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報告書&レポート

2012年2月2日 バンクーバー事務所 片山弘行
2012年06号

気候変動とカナダ鉱業‐特に酸性坑廃水対策に関して‐

 2011年12月に南アフリカで国連気候変動枠組条約第17回締約国会議(COP17)が開催された。そこで京都議定書の延長が決定されたことを受けて、以前から京都議定書に否定的な見解を示していたカナダが、COP17後に正式に京都議定書からの離脱を表明したことは記憶に新しい。このようなこともあり、温室効果ガス排出量が大きいアルバータ州のオイルサンド業界を支持基盤の一つとする現ハーパー保守党政権は、野党や環境保護団体から、その消極的な環境政策に対して非難を受けている。
 非難の的となっているカナダの気候変動に対する取り組み姿勢ではあるが、極北に位置するカナダにとって気候変動は国民生活や経済活動に最も深刻な影響を及ぼす環境問題であり、特に資源業界にとっては多大な影響が懸念されていることから、現在、官民挙げて気候変動に対する様々な調査や取り組みが行われている。その一つに、カナダ鉱山の坑廃水中和(Mine Environment Neutral Drainage, MEND)プログラムが2011年10月に発表した、酸性坑廃水対策への気候変動の影響を考察した調査研究がある。
 本稿では、この発表結果に基づきカナダ鉱業における気候変動の影響、特に酸性坑廃水対策への影響を中心に報告する。

1. カナダにおける気候変動

 カナダにおける気候変動の詳細については専門文献等に譲り、ここでは鉱業に影響を及ぼす気温・降水量の変化及び海運に影響を及ぼす北極の海氷面積の変化について概要を述べるにとどめる。
 図1は、カナダ環境省のカナダ気候モデル・分析センター(Canadian Centre for Climate Modelling and Analysis)により予測された2050年代(2041~2060年の20年間平均)の気温・降水量を1990年代(1981~2000年の20年間平均)のそれらと比較したものである。北米においては、ハドソン湾で1990年代と比較して2050年代には2.5度の気温上昇が予測されており、またベーリング海峡では3.5度の気温上昇が予測されている。カナダでは太平洋側以外で1度以上の気温上昇が予測されている。これらの影響により、カナダ北方に広がる永久凍土層の融解を引き起こす可能性が指摘されている(図2)。
 降水量では、カナダ全域で5%以上降水量が増えると予測されており、特に大西洋諸州/オンタリオ南部/ケベック南部以外の地域では10%以上降水量が増えると予測されている。降水量の増加とともに、異常気象の発生頻度も高くなることが予測されている(ICLR,2011)。
 北極の海氷面積は、温室効果ガス(Greenhouse Gas, GHG)排出量を抑制した場合のモデル(B1シナリオ)による予測結果(図3)では、20世紀初頭の海氷面積1,100万km2と比較して、2050年では約1,000万km2弱、2100年では950万km2と10%以上縮小すると予測している。

図1. 北米大陸の2050年代の気候変動予測(1990年代との比較)(左:気温;右:降水量)
図1. 北米大陸の2050年代の気候変動予測(1990年代との比較)(左:気温;右:降水量)
(出典:Canadian Centre for Climate Modelling and Analysis, Environment Canada)
図2. 温暖化によるカナダの永久凍土融解の危険度
図2. 温暖化によるカナダの永久凍土融解の危険度
(出典:Natural Resources Canada, 2008)
図3. 北極の海氷面積予測。使用モデルは気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の定義に準拠
図3. 北極の海氷面積予測。使用モデルは気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の定義に準拠
(出典:Canadian Centre for Climate Modelling and Analysis, Environment Canada)

2. カナダ鉱業による温室効果ガス排出量

 カナダのGHG排出量は増加の一途をたどり、2010年の排出量は対1990年比で126.51%となっている。京都議定書でカナダの削減義務とされていた対1990年比94%(-6%)は、期限である2012年中の達成はもはや事実上困難であり、これが京都議定書からの離脱を決定付けた原因とされている。
 鉱業分野においては、特に石油・天然ガス鉱業部門のGHG排出量が大きく、産業部門/民生部門すべて含めた全セクターのGHG排出量の約15%となる約1億1114万tとなっており、対1990年比で約167%と著しく増加している。これは明らかにオイルサンド精製時のGHG排出に起因しており、これが環境保護団体によるオイルサンド業界に対する非難の一つの要因となっている。
 一方で、金属鉱業部門の2010年GHG排出量は332万tと全セクターの約0.5%を占めるにすぎず、カナダ国内の金属鉱業の趨勢の影響もあるが、対1990年比で約78.5%とGHG排出量は大幅に減少している。

図4. カナダにおける温室効果ガス排出量推移
図4. カナダにおける温室効果ガス排出量推移
(出典:Statistics Canada, CANSIM Table 153-0034)

表1. カナダ鉱業分野の2007年温室効果ガス排出量(CO2換算)

  産業/民生部門
全セクター合計
石油・天然ガス
鉱業
石炭鉱業 金属鉱業 非金属鉱業
・採石業
(カリウム、
ダイヤモンド)
温室効果ガス排出量(千t) 724,949 111,141 1,613 3,320 2,467
全セクターに対する割合 15.33% 0.22% 0.46% 0.34%
対1990年比 126.51% 167.14% 50.98% 78.49% 124.53%

(出典:Statistics Canada, CANSIM Table 153-0034)

3. 気候変動がカナダ鉱業に及ぼす影響

 カナダの著名な生物学者であり環境活動家であるDavid Suzuki氏が主宰するDavid Suzuki Foundationが取りまとめた調査報告書(2007)によると、気候変動がカナダ鉱業に及ぼす影響として、以下が挙げられている。

 ● 道路
   永久凍土の融解により引き起こされる道路基盤の亀裂や沈降
   湖水効果雪1の豪雪化による道路閉鎖
   気温上昇によるアイスロードの融解

 ● 水運
   強風での高潮・高波によるバージ輸送のリスク上昇
   環境変化による航路の航行阻害リスクの上昇
   降水量の変化による港湾や河川路の水深の変化
   冠氷域縮小よる海運可能期間の延長、航路の短縮

 ● 尾鉱等堆積場
   気温上昇による酸性坑廃水生成の促進
   氷結‐融解サイクルの変化による氷結尾鉱の大気との接触の増加
   尾鉱沈殿池で酸化を防止している表面水が蒸発することによる尾鉱等の大気との接触の増加
   豪雨により引き起こされる尾鉱ダム等の飽和・越流、浸食作用による事故リスクの上昇
   異常気象による暴風・波浪現象で引き起こされる尾鉱の再攪拌及びアイスダム2の形成・変質

 ● 地上施設
   永久凍土融解による地上施設基盤の不安定化

 ● エネルギー
   異常気象により引き起こされる電力喪失

 ● 排水施設
   降水量の増加による排水の氾濫
   氷結‐融解サイクルの変化によるアイスダムの形成・変質

 本調査の一環として2008年のカナダ探鉱開発者協会(Prospectors and Developers Association of Canada, PDAC)会議の場で無作為抽出された鉱業関係者42名を対象に実施されたアンケート調査では、気候変動が鉱山操業に既に「非常に悪い」または「悪い」影響を及ぼしていると回答した割合が65%に達するとともに、将来の気候変動への対応策を既に策定しているのは30%にすぎないことを明らかにしている。
 一方で、北米大陸の大西洋側からカナダ北方の北極海を経由して太平洋側へと抜ける北西航路については、気候変動に伴い商業利用への道が開ける可能性が生じ、カナダ大西洋側からのアジア極東市場へのアクセスが向上するとして期待する向きもある。一方で新たに米国、ロシア、ノルウェー、デンマーク(グリーンランド)等との北極海資源を巡る争いが激化する可能性も高く、すでにロシアとは北極海下の大陸棚延長問題に関して、米国とはカナダ北極諸島間を通過する北西航路の主権に関して論争が巻き起こっている。
 これら気候変動の影響全般については別稿にて改めて報告することとし、本稿では特に酸性坑廃水対策への影響について述べる。


1 湖水効果雪:陸上と比較して相対的に温暖な湖面から供給される水蒸気により大量に降雪する現象。北米では五大湖東岸及び南岸でよく観測される。
2 アイスダム:排水溝等で氷がダム状に形成され、その背後に水が溜まる状態。

4. 酸性坑廃水対策への気候変動の影響

 上記の通り、気候変動は鉱山操業に深刻な影響を及ぼす恐れが高く、今後開発される鉱山については、設計の段階で対策を講じておく必要がある。特に閉山計画において重要な酸性坑廃水対策については、気候変動の影響が顕著となる今から数十年後、あるいはそれ以降にわたって機能しなければならないものであり、現時点で将来における気候変動の影響を考慮する必要がある。
 カナダ鉱山坑廃水中和(MEND)プログラムでは、カナダ連邦政府、州政府、カナダ鉱業協会、鉱山会社、NGOなどのステークホルダーが集まって、酸性坑廃水の防止や管理に関する技術開発/調査研究を実施するとともに、酸性坑廃水処理に関する指針を策定している。MENDでは、気候変動に対する関心の高まりを受けて、その調査研究の一環として、2011年10月に酸性坑廃水対策への気候変動の影響を考察した報告書を発表している。

4.1 影響要因とそのリスク
 MENDによる調査研究レポートでは、酸性坑廃水対策に影響を及ぼす気候変動要因を4つ挙げ、それぞれの要因について想定されるリスクの分析をしている。

 ● 平均気温の上昇
   硫化鉱物の酸化プロセスに直接的な影響を及ぼす
   尾鉱やズリの酸化を防止している被覆植生に影響を及ぼす

 ● 年平均降水量の変化
   尾鉱ダムや水路の許容量超過により廃水漏えいの危険性が高まる
   被覆層を浸透する水量が増加し、尾鉱等の酸化が促進される
   尾鉱被覆層としての土壌の流出が増加する
   流水量の変化により環境が持つ酸性坑廃水浄化能力に影響を及ぼす

 ● 異常気象の発生頻度の増加
   異常気象、中でも異常降水量は尾鉱ダムやその他の水管理システムの許容量を超過し、廃水漏えいの危険性が高まる

 ● 永久凍土の縮小
   永久凍土層を安定層として活用している尾鉱ダム等の地上構造物の基盤崩壊を招く
   尾鉱の被覆膜として利用されている永久凍土の縮小は、被覆膜としての機能不全により尾鉱等の酸化促進を招く

 操業期間中の尾鉱ダムや水処理施設等では、一般的な鉱山の操業期間としては20年以下であるため、長期的な気候変動の影響は施設等の許容範囲内に収まるとしている。しかしながら、豪雨等の異常気象の増加により、施設許容量の一時的超過やその修復のための一時的な操業停止といった影響は受けるとしている。
 一方で、酸性坑廃水対策を始めとする閉山計画は、長期的な気候変動の影響を最も受けるとしている。

4.2 リスク対応
 酸性坑廃水対策では、閉山計画の時点で酸性坑廃水の発生を抑制する方策を講じることが求められているが、そのうち最も気候変動の影響を受けると考えられるものとして、尾鉱やズリの酸化を防止する被覆層と水処理施設が挙げられる。

 a. 被覆層

 カナダでは閉山時の尾鉱等を被覆する方法として、単層被覆(single-layer cover)、合成素材(ジオシンセティックス素材等)を用いた防水シート(infiltration barrier)、土壌が持つ保水機能を利用したStore-and-release被覆、岩石等で永久凍土を形成させる永久凍土被覆の4種類が用いられる。
 気候変動を考慮した対策を講じない場合、保水機能を果たす土壌の流出、気温上昇で発生頻度が高くなる被覆植生の火災消失、大気との接触を防ぐ永久凍土層の融解等が懸念され、結果として酸性坑廃水の流出が発生し、環境への影響が大きくなる。これらを防止し、気候変動に対する安全性を高めるためには、それぞれの被覆層の厚みを増すことやより安全性が高いと考えられる防水シート等に変更する必要があるが、その分、閉山費用は高価となり、プロジェクトの経済性が低下する。

 b. 水処理施設

 気候変動に伴って頻度が多くなると予測される異常気象、特に異常豪雨に対しての水処理施設の許容量超過については、施設復旧及び酸性坑廃水等の流出防止/復旧による経済的損失が懸念される。また、鉱山操業期間中であれば、復旧作業に伴う操業の停止も経済的損失として加味される。
 異常豪雨等への対策は概して難しいが、気候変動予測に基づいて安全率を高めに設計する方法が最も有効な対策として挙げられている。

4.3 気候変動対策による経済性への影響
 MENDレポートでは、気候変動対策が金属鉱山プロジェクトの経済性に及ぼす影響についてシミュレーションを行っている。
 シミュレーションでは、年産70,200 t、マインライフ10年の中規模銅鉱山を想定し、表2のパラメータを用いて経済性評価を行っている。また、その半分の生産量の小規模銅鉱山、2倍の生産量の大規模銅鉱山についてもシミュレーションを行っている。本シミュレーションでは、気候変動対策として、尾鉱被覆を一般的で低廉な土壌被覆(store-and-release cover)に代えて防水シートを採用することとし、その違いによる経済性への影響について評価している。

表2. 経済性シミュレーションに用いたパラメータ

銅生産量 大規模 年産140,400 t(総生産量1,404,000 t)
中規模 年産70,200 t(総生産量702,000 t)
小規模 年産35,100 t(総生産量351,000 t)
生産期間 10年
起業費 銅1 tあたり1,300 C$
操業費 中規模鉱山の場合で鉱石1 tあたり80 C$(大規模鉱山の場合は操業費を低く設定し、小規模鉱山の場合は高く設定)
建設期間 2年(起業費はこの2年に均等配分)
気候変動を考慮しない修復 面積225万m2に対して土壌被覆(store-and-release cover)。1m2あたりの費用は8 C$。これらを含む総額45百万C$を操業開始直前に基金として積み立てる。
気候変動を考慮した修復 土壌被覆に代えて防水シートを採用。1m2あたりの費用は35 C$
税額 25%
平均銅価 1 tあたり4,500 C$
割引率 10%

(出典:MEND Report 1.61.7)

 表3に示す経済性評価結果によると、気候変動対策を施すことによりNPVが13.9%~14.9%減少しており、これは金属鉱山プロジェクトにとって無視できない影響であることが分かる。ただし、規模が大きくなるにつれてその影響の割合は減少しており、ここでもスケールメリットが効いている。
 本シミュレーションは単純化したものであるため、閉山計画に気候変動対策を組み入れた際の参考程度にすぎないが、気候変動により酸性坑廃水対策に支障をきたした場合の環境的・経済的被害と比較すると十分小さいものであるとは言えよう。

表3. 仮想銅鉱山における気候変動対策が及ぼす経済性への影響

  小規模銅鉱山 中規模銅鉱山 大規模銅鉱山
気候変動対策を考慮しない場合のNPV 185.4百万C$ 388.6百万C$ 797百万C$
気候変動対策を考慮した場合のNPV 157.7百万C$ 333.3百万C$ 686.3百万C$
27.7百万C$ 55.3百万C$ 110.7百万C$
変動率 -14.9% -14.2% -13.9%

(出典:MEND Report 1.61.7)

5. カナダ鉱業界の具体的取組

 現在の気候変動を考慮した具体的取組としては、カナダ連邦政府の先住民・北方問題省による北部汚染サイトプログラム(Northern Contaminated Sites Program)がある。本プログラムは、カナダ準州における休廃止鉱山等に起因する汚染地域の浄化計画であり、これら汚染地域から引き起こされる環境リスクや健康被害を低減、除去することを目的に実施されているものである。本プログラムでは、同省が主体となって休廃止鉱山の環境修復工事を実施しており、その修復計画策定の際には、カナダ北部特有の問題として気候変動による永久凍土融解を考慮に入れている。その例としてユーコン準州のFaro鉱山跡修復や北西準州のGiant鉱山跡修復などがある。
 カナダ環境省は、「金属鉱山に対する環境規則(Environmental Code of Practice for Metal Mines)」において、気候変動を考慮すべき事項を示しており、指針R304では、気候変動に伴って増加する異常気象を考慮した水管理システムの設計を、同R313では気候変動の影響を考慮した尾鉱管理における水理学的検討を挙げている。また、気候変動対策のみを別途章立て(4.3.8章)ており、指針R342とR343において建設期間、操業期間、閉山後それぞれにおいて気候変動の影響を考慮するよう求めている。
 同様に、カナダ休廃止鉱山イニシアティブ(National Orphaned/Abandoned Mines Initiative)による閉山及び長期的責任に対する管理に関する政策的枠組み(The Policy Framework in Canada for Mine Closure and Management of Long-Term Liabilities: A Guidance Document)では、閉山計画において気候変動のリスクを考慮する必要性を述べている。

まとめ

 鉱業のような長期プロジェクトでは気候変動の影響は大きくなる傾向にあるが、特に酸性坑廃水対策に代表されるような気候変動の影響が顕著となる数十年後でも機能しなければならない施設に関しては、現時点で気候変動の影響を考慮した入念な設計・対策が求められる。しかしながら、気候変動はグローバルな事象であり、金属鉱山プロジェクトのような局所的な地域において長期に及ぶ正確な気候変動予測を行うことは難しく、実際に気候変動を考慮した経済的な対策の実施には、鉱山ごとの事例に合わせた調査研究が必要となってくる。
 本稿で述べた通り、カナダ鉱業界においては、官民挙げて気候変動対策の取り組みが顕著になってきており、今後とも具体的な事例が増加すると思われることから、これらの動向を注視していく必要がある。

参考文献
 David Suzuki Foundation, 2009., Climate change and Canadian mining: opportunities for adaptation.
 Environment Canada, 2009., Environmental Code of Practice for Metal Mines.
 Institute for Catastrophic Loss Reduction (ICLR), 2011., Climate trends and projected values for Canada 2010 to 2050.
 Mine Environment Neutral Drainage (MEND), 2011., Climate Change and Acid Rock Drainage – Risks for the Canadian Mining Sector., MEND Report 1.61.7.
 National Orphaned/Abandoned Mines Initiative (NOAMI), 2010., The Policy Framework in Canada for Mine Closure and Management of Long-Term Liabilities: A Guidance Document.
 Natural Resources Canada, 2008., From Impacts to Adaptation: Canada in a Chaining Climate 2007.

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