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報告書&レポート

2020年9月4日 金属企画部 調査課 柴原理沙
20_07_vol.50

世界のニッケル需給と今後の動向2020

<金属企画部調査課 柴原理沙 報告>

はじめに

世界的に脱炭素化の動きが進む中、電気自動車(EV)の普及は二酸化炭素の排出量削減の観点から注目されている。EVに搭載されるリチウムイオン電池(LIB)正極材の内、ニッケル酸リチウム(NCA)や高ニッケル三元系(NCM)正極材にはニッケルが使用され、EVの普及とともに今後ニッケル需要の増加が期待されている。

2020年には中国や欧州を中心に排ガス規制が強化され、EV普及が加速すると思われていたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響による世界的な景気低迷や中国のEV補助金政策の変更等を受け、普及の見通しには不確実性が高まっている。それでもなお、将来的にEV化の進展は確実視されており、LIBに用いられるニッケルの供給不足を懸念する声が強まっている。

ニッケル鉱石供給国の動きとしては、2019年8月にインドネシア政府がニッケル鉱石の輸出禁止措置を当初の予定より2年前倒して2020年1月から開始すると発表し、ニッケル価格が一時高騰するなど、市場にインパクトを与えた。

本稿では、ニッケルの需給動向について、2019年初めから2020年6月に至るまでの各国・各企業の動きをベースに整理した上で、その背景や需給に影響を与えた要素に関して考察する。本稿は以下の項目で構成される。

  1. 2019年から足元までのニッケル関連トピックス
  2. LMEニッケル価格・在庫動向
  3. ニッケル鉱石生産動向
  4. プライマリーニッケル需給動向
  5. 用途別需要動向(ステンレス、EV・LIB関連)
  6. 日本のニッケル輸入動向
  7. ニッケル生産企業動向
  8. まとめ

1.2019年から足元までのニッケル関連トピックス

表1に、2019年から足元までのニッケル関連のトピックスを整理する。2019年に最も話題を呼んだのは、インドネシア政府によるニッケル鉱石の輸出禁止措置の2年前倒しの発表である。同年6月頃から同国によるニッケル鉱石輸出禁止の前倒しが噂されるようになり、ニッケル価格は上昇傾向となっていたが、2019年8月に政府が輸出禁止前倒しの方針を正式に発表すると18,000US$/t台まで高騰した。1

上記のニッケル鉱石輸出禁止措置の背景にあるのが、インドネシア政府による国内の製錬所建設の促進である。2019年から2020年上半期にかけては電池材料工場やフェロニッケルおよびニッケル銑鉄(NPI)等の製錬所の着工や稼働開始の報道が散見された。政府が目標とする製錬所の建設ペースと比較すると進捗状況に遅れがみられるものの、インドネシアでは他国と比較してニッケル製錬所建設の動きが顕著である。

その他、ニッケル関連では表1にあるトピックスが注目を集めた。なお、各企業の動向の一部については、「7. ニッケル生産企業動向」において詳述する。

表1.2019年から足元までのニッケル関連の主なトピックス
1 インドネシア鉱石輸出禁止の前倒しを発表、その後ニッケル価格高騰(2019年8~9月)
2 インドネシア電池原料工場、製錬所の着工や稼働開始が相次ぐ(2019年1月:PT QMB、2月:PT Virtue Dragon、2020年4月:Weda Bayなど)
3 COVID-19の世界的な拡大によりニッケル価格・操業にも影響(2020年3月以降)
4 PT Vale Indonesia(PTVI)、株式20%をPT Inalumに売却することで合意(2019年10月)、売却の最終合意書にVale Canada社、住友金属鉱山、Inalumの3者が署名(2020年6月)
5 Valeがニューカレドニア・Goro(VNC)から撤退(2019年12月)、New Century社への株式売却交渉を開始(2020年5月)
6 PNG・Ramu鉱山で廃滓スラリー流出事故発生(2019年8月)
7 ErametのSLN社、ニューカレドニア政府から鉱石輸出量増加の認可(2019年4月)
8 豪Ravensthorpe鉱山(加First Quantum Minerals社)操業再開(2020年1月)
9 BHP、露Norilsk Nickel社より豪WA州のHoneymoon Wellプロジェクトの株式を取得(2020年6月)
10 豪IGO社、Nova鉱山で硫化鉱精鉱の湿式製錬技術の商業化を進める(2019年4月)

2.LMEニッケル価格・在庫動向

2.1 LME価格

(1)短期的な価格動向

2019年初から2020年6月までのLMEニッケル価格およびLME在庫の推移を図1に示す。

2019年は価格・在庫ともに大幅な動きがみられた。1~3月にかけては、中国政府による景気刺激策への期待感が高まったことに加え、1月にValeのBrumadinho鉄鉱石鉱山廃滓ダム(ブラジル)における崩壊事故を受けて、同社のニッケル事業への影響が懸念されたこと等が上昇要因となったものとみられ、上昇基調で推移した。

4~6月は低調に推移。6月頃より、最大の鉱石生産国であるインドネシアのニッケル鉱石輸出禁止に関する報道が散見されるようになり、鉱石供給不安が高まったことで価格は上昇の一途を辿った。8月30日にインドネシア政府により鉱石輸出禁止前倒しに関する改正大臣規則への署名が正式発表されると、9月2日には約5年ぶりの高値となる18,625.0US$/tをつけた。なお、8月下旬にはRamu鉱山で廃滓スラリー流出事故が発生し供給不安が生じたことも、価格上昇に拍車をかけた要因となった模様。

インドネシア政府による2020年1月からのニッケル鉱石輸出禁止措置の決定を受け、LME在庫は急激に減少するも、在庫の大幅な減少は価格の上昇要因とはならず、ニッケル価格は下落を続け、高騰する以前の水準に戻った形となった。

2020年1月以降は、COVID-19の拡大による中国および世界経済減速への不安から金属需要の低迷が懸念され、他の金属コモディティと同様にニッケル価格も下落し、3月には11,055.0US$/tの安値をつけた。

4月以降、世界的にCOVID-19が拡大し、感染拡大防止のため各国政府が社会封鎖措置(ロックダウン)を発動すると、鉱山/製錬所の一時停止や製造業の工場の操業停止等が相次いだ。需給バランスの見極めが難しくなり、価格はやや乱高下したが、回復傾向にて推移した。5月以降は、各国におけるロックダウンの緩和や、中国における経済回復が予想より早かったことなどが投資家の投資意欲を改善させたとみられる。8月にはニッケル鉱石生産国のフィリピンでCOVID-19感染者が再び増加したことを受け、政府が都市封鎖措置を強化したことに伴う供給懸念等を背景にさらに上伸。8月20日時点で14,666.0US$/tまで値を戻している。

図1.LMEニッケル現物価格とLME在庫推移(2019年1月~2020年8月20日)

図1.LMEニッケル現物価格とLME在庫推移(2019年1月~2020年8月20日)

(2)長期的な価格動向(2013年~)

前述のとおり、2019年はインドネシアの鉱石輸出禁止措置の2年前倒しを背景としてLMEニッケル価格は高騰したが、その後下落し、高騰する以前の水準まで値を下げた。2014年にインドネシア政府によって未加工鉱物の全面輸出禁止を定めた大臣令が発布された際にも、21,000US$/tを超える水準まで価格は高騰したが、その後価格は下落基調となった(図2)。2019年の輸出禁止措置前倒し発表に際してはインドネシアからの供給の制限に加え、LIB向けニッケル需要の増加見込みもあったため、2014年の時とは異なりニッケル価格は上昇した後高値を維持するのではないかとの見方もあったが、結局10月以降価格は下落した。その背景には、2019年下半期以降、世界的な景気低迷感からニッケル需要自体が減退気味となっていたことがあり、8~9月の価格の高騰は決して供給不安が強まっていることを反映したわけではなく一時的なものであり、その後の価格下落によって正当な水準に戻ったとの見方が強い。LIB向け需要増加によるニッケル価格上昇への期待感はあるが、EV普及やニッケルを用いるLIB生産の増加が確実視されないと、価格が高止まりする要因とはならないのかもしれない。

足元の価格は2015年から2017年にかけての価格低迷期よりは高水準にあるが、新規鉱山開発への投資インセンティブとなる水準は18,000~20,000US$/tであるとも言われており、依然として価格は低水準で推移していると言える。前述のとおり、中国はCOVID-19の経済的ダメージから早期に回復しているといわれているが、欧米など他の地域では景気停滞が顕著であり、さらに、今後感染拡大第2波・第3波が発生すれば、製造業を含むあらゆる産業活動の停滞が深刻化する可能性もあることから、価格の上昇はあまり期待できない状況にある。

図2.LMEニッケル価格および在庫(2013年1月~2020年8月20日)

図2.LMEニッケル価格および在庫(2013年1月~2020年8月20日)

2.2 LME在庫

2017年以降減少傾向が継続していたLME在庫は、2019年に入ってからも緩やかに減少傾向が続いた。8月末のインドネシアによるニッケル鉱石輸出禁止措置発表の後からLME在庫は急減し、一時約65千t程度の記録的低水準となった。しかしながら12月以降LME在庫は一転急増し、2020年8月20日時点で約239千tとなっている。

このようなLME在庫の急減および急増の動きは、実需を反映したものではなく、投機筋による動きであるとみられる。また、LME在庫には「影の在庫」が存在しているとの指摘もある。つまり、実際に倉庫へニッケル製品の出し入れがなくても、LMEワラント(倉荷証券)の発行の切り替えで在庫が増減しているように数字上表れている可能性がある2。また、LME指定倉庫以外にも、企業が管理する自社倉庫等での在庫も相当数あるとみられ、在庫の減少が実際の需給を必ずしも反映していない状況にある。

図3.LMEニッケル在庫の種類別推移(2019年1月~2020年8月20日)

図3.LMEニッケル在庫の種類別推移(2019年1月~2020年8月20日)

(出典:Bloombergを基に筆者作成)

3.ニッケル鉱石生産動向

3.1 鉱石生産量

国際ニッケル研究会(INSG)によると、2019年の世界のニッケル鉱石生産量は、前年比10.4%増の2,571.3千tであった。インドネシアの鉱石生産量が前年比約41%増と大きく増加した一方、インドネシア以外の国はほぼ横ばい、もしくは減少傾向となった。図4から分かるように、2014年にインドネシア政府がニッケル鉱石を含む未加工鉱物の輸出を全面禁止とした際には、同国の鉱石生産量が前年比78.8%減と大幅に減少したため、2020年も前述した政府による鉱石全面輸出禁止措置の影響を受け、同国の鉱石生産量が減少することが予想される。特にこれまで製錬所建設を行わず鉱石輸出により操業を続けてきた中小規模の鉱山会社の資金繰りなどの状況が悪化することが懸念されるが、インドネシア政府による国内鉱石販売価格の下限設定3が支援材料となり、生産量の減少幅は比較的抑えられる可能性もある。

インドネシアの鉱石生産量の減少が見込まれ、鉱石生産量世界第2位のフィリピンにおける鉱石生産がそれを補えるかが注目されるが、フィリピンでは従前から鉱業における環境規制や環境監査が厳格であることや資源量の枯渇が懸念されているため、インドネシアの鉱石生産量の減少分をフィリピンにおける増産によって補填することはあまり期待できないとの見方が強い。

図4.ニッケル鉱石生産量国別推移

図4.ニッケル鉱石生産量国別推移

(出典:INSG)

3.2 COVID-19以後の鉱山操業の状況

2020年1月以降、中国・武漢市を発端として中国・アジアを中心にCOVID-19の感染が拡大し、3月以降は世界中に広がった。表2にて示した通り一部の鉱山で操業への影響が発生したものの、調査会社の見立てによると、COVID-19による生産量減少の程度は2019年の鉱石生産量を基準にすると4%未満との見通しとなっており、主要生産国における感染者が爆発的に増加し、鉱山労働者の感染も多く報告された銅と比較して、供給面への影響は限定的である。

表2.COVID-19を受けた主なニッケル鉱山の操業への影響
企業 鉱山(国名) 2019年生産量 状況
Glencore Raglan
(加QC州)
30.9千t 【3/30】3週間のCare and Maintenanceに入る。
【6月報道】4月後半以降徐々に稼働を再開。生産量への影響は1か月未満分。
Vale Voisey’s Bay
(加NL州)
35.4千t 【3/16】4週間のCare and Maintenanceに入る。Long Harbour精錬所については十分な精鉱在庫があるため、計画する生産量への影響なし。
【4/9】メンテナンス期間を最長3か月延長。
【6/18】7月に鉱山および選鉱プラントの操業再開を発表。8月初めまでにフル操業の予定。
South32 Cerro Matoso
(コロンビア)
41.1千t 【3/27】政府が3/24から19日間のロックダウンを発表。同社は、政府からCerro Matoso鉱山の生産率を落とした操業の承認を取得。また、2020年Q2に予定する炉の改修工事を遅らせることを決定。
(フィリピン・
北Surigao州)
Taganito
Hinatuan
Cagdianao
【3月】北Surigao州で外国船の入港拒否。
【4月】北Surigao州知事による鉱山操業停止命令を受け、一時操業停止および外国船の入国禁止。
【5月】北Surigao州の鉱山操業再開との報道。同州政府は、労働力を操業能力の50%以下とすることを義務付け。
住友商事他 Ambatovy
(マダガスカル)
33.7千t 【3/26】操業を一時停止。再開時期は未定。
Panoramic Resources Savannah
(豪州)
2.5千t 【4/15】操業を一時停止。再開期間は未定。豪州証券取引所(ASX)における同社株式の取引も一時停止。

(出典:各種報道情報等より筆者作成。2019年生産量はS&P Global)

4.プライマリーニッケル需給動向

4.1 世界のプライマリーニッケル需給動向

図5に世界のプライマリーニッケル生産量、図6に消費量を示す。2016年以降、インドネシアにおけるプライマリーニッケル生産量が大幅に増加している。2019年のインドネシアにおける生産量は前年比約30%増の375.7千tであった。同国では政府による未加工鉱物の高付加価値化政策推進のため、NPIやフェロニッケル製錬所、また、LIB材料等の生産工場の建設が相次いでいる(表3および後述の表4参照)。

ここ数年横ばい推移が続いていた中国のプライマリーニッケル生産量は、2018年以降増加傾向に転じている。中国はこれまで主にインドネシア産のニッケル鉱石をプライマリーニッケル生産(特にステンレス原料となるNPIやフェロニッケル)の原料としてきた。2020年からインドネシアのニッケル鉱石輸出禁止措置が開始されたが、2020年は各社とも在庫の消化で対応できると見る向きもある。しかしながら、2021年以降、インドネシアの代替輸入先としてのフィリピンからの供給の増加はそれほど期待できないため、中国のプライマリーニッケル生産状況は変化を迎える可能性が高い(「4.2 プライマリーニッケルの需給バランスおよび今後の動向」を参照)。

プライマリーニッケル消費量については、2018年にインドネシアにおいて前年比220%増と急増したが、2019年は前年比3.6%増と小幅な増加にとどまった。一方で、中国における消費量は年々堅調に増加している。

図5.プライマリーニッケル生産量

図5.プライマリーニッケル生産量

図6.プライマリーニッケル消費量

図6.プライマリーニッケル消費量

(出典:INSG)

表3.直近インドネシアで新規稼働・着工した主な製錬所・工場
事業者 稼働・着工時期 所在地 生産能力(年間)
NPI製錬所
PT Virtue Dragon Nickel Industry
(主要株主:中国Delong Nickel(江蘇徳龍ニッケル業))
2019年2月稼働 南東Sulawesi州 800千t
PT Indonesia Weda Bay Industrial Park(IWIP)
(中国・青山集団、PT Antamによる合弁会社が参画)
2020年4月生産開始 北Maluku州 30千t
(Ni量)
フェロニッケル製錬所
PT Huadi Nickel Alloy Indonesia
(主要株主:中国Huadi Steel Group)
2019年1月稼働 南Sulawesi州 50~60千t
→将来的には200千tまで拡大予定
PT Ceria Nugraha Indotama 2019年6月着工 南東Sulawesi州 230千t
PT Wanatiara Persada
(PT Wanatiara Persada40%、中国・金川集団60%投資の合弁)
2019年稼働 北Maluku州 260千t
LIB材料工場
PT QMB New Energy Materials 2019年1月着工 中央Sulawesi州 50千t(Ni量予定)

(出典:JOGMECニュース・フラッシュ等を基に筆者作成)

4.2 プライマリーニッケルの需給バランスおよび今後の動向

プライマリーニッケルの需給バランスは、2019年後半から余剰気味で推移していた。INSGによる2019年10月の発表によれば、2019年の世界のプライマリーニッケルの需給バランスは79千tの供給不足であった。2018年は144千tの供給不足としていたところ、2019年は年後半の余剰推移もあり、供給不足が狭まる形となった。

また、露Norilsk Nickel社では、2019年は24千tの供給不足、2020年は130千tの供給過剰と見込んでいる。COVID-19拡大前の同社の予測によると、2020年は40千tの供給過剰とされていたが、COVID-19を受けて需要の減退が加速すると見て供給過剰幅を拡大させた。

図7.Norilsk社発表の世界のニッケル需給バランス推移および予測

図7.Norilsk社発表の世界のニッケル需給バランス推移および予測

(出典:Norilsk Nickel社2020年5月公表資料)

前項で述べたように、中国におけるプライマリーニッケル生産量は増加傾向にある。しかしながら、中国のニッケル鉱石輸入量は、インドネシアからの鉱石輸入減などを受け図8のとおり減少している4。また、プライマリーニッケルの原料となる鉱石のタイト感に加え、従前からのインドネシアにおける国内高付加価値化政策による同国でのフェロニッケルやNPIといったClass2ニッケルの生産量・輸出量の増加により、中国ではインドネシアからのフェロニッケル・NPI輸入量が増加している(図9)。インドネシアからの輸入量は2020年1~5月で1,064千tと、前年同期比139%増加した。

これにより、これまで中国国内でステンレス原料として生産されてきたNPIやフェロニッケル、Class1ニッケルがインドネシア産のフェロニッケルやNPIに代替されるとみられている。インドネシアからのフェロニッケルやNPIの輸入増が続き、中国のNPI生産量が減少すれば、中国が中心となってきたこれまでのNPIの産業構造が変化する可能性も否定できない。

図8.中国のニッケル鉱石輸入量(1~5月比較)

図8.中国のニッケル鉱石輸入量(1~5月比較)

(出典:GTA)

図9.中国のFeNi/NPI輸入量(1~5月比較)

図9.中国のFeNi/NPI輸入量(1~5月比較)

(出典:GTA)

5.用途別需要動向(ステンレス、EV・LIB関連)

5.1 ステンレス

ステンレスは、ニッケル用途の約7割を占める。世界のステンレス生産量は図10のとおり年々増加傾向を維持しているが、2019年はその傾向がやや減退し、前年比2.2%増となった(2017年は同7.1%増、2018年は同6.5%増)。ステンレス生産量増加に寄与しているのは主にアジア地域であり、2019年の生産量は中国で前年比11.1%増、インドネシアで3.8%増となっている。中国やインドネシアでは中国の青山集団(Tsingshan Group)がステンレス生産量を伸ばしている。青山集団は、2019年における同社グループのステンレス粗鋼生産量が初めて1,000万tを超えたと発表しており、その規模は世界全体の生産量の約2割を占めたことになる。

中国やインドネシア以外の国・地域では、世界的な景気後退を背景に2018年後半からステンレス生産が低調となっており、2019年もほぼ横ばいか若干減少気味で推移した。CRUの統計では、欧州の2019年ステンレス生産量は前年比7.7%減であった。

図10.世界のステンレス生産量推移

図10.世界のステンレス生産量推移

(出典:CRU)

図11に、2019年1~5月および2020年1~5月における世界のステンレス生産量を示す。世界全体の2020年1~5月におけるステンレス生産量は前年同期比約11.8%減となり、COVID-19によるステンレス需要の低迷や工場の稼働率低下等が表れたとみられる。主に中国や欧州における減少が目立った。

一方、中国では、最近の動向としてCOVID-19からの回復傾向が認められる。同国の2020年1~4月のステンレス生産量は前年同期比約11.3%減であったが、2020年1~5月の生産量は前年同期比約10.2%減と減少幅が縮小した。青山集団の6月のステンレス販売状況は好調との報道もあり、中国におけるステンレス消費が想定以上に回復していると考えられている。

世界的にCOVID-19が拡大し、各国において製造業の工場停止や景気低迷が深刻化したため、2020年のステンレス生産量は低調に推移する可能性が高いが、中国と中国以外の地域で差が生じる可能性がある。中国の経済回復が順調に進んだとしても、中国以外の国や地域で需要の停滞が顕著であった場合、世界全体のステンレス生産への影響は大きい。ステンレスを用いる下流産業の動向を含めて、その回復状況には注視が必要である。

図11.世界のステンレス生産量2019年1~5月/2020年1~5月の比較

図11.世界のステンレス生産量2019年1~5月/2020年1~5月の比較

(出典:CRU)

ステンレスに関しては、各国によるアンチダンピング(AD)措置等の輸出入規制の問題にも言及したい。インドネシアにおけるステンレス生産量および世界各国への輸出量の増加を受け、各国が自国産業の保護等を目的としてAD措置を講じている。

インドネシア産の安価なステンレスが中国に多く輸出されたことを受け、2019年3月、中国商務省はEU(欧州連合)・日本・韓国・インドネシアからのステンレス製品および圧延鋼板に対してAD措置の適用を開始した。上記4か国・地域をAD措置の対象としているものの、同省は特に青山集団がインドネシアで生産するステンレスの輸入に対して警戒しているとみられ、自国のステンレス産業保護のために働いた格好となった。

また、2019年11月には、EUはインドネシア政府によるニッケル鉱石の輸出禁止措置がWTO協定に違反しているとして、インドネシアをWTOに提訴した5。EU側は、ステンレス原料であるニッケル鉱石の輸出禁止措置や、国内高付加価値化政策による他のステンレス原料(鉄、クロム等)の調達に制約があること等がWTO協定違反だと主張した。その他、2020年4月には、EUはインドネシア・中国・台湾産のステンレス製品に対し、AD課税措置を発動することを発表した。

インドネシアでは中国企業の進出が相次ぎ、ニッケル鉱石からNPI、ステンレスまでの一貫生産工場も建設され、ステンレス生産量が増加している一方、インドネシア国内ではステンレス消費産業が育たず、その多くが輸出されている状況にある。インドネシア産ステンレスの輸出が増加し、AD措置の発動が今後も相次ぐ形となれば、同国政府の国内高付加価値化および輸出による外貨獲得という政策は、必ずしも思惑通りに進まない可能性が十二分に考えられる。

5.2 EV・LIB関連

Nickel Instituteによると、ニッケル需要におけるLIB向けの割合は現状5%であり、LIBを搭載するEVの普及が進めば、今後この割合が大幅に増加すると言われている。COVID-19の影響によりEVの普及が想定より遅れるものの、長期的には排ガス規制の強化によってEVへのシフトが加速するものと予測されている。

LIB正極材のニッケル原材料となるのが、硫酸ニッケルである。中国では2019年のEV補助金減額を受け、前駆体生産企業が原料の購入を減らすなど、中国の電池産業における硫酸ニッケル需要が減少した。国内の硫酸ニッケル生産者が減産体制を敷く等の報道がある一方、図12のとおり、輸入量についても2019年は前年比48.4%減と大幅に減少した。

図12.中国の硫酸ニッケル輸入量推移

図12.中国の硫酸ニッケル輸入量推移

(出典:GTA)

EV普及のカギを握るのは各国による政策、特に世界最大の自動車販売台数を誇る中国の動向である。中国政府は、政府主導の補助金政策によってEV普及の拡大を目指してきたが、2019年には前述のとおりEVメーカーに対する補助金を減額する施策が講じられた。中国自動車工業協会の発表によると、同国における2019年の新エネルギー車販売台数は前年比4.0%減、そのうちEV販売台数は同1.2%減、プラグインハイブリッド車(PHEV)も同14.4%減と、2018年まで増加を続けていた流れが停滞しており、減額措置の影響が表れている。

また、2019年のEV販売台数の落ち込みに追い打ちをかけるようにCOVID-19が発生し、一時的に自動車・EV販売台数がさらに落ち込んだこともあり、中国政府は2020年3月、年内で終了予定であったEV補助金支給の2年延長を決定した。中国政府は世界一のEV大国を目指して政策を打ち出してきたが、想定よりもEV普及が進んでいないことから、政策を転換せざるを得ない状況となっている。

COVID-19以降、EV補助金支給の2年延長の効果もあってか、一旦減退した中国の自動車やEVの販売台数は足元増加に転じており、中国に加えて欧州などその他地域も含めてEV生産台数が回復すると、LIB正極材に使われる硫酸ニッケル需要を満たすだけの供給が維持できるかが注目される。本状況下、インドネシアでは硫酸ニッケルや中間原料の生産を予定する複数のHPALプロジェクトが建設されている(表4)。現状最も完成に近いのは、Obi島におけるPT Halmahera Persada Lygendのプロジェクトと言われており、早ければ2021年にも生産開始を予定する。

HPALでは高温高圧下で低品位鉱石を湿式処理するため安定操業が難しく、現在稼働しているプロジェクトの中でも生産キャパシティに達していないものも複数ある。そのため、インドネシアの建設プロジェクトもすべてが順調に推移し予定通り生産開始に至るとは考えにくいが、今後硫酸ニッケル需要が増加すれば、同国におけるプロジェクトの動向は世界の需給にとって重要な要素となる。

インドネシアでHPALプロジェクト建設が相次いでいる背景には、原料となるニッケル酸化鉱が入手できることに加え、建設コストを低く抑えられることが挙げられる。コスト安の要因の一つは、Morowali工業団地等の既存の港湾やインフラ設備が活用できる拠点にて施設が建設できることで、これらのインフラ等に要する設備投資(CAPEX)を抑えられる点にある(HuayueやPT QMBのプロジェクトはMorowali工業団地内で建設されている)。また、HPALプロジェクトでCAPEXの相当部分を占めるのが廃滓ダムの建設費用となるが、インドネシアのプロジェクトにおいては鉱業廃棄物の海洋投棄が行われるとみられている。本観点に関連する動向として、2020年6月には、PT Halmahera Persada LygendおよびPT QMBが、鉱業廃棄物の海洋投棄の許可を中央政府に申請したとの報道があった。但し、海洋投棄については環境団体などから強い懸念が示されており、インドネシア政府がどのような判断を下すのかが注目されるところである。

表4.インドネシアにおいて建設予定のHPALプロジェクト
プロジェクト 企業 予定生産物および
年間予定生産量
稼働開始予定
PT Halmahera Persada Lygend(Obi) 尼Harita Group、中Ningbo Lygend MHP、硫酸コバルト
硫酸ニッケル
2021年生産開始予定
Huayue 華友コバルト子会社他 MHP:60千t(Ni量)
(二段階に分けて生産)
不明
PT QMB New Energy Materials GEM、CATL子会社、青山集団子会社、阪和興業他 ニッケル・コバルト化合物
(Ni量:50千t、Co:4千t)
当初予定では2020年4月
Pomalaa PT Vale Indonesia、住友金属鉱山 MS:40千t(Ni量) DFS終了後、投資判断→
参入決定の場合、2020年半ばの操業開始が目標
PT Ceria PT Ceria Nugraha Indotama MHP(Ni量:40千t、Co量:4.1千t) 2023年以降

(出典:各社HP、報道情報等を基に筆者作成)

EVメーカーによるLIB正極材の選択に目を向けると、従前は航続距離の長さがメリットとなっているNMC正極材の導入が進むと考えられていた。しかしながら、中国ではニッケルを使用しない正極材であるLFP(リン酸鉄)に対する注目が高まっている。LFPはNMC正極材と比較してエネルギー密度は劣るが、価格ボラティリティがありかつ高価であるニッケルやコバルトといった原料を使用しないためコストを抑えられる点や、幅広い温度に対応できる安全性などが利点とされてきた。中国では従前よりe-busや定置用蓄電池においてLFPが搭載されてきたが、同国政府が航続距離の長いEVに補助金を適用したことで、NMC正極材の採用が進みLFPのシェアは低下した。しかしながら、2019年に中国政府が航続距離の長いEVに対する補助金を半減したこと、また、LFPのエネルギー密度向上技術の発展が相まって、再びLFPの注目度が高まることとなった。それほど高性能が求められないEV(特にバスなど運行ルートが決まっているもの)であれば、安価なLFP電池でも十分であるとの見方も強い。

また、LFPを巡っては、米Tesla社が2020年6月に中国政府からLFP電池搭載の小型車「モデル3」の生産の認可を取得したとの報道もあった。今後Tesla社をはじめとして、現在世界最大のEV市場である中国で小型車マーケットにもLFPの普及が広がれば、NMCやNCA等における硫酸ニッケル需要の増加ペースの減退にも繋がることから、これら正極材の動向はニッケル需要を左右する主因子の一つになるものと考えられる。

6.日本のニッケル輸入動向

本項では日本のニッケル輸入動向を整理する。

ニッケル鉱石については2015年以降、主にフィリピンとニューカレドニアの2か国から輸入されている(図13)。2018年にニューカレドニアがフィリピンからの鉱石輸入量を上回り、2019年にはニューカレドニアからの鉱石輸入が前年比12.4%増加し、全体の54.3%を占めるに至っている。2020年1~6月の輸入量は、ニューカレドニアが前年同期比3.7%増であったのに対し、フィリピンは同50.1%減であった。フィリピンでは3月28日付けの州知事命令により、4月1日からMindanao島北Surigao州の鉱山における操業が一時停止となった影響で、5月の輸入実績がなかったことが起因している(図14)。一方、ニューカレドニアからの輸入は4月に若干落ち込んだものの、概ね前年を上回る水準で推移している。

2019年、ニューカレドニアでは仏Eramet社の子会社SLN社の業績悪化を受け、同社の業績改善を目的としてニューカレドニア政府が鉱石輸出枠の拡大を承認した。そのため、2020年以降は同国からのニッケル鉱石輸入量が増加することで、同国が輸入において占める割合がさらに拡大する可能性が高まっている。また、Valeが出資するニューカレドニア・Goroでは、豪New Century社への株式売却交渉が開始されており、同社ではMHP(ニッケル・コバルト混合水酸化物)の生産とともにサプロライト鉱石のDSO販売を実施する意向を示している6。政府からDSO販売が認められれば同国からの輸入量はさらに増加する可能性がある。

図13.日本のニッケル鉱石輸入量

図13.日本のニッケル鉱石輸入量

(出典:財務省貿易統計)

図14.日本のニッケル鉱石輸入量2019年/2020年上半期国別推移

図14.日本のニッケル鉱石輸入量2019年/2020年上半期国別推移

(出典:財務省貿易統計)

また、図15に日本のフェロニッケル輸入量を示す。日本は主にニューカレドニアとコロンビアの2か国からフェロニッケルを輸入している。2019年にフェロニッケル輸入量は前年比約23%減少したが、特にコロンビアからの輸入量が減少し、前年比41.3%減となった。

図15.日本のフェロニッケル輸入量

図15.日本のフェロニッケル輸入量

(出典:財務省貿易統計)

その他、硫酸ニッケル輸入量の推移を図16に示す。台湾からの硫酸ニッケル輸入量が年々増加しており、2019年は韓国からの輸入が大幅に増加した。LIB正極材の国別出荷数量の世界シェアにおいて日本は年々シェアを伸ばしており、LIB正極材料となる硫酸ニッケルの国内需要が高まっていることが輸入量増加の要因とみられる。

図16.日本の硫酸ニッケル輸入量

図16.日本の硫酸ニッケル輸入量

(出典:財務省貿易統計)

7.ニッケル生産企業動向

本項では、ニッケル生産各社の2019年から足元までの動きおよびCOVID-19を受けた対応等について記載する。表5に、2019年および2020年Q1のニッケル生産各社の生産量を整理した。2019年は、前年比で生産量の大幅な増減を記録した企業はなく、各社のメンテナンス状況等に応じた推移となった。2020年Q1の生産量について、Norilsk社やValeでは前年同期比で減少したが、GlencoreやBHPでは増加した。COVID-19によるニッケル供給面への影響は、Q2以降の生産動向を注視する必要があるが、銅などとは異なり鉱山労働者における感染拡大等がそれほどみられないことを考慮すると、供給面への影響は限定的となると思われる。

表5.ニッケル生産各社の生産量 (単位:千t)
  2019年
Q1
2019年
Q2
2019年
Q3
2019年
Q4
2019年
年間生産量
2020年
Q1
2020年
予定生産量
Norilsk Nickel 55.9 53.8 57.3 61.7 228.7 51.8 225~235
Vale 54.8 45.0 51.4 56.7 208.0 53.2 180~195
Glencore 27.1 28.3 34.0 31.2 120.6 28.2 117~127
BHP 19.2 28.7 21.6 13.7 87.0※1 20.9 80~83※1
Eramet(FeNi)※2
(鉱石/グロス量)
12.5 11.1 11.6 12.2 47.4 12.1
872.0 1,096.0 1,331.0 1,356.0 4,655.0 918.0

※1 BHPの決算期は7月~翌年6月であるため、2019年年間生産量は2018年7月~2019年6月の数字、2020年予定生産量は2019年7月~2020年6月の数字である。
※2 Doniambo製錬所におけるフェロニッケル生産量(仏Sandouville製錬所における塩化ニッケル等は含まない)。

(出典:各社HP、アニュアルレポート、JOGMECニュース・フラッシュを基に筆者作成)

7.1 Norilsk Nickel社(露)

(1)生産関連動向

2019年ニッケル生産量として220~225千tが目標とされていたところ、228.7千tと前年比5%増となった。2019年の生産量の内、73%にあたる166.3千tはロシア国内のアセットにおける生産で、特に露Kola MMCにおけるカルボニルニッケル(パウダー、ペレット)が生産量の増加に寄与した。残りの27%は、ブリケット、カソード、硫酸ニッケルおよびパウダーを生産するフィンランド・Harjavalta製錬所における生産によるものである。

2020年の予定生産量についてはCOVID-19の影響を特に受けないとし、225~235千tと当初の生産目標を据え置いている。Polar Division等の大型アセットにおいては、ガスや発電設備に加え、海上や河川における交通手段(船舶)等も自社で保有しており、自社内で採掘から製品出荷までのサプライチェーンが完結しているため影響を受けにくいとしている。

(2)保有資産等関連動向

2020年5月29日に子会社であるNorilsk-Taymyr Energy Company(NTEC)社が運営する第3火力発電所のディーゼル燃料タンクから燃料漏れ事故が発生し、露連邦レベルでの緊急事態宣言が発出された。また、同年6月には同社のTalnakh選鉱プラントの尾鉱集積場から再生水が無許可で排出されたほか、7月には子会社のNorilsktransgaz社が所有するパイプラインから燃料が流出するなど、同社関連の環境汚染事故が相次いで発生している。事故による同社のニッケル生産量への影響については発表されてないが、株主であるRusal社より経営陣の交代を要求される事態となっている。

なお、BHPの項で詳述するが、2020年6月には豪州のHoneymoon Wellプロジェクトの権益50%をBHPに売却し、豪州から撤退した。本資産の売却により、今後探鉱開発についてはロシアにおけるアセットに注力することとなる。

7.2 Vale(本社:ブラジル)

(1)生産関連動向

2019年の生産量として210~220千tが予定されていたところ、実績は208千tとほぼ目標通りの生産量となり、前年比では15%ほど減少した。生産量が減少した理由については、カナダや英国の製錬所におけるメンテナンスの影響や、ブラジル・Onca Puma製錬所が2019年6月に近隣河川の汚染を理由に操業停止を命じられていたこと等が影響したとみられる。7

COVID-19関連では、2020年3月、地域コミュニティの健康と安全を守ることを目的として加Voisey’s Bay鉱山のケアアンドメンテナンスへの移行を発表した。当初は4週間の措置と発表していたが、4月に最大3か月まで延長されることになった。その後、7月上旬の操業再開および8月上旬のフル生産達成を目指す方針が発表された。なお、同鉱山では、ケアアンドメンテナンス期間中もLong Harbour選鉱処理施設(Processing Plant)は在庫を処理する形で操業を継続していた。

(2)保有資産等関連動向

2020年5月26日、ニューカレドニアGoro(出資比率:Vale95%、ニューカレドニア政府5%)の株式売却交渉を、豪New Century社と開始したと発表した。5月中旬には、操業における利益率向上のために酸化ニッケル等の生産を中止し、精錬セクションを閉鎖することを決定していた。今後はMHPの生産および高品位サプロライト鉱石の販売にシフトするとしている。Goroでは4百万t/年の鉱石生産を予定しており、その半分にあたる2百万t/年を輸出する方針とされている。なお、現行の鉱業法では未処理鉱石の海外への輸出は禁止されているため、Goroはニューカレドニア政府からの許可を取り付ける必要がある。

2020年6月、インドネシア・PT Vale Indonesia(PTVI)の株式売却について、Vale Canada社、住友金属鉱山およびPT Inalumの3者が合意し、株式売買契約を締結した。PT Inalumに譲渡されるのはPTVIの発行済み株式総数の20%であり、Vale Canada社から14.9%、住友金属鉱山から5.1%を売却する。取引完了後の株主構成はPT Inalum20%、Vale Canada社43.83%、住友金属鉱山14.99%、ヴァーレ・ジャパン0.55%、住友商事0.14%、一般株主20.49%となる。この株式譲渡は、PTVIとインドネシア政府が2014年に合意した鉱業事業契約の改正(2025年12月満了予定)に基づくものであり、2025年以降の操業継続のためには、合計40%以上の株式の国内への資本譲渡が義務付けられていた。そのうち20.49%は既に株式市場で流通させているため、残り約20%を2019年10月14日までに国内へ売却する義務があった。2019年10月に基本合意に達し協議を進めていたが、具体的な契約文書への合意の遅れ等により、予定より遅れて株式売買契約の締結に至った。

7.3 Glencore(スイス)

(1)生産関連動向

2019年ニッケル生産量は前年比3%減の120.6千tとなった。Glencoreでは減産に至った背景として、ニューカレドニア・Koniambo鉱山/製錬所(Glencoreが株式49%を保有)におけるメンテナンスや2019年12月に発生したクレーンの事故の影響が起因したとしている。

COVID-19による影響としては、加Raglan鉱山が3月30日から3週間の操業停止となったが、4月後半以降徐々に稼働を再開し、生産量への影響としては1か月分の生産量に及ばない程度であるとしている。また、ニューカレドニア・Koniambo鉱山/製錬所においても生産ラインの内1ラインのメンテナンスによる操業停止期間を延長し、再開が約2か月間遅れるとしている。

同社はCOVID-19による影響を考慮し、2020年予定生産量を当初の120~130千tから117~127千tに下方修正した。

7.4 BHP(豪・英)

(1)生産関連動向

ニッケル生産各社の中でも、BHPはEV向けのニッケル需要増への対応を強化している。同社のニッケル事業会社であるNickel West部門は、WA州において鉱山、選鉱所、製精錬所を所有する。また、同州で現在Kwinana精錬所における硫酸ニッケル生産工場を建設しており、2020年下半期にはStage1(100千t/年の硫酸ニッケルを生産)の開始を予定している。

図17.BHP Nickel West部門におけるフロー図

図17.BHP Nickel West部門におけるフロー図

(出典:BHP Webサイトを基に筆者作成)

(2)保有資産等関連動向

2020年6月、同社はNorilsk Nickel社からHoneymoon Wellニッケルプロジェクトの権益50%を取得すると発表した。併せて、Norilsk社とBHPで50%ずつ出資する探鉱プロジェクトAlbion Downs NorthおよびJerichoの権益についてもBHPが取得することが発表された。いずれのプロジェクトもWA州Goldfields地区にあり、BHPが所有するMt Keith鉱山から約50km、Leinster選鉱場から約100km以内という近距離に位置する。

同社では一時期Nickel West部門の売却を検討したこともあったが、LIB向けのニッケル需要の盛り上がりを背景に、2019年には事業継続を発表すると同時に、同部門を同社の中核部門とする方針へと転換した。現状同社のニッケルの内75%はバッテリー材料の生産企業に販売されているが、Kwinanaにおける硫酸ニッケル生産が開始されれば、バッテリー原料供給に占める同社のシェアは増加すると見込まれる。WA州での上流から下流までのサプライチェーンの確立を通じて、同社は今後LIB向けニッケル供給をリードする存在となることが期待される。

7.5 Eramet社(フランス)

(1)生産関連動向

Eramet社は、ニューカレドニアでニッケルを生産する事業会社SLN社の権益56%を有する。2019年前半、SLNにおいて労働者の勤務時間延長を含めた勤務体制の変更などの企業再編に対して労働組合がストライキを起こしたが、2019年のニッケル鉱石生産量には大きな影響はなく、同社の鉱石生産量(グロス量)は前年比15%増の約4.7百万wmtとなった。しかし、SLN社からの鉱石を用いて操業するDoniambo製錬所ではフェロニッケルの生産量が減少し、前年比13%減の約47.4千tと過去34年間で初めて50千tを下回った。SLN社では2020年1月以降も従業員による職場封鎖が相次いで起きており、Thio鉱山では操業を1週間ほど停止した。なお、2019年4月、SLN社はニューカレドニア政府から10年間にわたって4百万t/年のニッケル鉱石を輸出することを認可された。2020年4月には政府に対して追加で2百万t/年の低品位鉱石の輸出許可を申請している。

(2)保有資産等関連動向

インドネシア・北Maluku州Halmahera島において中国・青山集団、PT Antamと共同で進めるWeda Bayプロジェクトにて2019年10月から鉱石生産を開始したほか、2020年4月には製錬所でNPI生産を開始したと発表した。建設開始から20か月後と、当初想定していたスケジュールよりも前倒しで生産開始に至った。同社では、2020年末までに生産能力の80%の達成を見込んでいる。同プロジェクトにおける2020年の年間鉱石生産量は3百万wmt、長期的には6百万wmtを目標とする。

8.まとめ

当初の予定より2年前倒し、2020年1月からインドネシア政府によるニッケル鉱石の全面輸出禁止措置が実行されたが、世界最大の鉱石生産国である同国による本措置もニッケル価格の高止まりには繋がらず、足元では低調に推移している。また、主に先進国でステンレス需要が低調となり、プライマリーニッケルも余剰気味で推移していたところ、COVID-19という更なる需要低迷要因が生じたことによって、ニッケル価格の動向は不透明な状況が続いている。

インドネシアでは高付加価値化政策により製錬所やステンレス工場の建設が進んでいるものの、現状ではステンレスやLIB等のニッケルの最終製品を用いる産業は発達しておらず、生産されたステンレスはほぼ全量輸出されている。一方、各国からのインドネシア産ステンレスに対するAD措置により、インドネシア産のステンレスが行き場を失えば、インドネシア政府が下流産業の発展に向けた政策を打ち出す可能性も否定できない。仮にインドネシア国内でサプライチェーンが完結する状況になれば、世界のニッケルサプライチェーンは大きく変容するだろう。いずれにせよ、インドネシアの政策や方針、プロジェクトの稼働状況が、主要用途であるステンレスを中心とした世界的なニッケル需給の両面に対して与える影響が大きいことが言える。

他方、EV向けのニッケル需給に目を転じると、長期的には需要増によって供給不足が懸念されていたところ、これまでは価格の低迷が続いていたため新規鉱山開発・探鉱活動等は活発化していなかった。足元ではEV化は停滞しつつも、排ガス規制強化によって今後バッテリー需要が増進するのは確実視されており、EVの普及が進めば本需要を満たすだけのニッケル供給が必要となることから、インドネシアを中心に進んでいる硫酸ニッケルや中間原料の生産が見込まれているHPALプロジェクトの動向が注目されるところである。再び供給不足に転じるタイミングを見計らうにあたり、COVID-19の拡大が収まらない中、正確な見通しは立てづらい状況にある一方で、LIBに適用される正極材の開発は日進月歩で進み、材料として供されるバッテリー関連メタルの割合や原単位量も絶え間なく変化していくことが予測される状況下、来るべきEV社会の到来に備え、各社とも難しい投資判断を迫られているといえる。


  1. インドネシア政府によるニッケル鉱石輸出禁止をめぐる一連の動き・影響については2019年11月18日 カレント・トピックス19-31:インドネシア政府によるニッケル鉱石輸出禁止前倒しの経緯と今後の影響―Asian Nicel 2019より―を参照されたい。
  2. LME指定倉庫では、LMEワラント(倉荷証券)を発行して商品を保管するが、倉庫内にはLMEワラント以外の商品も混在すると言われている。LME在庫は保管料が高いため、倉庫業者が自社倉庫の集荷を促進する手段としてワラントを発行せずに保管することもあるという。この結果、ワラントの発行だけで在庫が急増しているように見えることがある。この「影の在庫」の問題が指摘されたことを受け、LMEは2020年2月から規制を開始。また、2020年7月には、オフ・ワラント在庫のレポートを毎月公表することを発表しており、在庫量の可視化によって市場の透明性に寄与する構えである。
  3. インドネシア・エネルギー鉱物資源省は、国内製錬会社へのニッケル鉱石販売価格下限設定のため、鉱物の価格設定に係る規程を改正した。国内製錬会社が、国内鉱山事業者から不当に安価な価格でニッケル鉱石を購入するのを防止することを目的とする。本規程では、同省が毎月設定する鉱物ベンチマーク価格を基準とし、基準価格を3%下回るまでの範囲を許容範囲として認める方針とし、2020年4月14日付けで制定され、同年5月13日付で施行された。
  4. インドネシア政府によって2020年1月からニッケル鉱石の輸出は禁止されているが、年内に出荷され年明けに輸入された量が計上されているものと考えられる。
  5. 2019年初、欧州委員会はパーム油の原料となるヤシの栽培がグリーンエネルギー政策に反するとしてパーム油の使用規制(2030年までの使用中止=2030年までに輸入規制が敷かれる)の方針を表明。世界最大のパーム油生産国であるインドネシアは同年12月、同規制が不当だとしてEUをWTOに提訴した。EUによるインドネシア政府のWTO提訴は、インドネシアによる提訴を受けた対抗措置であるとみられている。
  6. ニッケルの酸化鉱(ラテライト鉱)は、土壌上部に位置するリモナイト鉱と下部に位置するサプロライト鉱の2つに分類される。リモナイト鉱は湿式製錬(HPAL)で処理が行われる一方で、品位が比較的高いサプロライト鉱は、電気炉等を用いて、フェロニッケルの原料として活用される。
  7. Onca Puma鉱山は2017年9月、同製錬所は2019年6月に裁判所から操業停止を命じられていたが、2019年9月、鉱山・製錬所の両方の活動再開が認められた。

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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