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報告書&レポート

2015年11月19日 バンクーバー事務所 山路法宏
No.15-49

カナダの政権交代に伴う鉱業への影響

 2015年10月19日に第42回カナダ連邦下院総選挙が実施され、トルドー党首率いる野党第二党のカナダ自由党(以下、自由党)がハーパー首相率いる与党のカナダ保守党(以下、保守党)を抑えて単独過半数を確保して圧勝し、約10年ぶりに政権交代が行われた。今回の選挙ではハーパー政権によるこれまでの経済政策等への評価や環太平洋連携協定(TPP)参加の是非等が争点の中心となり、自由党が政権を奪取したことにより、TPP批准への影響も懸念されている。

 一方で、鉱業活動における許認可をはじめとした権限の多くが州政府にあることや、基本的に各党は鉱業促進の立場であり、具体的な支援策に相違点を見出せる程度であると思われること等から、今回の選挙活動の中では各党の鉱業に関する政策についてはほとんど報じられてこなかった。そうした状況においては鉱業への影響は軽微と捉える向きも多いが、保守党政権の下で進められてきた環境許認可における連邦政府と州政府による二重評価の効率化への影響(逆戻り)や、先住民との関係の改善など、鉱物資源の開発に向けて多少なりとも影響があると思われる点も指摘されている。

 本稿では、今回の総選挙の概要、経緯、争点を整理した上で、選挙前に各党が示した鉱業分野における政策と、自由党政権誕生による鉱業への影響について考察する。

1. カナダ連邦の立法制度

 カナダ連邦議会は、図1に示すとおり、総督(Governor General)1が代理する君主(Crown、現在は女王エリザベスⅡ世)、上院(Senate)及び下院(House of Commons)より構成されている。

図1. カナダ連邦立法制度

出典:Guide to the Canadian House of Commons2

図1. カナダ連邦立法制度

 君主は立法手続きに直接関与することはなく、議会を通過した法案に形式上の承認を付与するに過ぎない。それも通常は代理である総督が行う。上院は、首相の助言に基づき総督が指名する105名の上院議員より構成される。下院は、10年毎に実施される国勢調査によって定員が調整されており3、前回2011年総選挙時は308議席であったが、その後の国勢調査により30議席増加され、今回の選挙では338議席となった。

 カナダの首相の選任は、比較第一党となった党の党首を、総督が任命するとのプロセスとなっている。また、内閣の閣僚は、首相により指名される。通常、閣僚は下院議員より選任されるが、上院を代表して上院議員からも最低1名が選任される。今回の選挙で敗北した保守党党首のスティーヴン・ハーパー氏は、2006年1月の総選挙で政権を奪取して以降3期にわたり首相を務めており、今回の選挙で4期目の就任を目指していた。

2. カナダ連邦の政党

 今回の選挙前にカナダ下院において議席を有していた政党について紹介する(選挙後の議席数順)。

(1) カナダ自由党(Liberal Party of Canada)

 中道左派・自由主義政党。ジャスティン・トルドー党首(Justin Trudeau)は、オンタリオ州(以下、ON州)オタワ出身。3兄弟の長男で、弟でジャーナリストのアレクサンドル(Alexandre)と同じく12月25日のクリスマス生まれである。モントリオールのマギル大学(McGill University)で英文学、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)で教育学の学位を取得し、その後、ブリティッシュコロンビア州(以下、BC州)で教職を務めていた。2008年10月に、ケベック州(以下、QC州)パピノー(Papineau)選挙区(モントリオール)から自由党の候補者として当選し、2013年に自由党党首に就任した。43歳での首相就任は史上二番目の若さである。

 父ピエール・トルドー氏(Pierre Trudeau、2000年没)は、第20代及び第22代カナダ首相を務めた政治家で、公用語を英仏二か国語にする多文化主義等の功績によりカナダで最も偉大な首相と評されている。元モデルでテレビ番組の司会も務めていた妻ソフィーとの間に3人の子供がいる。

 自由党は、ON州やBC州、QC州モントリオール等の都市部を基盤として、これまで最も多く政権を担ってきた政党として、国民皆保険制度の確立や所得の再分配機能強化、移民受け入れ等の多文化主義の実現等の政策を行ってきた。近年では、中間層の待遇改善やインフラ投資による雇用創出、経済成長を目指しているほか、先住民の人権保護や環境保護などの政策を挙げている。

(2) カナダ保守党(Conservative Party of Canada)

 中道右派・保守主義政党。ON州、BC州、QC州モントリオール等の都市部を基盤とする自由党に対抗するために、2003年にカナダ進歩保守党が、中西部州(アルバータ州、サスカチュワン州、マニトバ州)を基盤とするカナダ改革・保守同盟と合併して結党された。スティーヴン・ハーパー党首(Stephen Harper)は、2006年2月以降首相を務めてきた。政策面では、経済成長に重点が置かれており、失業率の改善、減税やインフラ設備への対規模投資等による経済成長と財政健全化を柱としている。

(3) 新民主党(New Democratic Party:NDP)

 中道左派・社会民主主義政党。トーマス・マルケア氏(Thomas Mulcair)が2012年3月より党首を務めている。カナダでは長らく自由党と保守党の二大政党による政権交代が続き、1961年の結党以降、多くの期間を野党第二党として一定の影響力を有していたが、前回の2011年総選挙においてQC州を中心に強い支持を集めて大幅に議席を獲得して初めて野党第一党となっていた。しかし、今回の選挙で大幅に議席を減らし、再び野党第二党に転落することとなった。近年の政策としては、LGBT4や先住民の人権保護、公共福祉の充実、環境保護等に力を入れている。

(4) ブロック・ケベコワ(Bloc Québécois:BQ)

 左派・社会主義政党で、ケベック地域の権益を代表し、ケベック独立運動を背景として活動している。1991年に結党し、労働組合と地域住民を支持基盤としてQC州のみで活動している。結党以来常に50議席前後を維持していたが、前回の2011年総選挙でQC州の総選挙区でNDPに大敗し、4議席のみの小勢力となった。ジル・デュセッペ党首(Gilles Duceppe)は、1996年、1997~2011年にも党首を務めており、2015年6月に党首に復帰している。

(5) カナダ緑の党(Green Party of Canada)

 1983年に創設された環境問題を中心とした社会正義、直接民主主義、非暴力活動、多様性の尊重等の主張を持つ政党で、2004年総選挙以降、政党助成金支給要件である2 %を上回る得票率を得ている。前回の2011年総選挙で、2006年より党首を務めているエリザベス・メイ氏(Elizabeth May)が同党として初めて議席を確保し、今回の選挙でも再選を果たした。

3. 第42回総選挙の概要

 下院議員は、通常4年毎に行われる完全小選挙区制による選挙で選出される。

 2015年8月2日、ハーパー首相は総督からの承認を受けて下院を解散し、10月19日に総選挙を行うと発表した。通常は総選挙の5週間前に解散が行われているが、今回は11週間も前に解散したため、カナダのメディアは与党保守党が豊富な資金力を駆使して劣勢挽回を図る思惑があるのではないかと報じていた。今回の選挙では、2012年に行われた国勢調査の結果を受けて、前回より30増加した338の議席に対して合計1,428名の候補者が立候補した。

図2. カナダ総選挙の各党獲得議席数の推移(2000年以降)

※西暦下の括弧内は総議席数。

※2000年の保守党議席数は前身であるカナダ改革・保守同盟とカナダ進歩保守党の合計。

※各選挙後の議席の変更は反映していない。

出典:JOGMECバンクーバー事務所作成

図2. カナダ総選挙の各党獲得議席数の推移(2000年以降)

 今回は第42回の総選挙であり、2000年(第37回)以降の総選挙による各党獲得議席数の推移を図2に示す。近年自由党は年々議席数を減らして与党から野党、そして野党第二党まで転落していたが、今回の選挙で大幅に議席を増やして過去50年間で最大となる184議席を確保したことで、約10年ぶりに政権に返り咲いた。一方の保守党は、結党した2003年以降着実に議席数を増やし、2006年に政権交代、2011年に過半数の議席確保を実現したが、今回の選挙で大幅に議席を献上して野党に戻り、前回選挙で大躍進し、野党第一党となっていたNDPも、約57 %減となる44議席まで議席を減らして再び野党第二党に甘んじることとなった。

 選挙までに報道された様々な世論調査では、解散当初、保守党、NDP、自由党の三つ巴の状況が伝えられていた。一時はNDPが支持率首位に躍り出たものの、選挙戦後半に差し掛かるにつれて失速し、直前には自由党の優勢が伝えられながらも、どの政党も過半数の確保は難しいとの見方が大勢を占めていた。しかし、結果は自由党の圧勝となった。

 今回の総選挙で争点となった一つが経済政策である。ハーパー首相は、就任以来売上税等の減税やエネルギー分野の規制緩和の実行、総選挙直前の10月5日に大筋合意に至ったTPP等を経済政策の実績としてアピールしたが、主要輸出品である原油価格の下落が経済に影響を与えて景気は停滞気味であった。外交問題、難民問題等様々な争点もあった中で、やはりハーパー首相の10年近くに及ぶ長期政権に国民が飽きていたことが保守党には最も不利に働いたと思われる。NDPは、2015年5月のAB州選挙で44年ぶりの政権交代を実現する歴史的勝利を収めるなど勢いを増していたが、自由党に多くの票が奪われた要因の一つとして、同じ中道左派として差別化が図れなかったことが指摘されている。

4. 自由党の鉱業関連政策

 選挙期間中は、国内外での様々な課題について、各党による主張、議論、他党、特に与党保守党の政策に対する批判等が党首討論をはじめ様々な場所で行われた。カナダの主要産業の1つである鉱業分野に関しては具体的な政策や施策がどの党からもほとんど示されていなかったが、選挙前に報道機関や鉱業関連組織がアンケートの形で各党の鉱業関連、特に鉱物探査に関する課題に対する政策を紹介5している。

 ここでは、そのうち今回新たに政権与党となった自由党の政策を紹介する。

(1) 資源管理及び探査・鉱山業の管理・促進に対する方針

 自由党を含め、各政党は探査や鉱山業がカナダの経済や雇用等で大きく貢献しており今後も重要な産業であるという点で一致している。自由党は、規制機関としての信頼性の向上を掲げたものの具体的な取り組みについては言及していないが、基本的に鉱業促進の立場を取っている。

(2) 鉱物探査における資金調達支援等の財政政策の提供

 自由党を含むほとんどの政党は、カナダの鉱業を支援、促進するフロースルー株式制度6や鉱物探査税額控除制度7等については支持・堅持する立場を示してきた。鉱物探査税額控除は、鉱業が低迷していた2000年に当時の自由党政権が導入したものである。自由党は、フロースルー株式制度のようなこれまでの政府の対策を支持してきたとした上で、プロジェクトが何年にもわたることから、より一層の確実性が求められているほか、公正かつ効率的な規制手続きや貿易への強いコミットメント、熟練労働者の確保、そして重要なインフラへの投資が必要とされていると指摘している。

(3) 先住民関連の課題への取り組み

 2014年6月、連邦最高裁がBC州に居住するTsilhqot’inファーストネーションに対して、初めて先住民の先住権原を認める歴史的判決が下された8(以下、「Tsilhqot’in判決」)。これまでも、先住民との協議(Consultation)は義務付けられていたものの、最終的には協議を行っていれば義務を果たしていると見做されてきたが、本判決によって協議はプロセスであり、先住民の合意が必要であるとの判決が下された。そのため、条約(Treaty)が締結されておらず先住権原が消滅していない地域では、企業による先住民との協議・合意にかかるコストが増加し、開発可能性への影響が懸念されると同時に、連邦政府による積極的な関与やリーダーシップの発揮に対する要望が高まっている。

 そうした中で、自由党は、環境評価プロセスにおける簡素化により保守党政権は先住民の声に耳を傾ける機会を減らし、協議において十分な役割を果たしていないと批判し、先住民との新たな関係の構築や連邦政府による積極的な関与、規制、政策、対策等の見直し等を行うことを表明している。

(4) 環境許認可プロセスの重複

 ハーパー首相率いる連邦政府は、2012年にカナダ環境影響評価法(Canadian Environmental Assessment Act:CEAA)9を改正し、CEAAが適用されるプロジェクトを具体的に規定した。これにより、連邦政府の環境評価対象が、3,000 t/日以上の生産能力を有する金属鉱山や4,000 t/日以上の処理能力を持つ金属ミル等、一定規模以上のプロジェクトやウランプロジェクト、野生生物生存地域や渡り鳥保護区域内でのプロジェクト等に限定した。州政府と連邦政府の二重の環境評価プロセスに悩まされてきた鉱業界や鉱業促進を目指す州政府はこのプロセスの簡素化を歓迎したが、カナダの環境や人の健康を脅かし、先住民の権利にも影響を与えるとして、野党や先住民グループ、環境保護団体等は反発の声を上げていた。そうした中で、前述のTsilhqot’in判決により政府の積極的な関与が求められたことに加え、2014年8月に発生したBC州Mount Polley鉱山の鉱滓ダムの決壊10により政府の許認可プロセスに対する厳しい目が向けられたことも、こうしたプロセス簡素化には逆風となっていた。

 そのため、自由党は、プロセス重複を解消する合理化自体は肯定しつつも、保守党政権がCEAAを改正して進めてきた環境評価プロセスの簡素化は連邦政府の責任を放棄するものであり、プロセスの対象が狭まり、公衆の関与が制限され、連邦政府による環境保護能力が大幅に削減されたことで、カナダの50年以上にわたる環境管理システムの信頼性が揺らいだと批判し、プロセスの見直しの実施を打ち出した。

(5) カナダ北部及び遠隔地におけるインフラ整備や職業訓練等の支援

 北極圏を含むカナダの北部やリモートエリアは、インフラの欠如や技術労働者の不足等課題が多く、当該エリアで行うプロジェクトはコストが高く、高いリスクを負っている。一方で、産業に乏しいそれらの地域では、そうしたプロジェクトが先住民の雇用機会や利益享受につながり、地域の経済及び雇用の面で最も貢献する重要な産業であることは、各党が認識している。自由党は、他党に比べてより具体的な取り組みとして、連邦政府によるインフラ投資を今後10年間で現在の650億C$から約1,250億C$へほぼ倍増させるほか、州政府や準州政府と協力して職業訓練プログラムへの資金を年間7.5億C$増加させる方針を示した。

(6) TPP参加

 環太平洋パートナーシップ(Trans-Pacific Partnership:TPP)は10月5日に大筋合意が発表されたが、自由党は原則支持の立場を取りつつも、交渉内容が不透明であるとして、その内容を検証する必要があると主張している。

 なお、カナダ鉱業協会(Mining Association of Canada:MAC)及びカナダ探鉱・開発協会(Prospectors & Developers Association of Canada:PDAC)は、2015年10月に米国アトランタで開催されたTPP閣僚会合の直前、TPPへのカナダ参入を支持する声明を発表していた。TPP交渉を行っているカナダを含む12カ国全体で、8億人に上る消費者と世界経済の約40 %を占める28.5兆C$のGDPがあり、世界各地で探鉱・開発を行っているカナダ鉱業界はこれらの参加国においても2012~2014年の3年間で年間平均1,586億C$を上回る投資を行っており、この重要な貿易協定から取り残されるわけにはいかないとの主張である。

(7) 他党との比較

 今回の選挙の結果、自由党は単独過半数を確保したが、議会での議論を通じて様々な政策を進めていくプロセスの中で、他の野党の考えや路線を無視することもできない。そこで、各党の方向性の違いを比較するため、各課題に対する各党の政策を表1に整理した。

 基本的に、鉱業に関しては各党が支持する立場を取っていることから、その方向性について大きな違いは見られない。選挙期間中、自由党をはじめ各野党は、保守党との違いを見せるために、保守党政権下で進められた鉱業に関連する政策として、特に環境許認可プロセスの合理化や先住民との関係構築の取り組みに、批判の矛先を向けていたが、それもプロセスの合理化そのものの否定ではなく合理化の仕方に対する問題提起であったり、先住民との関係構築をもっと積極的に行うべきとの指摘であったりするもので、真逆な方向性を示していたわけではない。そのため、今後の保守党をはじめとした新たな各野党からは、総論よりも各論での意見や反対陳述が行われるのではないかと思われる。

表1. 主な鉱業分野の課題に対する各党の政策比較

鉱業分野の課題 自由党 保守党 NDP
資源管理及び探鉱・鉱山業の管理・促進 鉱業界には資本へのアクセスと規制機関として信頼性のある連邦政府が必要。 環境を保護しつつ雇用や経済成長を生み出すため、鉱業分野の税負担やコスト削減の実績を継続。 鉱業界、各州、地域社会、先住民との協調に基づき行う。国際競争力を維持しつつ予測可能性とガバナンスの向上で北方インフラや技術への投資を促進し、中小企業への課税率低減(11 %→9 %)やイノベーション税額控除制度の導入等で経済の多様化を図る。
鉱物探査における資本調達 政府の活動の効率的な管理、国内経済の監視、鉱業促進のための財政環境の提供が必要であり、公平かつ効率的な規制手続きの確立、貿易への強いコミットメント、熟練労働者の確保、重要なインフラへの投資を行う。 鉱物探査税額控除の延長やカナダ探査費用の適用範囲拡大11等を実施してきており、更なる促進策の導入も検討。鉱物探査税額控除は3年間の延長と北部地域プロジェクトの控除率アップ(15 %→25 %)を行う。 鉱物探査税額控除には従来から支持。当該制度の更新発表が毎年遅いことがリスクと不確実性を高めており、継続的な投資促進のために予測可能性の提供が重要。
先住民関与における政府の役割と取り組み 連邦政府と先住民との新たな関係を構築し、先住民と協働して規制や政策、対策の全面的な見直しを行う。 責任ある資源開発の経済利益に対する先住民の全面的参加を継続して推進する。 先住民国家との国家間アプローチと連邦政府による真の関与が必要であり、条約に基づく権利、固有の権利、国際的責任を尊重し、先住民との協議及び関係構築を最優先に実施する。
環境許認可等規制プロセス 保守党政権の取り組みにより信頼性を損なっており、環境評価プロセスの公開レビューを行い、新たな包括的かつ時宜にかなった公正なプロセスを導入する。 連邦政府と州政府による環境許認可の二重プロセスの簡素化、合理化を推進する。 合理化は有意義だが、連邦政府の責任放棄は産業界の信用を傷つけるもので認められず、social licenseを得るためには安定かつ完成したプロセスが必要。
カナダ北部及び遠隔地のインフラ整備や職業訓練等 連邦政府によるインフラ投資を今後10年間で約1,250億C$へほぼ倍増させるほか、職業訓練資金を年間7.5億C$増加する。 北部地域プロジェクトの鉱物探査税額控除の控除率アップ(15 %→25 %)の実施により探査活動を促進する。 北部・北極圏のプロジェクトから生産物を安全かつ高いコスト効率で国際市場に出すため、北部の道路、橋、港の整備を優先する。

5. 自由党新政権誕生に伴う鉱業への影響

 自由党は単独過半数の議席を確保したことで、安定した政権運営が可能となった。そのため、鉱業関連の課題への対応や取り組みについても、前述した同党の方針や考え方に沿った政策が進めてられていくと思われる。自由党も基本的には鉱業促進の立場であり、保守党政権時代と比較してもそれほど大きな変化はないと思われるが、良い影響、悪い影響の両面において、以下の2点については、ある程度の影響が予想される。

(1) 環境許認可プロセスの見直し

 前述のとおり、自由党は、保守党政権がCEAAを改正して進めてきた環境評価プロセスの簡素化は連邦政府の責任を放棄するものであり、プロセスの対象が狭まり、公衆の関与が制限され、連邦政府による環境保護能力が大幅に削減されたことで、カナダの50年以上にわたる環境管理システムの信頼性が揺らいだと批判してきた。そのため、政権与党となった際には、即座に環境評価プロセスの公開レビューを行った上で、以下を満たす新たな包括的かつ時宜にかなった公正なプロセスを導入する方針を示している。

・州政府及び準州政府と協力してプロセスの重複のないようにしつつ、保守党政権によって台無しにされた、連邦管轄地域に対する堅固な管理と徹底した環境アセスメントを回復する。

・決定は科学、事実、証拠に基づくと共に公益性を確保する。

・関心のあるカナダ国民が意見を述べる方法や評価プロセスに専門家が参加する方法を提供する。

・プロジェクトの申請者に対して環境影響を低減させる利用可能な最善の技術の選択を要求する。

 そのため、今後トルドー次期首相率いる新政権の下でこうしたプロセスの見直しが進められるとみられるが、レビューに要する期間やCEAAの再改正の有無等は不透明であり、短期的にはその期間中の環境許認可が遅延する可能性がある。また、現時点での自由党の方針から、簡素化が進んでいたプロセスの再強化が予想され、現行では連邦政府の評価プロセスが免除されていたプロジェクトも評価対象となる可能性もあり、それにより環境許認可に要する期間が再び長期化する恐れがある。

(2) 先住民との関係の改善

 自由党は、条約に対する認識、権利、尊重や、当初の条約の条件、精神、意図、自治政府の権利、先住民族の権利に関する国際連合宣言、過去の判決等に基づく連邦政府と先住民との関係を再開し、先住民と全面的に協力、協議を行いながら規制する法令や政策、運用中の対策等の全面的な見直しの実施をコミットしている。したがって、自由党政権の誕生により、政府の積極的な関与を望む鉱業界にとっては歓迎すべき政策転換となりそうであるが、地域によって関係も多種多様であり、トピックを一般化することには困難を要すると思われる。そのため、先住民との協議や合意が今後どの程度進むかは未知数である。

おわりに

 選挙翌日、鉱業界は概ね自由党による新政権の誕生を歓迎する声明を発表した。自由党は、選挙前からフロースルー株式制度や鉱物探査税額控除等の従来の政策の維持をコミットし、また、先住民との関係における連邦政府の関与や北部地域へのインフラ投資の強化を掲げており、概ね鉱業界にとって歓迎すべき政策が進められることが期待できるものと思われる。一方で、環境許認可プロセスの見直しによる許認可の遅れや連邦政府の評価プロセスの再強化に伴う許認可プロセスの長期化に対する懸念の声もある。

 11月4日には組閣が行われ、トルドー新政権が正式に誕生した。天然資源省(Minister of Natural Resources)の大臣には、マニトバ州選出のJames Gordon Carr氏が就任した。Carr氏は、MB州ビジネス協議会の初代CEOを務めたビジネスマンであるが、ウィニペグ交響楽団のオーボエ演奏者、Winnipeg Free PressやCBCラジオのレポーター兼コラムニスト等の経歴を持つ。

 環境省は環境・気候変動省(Ministry of Environment and Climate Change)に名称が変更となり、大臣にはON州オタワの議員であるCatherine Mary McKenna氏が就任した。McKenna氏は、人権や社会的正義の法律家であり、東ティモールの平和維持活動にも法律顧問として参加している。

 また、先住民関係・北方省(Ministry of Aboriginal Affairs and Northern Development)も先住民・北方関係省(Ministry of Indigenous and Northern Affairs)に名称が変更され、大臣にはON州トロントの議員で医師でもあるCarolyn Ann Bennett氏が就任している。いずれの大臣も、就任した大臣の管轄範囲においては専門性を有しておらず、鉱業分野における影響は未知数である。

 新政権はまだ樹立直後であり、トルドー新首相の外交日程も立て込む中で議会の開会も年明けになると見込まれているため、新政権のリーダーシップが見られるのはもう少し先になると思われるが、今後、具体的な政策や取り組みが明らかとなる中で、新政権が鉱業促進と環境や先住民の権利の保護をいかに両立させていくのかを引き続き注視していきたい。


(注記)

  1. カナダの国家元首であるカナダ国王(イギリス女王)の代理を務め、国家元首の職務を遂行。通常はカナダの首相の指名に基づいて国王より任命されており、2010年10月よりDavid Lloyd Johnston氏が第28代総督を務めている。
  2. http://www.parl.gc.ca/About/Parliament/GuideToHoC/pdf/guide_canadian_house_of_commons-e.pdf
  3. 各州において下院議員数は上院議員数と同等以上であるとする上院議員条項(senatorial clause)や1976年及び1985年に有していた議席数を下回らないとする祖父条項(grandfather clause)により、最低議席数は282議席となっている。
  4. 女性同性愛者(レズビアン、Lesbian)、男性同性愛者(ゲイ、Gay)、両性愛者(バイセクシュアル、Bisexual)、そして性同一性障害含む性別越境者など(トランスジェンダー、Transgender)の人々を意味する頭字語。
  5. カナダ探鉱・開発者協会(Prospectors & Developers Association of Canada:PDAC)が選挙前に発表した資料(The Party Line on Mineral Exploration in Canada http://www.pdac.ca/docs/default-source/default-document-library/election-q-amp-a-(core–fall-2015).pdf?sfvrsn=0)ほか
  6. フロースルー株式制度(Flow-Through Shares:FTS)とは、投資家にインセンティブを与えることで収益のないジュニア探鉱企業でも市場からの資金調達を容易にするカナダ連邦政府の税控除制度。株式発行法人が株式の対価額相当まで探鉱費用と開発費用を投じることが出来るという合意のもとに株式を発行し、探鉱開発費用はフロースルー株式を購入した投資家の経費(費用)とみなされる。
  7. フロースルー株式を購入した個人投資家には、特定の費用に係るFTSにつき、更に15 %の鉱物炭素税額控除(Mineral Exploration Tax Credit)が認められている。同制度は、新参の鉱山会社がFTSにより資金を調達するのを援助するために一時的措置として2000年に導入され、2003年以降は毎年期間が1年間更新されている。
  8. カレント・トピックス「カナダにおける先住権原に関する歴史的判決とその影響」参照。
    http://mric.jogmec.go.jp/public/current/pdf/14_42.pdf
  9. http://laws-lois.justice.gc.ca/eng/acts/c-15.21/index.html
  10. 金属資源レポート「MountPolley鉱山の鉱滓ダム決壊の概要と影響」参照。
    http://mric.jogmec.go.jp/public/kogyojoho/2015-07/vol45_No2_02.pdf
  11. カナダ探鉱費用(Canadian Exploration Expense-CEE)は、カナダにおける探鉱、開発段階に発生する費用で、累積カナダ探鉱費用(Cumulative CEE-CCEE)のプールに含め、毎年、課税所得額を上限にCCEEの残額全額まで控除可能(CCEEの残額は無期限に繰越可能)。ハーパー政権はこの費用に環境問題研究やコミュニティとの協議も対象とした。

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