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報告書&レポート

2019年6月5日 メキシコ 事務所 森元英樹、佐藤すみれ
19-15

世界初の金属鉱業禁止法制定から2年

―エルサルバドルの投資環境状況―

<メキシコ事務所 森元英樹、佐藤すみれ 報告>

はじめに

エルサルバドル共和国(以下、「エルサルバドル」と言う)は、中南米諸国において鉱業の位置づけは高くない国であるものの、2000年までは金、銀が生産され、その後もカナダ企業が鉱山を買収し探鉱活動を行ってきた。しかし、2017年3月にエルサルバドル政府は世界初となる金属鉱業禁止法を承認し、金属資源関連の活動の全面禁止を発表し、同時に零細鉱山の特例を除き、承認済みのライセンス、コンセッションの無効措置を講じた。このような中、2019年2月、同国では大統領選挙が行なわれ、約30年ぶりに2大政党以外の候補者が勝利し、同国では新しい政治がスタートしようとしている。今回、同国を訪問する機会を得たので、金属鉱業禁止法から2年が経過した同国の投資環境等について報告する。

1.エルサルバドルの政治・経済事情について

1.1 政治事情

エルサルバドルは、大統領を元首とし、複数政党制の議会を有する立憲共和制をとり、大統領が統括する行政府、一院制の立法府、司法府による三権分立制を確立している国である。大統領は、国民の直接投票により選ばれ、任期は5年、再選は憲法により禁止されている。

1992年の和平合意までの十数年間は左翼ゲリラ活動による内戦により無数の死者を出し、国土は荒廃し、同国を苦しめた。この和平合意を達成したAlfredo Cristiani元大統領(1989~1993年)以降1994年、1999年、そして2004年まで4期20年間、同大統領の出身である保守政党であるARENA(国民共和同盟)が政権を担ってきた。しかし、2009年の選挙では、野党のファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)が20年ぶりに政権交代を成し遂げ、2014年の選挙においてもFMLNが僅差で勝利し、2014年6月からSalvador Sánchez Cerén氏が大統領を務めている。同政権は、治安の改善及び経済の再活性化を重点とし、雇用、教育、治安を重要分野に位置づけ政権を推進してきたが、具体的な成果がなかったことから、2019年2月の大統領選挙では、中道左派GANA党候補で、首都San Salvador前市長のNayib Bukele候補(写真1)が勝利し、30年ぶりに二大政党以外からの大統領が誕生することとなった。この動きは、メキシコで70年以上も続いたPRI(制度的革命党)、PAN(国民行動党)の二大政党政治による政治不信への現れを示す動きにも似た動きと考えられる。なお、Bukele次期大統領は、新たにNuevas Ideas党を立ち上げ、2019年6月1日に政権を発足させる予定であり、2019年3月には、メキシコを訪問しAMLO墨大統領と会談を行っている(写真2)。なお、Bukele次期大統領は、教育予算の引き上げ、汚職撲滅、治安改善を公約として当選し、主要政策として、公的資金の管理と公共部門のプロフェッショナル化、開かれた政府、ガバナンス強化、市民との対話による国家の近代化を柱として掲げているが、これらの中には鉱業についての方針は何ら示されていない。

写真1.Bukele次期大統領(中央)の勝利宣言(GANA党HP)

写真1.Bukele次期大統領(中央)の勝利宣言(GANA党HP)


写真2.Bukele次期大統領(左)と墨AMLO大統領(右)の会談(墨政府HP)

写真2.Bukele次期大統領(左)と墨AMLO大統領(右)の会談(墨政府HP)

1.2 経済情勢

エルサルバドルは、図1に示すとおり、中米西部にあり、西部をグアテマラ、北部、東部をホンジュラスと国境を接している太平洋に面する国である。中米5か国で国土面積が最も小さく21,040km2(四国程度)に約600百万人が住んでいる人口過密国である。

国民総生産(GDP)は26,709百万US$(2016年IMF)となっており、GDPの約2割が海外からの送金によるものである。主要産業は、繊維・縫製製品といった軽工業、コーヒー、砂糖などの農業が中心であり、成長産業がないこと、治安の悪化の影響から、経済成長率(IMF)は2015年2.5%、2016年2.4%、2017年2.3%と中米諸国で最も低くなっており、同国中央銀行は2018年の成長率を2.5%、2019年の予測を2.4%と発表している。なお、インフレ率(中央銀行:2017年)は2%と比較的安定している。しかし、公的債務残高の対GDP比は中米諸国で最も高く74.1%(同:2017年)を記録しており、政府の予算運営は厳しい状況が続いている。

また、エルサルバドルは、対米関係を重視しつつ,中米諸国との連帯強化を進めるとともに、アジアとの経済関係強化に取り組んでいる。このような中、エルサルバドル政府は、2018年8月までは台湾との外交関係を有していたが、 同月に断交(台湾とのFTAについても効力が失効する)し中国との外交関係を樹立することを決定した。中国との国交樹立後は、エルサルバドル中央銀行と中国側政府金融機関による支払システムの覚書、両国政府間によるVISA発給に関する覚書等が締結されている。なお、中米・カリブ諸国では、コスタリカが2007年6月、パナマが2017年6月、ドミニカ共和国が2018年5月にエルサルバドルと同じく中国との国交を樹立しており、同地域における中国の「一帯一路」構想を含めた影響力は拡大している。

  図1.エルサルバドル位置図(過去の開発主要鉱山、Fonseca湾位置を含む)

図1.エルサルバドル位置図(過去の開発主要鉱山、Fonseca湾位置を含む)

2.エルサルバドルの鉱業について

2.1 金属鉱業禁止法制定までのエルサルバドル鉱業事情

内戦と治安悪化にともない経済が低迷したことから鉱業投資は停止状態にあったが、1992年に停戦合意が発表され、Alfredo Cristiani元大統領は、経済自由化政策、国家復興計画などを推進することで、経済成長を牽引した。鉱業についても、古い鉱山の再開発活動が開始され首都のSan Salvadorの北東のEl Dorado鉱山、San Sebastián鉱山等において金、銀が生産されてきた。2000年代には、加Pac Rim Cayman社(本社:バンクーバー、2013年に豪Oceana Gold社が買収し同社の子会社となる)が、休止中であるEl Dorado鉱山の再評価作業 を行い、再開発に向けた作業を進めてきた。しかし、2008年、エルサルバドル政府は、地元住民による反対運動に配慮し、同鉱山のライセンスを合法的ではないとして取り消した。これに対し、Pac Rim Cayman社は、エルサルバドル政府に対する損害賠償請求を国際投資紛争解決センター(ICSID)に提訴したが、2016年、ICSIDはPac Rim Cayman社の訴訟を無効とし、同社に対し、エルサルバドル政府への仲裁費用8百万US$の支払い命令を下した。なお、現在もPac Rim Cayman社は同判決を拒否しており、エルサルバドル政府が同社の資産差し押さえ措置、銀行口座凍結を行うなど問題は長期化している。

2.2 鉱山行政と金属鉱業禁止法制定の経緯

エルサルバドル憲法第117条には、持続的発展を保障するために、天然資源、そして環境の多様性と健全性を保護することが国家の義務であると定められており、鉱業は、憲法の下、1996年に制定された鉱業法により管理されてきた。鉱業行政は、経済省の炭化水素鉱山局(写真3.La Dirección de Hidrocarburos y Minas)が所掌し、鉱業振興と鉱業開発のための政策、計画、プロジェクトを策定するとともに、鉱業資源に関する情報を収集し、鉱業法に定めるところに従って、鉱業権の付与、契約が行なわれてきた。なお、2001年、エルサルバドル政府は鉱山業界の要望を踏まえ、ロイヤルティ率4%から2%への引き下げ(注:国家への支払い率を3%から1%とし、市町村への支払い上限1%は維持)、探鉱ライセンス最長期間を5年(承認時最長3年、1年毎で2回の延長が可能)から8年への延長(承認時最長4年、2年毎で2回の延長が可能)等に係る鉱業法の改正を行うなど投資環境整備を進めてきた。

写真3.炭化水素鉱山局が入居する経済省ビル

写真3.炭化水素鉱山局が入居する経済省ビル

しかし、2010年に国連環境計画は、エルサルバドルを中南米諸国ではハイチに次ぐ甚大な環境破壊が進んでいる国に分類した。これを受け、2011年、環境天然資源省は、金属鉱業が水資源に与える環境インパクトに鑑みて、エルサルバドルの持続的発展、福祉の反映の脅威となる可能性があるとして、金属鉱業部門の戦略的環境影響評価を行った。その結果は、エルサルバドルの脆弱な環境条件の下では、金属鉱業のリスク、及び環境面、社会面のインパクトをコントロールすることは難しく、社会経済発展への貢献の障壁となる可能性があると結論付け、2012年、環境天然資源省及び経済省は共管で探鉱採掘等の鉱業行政活動の一次中断法案を議会に提出、さらに、2014年に就任したSalvador Sánchez Cerén現大統領が鉱山活動の禁止を公言し、鉱業禁止に関する法令が政府、議会において議論され、2017年3月、世界初となる金属鉱業禁止法(Ley de Prohibición de la Minería Metálica)が制定された。

図2.経済省組織図

図2.経済省組織図

2.3 金属鉱業禁止法とは

金属鉱業禁止法は参考1に示すとおり、第1条、第2条において、露天採掘または坑内採掘を問わず、探鉱、採掘、搬出および処理といった活動を含む全ての金属鉱業の禁止、シアン化物、水銀およびその他のあらゆる金属鉱業のプロセスにおける有毒化合物の使用禁止を定め、第4条により、全ての金属鉱業の活動ライセンスまたはコンセッション取得手続きは、法発効日から無効となった。一方、第2条には、零細鉱業従事者に対し、他業種への転換のための暫定期間2年間が設定され、政府は、これら零細鉱山企業へのアドバイス、技術面、金融面での支援を行うこととなっており、第7条では宝石・貴金属の製造・販売について同法の適用外を定めている。また、鉱山環境影響への対応として、第6条では、経済省が金属鉱山の閉山プロセスを進め、環境天然資源省と調整し、住民に対し健全な環境条件を取り戻すため、被害地域の修復活動を行うこととなっている。

(参考1)律法令第639号「金属鉱業禁止法(官報第415巻第66号)」には、第1条(目的)、第2条(禁止の適用範囲)、第3条(例外条項)、第4条(手続き中の案件)、第5条(所轄当局)、第6条(閉山と修復)、第7条(例外)、第8条(施行規則策定)、第9条(法の公共秩序)、第10条(無効化)、第11条(有効期間)が定められている。

(参考2)大統領令第25号「金属鉱業禁止法の適用のための施行規則」には、第1条(目的)、第2条(適用範囲)、第3条(金属鉱業の禁止および手作業の金属鉱業の段階的禁止)、第4条(手続き中の案件)、第5条(閉山)、第6条(環境復元)、第7条(例外)、第8条(非金属鉱物又は砕石場)、第9条(発効)等を定めている。

2.4 金属鉱業禁止法制定時及び制定後の状況~経済省ヒアリング~

エルサルバドルを訪問し経済省炭化水素鉱業局の関係者と意見交換を行ったところ、同局関係者は、2006年までは、カナダ企業を中心に計2,028件の鉱業ライセンスが存在していた。しかし、違法鉱業による水質汚染が深刻化し、大学を中心とした調査で河川からの飲料水確保が困難となるとの報告が発表され、市民活動家による反鉱山運動が多数勃発し、政治的な動きとなった。このため、政権が交代するとしても、金属鉱山の再開を議論するためには、世論が政治を動かす必要がある。

金属鉱業禁止法第2条に規定されている零細鉱山に関しては、東部Santa Rosa de Lima県San Sebastián地域に零細鉱山が多く存在し、何世代にもわたり金の採掘で生計を立てている住民が存在している。時限措置は2年間であるが、このような零細鉱山労働者が金採掘活動で得られる収入に替わる経済活動を提案することは難しく、鉱山活動を行う住民も政府との対話を拒んでいる。このため、猶予期間の3年延長を議会に提出しており、承認される予定であるとしている。また、第6条の閉山と修復については、坑口の閉鎖や、立坑の坑口にフェンスを設置するなど対策を行っているが、汚染や違法鉱山による坑道崩落問題が存在しており、国際協力を必要としているとのことであった。

(参考3)経済省2016~2017年活動報告(鉱山関連の活動概要)
San Miguel県、Morazán県、La Unión県における 15件の休廃止鉱山対策プロジェクトに関し、「旧鉱山のインベントリー登録と現状分析」及び、「休廃止鉱山における最終的リスク評価と改善策の提案」を発行した。本調査で分析されたリスク、投資額等に応じて、15件の休廃止鉱山で実行されるべき対策の優先度が定められ、環境天然資源省及び公衆衛生社会福祉省と共同で対策が進められる。

2.5 石油・天然ガス資源

エルサルバドルは、ハリケーン、熱帯低気圧、地震、火山などの自然災害の影響を受けやすい国である。沖合では、太平洋プレートがカリブプレートの下に潜り込んでおり、中央アメリカ海溝が存在する。2018年7月、David Munguía Payés国防大臣は、中国との国交樹立に関する発言の中で、「中国企業がエルサルバドル領海における天然資源の開発に関心を持っている可能性がある。何故なら、軍による幾つかの調査によれば、Fonseca湾海域(図1)には、石油・天然ガスの賦存の可能性が非常に高いからである」と発言している。なお、エルサルバドルでは1970年代に2Dの地震探査が行われた実績があるが、試掘、炭化水素鉱区が付与された実績はなく、1984年に行われた鉱区入札では落札者なしで終了している。

おわりに

エルサルバドル国民の鉱業に対する感情は、過去の環境問題の影響から根深いものがあり、多くが政治マターとなっている。Nayib Bukele新政権は、過去の2大政党ではない新しい風として国民から信任を受けた大統領であり、世論の動向を踏まえた政権運営を行うことが予想される。このため、新政権発足後も金属鉱業禁止を緩和する動きは起こらないと考えられる。一方、グアテマラ共和国、ドミニカ共和国などでは環境団体による反鉱山活動の影響で鉱山操業が停止する問題が発生しており、エルサルバドルの金属鉱業禁止の動きが他の中米・カリブ国、そして南米鉱山国に波及する可能性が考えられ、動向を注視していく必要がある。なお、中国政府が同国との外交関係を樹立後、中国政府乃至企業によるエルサルバドル南東部地域等の土地購入の動きがあり、エルサルバドルの資源にターゲットを置いているか否かは現段階では把握することがでないが、鉱業については採掘が禁止されているため特段の動きはないと考えられる。今後は、1か国単位ではなく、中国の一帯一路政策を含め中米・カリブ諸国を1つの経済圏と捉え、全体の動向を整理、確認していく必要がある。これらの動向を含め、メキシコ事務所では情報収集を継続しニュース・フラッシュ等で発信していくこととする。

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