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報告書&レポート

2013年7月11日 ハノイ事務所 五十嵐吉昭
2013年42号

ベトナムにおけるチタン産業の行方

 2013年5月13日にベトナム南部のブンタウで開催されたASEANチタン会議には200名程の参加があったが、ASEAN関係者を除けば外国人の参加は目立たなかった。ベトナムには主に南部の海岸地帯に6億t以上のミネラルサンドが賦存し、その有用鉱物の大半はイルメナイト(チタン鉄鉱:FeTiO3)が占めている。近年乱開発により急増した中国へのイルメナイト精鉱の輸出を制限し、自国にチタンの加工産業を何とか育成したいベトナムは、国の産業政策を決める新たなマスタープランを認可しようとしている。この政策は実現性が高く日本を含む外資にとって魅力的なものなのだろうか。

 本稿ではベトナムにおけるチタン資源と産業政策、及びその実現のための課題と我が国との関係をとりまとめた。

1.ベトナムのチタン資源

 ベトナムのチタン資源はほとんどがイルメナイトで、表1に示す通り北部の(1) Thai Nguyen省を除き海岸地帯における漂砂鉱床中のミネラルサンドとして賦存し、ベトナム地質鉱物総局(GDGMV)の調査によれば全省で6億6千万tの資源量があるとされる。中でも南部海岸地帯の(4) Ninh Thuan~Binh Thuan省が全資源量の9割以上を占めており(特に規模の大きな鉱床はBinh Thuan省のファンティエット周辺に賦存)、第四紀更新世の弱く固結した赤色の砂中にイルメナイト、及び少量のルチル、ルコクシン、ジルコン等の有用鉱物を含むミネラルサンドが胚胎し、層厚は平均で60 m程度、品位は0.6~0.7%程度である。これに対して(2)及び(3)の中~南部各省の海岸地帯には第四紀完新世の灰色の砂中に胚胎する漂砂鉱床が分布しているが、(4)に比べ規模的には大きくない。例外的に(1) Thai Nguyen省のチタン資源は、斑レイ岩中にレンズ状に胚胎する初生鉱床とその周囲の風化残留鉱床である。

表1.ベトナムのチタン資源量

  位置(省名) 鉱床タイプ 資源量(千t)



(1) Thai Nguyen 初生鉱床、風化残留 7,855
(2) Thanh Hoa~Hue 漂砂 14,581
(3) Quang Nam~Phu Yen 漂砂 21,537
(4) Ninh Thuan~Binh Thuan 漂砂 616,765

「出典:ASEANチタン会議(2013年5月)」

2.ベトナムのチタン産業政策

 ベトナムにおける鉱物資源の生産は国のマスタープランに規定されている。現行のマスタープランは2007年7月に公表された「2015年を見据えた、2007年~2015年までのチタンの探査、採掘、加工及び利用計画の承認に関する決定」(No.104/2007/QD-TTg)であるが、既に商工省重工業局は新たなマスタープランを作成し、首相の認可待ちである。このマスタープラン更新に先立ち、政府は2012年1月の首相指示(No.02/CT-TTg)により、チタン資源の探査・採掘に関する新規許可を与えず、半年間の猶予期間を経て未加工のイルメナイト精鉱の輸出を政府の許可がない限り禁止した。この背景にはチタン資源の乱開発により周囲の環境が破壊され、密輸も含み未加工のまま大量にイルメナイト精鉱が中国に流れたことを問題視したためとされる。この禁止措置により、国内にチタンスラグや合成ルチル等の製錬・加工施設がほとんどなく、かつ輸出もできなくなった鉱山側は、大量の精鉱の在庫を抱えたため政府に陳情し、漸く2013年2月の通達(41/2012/TT-BCT)により、省レベルの人民委員会の承認を得た上で商工省が許可すれば精鉱を輸出できることになった。但し、未加工の精鉱輸出は好ましくないため、2013年6月より財務省通達No.44/2013/TT-BTCにより輸出税が30%から40%に引上げられている。政府としてはあくまでも鉱物資源は国内産業による利用を優先し、輸出する場合も高付加価値化(Deep Processing)の方針に基づき付加価値を高めることを求めている。そのため現在首相の認可待ちであるマスタープランでは、2015年まで、2016~2020年、及び2020~2030年の3段階に分けてチタン産業の発展を想定し、表2に示す加工製品の生産と国内需要を予測している。この予測によれば、イルメナイト精鉱の輸出に代り、既に一部生産が始まっているチタンスラグの製錬を主体とし、合成ルチルや顔料の生産開始を視野に入れ、国内需要が当分見込めないスポンジチタンまで生産を目指すとしている。中でも資源量の豊富なBinh Thuan省において、副産物であるジルコンも含めて、ベトナムにおけるチタン産業の中心として、大規模な工業団地の開発が期待されている。

表2.チタンの加工製品と国内需要の予測(マスタープラン)

製品名 予想生産量(国内需要) 単位:千t
2015年 2020年 2030年
チタンスラグ 600~800(120) 700~900(312) 700~900(390)
合成ルチル 60(20) 120(30) 120(60)
顔料(pigment) 0(90) 240(150) 300(200)
スポンジチタン 20(0) 20(0) 20(0)
フェロチタン 0 20(0) 30(0)

「出典:ASEANチタン会議(2013年5月)」

3.ベトナムのチタン産業の課題

 上記のチタン産業政策は商工省が中心となってマスタープランをまとめたもので、実際に開発が進むかは外資を含む民間投資・開発が進むかにかかっている。ここではASEANチタン会議におけるベトナム企業S.O.N International Minerals Consultant社の発表を参考に、ベトナムにおけるチタン産業の課題を以下の通りまとめる。

(1) 低品位な鉱床と非効率な選鉱
 現在ベトナムで主にイルメナイトの採掘が行われているのはBinh Dinh省であるが(表1中の(3) Quang Nam~Phu Yenに含まれる)、その品位はミネラルサンドで1.5%程度である。最大の資源量を誇るBinh Thuan省にしても品位は0.6%程度であり、ベトナムの海岸地帯の漂砂鉱床は大半が1.5%以下で、世界的に見ればカットオフ品位以下である。これだけ低品位でも採算が取れるのは採掘コストが極めて低いためと言われている。しかしながら、コストは低いとはいえ、大部分の選鉱設備は旧式で豪州等の先進国の技術から15年以上遅れており、例えばスパイラル選鉱の場合、豪州では85~90%の回収率がベトナムでは50%程度とされる。

(2) 乱立する小規模生産企業
 ベトナムにはミネラルサンドを採掘する会社は60以上あるとされるが、その大部分は年産量1万t以下の小規模生産者で、年5~10万t以上生産するのは2社のみである。豪州におけるミネラルサンド生産者と比較してみると、豪州で生産者は4社に限られ、最低でも年5~10万tの生産規模を持ち、最大のIluka社に至っては年産100万t規模となる。また、近年ベトナムでも生産が始まったイルメナイトを製錬して得られるチタンスラグについても、既に6社が参入しているが規模は小さい。ベトナムでは規模の大きいBinh Dinh Mineral JSC (BIMICO)のチタンスラグ生産量は年2万1千t程度であり、同4万tを越える生産能力を持つ製錬所が8つある中国とは比較にならない。更に、ベトナムでは採掘から製錬まで一貫した垂直統合が進んでおらず、採掘権の発給が滞ると製錬所への確実な原料供給が保証されなくなる可能性がある。

(3) 政策の一貫性
 ベトナムにおけるチタン産業はイルメナイト精鉱の輸出拡大と共に発展し、現在までに32の採掘権が付与され、その生産能力の合計は126万t/年とされる。中でも数多くの採掘権を発給してきたのは資源量の多いBinh Thuan省であるが、今年2月末に同省幹部は、省内最大の鉱床地帯であるLuong Son以外では新たな採掘権は発給せず、既存の採掘権のみ認めると発言した。製錬や加工についても、2つの工業団地に集約することを明らかにした。また、2007年のマスタープランでは、当面製錬等のチタン加工産業が整備されるまでは精鉱輸出を認めることになっていたが、2.で述べた通り、精鉱輸出を禁止した上で、輸出できない精鉱が積み上がると一部解禁し、その後輸出税を引上げた。更に、チタンの採掘コストに大きな影響を与えるロイヤルティや環境税についても、前者は2010年に11%まで大幅に引上げた上、現在財務省は16%まで再度の引上げを提案しており、後者は2011年にチタン鉱石1tあたり5~7万ドンを新たに徴収するとした。ベトナムの鉱業政策自体が2005年の旧鉱物法改正による地方分権に沿った開発促進から、2011年の新鉱物法による環境や付加価値重視等の国家管理強化に変わったため、一貫したチタン産業育成が図られてきたとは言い難い。

4.日本との関係

 2012年の世界のチタン原料の需要(TiO2換算)はおおよそ年間で680万t、内600万tは顔料等の酸化チタン向けで、残りの40万tが金属チタン向けのスポンジチタン、及び溶接棒等その他が40万tである。日本のチタンメーカーは、酸化チタンこそ世界の6%程度のシェアーを占めるに過ぎないが、スポンジチタンでは世界の25%を占め、かつ航空機や構造材向けに極めて高品質な材料を供給している。ベトナムからは図1に示すとおり、主に硫酸法酸化チタンの原料として使用されるイルメナイト精鉱が輸入されてきており、2003年まで順調に輸入量を伸ばし、その後は2008年まで年間15万t程度輸入されていた。この輸入量が2009年以降急減したのは、2008年秋のリーマンショックに引き続く世界経済の低迷により日本国内における酸化チタンの生産量が減った事情もあるが、2006年及び2008年に商工省が鉱物輸出に関する通達によりTiO2品位で基準に達しない精鉱の輸出を2009年以降制限した影響も考えられる。実際にはこの間もベトナムから中国に大量の精鉱が流れており、中国と競合した日本のメーカーはベトナム以外からの原料調達を増やしたとも言われている。一方、2011年からは品位や用途は不明であるが統計上少量のチタンスラグもベトナムから輸入されるようになった。こうしたチタンスラグは、一般的にTiO2分の高いチタン鉱石を使用する塩素法酸化チタンや溶接棒、スポンジチタン向けと考えられる。なお、日本で製造されるスポンジチタンの原料としては、主にTiO2が95%程度の合成ルチルや高品質のチタンスラグがカナダ、豪州及びインドから輸入されている。

図1.ベトナムから日本へのチタン原料輸入量の推移

図1.ベトナムから日本へのチタン原料輸入量の推移

5.終わりに

 ベトナムのチタン資源、即ち海岸部に漂砂鉱床として胚胎するミネラルサンド中のイルメナイトは、品位が低く、かつ国として鉱業投資環境も良くないため、世界のチタン産業から注目されてきたとは言い難い。やはり隣国であり世界最大のチタン市場である中国の需要増加に応じて国内の技術力の劣る小規模生産者によって発展してきた感は否めない。2005年以降、密輸も含む急激な中国向けイルメナイト精鉱輸出により、チタン資源の乱開発や周辺環境の破壊が進んだことから、政府としては中国以外の外資による最新技術導入によるチタン産業の発展を期待しているであろう。具体例としては、ベトナムのサン国家主席が訪露の際、ベトナム国営石炭鉱物産業会社Vinacominが、チタン生産で世界最大のロシアのVSMPO-AVISMA社とチタンの採掘・製錬のJVで合意し、また、ロシアやアルメニアで鉱山を操業するGeoproMiningGroup社が350百万US$をBinh Thuan省のチタン製錬に投資する等の報道があった。また、南アフリカやフィンランドから最新の電気炉を導入し、比較的規模の大きなチタンスラグ製錬所の建設を目指している会社もある。世界のチタン原料の年間取引高は4~5千億円程度と決して大きくはなく、世界的には少数の生産者による寡占状態が続く中、我が国のチタンメーカーは国内の廃棄物規制が厳しいため良質のチタン原料を必要としている。しかしながら、我が国で製造される酸化チタンやスポンジチタンの原料供給にとってベトナムは、イルメナイト精鉱の輸出が難しくなり、賦存するイルメナイトが性状的に合成ルチル生産には向かず、また現状では安定的に高品質のチタンスラグを供給するには至っていない。従って結局のところベトナムのチタン産業は、例えイルメナイト精鉱の輸出を禁止しても、大消費地であり技術や資金を提供している隣国の中国に対する中間原料の供給に留まるとの見方もある。今後ベトナムが豊富な資源量を活かして、中国以外のパートナーの力を借りて自国のチタン産業を育成していくには、乱立する小規模な生産者の集約と上流から下流までの垂直統合、世界市場を良く理解した上での高付加価値化戦略、及び安定的なイルメナイト精鉱の供給や鉱山経営を可能にする柔軟で外資にとって魅力ある鉱業政策が欠かせないと思われる。

写真1:ASEANチタン会議

写真1:ASEANチタン会議
写真2:ベトナムの旧式スパイラル選鉱機

写真2:ベトナムの旧式スパイラル選鉱機


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