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報告書&レポート

2017年6月30日

ペルー大気環境基準とLa Oroya製精錬所存続問題

はじめに

2017年4月、清算手続き中のDoe Run Perú社の債権者集会は、La Oroya製精錬所(Junín州)とCobriza鉱山(Huancavelica州)の再入札を同年7月6日に実施することを決定した。本案件は2015年8月と2017年3月にも入札が実施されたものの、大気環境基準が厳格すぎる、あるいは基準の改定案が発表されなかったこと等を要因として、入札不成立に終わった。一方、ペルー環境省は、6月7日、新しい環境基準(ECA、Estándares de Calidad Ambiental)を、大統領令003-2017-MINAM(大気)と同004-2017-MINAM(水質)として公布した。同製精錬所の存続問題と大気環境基準の関係について、以下、概観する。

1.Doe Run Perú社清算手続きまでの経緯

La Oroya製精錬所は、首都リマの東北東約176km、ペルー中央部のMantaro川沿いの都市La Oroya(人口約33千人)に立地し、この都市の中心企業である。1922年、American Cerro de Pasco社によって銅製錬所が建設され、その後1928年に鉛精錬所、1952年に亜鉛製錬所が建設されている。1974年、Velasco軍事政権時に国有化された同社は、Empresa Minera del Centro del Peru SA(Centromin)の一部となった。1993年、ペルー政府はCentrominの民営化を決定し、1997年10月、米国Rencoグループの子会社Doe Run Perú社が約247百万US$で落札、買収した。Doe Run Perú社は1998年9月、同製精錬所への銅精鉱供給維持のためにCobriza銅鉱山(Huancavelica州)をCentrominから7.5百万US$で併せて買収した。近年操業時の年間生産金属量は、銅60千t、鉛120千t、亜鉛40千tであった(表1)。同製精錬所はまた、副産物として、金、銀、アンチモン、砒素、ビスマス、カドミウム、インジウム、セレン、テルル、硫酸を生産していた。

表1.La Oroya製精錬所金属生産量の推移

表1.La Oroya製精錬所金属生産量の推移

出典:ペルーエネルギー鉱山省データ

Cobriza鉱山は1908年に発見され、1966年に開発された銅鉱山で、2016年のペルー国内銅生産量で第13位にランクされる中堅レベルの鉱山である(図1及び表2)。

図1.Cobriza鉱山銅生産量の推移

出典:ペルーエネルギー鉱山省

図1.Cobriza鉱山銅生産量の推移

表2.2016年鉱山別銅生産量

表2.2016年鉱山別銅生産量

出典:ペルーエネルギー鉱山省

Doe Run Perú社による同製精錬所買収前の1997年1月、ペルーエネルギー鉱山省は同製精錬所の環境適正化計画(PAMA、Programa de Adecuación y Manejo Ambiental)を承認した。同計画は、操業中の鉱山・製錬所について、鉱山会社による計画書の提出とその後の実行を義務付けた制度である。Doe Run Perú社は、買収時、この計画を引き継ぎ、10年後の2006年末までの実行を約束した。

2005年11月、Doe Run Perú社は、Cobriza鉱山のPAMA対策が完了したことを発表したが、翌2006年5月、政府は、2001年に大気SO2環境基準が厳格化されたことを理由として、La Oroya製精錬所のPAMA実行期限を2009年10月まで延長することについて承認した。2001年に施行された大気SO2環境基準は、日平均値572μg/㎥と年平均値172μg/㎥を、それぞれ365μg/㎥と80μg/㎥に改定するものだった。

2009年10月のPAMA実行期限を前に、国会は、PAMA実施を担保する保証の提出を条件として、同期限の2012年3月までの延長を承認した。しかしながら、同年半ば、Doe Run Perú社は、資金繰り悪化のため操業を停止した。負債総額は120百万US$超とされる。

2010年末、Doe Run Perú社のPAMA不履行及び操業再開期限の不履行で、同社債権者集会の招集手続きが開始された。2012年5月、債権者らは清算手続き業者を選出し、SO2浄化設備の整った亜鉛プラントと鉛プラントのみ基準遵守を条件に再開が許可された(銅プラントは不許可)。これを受け、同年7月、亜鉛精錬が再開、また同年12月、鉛精錬が再開された。Doe Run Perú社が提出していた事業再建計画と基準緩和申請は却下された。

なお、資産を没収された形となったDoe Run Perú社側は、2010年末、親会社Rencoグループ(本社米国ニューヨーク)が、同製精錬所の操業停止を決定したペルー政府を、製精錬所周辺での汚染除去問題におけるペルー・米国間FTA協定違反や「他社より厳しい環境基準等の差別的待遇」を理由に、世界銀行投資紛争仲裁国際センター(ICSID、International Center for the Settlement of Investment Disputes)に提訴し、ペルー政府に対し800百万US$の補償を求めたが、2016年7月、司法管轄権の欠如を理由に棄却され、結果的にペルー政府側に有利な判断が下った。同社側は法的手続きを続行する旨言明した。

2.Doe Run Perú社資産の入札経緯

013年4月、Doe Run Perú社債権者集会は同社資産を売却する方針を決定した。この方針に基づき2015年6月、資産管理・操業を担うProfit Cosultant社(本社豪州)は、入札に必要なLa Oroya製精錬所の環境適正化計画書(PAMA)最終版をエネルギー鉱山省に提出した。本計画書によると、同製精錬所のPAMAプロセスには14年間を要するほか、788百万US$の投資が必要となる見通しとされた。

2015年8月6日に行われた最初のLa Oroya製精錬所とCobriza銅鉱山の入札は、応札企業が無く不成立となった。入札プロセスを管理するProfit Cosultant社は、応札が無かった要因として、2015年7月にエネルギー鉱山省鉱業環境総局(DGAAM)が承認した同製精錬所の環境対策修正書(IGAC)に定められた環境規則が厳格であり、IGACの履行に必要となる投資額を考慮すると、La Oroya製精錬所の再稼働は不経済であるとの判断が行われたためだとの声明を発表した。労働組合のCastillo代表は、応札を検討していた企業は、大気汚染物質の排出基準が厳しい点を問題視したとの考えを示した。さらに、落札が行われない場合、2016年8月27日以降にDoe Run Perú社は清算され、La Oroya製錬所とCobriza鉱山の従業員2,600名が解雇されるとし、このような事態を回避するため、エネルギー鉱山省及び環境省は環境基準をはじめとした応札の阻害要因について対処するべきだとの考えを示した。

このとき厳しすぎると問題となった2015年7月のIGACの内容は、2029年まで、日平均値365μg/㎥と年平均値80μg/㎥を適用するというもので、現在においてもこの特例措置は有効である。IGACとは、以前の環境基準に従って導入された設備を持つ中~大規模鉱山の鉱業権者を対象に、段階的に新基準に適用させるための措置で、企業ごとに作成し、エネルギー鉱山省の承認を得なければならないと定められている。

このような状況を受け、La Oroyaでは、市全体で8月11日から一斉ストが開始された。同市住民らはSO2の排出許容量基準の緩和を要求した。8月11日未明から開始された同社労働者数百名による幹線道路の封鎖に対し、デモを阻止しようとした警官隊との衝突が起こり、死者1名、負傷者約60名が発生する事態となった。死亡したのはデモ隊ではなく現地を訪問していた一般市民だった。この事態を受け、Ortizエネルギー鉱山大臣(当時)は、8月12日、約6時間にわたる協議を経てDoe Run Perú社労働者らと、デモ抗議と道路封鎖の停止、La Oroya製精錬所とCobriza鉱山を取り巻く問題解決を目的とする専門委員会の設置、ペルー政府によるLa Oroya製精錬所とCobriza鉱山の労働者らの権利保障、Doe Run Perú社資産の清算を回避するためあらゆる手段を尽くすことなどの基本合意に至ったと発表した。専門委員会は、エネルギー鉱山省、Doe Run Perú社労働者のほか、環境省、労働省、Junín州政府、内閣の持続的対話局(ONDS)、Yauli郡政府、La Oroya役場の代表者らによって構成される。ただし、労働者らがSO2排出許容量の緩和を要求していることに関しては、エネルギー鉱山大臣、環境大臣ともに規制緩和は行わない方針を示していた。

Doe Run Perú社が清算され、La Oroya製精錬所とCobriza鉱山の従業員2,600名が解雇される期限とされた2016年8月、清算入札法改正法案が国会承認され、清算手続き中にある企業に対し、清算期間を現行の2年間から、さらに最大2年間延長できることになった。この措置がLa Oroya製精錬所の存続を念頭としたものであることは明らかである。改正法案では、債権者集会が1年間の期限延長を決定できることに加えて、債権者集会からの申請と競争力・知的財産権保護庁(INDECOPI)による事前報告を前提に、政府が、関連する環境・労働法令や協約の遵守状況を考慮したうえで、大統領令によって1年の再延長を認めることが定められている。本法案の可決によって、2016年8月27日に期限を迎える同製精錬所の清算期限は、2017年8月27日まで延長され、さらに大統領令により2018年8月まで再延長が可能となった。

清算期限の延長を受けて、2017年2月、Doe Run Perú社の債権者集会は、同社資産の入札に向けて、La Oroya製精錬所とCobriza鉱山両方の合計査定額を407.56百万US$とすることで合意した。内訳は製精錬所336.78百万US$、Cobriza鉱山70.78百万US$で、売上税(18%)を含む価格となっている。初回入札日は3月10日で、最低入札価格は合計査定額の66.6%に相当する271.7百万US$、予備となる第2回入札日は3月21日(最低入札価格は第1回入札の最低価格85%)、第3回入札は3月30日(最低入札価格は第2回入札最低価格の85%)とすることがそれぞれ定められた。

2017年3月、上記の日程に従い、3回の入札が行われたが、応札企業は現れなかった。Galarza環境大臣は、3月初旬、同月17日に大気環境基準案を公表する旨明らかにしたが、結果的に3月中には同案は示されなかった。同社の資産・入札管理を行うDirige社のPeschiera代表は、応札企業が無かったことについて、環境省による新たな大気環境基準が発表されていないことが原因のひとつだとの見方を示した。

2017年4月、債権者集会は、再入札を同年7月6日に実施することを決定した。また入札不成立の場合に備えて、第2回目入札を7月17日、第3回目入札を7月26日に実施することがあわせて決定された。合計査定額は前回と同じ約407.56百万US$とし、最低入札価格も前回と同じく本査定額の66.6%(La Oroya製精錬所224.5百万US$、Cobriza鉱山47.1百万US$)とすることが決定された。

3.大気SO2環境基準の厳格化の流れ

1996年に公布されたエネルギー鉱山省令315-96-EM/VMMでは、大気SO2環境基準は、日平均値572μg/㎥と年平均値172μg/㎥とされていた。

2001年に公布・施行された大統領令074-2001-PCMでは、これらをそれぞれ365μg/㎥と80μg/㎥に改定した。

2009年1月、2008年に公布された大統領令003-2008-MINAMにより、大気SO2環境基準の日平均80μg/㎥が施行された。

さらに、2014年1月、同じ2008年に公布された大統領令003-2008-MINAMにより、大気SO2環境基準の日平均20μg/㎥が施行された。

一方で、2013年、翌年の大気SO2環境基準の日平均20μg/㎥の施行を前に、製精錬所が立地するLa Oroya、Iloの両都市とArequipaの重視地区(Zonas de atención prioritaria)に関し、当面、日平均80μg/㎥の大気SO2環境基準を維持することとされた(大統領令006-2013-MINAM)。

また、La Oroya製精錬所に関しては環境対策修正書(IGAC)に基づく特例措置により、2013年から日平均365μg/㎥のSO2排出が許容されているが、段階的に法定基準値達成まで削減することが定められている。

4.La Oroya製精錬所の環境問題と対策

La Oroya市は、2007年、米国環境団体Blacksmith Instituteの”The World’s Worst Polluted Places”に選出されるなど、主として製精錬所から排出されるガスによる大気汚染や土壌中の鉛汚染が指摘されてきた。

Doe Run Perú社買収後の1999年に実施された大気調査によると、当時の安全基準と比較して、85倍の砒素、41倍のカドミウム、13倍の鉛が含まれていたという。

また、ある独立機関の調査によると、La Oroyaの住民のうち、6ヶ月から6歳までの子供の97%、7歳から12歳までの子供の98%の血中鉛濃度が許容量を超えている状態にあると指摘されている(このことについては、米国Missouri州裁判所で、Doe Run社に対する鉛による健康被害の訴えが係争中となっている)。

2007年に保健局(DIGESA)が実施した大気調査によると、日平均14~3,296μg/㎥、最大瞬間値28,300μg/㎥が観測されている。また、2008年にエネルギー鉱山省が実施した大気調査によると、年平均160~732μg/㎥が観測されている。これらの調査結果は、日平均、年平均ともに、当時適用されていた環境基準(日平均365μg/㎥と年平均80μg/㎥)を大きく上回っていたことを示している。

Doe Run Perú社が引き継いだLa Oroya製精錬所のPAMAは大きく次の9プロジェクトからなる:①Cochabamba一般固形廃棄物堆積場、②Huanchanフェライト堆積場安定化、③Huanchan廃さい堆積場環境適正化、④銅精錬所水処理、⑤産業用水処理、⑥排水処理、⑦亜鉛・鉛・銅処理プロセスにおける硫酸プラント、⑧主要煙突からの粉じん排出削減、⑨粉じん漏洩削減。結果的にDoe Run Perú社は、上記9プロジェクトのうち8プロジェクトを完了したが、⑦亜鉛・鉛・銅処理プロセスにおける硫酸プラントのうち銅製錬については、二酸化硫黄の浄化設備の設置が完了できなかった(図2参照)。

その後、Doe Run Perú社が資金問題で操業を中止したあとの2012~2014年に実施された大気調査では、1ヶ所の観測地点(Sindicato駅の2013年の89μg/㎥)を除き、すべての観測地点で大気SO2環境基準の年平均80μg/㎥をクリアしている(図3)。

一方で、銅、鉛、亜鉛の各処理プロセスが同時再稼働した場合のSO2の日平均値は2,000μg/㎥超、年平均値は700μg/㎥超になるだろうと予測されている。

以上のことから、2009年の操業中止以降、資金繰り問題を除いても、銅、鉛、亜鉛の各処理プロセスが、大気環境問題から同時にフル稼働できない状態が現在まで続いている状況である。

図2.La Oroya製精錬所の銅、鉛及び亜鉛処理プロセス

図2.La Oroya製精錬所の銅、鉛及び亜鉛処理プロセス

図3.La Oroya製精錬所周辺の観測点における2008~2014年の年平均SO<sub>2</sub>(μg/㎥)観測値” width=”100%”></p>
<p class=図3.La Oroya製精錬所周辺の観測点における2008~2014年の年平均SO2(μg/㎥)観測値

(ECA:大気環境基準値)
出典:ペルー環境省資料

一方、La Oroyaの汚染土壌の修復作業については、唯一の国営鉱業公社であるActivos Mineros社が実施中である。同社は、2006年9月、旧国有鉱区の鉱害対策の実施機関として設立された。最近の活動について、以下の報道がある。

2016年4月27日付け地元紙によれば、環境汚染修復に特化した公社Activos Mineros社が、1922年以来La Oroya Metallurgical Complex(CMLO)社の活動により鉱害汚染の被害を受けたLa Oroya(Junín州)の農村部で、その修復に取り組む。このプログラムは、予算8百万ソーレス(約2.5百万US$)で、900人を超える住民が住むHuariコミュニティの800haを対象とし、畝や溝の作成、植栽、牧草地の建設などが含まれている。

5.Kuczynski新政権の意向

Kuczynski大統領は、一貫してLa Oroya製精錬所の存続に意欲を示してきた。

大統領就任前の2016年7月、同大統領は同製精錬所を訪問し、入札・清算期限が同年8月27日までとなっていることに触れ、まずはこの期限を1年間延長する必要があるとし、労働者に対して、入札期限延長が承認されるよう、国会にデモ行進を行うよう呼びかけた。また、La Oroya製精錬所は様々な訴訟問題を抱え、非常に複雑かつ困難な状況にあり、再開は容易なものではないとしつつ、同精錬所の復活には新たな投資が不可欠であるとしたほか、製精錬所再開によってLa Oroya市だけでなくJunín州全体を活性化することが可能でなるとの考えを示した。さらに、政府として製精錬所への投資や再稼働の実現に向けて全力で取り組む所存である一方、国会が入札期限の延長を承認するべく、国会への働きかけを行ってほしいと労働者たちに訴えた。この発言には、国会を野党に抑えられていることが背景にある。

また同月、同大統領は、「非現実的」とも言われているペルーの製精錬所の排ガス基準の緩和について、「ペルーの排ガス基準はフィンランドのそれより厳しく、製錬所建設を阻害している。カナダやチリなど他の鉱業国の基準を参照すべきだ」と述べた。さらに同月、同大統領は、地元放送局のインタビューに答え、La Oroya製精錬所について、現在のペルーの排ガス基準ならば再稼働に500百万US$が必要だが、カナダの規則を適用すれば200百万US$で済むと述べた。さらに同大統領は、「今日の金属輸出の70%は精鉱の形で、金属は30%に過ぎない。私がかつてFernando Belaunde政権(1980~85年)でエネルギー鉱山相を務めていたとき、金属での輸出が70%で、精鉱での輸出が30%だった。今は鉱山が成長してきたので比率が逆転しているが、ここで、金属産業を工業化する必要がある」と同製精錬所の復活に期待を示したうえで、同製錬所がもし再開すれば、中国Chinalco社が保有するToromocho鉱山(Junín州)が生産するヒ素を高濃度で含有する銅精鉱の処理をすることができるだろうと述べた。

6.新大気環境基準案の提案

La Oroya製錬所などの入札が不成立となった翌月の2017年4月、環境省は、大気環境基準の改正法案を公開した。本法案では、大気に含まれるSO2の排出許容量を日平均20μg/㎥から250μg/㎥へと緩和すること等が提示されている。大気環境基準はSO2をはじめ、ベンゼン、二酸化窒素、水銀(違法及びインフォーマル鉱業のため)、鉛、PM2.5、PM10、一酸化炭素、オゾン、硫化水素の合計10項目のパラメータから構成されている。環境省は、今回の改正はあくまでも大気の質の向上を目的としたものであり、鉛の排出許容量は変更されていないほか、PM10に関しては150μg/㎥から100μg/㎥へと厳格化されたこと、SO2に関しては、ペルーにおける現行の20μg/㎥は世界保健機関(WHO)が理想値として示す値だが、実際の排出許容量として適用している国は他に存在しないとコメントした。新たな排出許容量となる250μg/㎥は、周辺のチリ、コロンビア、メキシコと同等の排出基準となっている。

大気に含まれるSO2の排出許容量を、日平均20μg/㎥から250μg/㎥へと緩和した理由について、本法案では以下のとおり説明している。

  • SO2による健康への影響については明確な数値基準が存在しないこと。
  • 複数の研究により、523~2,618μg/㎥で喘息患者における症状悪化が確認されたこと。
  • ある研究によれば、1,047μg/㎥における影響は一時的かつ回復可能なものであること。
  • WHOもSO2が健康被害の原因であることについては不確実であると指摘していること。
  • 2017年の各国における日平均SO2排出基準は、豪州209μg/㎥、カナダ300μg/㎥、チリ250μg/㎥、メキシコ288μg/㎥、ブラジル365μg/㎥、コロンビア250μg/㎥などであり、いずれの国においても、2014年にペルーで適用された20μg/㎥と類似レベルの基準量は存在しないこと。
  • これらの国における1970年からのSO2基準値の変遷と、2040年までの策定計画、さらに国際的な基準策定の傾向を見ると、全ての国において、段階的な基準値の変更が採用されており、時間をかけてより厳格な数値目標に達していることが分かること。
  • このような背景の中、ペルーにおいても、WHOの設定する全ての基準(健康リスク、技術的な実現可能性、経済・政治・社会的側面、国の発展・技術レベル)において、バランスのとれた、現実に沿った数値設定が必要であること。
  • 一方、ペルーにおける現行のSO2排出基準値(20μg/㎥)は、それまでの基準値(365μg/㎥)から急激に、先述の段階的措置を踏むことなく導入されたことを考慮した結果、現行基準値の適用プロセスは不適切であったことが明白であること。
  • ペルーはこのようなレベルの基準値を採用する唯一の国であり、国の発展の可能性が妨げられていること。
  • SO2排出基準値(20μg/㎥)は、WHOの推奨値だが、ペルー以外の国では採用されていないこと。
  • ペルーにおける本基準値(20μg/㎥)採用の際には、「過度に厳格な規則は不履行等の問題をもたらし、政府の能力に対する国民の信頼感を失わせる」ことが配慮されなかったこと。
  • 本基準値(20μg/㎥)は、技術的・経済的根拠を精査することなく、また持続的開発政策を考慮することなく短期間で採用されたこと。
  • ペルー国内で実施されたSO2排出量調査の結果から、ペルーにおける20μg/㎥のSO2排出基準達成は、技術的・経済的・能力的に不可能であること。
  • 20μg/㎥のSO2排出基準は継続不可能であることから、他の基準値を設定する必要があること。
  • 他国機関により2016年に実施された調査結果から、SO2排出基準値は1時間単位で設定することが望ましいが、1時間あたりの基準値設定には自動モニタリングシステムの導入が必要であり、経済的・技術的にペルーにおける短期的な本システム導入は不可能であることから、ペルーにおいては24時間あたりの基準値導入が推奨されること。
  • 以上、①健康への影響、②他国の基準値との比較、③ペルーの現在の状況から、大気に含まれるSO2の排出許容量を250μg/㎥とすることが適当であること。
付図.モンゴルの主要鉱山

出典:2016年のペルー環境省資料

図4.各国の日平均SO2基準値(μg/㎥)

(現時点で筆者が調べたところ、エクアドルは350、メキシコは288、チリは250、コロンビアは250μg/㎥にそれぞれ強化されているほか、ベネズエラとアルゼンチンは365μg/㎥)

おわりに

一方的に厳格化されてきたペルーの大気SO2環境基準が、La Oroya製精錬所の存続問題を機に、大きく緩和されることになった。WHOの理想値まで、世界に先駆けて行き着いたペルーの大気SO2環境基準が、なぜ大きく後退することになったのか。そこには国民的な議論も無いままに進められた行政の問題があると思われる。ペルーの排ガス基準は環境省が設定し、国会の承認を必要としない。2015年8月11日、Doe Run Perú社清算を恐れたLa Oroya市民が抗議ストに入り、SO2の排出許容量基準の緩和を要求した際も、同製精錬所に適用されているのは日平均80μg/㎥で、同製精錬所入札に関心を持つ複数の企業は日平均250μg/㎥を要求していると地元紙が報道しているように、正しい情報が市民側に伝わっていなかった(当時すでに日平均365μg/㎥と年平均80μg/㎥の許容基準が適用されていた)。デモを阻止しようとした警官隊との衝突が起こり、死者1名、負傷者約60名が発生する事態となった後の8月15日、Galarza環境大臣は、現在のLa Oroya製錬所に対して巷間言われているような1日80μg/㎥や20μg/㎥の排出基準が義務付けられている訳ではないと、あらためて現行の基準を説明している。国民への周知が足りなかったことは明白である。今回の新環境基準制定過程においては、ペルー環境省は、パブリックコンサルテーションによって外部意見を聴取、Arequipa、Huancayo、LimaおよびPiuraでワークショップを開催、国会での公聴会などを通じて全国スケールのすべての分野のコメントを受け取ったと語った。国民への周知の重要性について、行政側も認識したものと考えられる。

La Oroya製精錬所が通常の操業を中止して8年が経過した。操業を中止した2009年半ば時点ですでに設備の老朽化が指摘されており、このための設備更新に現行大気環境基準で500百万US$の投資、日平均300μg/㎥のSO2環境基準でも200百万US$の投資が必要とされている。新政権は、国内に製精錬所を増設し、より付加価値のある輸出を推進する方針を示しているが、この方針が将来的に維持される保証はない。Votorantim社のCajamarquilla製精錬所は、2010年までの拡張工事完了後、亜鉛と銅の生産量を増やしており、Southern Copper社のIlo製精錬所も順調な銅の生産を続けている。国内的にLa Oroya製精錬所を復活させようとの声は大きくなく、同地(標高約3,700m)より空気の濃い海岸部に新しい製精錬所を新設するほうが現実的との声もある。2016年8月の入札時、入札に関心を持つ複数の企業が望んでいた日平均250μg/㎥のSO2環境基準が実現することになるが、同製精錬所の復活に対するハードルは高い。

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