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報告書&レポート

2015年1月8日 ロンドン事務所 キャロル涼子
No.15-1

ERNST & YOUNGによる鉱業におけるビジネスリスクの分析

 本稿では、監査法人Ernst & Young(以下E & Y、本社:ロンドン)が2008年から発表している鉱業におけるビジネスリスクを分析した報告書「Business risks facing mining and metals」の2014年版の概要を報告する。中国経済の失速懸念によりコモディティ価格が下落傾向にある今日、直近のスーパーサイクルのピークとなった2008年と現在のリスク意識がどのように変化しているのか比較し、さらに2014年のリスク上位10項目への対策についても紹介する。また、2013年のビジネスリスク分析については、カレントトピックス13-55号にて詳報していることから、参照されたい。なお、同報告書(英文)は、以下のリンクにて参照可能である。
http://www.ey.com/GL/en/Industries/Mining—Metals/Business-risks-in-mining-and-metals

1. 2014年の鉱業ビジネスリスクランキングトップ10

 2014年の鉱業におけるビジネスリスクランキング上位10項目は、以下の表 1のとおりである。

表 1:2014年と過去7年間(累計)の鉱業リスクトップ10
表 1:2014年と過去7年間(累計)の鉱業リスクトップ10

 表1左は2014年の上位10項目、同右はコモディティーブームのピークであった2008年以降、業界で認識されているリスク累計の上位10項目である。

1-1 総論:~リスク認識・優先順位とも昨年から大きな変化なし~

 2013年の2位から順位を上げ2014年の1位となったのは、「生産性の向上」であった。中国の需要の拡大に合わせて事業拡大傾向が続いてきた鉱業界であるが、ここにきて生産性向上の意識が高まったのは、スーパーサイクルの下降局面にあってもさらなる成長を目指す業界のDNAが、需要の減速に適応したことの表れである。すなわち、昨今の需要減速を受けて実効性のある成長戦略を策定する時期に差し掛かってきた背景から、これまで生産拡大を優先するあまり強化が徹底されなかった生産性の向上に注目が集まったため、順位の入れ替わりを招いたと考えられる。

 2位にランクを下げたものの、「資本の配分と資本へのアクセスのジレンマ」に対する取締役会やCEOの意識は引き続き高い。鉱業界では長期的視野に立って利潤を追求するのが常であるが、一方で投資家の期待に応えるために短期的な成果を出し続けなければならない。この相反する課題は企業の意思決定に重大な影響力をもっている。2013年は、資源メジャー企業の短期利益配分対策として資産の評価損計上が目立ち、投資自制も引き続きみられた。今後の対策としてどの方面の投資に注力するか、さらにどのタイミングで投資家がそれを支持するかが鍵となってくるだろう。

 上位2項目にみられるように、優先順位の変化からランキングに多少の上下があったものの、リスク認識に大きな変化はなく、目立った新規項目が少ないのが2014年の傾向である。

1-2 新規ランク入り:第10位 水・電力の確保

 唯一新たにトップ10入りした「水・電力の確保」については、操業国での需要増に伴い、獲得競争から価格が高騰するケースが見受けられるため、安定確保に向けて緊急性が増したことがランクアップの要因となった。グローバルにみても、世界の電力需要は2025年までに36 %上昇するといわれており、加えて水資源の確保も難しさが増す予測から、獲得競争の激化は想像に難くない。さらにコモディティ価格の長期低迷や、鉱石品位の低下が進むなか、鉱業界におけるコスト効率の意識は高まっており、操業における電力や水資源が占める重要性は増す一方である。社会的操業認可を得るために資源管理においても地域の水・電力需要に配慮した戦略的かつ実効性のある対策が求められる。

 このような背景から、電力については探鉱事業や鉱山活動における省エネ・効率化、また低価格化が進めば再生可能エネルギーの導入が進むと考えられる。水資源の確保については、全ステークホルダーに資する対策として、節水技術の構築と同時に、脱塩装置やパイプラインの敷設、サプライチェーン全体を通した水リスクのマッピング、水収支の枠組み構築による水利用の情報開示などが挙げられる。

1-3 3位以下の主な動向

 2013年から順位を一つ上げて3位にランクインした「社会的操業認可」については、コミュニティや環境保護団体の反対によってプロジェクトの操業支障や遅延につながるケースが増えている。これまで社会貢献には定評のあった企業ですら苦戦しており、地域の影響力が増している様子が見られる。このため、企業は今までの評価に甘んじることなく、戦略計画の策定の時点から広範囲にわたって持続可能な事業運営を考慮する必要に迫られている。

 2013年の3位から1ランク後退した「資源ナショナリズム」は、引き続き上位5位以内を維持しているが、主な動きとしてその動向を撤回するケースと強化するケースが同時に存在している。一部の国々では、ただでさえ少ない配当に苦しむ鉱業界を更に圧迫する政策を導入したケースもあるほか、高付加価値化の強制や政府持分の増大を強化する国も見られる。資源ナショナリズムは、資源生産国において人気の政策で、往々にして国政選挙をきっかけに高付加価値化の強制が導入される傾向にあるが、議論が感情的に高揚する場合が多い。企業としては細部にわたる情報開示を徹底し、透明性を確保することが唯一の対応策となっている。

 2013年7位から2ランクアップした「設備投資」の実施状況は、コモディティーブームの最高潮時に開始した計画が過剰投資となった苦い経験から、失敗を繰り返さないという意識が強く、保守的な投資傾向にある。今の市況では新たに投資する余力はない一方で、次の盛り上がりに向けて、事業者の間では着々と新たな資源獲得を視野にプロジェクトの下準備が進んでおり、取締役会でも堅調な投資プロジェクトに注力する傾向がみられる。

1-4 長期動向を左右するメガトレンド

 鉱業におけるリスク上位10項目の目立った動きは以上だが、このランキングは今後1-2年における優先順位を示したものであることに留意する必要がある。また長期のビジネス動向は業界・社会・文化・経済の大局的な変化の影響を受けると考えられるが、その概要は次のとおりである。

○ デジタル化の促進
○ 働き方の変化
○ 市場のグローバル化
○ 都市化が加速する世界状況から、インフラ需要の増加
○ 希少資源を次々とあてがってくれる資源に満ちた地球
○ 益々要望が増す保健対策の再構築

2. 順位別傾向と対策

 1.では2014年の総論をまとめたが、以下では、項目ごとに1位から9位まで概要と対策を紹介する。なお10位は前述のとおりである。

2-1 第1位:生産性の向上(前年第2位)

 過去10年間は、史上稀に見るコモディティ価格の上昇に後押しされ、コストを顧みない増産傾向が続いたため、効率の低化が進んだ。企業の中には、生産性向上策としてコスト削減などの一過性の対策を導入し、逆に生産性を低下させた例もある。

 実際に生産性を向上させるために有用なのは、最適化(OPTIMISATION)である。特に供給過多が予測される商品では、実務から無駄を省き、アウトプット効率を高めることが大事である。研究開発を通した技術効率化(自動化)もさることながら、管理職にマージンの制約を意識させ、現場の意識改革に取り組ませる必要が出てくる。

 さらに各国の中央銀行の介入により、これまで良好であった金属等資源と為替の相関関係が崩れる傾向にある。そのため、豪州・チリ・南アのように通貨安を背景に事業拡大を果たしてきた国々においては、技術革新による効率化と同時に、労働者の技術力格差を均一化し、それに応じた賃金面での適正化が取り組み課題となるだろう。人件費がインフレ率を超えて高騰する傾向にも歯止めをかけなければならない。

 これらの課題克服を実行に移すために必須ともいえる方法が、業務全体で対策にあたり、企業の意識改革を急進的に行うことである。長期的視野にたった俯瞰的戦略と目標を立て、それに即した操業モデルを計画・予算化し、部門間の連携を強化しながら実施したうえで、パフォーマンス評価を順次定量的に実施することだ。前年の傾向として、資源メジャーも探鉱企業も目下生き残りに追われ、キャッシュフロー対策が優勢であるが、これからこの対策がさらに徹底されていくことになると考えられる。

2-2 第2位:資本の配分と資本のアクセスのジレンマ(前年第1位)

 同項目が2位に転落したのは、2013年中にメジャー企業による資産評価損対策等の資産最適化が進んだことによる影響が大きい。一方で、探鉱ジュニア企業にとっては2014年の状況も極めて厳しく、ロンドンAIMやトロント市場の株価も、2014年6月時点でピークの2011年と比べて各76 %、60 %と回復に至っていない。唯一の対策は人員削減、資産の売却、M&Aを通した資金繰りなどが主であるが、大手が新規資産購入から既存プロジェクトの効率化へ注力している今、えり抜きのジュニア企業のみが買収対象となり、厳しい状況が続く。市況が戻るまでは事業活動を最小限にして乗り切るしかない。

 事業規模に係らず、このジレンマには持続可能な方法で取り組む必要があり、資本利益率の評価方法を見直す必要がある。これには次の3段階の対策が有効だ。

第一段階:資本管理

 高コストな操業の閉鎖と高利益率の操業の更なる効率化を徹底し、外注等で費用削減、さらに借り換えによる融資継続により資本コストの上昇を抑えるのが主な取り組み。このような資本管理は、多角化経営を行うメジャー企業や中規模業者にはとりわけ有用である。

第二段階:投資の最適化

 2013年には上位5位のメジャーだけで、60億US$を超える事業分離や資産売却があった。2014年も、ポートフォリオ分析に基づき配当重視の投資実行と投資計画を策定するのが多角経営を行うメジャー企業で引き続き主流となっている。BHP Billitonの事業分離や徹底したコスト削減をはじめ、Anglo Americanが全69資産のうち営業利益への貢献が2 %にとどまる31資産について対策を講じているのが良い例だ。

 ポートフォリオの見直しにあたっては、部門ごとの報告・予測・業績評価を徹底し、市況判断に基づき柔軟性のある戦略と目的の設定を順次行って、事業の機会とリスクのバランスを見ながら組織横断的・包括的に質の高い投資判断の意思決定をすることが求められる。

第三段階:資本の増大

 2014年の傾向として、大規模な成長戦略を論ずる企業はほとんどない。もちろん長期的に成長を見込んだ投資活動は行われているものの、投資対象となる事業を絞り込んで実施している。事業拡大に意気込んでいるのは、開発段階の資産を抱える個人投資の起業家が大半で、リスク許容量が大きく長期投資に理解のある投資家を求めて活発に資金調達活動を行っている。

 資本の配分に関するジレンマは、市況や業界に関わらず常に付きまとう問題である。重要なのは、投資分別の取り組みから学んだ経験を常に経営の見直しの中核にすえて、市況や組織の変化にも適応して生き残ることができる能力に変えていくことである。

2-3 第3位:社会的操業認可(前年第4位)

 「社会的操業認可(Social License to Operate: SLTO)」は、現実的課題であると同時に潜在的にも経済的損失の大きなリスクである。大規模鉱山と地域住民との間で社会環境面での対立が起こった場合、鉱山側の費用は週2,000万US$にのぼるとの調査結果もある1 。ステークホルダーの多種・多様化が進み、企業の社会貢献が当然と見なされる傾向が強まるなかで、鉱業の環境負荷に対する市民意識が向上し、その問題意識を公にできる技術(SNS等)も普及した。このような背景から、事業者もこれまで以上に早期の段階から操業時の懸念や課題を開示する必要に迫られている。

 事業者が取り得る対策は、従来通り電力等の公的サービスの提供や地元企業支援、学校・病院建設などの社会福祉面での貢献が挙げられる。このように地域の社会的・経済的成長を支援する対策は、鉱山閉鎖後も長きにわたって地域に根付く取り組みとなる。社会対策に定評のある事業者は、ステークホルダーからの問題提起を受ける前に、地域の問題をくみ上げる能力に長けている。一度損なわれた信用は金銭で解決できないと肝に銘じ、先手を打つことである。

2-4 第4位:資源ナショナリズム(前年第3位)

 資源ナショナリズムは、投資の呼び込みと国内利益の最大化とのバランスを図る取り組みである。コモディティ価格の低下によって、資源ナショナリズムを導入する国の対応も、企業に魅力ある税制の導入等で投資インセンティブを強化するケースと、企業の収益を圧迫する政策を導入するケースに二分される。

 最近の主な傾向は、国内における高付加価値化の強制と、政府持分の増加である。高付加価値化の強制には、国内精錬事業強化に向けて輸出制限を伴うことがあるが(例:インドネシアの輸出税25 %導入、南ア・ガボンでの国内精錬義務付け、ザンビアでの未処理プラチナ禁輸2年内開始など)、これが下流事業への投資促進につながる場合もあれば、逆に下流設備のコスト負担が原因で投資敬遠に至る場合もある。

 政府持分の増加は、開発生産段階への投資で直接所有権を得る方法である。事業者としては、政府が権限行使(税制強化・政府持分の増加・高付加価値化の強制いずれの場合も)するに際して、事業経費を圧迫する政策が投資に悪影響をもたらす可能性を示唆し、国家・地域レベルで利点のある方法をともに模索することが大事である。政府との情報共有は、業界団体を介した呼びかけが効果的である。

2-5 第5位:資本投資計画の実行(前年第5位)

 新規供給源の獲得に要する投資は、年々複雑化・巨額化の一途である。資本支出の自制が著しい現状にあっても、2013年12月現在進行中の計画遂行に係る投資総額は7,910億US$と、記録的金額となっている2。そのため既存プロジェクトの予算超過・工程遅延等が後を絶たないため、これが風評被害につながるというリスク意識の増大から、有望な投資プロジェクトすら計画中止や見直しの憂き目にあっている。企業は水面下で次の需要増対策として投資計画にも着手しているが、今後計画されるプロジェクトの成功が企業の競争力強化と企業価値向上の鍵となる。投資家や受入国政府・地域の関心も高く、高度の情報公開と実現性の高さも求められる。このことから、E&Yではプロジェクトの実現可能性を探るべく、2014年1月に世界的に実施されている銅・鉄鉱石・金・石炭・ニッケル・その他(ダイヤモンド・モリブデン・プラチナ・ウラン・バナジウム・亜鉛)のプロジェクト104件(総額3,345億US$相当)を対象にプロジェクト工程・予算の実施状況の調査を実施した。対象プロジェクトの中には、予算投入決定を得たものもそうでないものも含まれるが、調査の結果、予算超過が全体の69 %、工程遅延が全体の50 %に上ることが判明した。2014年のリスク調査の結果では組織上層部でのリスク意識は5位となったが、納期内完成・予算内実施の実行が難航しているため実態とは差があるようだ。予算超過・工程遅延の主な原因として以下の5つがあげられる。

1) プロジェクト管理上の問題:不適切な計画や監督、無理のある工期設定
2) ステークホルダーとの紛争:政府、パートナー、地域等との対立
3) 人・モノ・金の制約:コモディティ価格の制約、インフラ不足、人員不足
4) 法規制上の課題:安全面・環境面の規制遵守に要する期間
5) 外的要因:地政学的・危機管理上の問題、為替動向、市況の変化

 このうち4)と5)に関しては予測や対策が困難であるが、管理上の問題については徹底策を講じたうえで、インフラや人員の地域内共有、建設の標準化などの策を講じることも検討が必要である。

2-6 第6位:価格と通貨のボラティリティ(前年第6位)

 過去10年間は、コモディティ需要増による金属価格の上昇で、新規プロジェクトへの設備投資が促進されたが、現在需給は均衡状態にあり、生産量の調整により供給の過不足が発生する可能性が高まり、価格の乱高下(ボラティリティ)の高まりが予測される。E&Yでは特に規制強化や中央銀行の介入、地政学的影響、大手銀行のコモディティ事業からの撤退等の背景から、価格乱高下は中期化すると予測している。

 資源メジャーの中には、「歳入の増大(Revenue enhancement)」の名の元に、乱高下(ボラティリティ)対処方法を見出している企業もある。鉱業界もより消費者志向になっており、安定的な価格を確保するためなら多少の費用はいとわないという買い手に対し、リスクヘッジ可能な商品を提供するようになり、直接・間接的にデリバティブ市場に参入するのが一般的となってきた。これにより、デリバティブ市場の流動性と効率性が高まって、たとえば製鋼所も市場価格に影響を受けずとも安定した購入価格で商品の調達が可能となった。今後はより小規模ではあるが石炭、ニッケル、アルミニウム、銅にも同様な傾向がみられるようになるだろう。

2-7 第7位:インフラへのアクセス(前年第9位)

 世界規模で中産階級人口が増えたことから鉱物需要は高まる一方であるが、アクセスが容易な鉱山資源はすでに開拓されつくしている。そのため、事業者は未開の地での鉱床開発を余儀なくされ、おのずとインフラアクセスに対するリスク意識が高まってきた。インフラの開発費用には、輸送経路や水、エネルギー等に限らず村・学校・病院といった社会インフラも含まれるようになった。中にはこのような社会経済的な開発費が鉱山開発プロジェクト資本の75 %を占める例もある3。Rio Tintoがギニアで実施するSimandou鉄鉱石プロジェクト(年産1千万t)では、総費用200億US$ドルのうち135億US$ドルが道路と大水深港の建設にあてられた4。一方で鉱山の開発規模が大きくなるにつれ、プロジェクトのステークホルダーも多様化するため、社会インフラに要する費用をだれがどこまで負担するかを合意するのは容易ではない。

 資本利益率の効率化に注力する事業者が多い中、事業者によるインフラ費用負担は困難を伴うが、インフラ統合型鉱山を開発すると搬出設備の効率設計やアクセス確保という点で不安要因を減らせるというメリットもある。このため年金基金や政府、または国際金融公社(IFC)やアフリカ開発銀行(AfDB)、欧州投資銀行(EIB)等の公的機関との官民提携事業を賢明に活用する方法が勧められる。但し、公的機関によってはリスク変動を嫌がる者が多く計画変更が難しいことに留意しなければならない。なお国によっては開発資金が乏しい場合や越境インフラの構築が必要な場合もあるため、一括事業請負後に所有権を国家に譲渡するBOT(Build-Operate-Transfer)方式を採用した設備共用・歳入分担型のインフラ開発が好まれる傾向にある。またインフラ開発の対価として資源を獲得するRFI(Resource for Infrastructure)型の資本提供も見受けられるが、出資者の関与が大きく、委託業者の選択に制約がある場合もある。

 インフラへの投資は、地域社会貢献や政府支援の獲得等の観点から事業者にとって社会的な利点も多いため、プロジェクトの持続可能性を全体的に視野に入れながら取り組むとよいだろう。

2-8 第8位:利益の共有(前年第8位)

 2013年は景気の低迷傾向が明らかとなり、コモディティ価格も低下し、2011年と比較しても事業の採算性が一層厳しくなっている。これまで業界の需要増・価格好調時の配当に慣れてきた投資家にとっては、経営状況の変化を受け入れるのに適応期間が必要である。そのため、価値観を共有するまでに時間差が生じ、これに起因して不必要な利害の衝突を招く恐れがある。

 なかでも政府が事業者との利益の共有にかける期待値は、好調なコモディティ価格時代の影響から時勢に見合わず大きい場合があるため、採算性が低下している現状ではこの期待値を慎重に管理・調整しなければならない。鉱業受入国では、タンザニアのように市民感情の高まりから収益の分配に期待し増税に至るケースがある一方、エクアドルのように法改正と税控除で優遇措置を講じる国もある。

 鉱山会社のリスク管理として勧められるのが、マルチ・ステークホルダー・モデルである。これは政府や地域住民、株主、従業員、サプライヤー等の利害関係者間でプロジェクトが直面する課題を共有し、長期的視野に立って共通の価値を見出すボトムアップ型の取り組みである。詳しい内容については世銀等で様々な事例を紹介していることから、取り組みの項目表等をご参照されたい5。また、雇用や現地調達、技術移転事業等の地域経済効果については、役員レベルの価値観を株主としっかり共有し、政府に対しては政策提言等を積極的に行うことも重要である。共通の価値の構築には、何よりも企業活動の透明性を高めることが第一である。

 一方で世界経済フォーラムは、持続可能な世界が実現し価値観の変化の共有が進めば、権益を所有してもステークホルダーの要望に応えるリスクが大きな負担となるあまり、いずれは鉱業事業者が現在の「鉱物権益保有者」から「鉱床リース業者」または「プロジェクトディベロッパー」に転身すると予測している6。もちろんすぐに実現する話ではないが、株主や政府・地域住民が絡む複雑な利害関係にバランスを見出すのは困難で、その難易度は益々高くなるという見通しである。一度バランスを失えば、ストや抗議行動の恐ればかりかプロジェクト遅延や企業の風評被害にも発展しかねない。企業のリスク敬遠の結果、鉱業の形態が様変わりする可能性もあり得る。

2-9 人材登用のバランス (前年5位、技能不足)

 コモディティ価格低迷をうけて閉山や操業停止が増えたため、技能労働者の確保はさほど差し迫った問題とは捉えられなくなったが、業界の構造的課題であることに変わりはない。豪州、ロシア、カナダなどでは、鉱山労働者の高齢化が問題である一方で、アフリカや南米では僻地操業が支障となって技能者の確保が難しい。また鉱業の周期性を敬遠する新卒者や経験者の鉱業離れも深刻化している。特に管理職・シニアレベルでの人材確保が大きな課題で、企業間の人材獲得競争も激しくなっている。

 さらに人材確保に係る直接・間接費用も問題である。直接経費として研修費用や遠隔地手当、間接費用には景気回復時の再雇用報酬等が挙げられる。一方で、Anglo GoldとE&Yが共同実施した金の鉱山生産性調査の結果、労働者1名あたりの年生産量は2002年の0.08オンスから2012年には0.04オンスを下回るまでになった。もちろん品位の低下も一因ではあるが、量産体制の悪影響で人員の能力に個人差が生じたことも生産性低下の要因である。また中国や南アフリカ、インドネシアなどの低賃金地域で、インフレ率以上に賃金が急騰し、鉱山計画の人件費が増えた結果、新規採用者に高い技能が求められるようになった実態も、人材登用のアンバランスを助長している。

 鉱業には周期性があるため、単純労働者の短期雇用と経験者の長期雇用のバランスを取る目的で、女性の登用や経験者の再雇用も視野に入れるべきである。また人材の業界離れ(新卒採用者2-3年内離職率は5割、入社10年以内の離職率は7割)を防ぐために、データ分析能力や契約交渉といったスキルの育成について鉱山業界内で連携し、長期的な人材育成戦略を立て、過去の経験から今後の好景気に備える必要がある。加えて、自動化・機械化の技術革新も促進される傾向にある。技能不足の問題に対処するためには、創造的で革新的なアプローチが求められている。

3. 結び

 鉱物需要の鈍化から鉱業界は厳しい経営状況に立たされているが、苦境に適応する対策をとって、次の上昇サイクルに向けて経験を培っていくときである。

以上

 1 ハーバード・ケネディースクール(2014)”Cost of Company-Community Conflict in theExtractives(採掘業における企業・地域対立の費用)”

 2 “E&MJ’s Annual Survey of Global Metal-mining Investment,” Engineering and Mining Journal, 6January 2014,
http://www.e-mj.com/features/3674-e-mj-s-annual-survey-of-global-metal-mining-investment.html#.U6
AlmPmSx1Y, accessed 5 April 2014.

 3 ‘Where have all the minerals gone?’, Mining Magazine, 28 August 2012.

 4 ‘Simandou agreement singed’, UBS Research, 27 May 2014 via Tomson One.

 5 Mining Indaba Focuses on the New Science of Stakeholder Outreach 世界銀行2014 年

 6 ‘Scoping paper: Mining and Metals in a sustainable world’World Economic Forum, February 2014

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