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報告書&レポート

2012年6月21日 サンティアゴ事務所 縫部保徳
2012年35号

チリの鉱業開発プロジェクトと先住民族問題~El Morro金-銅開発プロジェクトの例~

 2012年4月、チリ最高裁判所はGoldcorp(本社:加バンクーバー)が開発中のEl Morro金-銅プロジェクト*1(チリ第Ⅲ州)に関する環境影響調査(EIA: Estudio de Impacto Ambiental)の環境認可を取り消す命令を下した。これはプロジェクト近隣の先住民族であるDiaguita族のLos Huasco Altinos農業共同体(以下、LHA)が行った異議申し立てが認められたことによる。LHAは環境認可手続きの際に、先住民族法(法律第19,253号)及び国際労働機関(ILO)の1989年の原住民及び種族民条約(第169号)(以下、ILO第169号条約)で定められている地元先住民族への協議が環境評価事務局及びGoldcorpからなされなかったことを不服として訴訟を起こした。メディア報道によれば、LHAはEl Morro以外にも、TeckのEl Relinchoプロジェクト及びPaso de la Flechaプロジェクト、Barrick GoldのPachuyプロジェクトにも協議を求める姿勢を打ち出している。
 先住民族との関係では、2012年3月、第I州のPaguanta多金属プロジェクトでも環境影響宣言(DIA: Declaración de Impacto Ambiental)の認可プロセスにおける先住民族への協議がなかったことを理由にEIAの実施を最高裁判所が命じている。
 本稿では、El MorroプロジェクトのEIA認可取り消し問題を中心に、チリの先住民族関連規則の現状、先住民族と環境影響評価システムとの関係をレビューする。


*1 Goldcorp 70%、New Gold 30%の割合で権益を保有する合弁プロジェクト。2012年1月、Goldcorp役員会は建設開始を承認した。最新のFSではマインライフ17年間で銅を約12.9万t/年、金を約9.3 t/年、生産する計画となっている。

1. チリの先住民族関連規則

 チリには先住民族に関連する規則として、先住民族法及びILO第169号条約がある。
 先住民族法は1993年10月5日に官報に掲載された。この法律は先住民族の保護、育成及びその発展のための規則を示し、国と先住民族の間の関係を規制する法的枠組みを定めたものである。この法律により法的な枠組みの中で先住民族コミュニティの文化と概念が認められ、先住民族の土地が認知された。また、土地や水、文化等を振興するための基金や先住民族開発公社(Corporación Nacional de Desarrollo Indígena)が設立された。加えて、同法では先住民族のプロジェクト等への参加も謳われた。
 ILO第169号条約は2008年9月15日に批准され、翌2009年9月15日に発効となった。同条約は先住民族並びにその人権を対象としたもので、差別をなくすことを基本原理としている。そこでは、先住民族は自分たちに影響する開発事業の計画立案及び実行、条約適用に向けて講じられるあらゆる措置に密接に関与すべきであると謳われている。先住民族への協議と事業への参加の権利がILO第169号条約の原則であり、特定の開発プロジェクトだけでなく、条約適用に向けて講じられるあらゆる措置に適用される。(ILO駐日事務所ウェブサイトを参照、
 http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/standards/st_c169.htm)

2. チリの先住民族

 先住民族法は次の9民族を先住民族として規定しており、現在も選定手続きは続いている:Mapuche、Aymaras、Rapa Nui、Atacameños、Quechuas、Collas、Diaguitas、KawashkarまたはAlacalufe、YamanaまたはYagan。
 2002年に行われた国勢調査では、先住民族の人口は692,192人でチリ総人口の4.6%を占める。うち、Mapucheが先住民族の87.3%を占め、Aymarasが7%、Atacameñosが3%で続く。先住民族の19%が貧困層に属する(2006年)。2002年の国勢調査によれば、先住民族の64.8%が都市部に、32.5%が農村部に居住している。図1にチリ北部における先住民族の分布を示す。

図1. チリ北部の先住民族の分布(出典:陸軍地理局の図面を基に作成)
図1. チリ北部の先住民族の分布(出典:陸軍地理局の図面を基に作成)

3. 環境影響評価システム(SEIA: Sistema de Evaluación de Impacto Ambiental)とILO第169号条約

 LHAはEIAの環境認可が承認されたEl Morroプロジェクトに対し、その評価過程においてプロジェクト実施に影響を受ける可能性のある先住民族である自分たちに協議がなかったことはILO第169号条約違反であるとして訴訟を起こした。
 DIA及びEIAは、環境基本法(法律第19,300号)で定められた環境影響評価システムの手続きである。前者は初期ステージの、後者はより進んだステージのプロジェクトに課せられるもので、求められる手続きも後者のほうが厳しくなっている。そのため、環境認可を受けたプロジェクトにはDIAを経たものとEIAを経たものがあり、環境認可に対する先住民族からの訴訟についても裁判所の判断が両者の間で異なっている。以下ではそれぞれの場合に分け記述する。

3-1. DIAを経て認可を受けたプロジェクト
 2009年のILO第169号条約発効後、上訴裁判所、最高裁判所ともに、プロジェクトが先住民族または先住民族の土地に影響を及ぼす場合には、たとえそのプロジェクトがDIAによる評価を受けていても、EIAに準じる評価を受けねばならないとの見解を示している。すなわち、先住民族に関連する事項がある場合には、EIAを経て環境認可を受ける必要があるということになる。
 さらに、最高裁判所は先住民族がプロジェクトの影響を受ける場合、環境影響評価システムに基づく住民参加手続きはILO第169号条約の要求事項及び基準を満たさねばならないとの判断も示している。したがって、環境影響評価システムは先住民族の権利保護に関するILO第169号条約に従う適切な手続きであるとの見解を最高裁判所は示していることになる。
 上記の考えに基づき、DIAの環境認可を受けたプロジェクトへの先住民族からの訴訟に対して、上訴・最高裁判所は環境認可を取り消し、EIAに準じた評価を行うよう命令するとともに、EIAの住民参加はILO第169号条約の基準を満たすよう命じている。これらのケースで、最高裁は非先住民族の住民参加に関する環境認可は否定しておらず、一方で先住民族に対して影響を及ぼす可能性があるプロジェクトはEIAを経て評価される必要があるとの裁定を下している。2012年3月のPaguanta多金属プロジェクトへの裁定はこの例と言える。

3-2. EIAを経て認可を受けたプロジェクト
 EIAを経た環境認可に対する訴訟に対し、上訴・最高裁判所が判決を下した例はEl Morroプロジェクトを含めてこれまでに2件があるのみである。両件とも実施された住民参加はILO第169号条約の要求事項に合致していると認定されている。
 2010年にMapuche族のNahuelpanらが水処理・廃水施設建設・操業プロジェクトのEIA環境認可に関し、第XIV州地方環境委員会(COREMA)を相手取って訴えた事案は、憲法で保障している事柄には現実的に何の影響もなかったとして最終的に退けられた。しかし、EIAを経た住民参加について、最高裁判所は次のとおりの見解を示した。
 法律第19,300号(環境基本法)及びその施行細則で定められた環境影響評価に関して、先住民族への協議義務は環境基本法第26~31条に定められた住民参加手続きとして既に組み込まれている。
 上述の見解のとおり、最高裁判所はチリの環境法規で定められた住民参加はILO第169号条約中の法的義務を遂行するための適切な施策であることを支持した。
 ここまで見てきたように、ILO第169号条約が要求する先住民族との協議と環境影響評価システムの関係についての裁判所の見解は、EIAに従う住民参加は同条約に適合しているが、DIAを経て環境認可を得たプロジェクトが先住民族に影響を与える場合にはプロジェクト自体がDIAの対象となるものであってもEIAに則した住民参加手続きの必要があるというものである。
 次章では、El MorroプロジェクトがEIAを経て環境認可の承認を得ていたにも関わらず、LHAからの訴訟によりそれが取り消された経緯を見ていくことにする。

4. El Morroプロジェクトに対する先住民族訴訟

 El MorroプロジェクトのEIA環境認可を取り消しに追い込んだLHAの訴訟は、環境省環境評価局の評価委員会を相手に起こされたものであった。冒頭にも述べたとおり、El MorroプロジェクトにはEIAが準備され、その環境認可は2011年3月に承認されていた。
 そのEIAでは、同プロジェクトの影響を受ける可能性のある個人が複数抽出され、環境法規で規定された彼らとの環境問題に関する技術委員会も開催された。
 LHAはEIA準備時から存在していたものの、彼らが属するDiaguita族の先住民族登録は2006年末であり、またそれ以前に行われた先住民族開発公社よる土地調査審査で却下された経緯があり、国から先住民族コミュニティとして認定されていない。そのため、El Morro側はEIAでの住民参加施策からLHAを除外した。しかし、LHAを構成する個々人はDiaguita族の先住民族として認められておりLHAは2011年4月にILO第169号条約違反があるとして、環境認可は無効であると要求、環境評価局(第Ⅲ州環境委員会)を相手取り訴訟を起こした。
 これに対しAntofagasta上訴裁判所は、LHAは単なる農業組合で先住民コミュニティとして正式に認められていなかったとしても、LHAを構成する個々人は先住民族で、プロジェクトの影響を受ける土地のオーナーでもあることから、LHAにはEIA手続き中の協議が行われなければならないことを認め、EIA該当部が完全に修正されるまで環境認可を取り消す判決を下した。Goldcorpは上訴裁判所の判決を無効にするよう申請したが、最高裁判所は上訴裁判所の判決を支持した。
 最高裁の決定を受け、El Morroプロジェクトを操業するGoldcorpは、2012年4月30日付け同社ニュースリリースで、環境認可に基づいて実施されていた現地での作業を直ちに停止したと発表した。今後、LHAとの協議が行われる見込みであるが、停止した作業の再開には18か月を要するとの新聞報道もある。

5. 先住民族関連で今後起こりうる問題

 これまで述べてきた先住民族との協議に関する問題以外で懸念される問題のひとつに、土地の問題が挙げられる。ILO第169号条約には先住民・種族民が伝統的に占有してきた土地に対する権利があることが明記されており、先住民族の土地の概念がチリの法律に組み込まれているかを明確にしなければならない。このため、鉱業法等関連法規の改正が必要となる可能性が指摘されている。
 また、天然資源についても、ILO第169号条約は先住民族の土地における権利は特別に保護されると規定しており、開発から得られる利益の分配についての問題が生じる可能性も考えられる。

まとめ

 ILO第169号条約と環境影響評価システムに関する裁判所のこれまでの判断は、プロジェクトが先住民族に影響を及ぼす可能性のある場合、EIAの住民参加は同条約の求める先住民族との協議要件を満たしている一方、DIA対象のプロジェクトであってもEIAに従って住民参加を必要とするというものである。El Morroプロジェクトで下された裁定は、やや特殊な事情を背景にするもので直ちに同様の問題が波及する性質のものではないと考えられる。しかしながら、今後も類似ケースの訴訟は続く可能性が高く、プロジェクトの環境影響評価の際には、プロジェクトの影響範囲に国から承認されている先住民族及びその土地があるかどうかだけを判断基準とせず調査を行う必要がある。
 また、鉱業や電力業関係者にはILO第169号条約を履行するためのガイドラインが存在せず、如何にその要求事項を達成するかが示されていないとの意見があり、環境省はこれを解決する新環境法施行細則を現在準備していると言われる。新環境法施行細則は閣僚会議で2012年5月29日に承認されたが内容は明らかになっておらず、その動きを注視する必要がある。
 先住民族との問題では、土地や天然資源所有の概念において現行法をILO第169号条約の要求事項に適応させる必要があるとの指摘もあり、関連法案改正やプロジェクト開発における利益配分の問題が今後発生してくる可能性も否定できない。

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