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報告書&レポート

2018年12月27日 金属企画部 調査課 畝井杏菜
18-30

韓国・石浦亜鉛製錬所の環境汚染問題

<金属企画部調査課 畝井杏菜 報告>

はじめに

世界最大級の温山亜鉛製錬所を有する韓国・KOREA ZINC社の親会社である永豊(Young Poon)社が操業する石浦亜鉛製錬所で環境汚染が問題となっている。2014年に端を発したこの問題は、幾度もの調査の結果、2018年3月、20日間の操業停止の行政処分に至った。これに対し、4月に製錬所側は操業停止処分の取り消しを求めたが、中央行政審判委員会は棄却した。現在は、製錬所が再審理を求めており、操業停止には未だ至っていない。

韓国は中国に次いで世界2位の亜鉛地金生産国であり、永豊グループがその生産を担っている。永豊社の石浦製錬所に加え、子会社であるKOREA ZINC社の温山製錬所や豪州SMC製錬所の亜鉛地金生産能力は約1,300千tに達する。その永豊社が長く韓国で亜鉛生産を担ってきた石浦製錬所に対する操業停止の行政処分は、亜鉛業界においてショッキングな出来事だった。現在も石浦製錬所の操業は続いているものと見られ、本問題を正しく把握し今後の動向について把握するため概要をまとめた。

1.汚染問題の概要

2018年3月、韓国・洛東江で基準値の10倍を超える水質汚染物質が検出されたのは石浦製錬所(慶尚北道奉化郡)の河川への活性汚泥の無断排出が原因であるとして、慶尚北道庁は永豊社に対し500万ウォン(KRW)の課徴金と20日間の製錬所操業停止の行政処分を下した。同製錬所の排出した汚泥から、フッ素29.20mg/l(環境基準値3mg/l以下)、セレン0.210mg/l(環境基準値0.1mg/l以下)が検出された。

しかし製錬所側は「一度、完全な操業停止にいたると、正常に再開するまで最大6か月要する可能性があり、1,200人の雇用が懸念される」との理由で、翌4月、中央行政審判委員会に課徴金を支払う代わりに操業停止処分の取り消しを求めた。その後、調査・審判が進められ、最終的に10月23日、製錬所側の訴えを棄却した。これに対し、製錬所側は、労働者の雇用と取引先に及ぼす影響を理由に、操業停止命令処分の取り消しを求め、再度裁判所に再審査を求めた。

石浦製錬所全景

石浦製錬所全景

(出典:株式会社永豊HP http://www.ypzinc.co.kr/)

図1.石浦製錬所位置図

図1.石浦製錬所位置図

2.今回の事件の経緯

韓国の亜鉛生産量は世界第2位であり、韓国国内にはKOREA ZINC社の温山製錬所と永豊社の石浦製錬所がある。韓国の亜鉛地金生産量は、国際鉛亜鉛研究会の発表によると年間847千t(2017年)であり、うちKOREA ZINC社の生産が約600千t、永豊社の生産が約250千tであると見られる。石浦亜鉛製錬所は1970年操業開始の亜鉛製錬所であり、慶尚北道奉化郡の韓国釜山まで繋がる韓国最長の河川である洛東江(ナクドンガン)の上流に位置している。操業開始後48年間、一度も操業停止に至ったことは無く、亜鉛地金生産能力は360千t/yである。製錬所周辺5kmには農村が広がっており、地域には約2,000人の住民が暮らしている。

石浦製錬所の環境汚染疑惑は2014年に地域の農村住民らが河川の汚染について国会に訴えたことが契機となり公に明らかとなった。その後、現地調査が繰り返され、2015年末には観測地点の一部で環境基準値を超過した土壌汚染が確認されたとして奉化郡庁は土壌汚染の回復を製錬所に命令した。これに対し、製錬所は郡庁の指示通りに土壌回復を行おうとすると、製錬所の取り壊しが必要で6,700億ウォンが必要となるため、これに耐えうる資金力が無いと訴えた。周辺住民に対しては、環境被害を及ぼしている露出箇所については土壌回復に努め、工場敷地内で周囲に害を及ぼさない箇所については汚染の拡大を食い止める措置を施すことを提案した。同社はこれまで環境改善に投資を重ね、自主点検の結果を自治体に定期的に報告し、工場廃水を地域の河川に放流しないようにする等の対策を進めているものの、2013~2017年の間に43件の環境法違反をしたことについて、告発の都度、地方自治体へ罰金の支払いだけで済ませ具体的な対応策や説明を怠ってきた経緯もあり、製錬所の環境に対する意識が低いことが問題であると批判されている。

さらに2016年頃からは周辺住民のみならず、製錬所周辺に生息する魚や鳥への影響が見られるとして、自然保護活動家・環境団体の間で石浦製錬所閉鎖を求める運動が拡大した。製錬所や政府関係機関などは製錬所の操業と周囲の生態系異変との間には直接の因果関係は無いと反論している。環境団体や周辺住民は、日本の鉱害歴史を例に、亜鉛製錬所からのヒ素やカドミウムの排出及び影響を懸念し、また、事実が隠蔽されているのではないかと危惧しており、2018年4月の行政処分以降は製錬所閉鎖を求める訴えが強まっている。

3.環境法違反の原因と対策

亜鉛製錬には、亜鉛精鉱を焼結処理させた酸化亜鉛を溶鉱炉で蒸留抽出する蒸留亜鉛(乾式法)と電解採取により生産する電気亜鉛(湿式法)とがある。原料となる閃亜鉛鉱には少量のカドミウムが含まれ、また鉛が含まれる方鉛鉱も共に産出されることが多く、亜鉛製錬においてはこれら有害物質に対する適切な処理が求められる。

今回の永豊社への操業停止措置は、セレンとフッ素の排出処理違反によるものだった。セレンは、黄銅鉱(CuFeS2)や閃亜鉛鉱(ZnS)等の硫化鉱に微量に存在し、銅や亜鉛の製錬工程において副産物として生産される。ガラスや冶金、農業・化学分野等の幅広い分野において使用されており、近年では太陽電池向けに使用されるものも多い。人体にとってはセレン含有タンパク質として、抗酸化系や免疫系、甲状腺ホルモン代謝等に重要な役割を果たしている一方、毒性の強さが知られている。また、フッ素は蛍石に含まれ産出される元素で、製錬工程において鉱石やスクラップの融解を促す融剤に利用されている。低濃度では虫歯予防の効果があるが、高濃度では人体に有害となる。通常、これらの不純物は、廃水処理の段階で環境基準以下になるように処理されるが、永豊社の場合はフッ素処理工程での配管メンテナンス中、水質処理施設を経由しないまま工場廃水を河川に放流したことが確認されている。

永豊社は、2019年の運用開始を目標に、200億ウォンを投資して完成した工場内水循環システム(硫酸溶液を中和処理し、不純物を石膏として抽出回収後、その処理水を工場内で再利用する)を導入する予定となっている。

4.韓国政府の反応

韓国環境部長官は、今回の事件を受け、石浦製錬所の閉鎖と移転措置を積極的に検討することを明らかにした。環境部実施の石浦製錬所周辺住民に対する健康調査では、住民の8%(771名)に重大な健康被害があるとの結果が出ており、カドミウムと鉛の血中濃度が、それぞれ一般平均値の3.5倍、2.1倍であったことから、今回の永豊社による環境汚染問題が深刻な問題であると考えている。

既に韓国国会・環境労働委員会で行政による石浦製錬所の強制移転を目的とした「移転に関する特別法」の制定に向け議論が開始された。一方、製錬所側は、移転は検討していないと否定しており、行政が製錬所の閉鎖移転を強行的に推進する可能性がある。

5.今後の展開

慶尚北道奉化郡は、2018年12月4日、2020年11月末までに製錬所近隣一帯の重金属汚染土壌約56万m2を除染するよう行政命令を下した。製錬所は、以前は多額の復旧費用を理由に汚染拡大の阻止に留め、積極的に土壌の処理は行わない方針を示していたが、今回の決定を受けて段階的に汚染土壌の除染に取り組むことを表明した。

石浦製錬所の「操業停止処分の取り消し」請求については、今後の再審判で、操業停止処分の取り消しが認められなかった場合、製錬所は操業停止をせざるを得ない。万が一、操業停止に至った場合には、これまで操業を継続してきたことから、点検や定修を行う可能性もあり、操業停止期間は20日間では収まらないと思われる。製錬所も、操業停止後からの再開には最大6か月を要するとしている。

反対に、操業停止処分の取り消しが認められた場合には、製錬所は今後も操業を継続するものと思われるが、環境活動家や周辺住民からの反発や製錬所閉鎖への圧力は解決しないため、引き続き対応が求められる。また、政府も積極的な閉鎖・移転を検討していることから、製錬所は閉鎖に対する圧力を今後も受け続けるものと思われる。現地報道によると、製錬所が操業停止に至った場合、亜鉛地金生産停止に伴う損害に加え、周辺住民の37%が同製錬所の雇用者であることから地域経済への影響は計り知れない。

これまで国会に対して石浦製錬所の環境汚染問題を提起してきた国会環境労働委員会の委員長である洪議員は、今回の問題について「石浦製錬所は、洛東江の上流に位置しながら、これまで何度も環境汚染行為を繰り返してきた」とし、また「環境部と慶尚北道の消極的な環境モニタリングは、石浦製錬所の環境汚染行為を事実上放置してきた」とこれまでの自治体の管理体制の甘さを指摘した。「これまで自治体任せとなり正常に機能していなかった環境モニタリングを正常化する出発点だ」と今後の体制作りが重要であるとの認識を述べた。また、永豊社に限らず、洛東江流域に複数の大型工業団地が存在し河川への廃水による汚染が懸念されていることから、「今回の処分を契機に永豊社石浦製錬所をはじめとする大規模な事業所の環境汚染行為をより積極的に規制する必要がある」との考えを示した。

おわりに

2016年、韓国の二次鉛精錬所から排出された大量のヒ素を含んだスラグの違法埋立処理が問題となった。この問題では、精錬所、廃棄物処理会社及び自治体間で責任の所在をめぐり紆余曲折した結果、精錬所や廃棄物処理会社については、2016年12月に環境部により2018年8月末を期限に廃棄物処理場の土壌汚染について原状回復の措置命令が下っている。なお現地報道によると、事件発覚後も周辺地域に有害物質が拡散され続けていたが、2018年12月にようやく汚染土壌の除去処理が開始された。韓国ではPM2.5等による大気汚染が年々深刻化し、また過去の急激な経済発展に伴う河川汚染等があったことから、市民の間でも環境問題に対する意識が高まっており、政府も環境規制や監視を強めているため、企業は対応に追われている。

韓国は、鉛・亜鉛のみならず様々な金属工業の発展した国の一つであり、金属製錬・精錬業に対する鉱害のイメージが定着することは同国産業に少なくない影響を及ぼす可能性もある。またこのような環境汚染問題に関しては世界的に関心が高まっていることから、政府及び企業は早急かつ責任のある対応が必要であり、また過度な批判や風評被害を与えないよう正確で慎重な報道が望まれる。

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