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報告書&レポート

2012年7月26日 バンクーバー事務所 片山弘行
2012年44号

証券クラスアクションの標的にされるカナダ鉱山会社

 カナダでは2006年以降、トロント証券取引所等に上場する企業に対して、不十分な情報開示に起因するBill 198訴訟と呼ばれる証券クラスアクションが増加している。特に2011年頃からは、Kinross Gold社をはじめとする複数の鉱山会社がこれら証券クラスアクションの標的となり、多大な損害賠償請求などのリスクにさらされている。
 本稿では、最近の鉱山会社を相手取ったカナダにおける証券クラスアクションについて概観し、その経緯と問題の所在を明らかにしたい。

1. Bill 198訴訟とは

 2002年の米国におけるSOX法(Sarbanes-Oxley Act)制定を受けて、トロント証券取引所が所在するオンタリオ州でも、投資家保護の規定を盛り込んだ改正オンタリオ証券法(Securities Act)が2005年12月31日に発効した。証券市場は、有価証券の発行等により資金調達を行う発行市場(primary market)と発行済み有価証券を投資家間で売買を行う流通市場(secondary market)に分けられ、従来の証券法では発行市場における開示情報(目論見書等)に対する証券発行者の民事責任のみが規定されていたが、本改正により新たに流通市場における開示情報に対する発行者の民事責任が規定された。オンタリオ州での改正を受けて、他州でも流通市場における民事責任規定が整備されたことから、カナダでは流通市場での不実開示に関する証券クラスアクションを、改正案を規定したオンタリオ州法案Bill 198にちなんでBill 198訴訟と称している。
 Bill 198訴訟は、流通市場での情報の不実開示、適切な時機を逸した開示等に関して、株主がその企業や役員、従業員、または情報開示に影響を及ぼすことが可能な関係者などを相手取って提訴するものである。さらに改正法では証券クラスアクションを起こそうとする株主は、不実開示情報に基づいて株式を購入したことを証明する必要がなくなり、ただ単に不実情報が存在していたことをのみを示せば構わないこととなり、提訴要件が緩和された。

2. カナダにおける証券クラスアクションの傾向

 経済コンサルタント協会であるNational Economic Research Associates (NERA)は、例年、カナダにおける証券クラスアクションの動向についてレポートを刊行している。2011年の動向をまとめたレポートによると、カナダでの証券クラスアクション及びそのうちBill 198訴訟は増加傾向にあると報告している。Bill 198訴訟は2005年末の制定以降、弁護士等の経験も積み重ねられてきたことから増加傾向にあるものと推定される。

図1. カナダにおける証券クラスアクションとBill 198訴訟件数の推移
図1. カナダにおける証券クラスアクションとBill 198訴訟件数の推移
(出典:NERA)

 カナダでは、証券クラスアクションにおける賠償請求額は、企業の時価総額の5%(もしくは100万C$のうち額の大きい方)までに制限されており、その点で、米国における証券クラスアクションに比べてリスクは今のところ小さいと言われている。しかし、米国の市場にも上場している企業は、並行して米国でも証券クラスアクションを起こされる傾向にある。証券クラスアクションを起こされた企業は、法務コストや世間での評判を鑑み、一般的傾向として和解に応じることが多い。すべてのBill 198訴訟(全35件)のうち和解に至っている案件は10件で、平均和解金額は1,000万C$となっている。これは訴状の賠償請求額の約10.7%となっている。しかし、和解した案件のうち、米国でも並行して証券クラスアクションを起こされていた4件の平均和解金額は約1,690万C$(賠償請求額の約12.3%)とやや高い傾向を示している。
 産業セクター別の件数では、金融・証券部門を対象とした証券クラスアクションが最も多く28.1%を占め、その次に鉱物資源部門(エネルギー資源を除く)(18.0%)、エネルギー資源部門(7.9%)が続いている。

3. 鉱山会社に対するBill 198訴訟

 地質構造などの自然条件といった不確定要素の大きい情報の開示を行わざるを得ない鉱山会社は、証券クラスアクションの格好の標的となりやすい。近年の提訴件数増加の背景には、米国でのクラスアクションの流行、クラスアクションに経験を積んだカナダ弁護士の増加とともに、金属価格高騰の恩恵を受けたカナダ鉱山会社の隆盛があると言われている。
 最近の鉱山会社に対して行われた証券クラスアクションとしては、2009年10月のNovaGold Resources社(和解金額2,800万C$)、2011年4月のCanada Lithium社(賠償請求額5,000万C$)、Baffinland Iron Mines社(同10億C$)、2011年6月のEastern Platinum社(同6,600万C$)、2011年9月のNorth American Palladium社(賠償請求額不明)、2012年3月のKinross Gold社(同40億C$)、Agnico-Eagle Mines社(同2億5,000万C$)を相手取ったものがある。これら証券クラスアクションのうちM&Aプロセスに関するBaffinland社のケース以外はすべてBill 198訴訟である。
 本稿では、提訴内容が比較的明らかとなっているBill 198訴訟を中心にその経緯や内容について紹介する。

3-1. Canada Lithium社
 オンタリオ州ロンドンに拠点を有するクラスアクションを専門とする弁護士事務所Siskinds LLPは、2011年4月11日にCanada Lithium社及びその役員等を相手取った証券クラスアクションをオンタリオ州最高裁判所に行った。原告側株主集団は、2010年10月28日から2011年2月28日までの期間に同社株式を購入した株主とし、損害賠償として5,000万C$を請求している。
 本提訴に関係する一連の出来事を時系列に並べると以下の通りである。

 (1) Canada Lithium社は、2010年10月28日付けニュースにおいて、ケベックリチウムプロジェクトの精測及び概測資源量を4,667万t(平均Li2O品位1.19%)、予測資源量を5,758万t(平均Li2O品位1.18%)であることを発表。

 (2) 2010年11月11日発表の2010年第3四半期報告においても、資源量として同じ数字を公表。同年11月22日に提出されたNI 43-101準拠技術レポート、2011年1月10日のFSレポート(NI 43-101準拠)等、継続的に資源量として同じ数字を発表。すべてに有資格者がデータの信頼性について事実表明・保証を行う。

 (3) 2011年2月28日の取引終了後にニュースを発表。この中で、2010年10月28日に公表された資源量について社内で再吟味した結果、大幅な資源量の減少が見込まれるとし、第三者エンジニアリング会社による資源量再計算の実施を発表。本発表を受けて、同社株価は2月28日の1.35 C$から3月1日には0.89 C$と約34.1%下落。

 (4) 2011年5月16日にエンジニアリング会社により再計算された新たな資源量として、精測及び概測資源量2,930万t(平均Li2O品位1.19%)、予測資源量2,094万t(平均Li2O品位1.15%)を発表。

 原告側は、鉱山プロジェクトで最も重要な資源量について、適切なデータに基づいて算出されたかどうかの検証や外部専門家による監督など、適切な手段を講じて資源量を確固たるものにするという責任を同社経営陣は果たさなかったとし、対象期間中の開示情報に不実表示があったとしている。また、この不実表示により、この期間の株価が不当に高値で取引され、一方で資源量再計算のニュースで株価が急落したことから、これにより株主が損害を被ったとしている。
 なお、本件では、問題となった資源量を算出したNI 43-101有資格者である技術者が被告の一人として名を連ねており、有資格者の責任の大きさの一端を垣間見せている。

図2. Canada Lithium社株価(TSX:CLQ)推移(2009/10/28-2012/6/19)
図2. Canada Lithium社株価(TSX:CLQ)推移(2009/10/28-2012/6/19)

3-2. Kinross Gold社
 トロントの弁護士事務所であるKoskie Minsky LLPは、2012年3月12日にKinross Gold社及びその役員を相手取った証券クラスアクションをオンタリオ州最高裁判所に行った。原告側株主集団は、2011年2月16日から2012年1月16日までに同社株式を購入した株主とし、総額40億C$の損害賠償を請求している。
 本提訴に至るまでの経緯は以下の通りである。

 (1) Kinross Gold社は、2010年8月2日に総額約71億US$に及ぶRed Back Mining社の買収を発表。同年8月16日に株主宛に配布されたManagement information circularによると、Red Back社が操業するモーリタニアのTasiast鉱山は今後の成長が見込める資産であり、現在の埋蔵量をしのぐ潜在的な資源量があると述べている。

 (2) その後、Tasiast鉱山において拡張プロジェクトのための資源量確認ボーリング調査を実施。2011年2月16日に発表された2010年年次報告書では、本調査結果は同社の期待を超えるものであり、Tasiast鉱山の資源量を増加させるものであると述べている。その後の四半期報告等の開示情報においても同様の見解を発表するなど、継続的にTasiast鉱山のポジティブな結果を報告。

 (3) 2012年1月16日に2011年操業結果及び2012年見込みを発表。その中でTasiast鉱体についての理解が深まったことにより、Tasiast鉱山ののれん減損が生じる見込みとなったことを発表。本発表を受けて、同社株価は1月16日の13.20 C$から1月19日には10.17 C$へとおよそ23%下落。

 (4) 2012年2月15日に発表された2011年年次報告書において、Tasiast鉱山及び同時に取得したガーナのChirano鉱山に係るのれん減損費用として同社総資産の14%に相当する29億C$を計上。

 原告側は、特にTasiast鉱山に関して、(i)鉱山価値の誇張、(ii)鉱石品位の過大記載、(iii)資源量、埋蔵量の不正確性もしくは不合理性、の点で対象期間中の開示情報に不実表示があるとしている。すなわち、Tasiast鉱山でのボーリング調査の結果、捕捉された鉱体が低品位で、鉱量の見直しなど本鉱山の収益性に大きく影響を及ぼす事実が明らかになりつつあったにもかかわらず、その情報は開示せず、逆にTasiast鉱山ののれんを過大に計上し、ポジティブな見解を発表し続けていたことを問題視している。
 なお、Kinross Gold社は、米国でも同様の証券クラスアクションを起こされている。

図3. Kinross Gold社株価(TSX:K)推移(2010/2/16-2012/6/19)
図3. Kinross Gold社株価(TSX:K)推移(2010/2/16-2012/6/19)

3-3. Agnico-Eagle Mines社
 Siskinds弁護士事務所は、2012年3月12日にAgnico-Eagle Mines社及びその役員を相手取った証券クラスアクションをケベック州最高裁判所に行った。原告側株主集団は、2010年3月26日から2011年10月19日までに同社株式を購入した株主とし、2億5,000万C$の損害賠償を請求している。
 本提訴に係る経緯は以下の通りである。

 (1) 2010年3月に発表された2009年年次報告書等によると、2009年のAgnico-Eagle Mines社のすべての金生産量のうち82.2%がケベック州から産出され、全生産量の30.2%は同州Goldex鉱山から産出されていると報告。この頃からGoldex鉱山坑内で出水により岩盤が不安定となり始めるが、本件に関する情報開示は行われていない。

 (2) 2011年3月29日に発表された2010年年次報告書において、Goldex鉱山は同社にとって堅固なキャッシュフローを産み出す鉱山としている。

 (3) 2011年7月27日に発表された2011年第2四半期報告において、Goldex鉱山坑内の出水を抑制するためにグラウチング工事の実施を報告。本工事により、坑内への出水量は制御されていることを追記。

 (4) 2011年10月19日にニュースを発表。Goldex鉱山について、出水により天盤が不安定となり操業が危険になったとして、本鉱山の操業を直ちに中止するとともに、Goldex鉱山に対する投資(約2億6,000万US$)を資産勘定から除却することを発表。本発表を受けて、同社株価は10月18日の57.74 C$から10月19日には47.16 C$へとおよそ18.3%下落。

 原告側は、Goldex鉱山での出水という事実が、操業を直ちに中止させ、資産を除却させるほどの危険性をはらんだものであることを同社が一度も開示していないことを問題としており、出水直後からそのリスクについて開示すべきであったとして、同社経営陣の継続開示義務違反としている。

図4. Agnico-Eagle Mines社株価(TSX:AEM)推移(2009/3/26-2012/6/19)
図4. Agnico-Eagle Mines社株価(TSX:AEM)推移(2009/3/26-2012/6/19)

まとめ

 最近の弁護士事務所発行のレポートや業界紙では、鉱山会社を対象にした証券クラスアクションは今後も引き続き増加すると分析している。また、最近の証券クラスアクションは、賠償金額の巨額化とともに、和解に要する時間も長期化の傾向が見られるとしている。
 上記事例からも明らかな通り、証券クラスアクションを回避するためには適切な情報開示が最重要であり、証券法やNI 43-101といった情報開示基準の準拠はもちろんのこと、情報開示(及び不開示)に際して専門の弁護士を交えた十分な事前検討、開示情報そのものの精査、過度な期待を抱かせる発表の回避、などが必要になる。また並行して、証券クラスアクションを起こされた場合に備えて、適切な会社役員賠償責任保険(Directors & Officers liability insurance, D&0保険)の加入などリスク低減策も講ずる必要がある。
 日本企業にとっても対岸の火事ではなく、現地パートナー企業の情報開示に対して、情報開示に影響を与える当事者として事前確認や監督など慎重な対応が必要と考えられる。

参考文献
 Class actions now in session; Ian Bickis; Northern Miner; April 9-15, 2012, Vol. 98, No. 8.
 Trends in Canadian Securities Class Actions: 2011 Update, Pace of Filing Grows, Pace of Settlements Slows; Bradley A. Heys and Mark L. Berenblut; NERA Economic Consulting; 31 January 2012.

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