって潰されるか長く続けられない。

(2)中国の環境法体系
 中国の環境に係る法の範囲も広い。汚染問題から自然・生態系保護なども含み、『循環経済促進法』の制定など、更に広がりを見せている。

表3. 非鉄金属産業の汚染防止に関わる法体系

環境保護法
(1979制定の環境保護法(試行)をへて1989年制定)
環境汚染 自然・生態系 その他
水汚染防止法
(2008年改正)
大気汚染防止法
(2000年改正)
その他 森林法
(1998年改正)
その他 クリーン生産促進法
(2002年制定)
循環経済促進法
(2008年制定)
汚水総合排出規準 工業炉窯大気汚染物排出規準       クリーン生産規準(産業毎)

 『水汚染防止法』の2008年改正では、処分・処罰を法律の中で具体的に規定し、排出許可制度の導入、緊急事態への対応制度、損害の救済制度などが新たに盛り込まれている。また、省エネやリサイクル促進などの分野を含んだ総括規定としての『クリーン生産促進法』が2002年に制定されて以来、個別の業種ごとに同法の運用が定められ、鉛製錬産業向けには『クリーン生産規準“粗鉛製錬業編”(HJ 512-2009)』『クリーン生産規準“鉛電解業編”(HJ 513-2009)』が2009年11月24日に公布(2010年2月1日施行)されている。この規準の公布が、血中鉛濃度異常事件による鉛生産停止拡大の頃であったため、一部では生産停止を解除できる制度としての期待に基づく報道(例えば「粗鉛環境保護新規準で、多くの生産停止能力が規準を満たし再開可能か」2009年12月1日『中国鉱業ネット』)もあった。しかし、この規準は最低限の施設として焼結機を認めてはいるが、旧式設備の淘汰推進や回収率の向上、そして用水の使用量規制などから構成され、排出規準を緩和するものではない。

(3)重金属汚染総合対策実施法案
 環境保護部や国家発展改革委員会など8つの機関により緊急制定されると伝えられている『重金属汚染総合対策実施法案』が進行中である。当初は2009年内の公布が目指されていたが、2010年1月現在、まだ公布のニュースはない。今後の鉛産業に関連する法的規制強化として注目される。一部で伝えられているところによると、鉛及びその化合物の、鉱山・製錬及びその加工企業での排水中の最高許容値は、新規建設設備の場合、鉛0.5mg/L、既設置の場合1.0mg/Lとなり、現状の1.0mg/Lより厳しい規準値となる(2009年9月14日「中国鉱業ネット」)が、これでもまだ日本の0.1mg/Lには追い付いていない。

(4)中国の鉛業界への規制
 中国の鉛生産に関連した規制の最近の履歴を表3に示す。旧設備の淘汰がなかなか進まないことや、世界の環境問題の動向に合わせた対応が見てとれる。

表4. 中国の鉛生産に関連した規制の経過

   動 向 と 内 容 出 典
1996   「工業炉窯大気汚染物排出規準」、「汚水総合排出規準」施行  
1999   焼結炉の使用を禁止する通達
 ただし、三明市事件の梅恒鉛冶煉廠は2003年に焼結炉導入稼働
百科hudong.com
2009
2000   2000年改正「大気汚染防止法」施行  
2007 3 国家発展改革委員会、「鉛亜鉛産業参入条件」発布
  新設精製鉛能力は5万t超、亜鉛は10万t超。新規鉛亜鉛鉱山規模は最低3万t/年
  有害物質排出基準は「鉛亜鉛鉱業汚染物排出規準」の公布を待つが、それまで
  は既存規準による
発展改革委員会HP 
07/3/19
2007 12 環境保護総局、「鉛亜鉛工業汚染物排出規準」策定に当り意見聴取
  ただし、同規準は2010/1現在公布されていない模様
国土資源部情報
センターHP 09/12/4
2008 6 2008年改正「水汚染防止法」施行  
2009   「非鉄金属産業調整振興計画」発布
  大型企業への集中のための再編と3年内での40万tの鉛亜鉛産能淘汰
  2009年に焼結炉淘汰完成、旧式設備淘汰60万t
  中国語表記では「有色金属産業調整和振興規画」
中国証券報09/3/13
高新技術産業導
 報09/9/8
2009 8 陝西省宝鶏市鳳翔県等で鉛中毒事件発生  
2009 9 「重金属汚染総合対策実施法案」策定中との情報
  特に水銀、クロム、カドミウム、鉛、ヒ素などの排出規制
  焼結機設備の徹底淘汰
  中国語表記では「重金属汚染総合整治実施方案」
中国鉱業網09/9/14
2009 11 「クリーン生産規準”粗鉛製錬業編”」「同”鉛電解業編”」公布、2010/2施行
  中国語表記では「清潔生産標準”粗鉛冶煉業”」「清潔生産標準”鉛電解業”」
 
2009 12 「クリーン生産規準”廃鉛酸蓄電池鉛回収業編”」公布、2010/2施行
  中国語表記では「清潔生産標準”廃鉛酸蓄電池鉛回収業”」
 
2009 12 COP15に際し「低炭素化実現に旧式鉛製錬設備淘汰加速か」の観測記事 鉛亜鉛網09/12/15

5. まとめ
 中国の鉛生産に係る環境という断面からの事件や規制の動向、そしてその背景について概観した。2009年の陝西省宝鶏市鳳翔県の血中鉛濃度異常の事件以降、規制は強化されつつあり、鉛生産に影響を及ぼした。当然ながらこの動向は世界の鉛市場に影響があるため今後とも注視が必要となる。

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