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報告書&レポート

2004年2月26日 アルマティ海外調査員 酒田 剛
2004年04号

天然資源課税と地下資源利用ライセンスの改正を巡る動き (順調な経済成長を遂げる新興市場国ロシア)

 1998年の金融危機から5年を経て、ロシア経済は順調な成長を遂げている。オイルマネーは外貨準備高を膨れ上がらせ、ロシア株式市場へは相当量の投資資金が流れ込んでおり、我が国企業のロシア・ビジネスも活気づいている1
 3/14の大統領選挙で再選が確実なプーチン大統領は、「10年間でGDP倍増」という公約を掲げ、経済成長を政権の最優先課題に据えているが、高成長は石油・天然ガスの市況に大きく依存しているため、原油依存からの脱却が急務になっている。
 このような経済の現状にあって、ロシア政府は、ユーコス事件2をきっかけに天然資源への国家統制を強める一方で、外国投資をどう呼び込むかの課題にも直面している。
 本稿では、天然資源への国家統制の文脈から、導入が確実視されている、いわゆる「天然資源課税」の動向についてメディア情報を中心に取りまとめるとともに、外国投資の呼び込みに関連して、今後改正が検討されている「地下資源利用ライセンス」の現状と改正の内容について、現地での聞き取り調査の情報も踏まえて報告する。

  1. ロシア経済の現状

    • 順調な経済成長
       2003年には安定した原油高(年間平均27.4ドル/バーレル)に支えられて輸出額は過去最高の1,344億ドル(対前年比25.3%増)を記録し、GDPは6.8%と、5年連続のプラス高成長を達成した。対外債務(2003年末現在:1,190億ドル)も順調に返済されており、中央銀行は膨大な外貨準備高(2004年1月現在:827億ドル)を積み増している。また、ロシア株式市場の時価総額(2003年予測:1,690億ドル)は、世界の新興市場全体のそれを上回る水準にあるといわれる。鉱工業生産も2003年には7.0%(非鉄金属分野:6.2%)を達成した。
    • 投資環境の改善
       昨年10月、国際格付け機関ムーディーズ・インベスターズ・サービスは、ロシアの外貨建てソブリン格付けを2段階引き上げ、初の投資適格とした。また、今年1/27には、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)も同国の対外債務の急速な改善とプーチン政権における政治の安定を評価し、格付けを「BB」から「BBプラス」に引き上げるなど、投資環境に劇的な変化が現れてきている。
    • 経済構造上の課題
       現在のGDP成長は、構造改革によってもたらされた成果ではなく、OPEC非加盟国で最大の生産量を誇る原油の輸出に支えられたものである。したがって、原油価格が急落すればロシア経済は再び大打撃を被ることになる。そのため、危機の再来を防ぎ、成長を安定軌道に乗せるには、原油依存から脱却し、「自立経済」を確立することが急務になっている。 プーチン大統領は、資源・エネルギー部門(S&Pの試算によれば、石油・天然ガス・金属類の輸出額は、2003年の歳入全体の75%を占める)以外の産業の成長促進に懸命になっているが、ロシア政府は好景気に安住し、課題である公共サービス、独占企業体、金融分野などの構造改革のペースは鈍化しており、「典型的なアラブ産油国」の経済構造ができあがりつつあるとの見方もある。また、欧州復興開発銀行(EBRD)も、ロシア政府は構造改革の「政治的意思」を失ったと批判し、『原油価格下落がロシアのためだ。』と手厳しい。

  2. 天然資源課税の動向

    • 増税が議論されている背景
       ロシアの原油を初めて大型タンカーで米国に輸出するなど、ホドロコフスキーが米ロ蜜月の象徴的存在であったことから、ユーコス事件では、米国務省が「懸念」を表明し、ロシア政府の対応は欧米の批判を招いた。しかし、『資源は国民のもので、一部の富裕層が独占してはならない。』との立場からユーコス弾圧を支持した左派系新党「祖国」は、下院選挙で10%と、予想以上の票を獲得し、国営企業民営化の過程で生まれた新興財閥に対する一般市民の反感の強さを見せつける形となった。
       また、政党「祖国」は、『大幅な増税によって石油による企業の利益を削る。』ことを公約に掲げており、プーチン大統領も『経済成長のバランスを取るため、石油とガス会社に増税を課すことを支持する。』との姿勢を見せている。
       石油アナリストは、『ロシアの石油大手は、増税を強いられ、統制を受け、影響力を失う。』と分析しており、すでにその第1弾として、石油製品の輸出税に対するキャップ(90%免除枠)を外し、政府が恣意的に率を決められるようになったこと、さらに、企業税(標準24%)減税の抜け道として利用されていた、国内貧困地域に拠点を置く場合の低率適用を受けさせない措置を講じたこと、を指摘している。
    • 考えられる増税(新税)のシナリオ

        (1) 天然資源(鉱物・エネルギー)に対する利用税
          「祖国」のセルゲイ・グラジエフ党首(プーチン政権が下院選挙で共産党の票を奪うため、昨夏、同氏の新党旗揚げを支援。しかし、下院選での躍進後、政権を裏切って大統領選への立候補を表明し、出馬に成功。)による提案
          歳入が70億ドル(2001年ベース)~130億ドル(2000年ベース)増えるとする試算を公表
        (2) 段階的な掘削税
          プーチン政権が導入する考えを示唆
          30億ドルの収入増が見込まれるとの試算

  3. 地下資源利用ライセンスの改正

    • 法体系と現状
      • 地下資源に関する法体系
         ロシアでは、地下資源に対する投資を促進させるため、92年に地下資源法(ライセンスを取得した事業者が地下資源を利用するという概念)3が制定され、その後、外資を積極的に誘致することを目的として、96年にPSA法(生産物分与協定法)4が成立した。
         PSA法には、多くの点で地下資源法に対する優先規定があり、事業者にとってインセンティブのある方式だが、これまでにPSA対象鉱区5として国から認定された石油ガス・金等の鉱区のうち、実際にPSAが締結されたケースは1件のみであり、今後はさらに同方式の適用は難しくなる6と見られている。
         したがって、地下資源へのアプローチは、地下資源法で定められている以下の「地下資源(区域)利用ライセンス」を取得して行う、という手法がより一般的である。

    • 地下資源(区域)利用ライセンスの概要

      種類 取得の手続き 有効期間 備考
      1 地質調査 認可 5年未満 採掘に関係ない場合の鉱区手続きに関する通達;
      →1999.3.25省令No.18
      2 地質調査&探鉱・採掘 認可
      (事業者が独自に行った地質調査で鉱床を発見したという事実認定を受けることが条件)
      採掘予定量から算定される鉱床稼行期間+地質調査期間 地質調査による鉱床発見の事実認定に関する通達;
      →2000.4.10省令No.93
      3 探鉱・採掘 入札
      公募(コンクール)または競売(オークション)
      採掘予定量から算定される鉱床稼行期間 公募・競売等の条件;
      →案件毎に個別に決定

      • ライセンス申請:天然資源省と連邦構成主体(89構成体)の行政機関に対して行う
      • ライセンス交付:連邦地下資源資産管理委員会(またはその地域機関)と連邦構成主体の行政機関が行う(法第13条(2000.1.2改正))
      • 地質調査データ:連邦が定める金額と要領に基づき支払いを行い、提供を受ける(法第41条(2001.8.8改正))
      • 採掘開始条件 :事前に探鉱済み鉱床の資源量に関する国家査定を受ける必要がある(法第29条)
      • ライセンス譲渡:第三者に譲渡してはならない(法第17.1条(2001.8.8改正))

    • 今後改正が検討されている内容
       現状では、地質調査ライセンスのみを所有する事業者が、引き続き探鉱・採掘を行いたいと考えた場合(表中の1から3への移行)、必要なライセンスを取得するためには、入札に応ずるしか選択枝はないが、その手続きを経てもライセンスを取得できる保障は全くない。
       天然資源省のミハイロフ鉱物資源局長は、この問題に関して、『探鉱には大きなリスクを伴うと理解しているので、地質調査ライセンスの所有者が、引き続き探鉱・採掘ライセンスを入札なしで取得できるよう、法改正を検討中である。』としており、来年春の施行を目指して積極的に取り組む姿勢を示している。
       これが実現すれば、地下資源に投資する事業者にとっては朗報となるだろう。

  4. まとめ

  5.  ロシア連邦は、世界最大の国土を誇り、天然ガス埋蔵量では世界第1位、石油でも同第7位を占め、金や白金族金属、バナジウムなどの非鉄金属に加え、森林、水産物などの膨大な天然資源を有する国であると同時に、旧ソ連邦時代には計画経済に基づき、層の厚い重軽工業セクターを維持していた。
     しかし、91年末に旧ソ連邦が崩壊してからは、かつて経験したことのない全社会的な破壊と再生のプロセスの只中にあり、これらセクターも一貫して設備投資を大幅に減退させてきたため、改修と近代化による復興が必要になっている。
     「ロシア的」市場経済は、種々の特殊性を包含しながら、今まさに形成途上にあるとされるが、豊富な天然資源と膨大な産業インフラは、ロシアの大いなる潜在能力を示しており、不透明で信頼性に欠ける金融分野(銀行セクター)の機能が回復し、経済の先行きへの自信が高まれば、潜在的な投資需要が急速に顕在化してくる可能性がある。 同じ新興市場国のメキシコやブラジルなどと比較しても高い経済成長レベルを示し、ビジネス環境が改善に向かっているロシアは、市場の魅力も極めて大きく、今や世界の投資家の注目を浴びる存在になっている。
     他方で、前金での取引が多く、通常のL/C決済がしにくい、独特のビジネス慣習が残っている、輸出入や投資の実務(手続き)が異様に煩雑である、取引相手の信用度が測りにくい、など様々なリスクを恐れる声も相変わらず根強い。
     したがって、ロシア・ビジネスの成功のカギは、リスクとチャンスのバランスをいかにコントロールできるかにある、といえるのではないだろうか。
     今回、報告を行った天然資源課税と地下資源利用ライセンスの改正を巡る動きが、今後、どのように具体化し、資源・エネルギー分野における政策とどう関連付けられていくのか、間近に控えた大統領選挙をはさみ、ロシアの政治・経済から目が離せない状況はまだしばらく続きそうである。


    1 日本企業の2003年におけるロシア向け輸出額は2,038億円と、前年のほぼ2倍に膨らんでおり、自動車・家電品の販売が好調で、エネルギー関連のビジネスも際立っている。直接投資額は2003年1月時点で6億ドルと、米企業の42億ドルと比較すると物足りないものの、事業拡大に拍車をかける企業が増えてきている。(情報:ロ東貿モスクワ・ニュース、日本経済新聞ほか)

    2 2003年7月、ロシア一の大富豪、石油王ホドロコフスキー・ユーコス社会長の側近が、国営企業を民営化する際に資産横領に関与したとして逮捕された。公然と野党に資金援助する同氏に対する政治的けん制との観測も流れたが、その後、10月には本人自身の逮捕に発展。次いで、彼ら新興財閥に近いとされる大統領府長官が解任されるなど、12/7の下院選挙を前にロシアの政財界が騒然とした事件。

    3 95年3月、99年2月、2000年1月及び2001年8月に、それぞれ改正が行われた。直近である2001.8.8改正のポイントとしては、それ以前まであった「鉱物原料供給基盤復旧積立金(あるいは「鉱物資源再生準備金」などと訳される)」が廃止された点、地下資源利用料(納付金)が探鉱・採掘ライセンスのうち、採掘鉱区に関する一括払い部分(法第40条:採掘予定量から算定される採掘税額の10%以上)と探鉱鉱区に関する定期払い部分(法第43条:地質調査の場合には徴収されない。連邦が定める最高と最低の定額(鉱区面積1m2当り単価)範囲内で連邦構成主体が個別に決定)とに明示された点が挙げられる。

    4 国が認定したPSA鉱区を対象とするものであり、事業者と国との間でPSAを締結し、税金の多くを生産物の分与に換えることで免除される鉱床開発の枠組み。基本法のほかに、関連法があり、改正が行われてきているが、直近では、2003年6月にPSA関連法の変更を規定した「新法」が発効した。

    5 PSA鉱区リストに関しては、97年7月に、7鉱区から成るPSA鉱区リスト法が成立している。その後、2003年現在では、石油ガス28件、金属6件(金5、鉄鉱石1)がPSA対象鉱区として認定されている。(情報:ロ東貿調査月報2003年8~9月号)

    6 「新法」によって、PSA締結の前提条件が見直されたため。これまでは、PSA対象鉱区のライセンスを所有する事業者にはPSA締結の交渉権があった。しかし、新法導入によって、追加のプロセス(一旦ライセンスを国に返却→投資した資産の評価額を国に提出→国が通常の税制下での開発権に関する競売を実施→落札者は従来のライセンス所有者より資産を購入or応札者不在の場合はPSA方式での開発権に関する競売の実施→落札者はPSAを締結)を経なければ、PSA締結の交渉を行うことができなくなった。よって、以上のプロセスのリスクを勘案すると、多くの事業者はPSAを諦め、通常の税制下での開発を決断せざるを得なくなる、との見方。(情報:ロ東貿調査月報2003年8~9月号)

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