報告書&レポート
世界銀行と鉱業の見直し ―産業界・政府とNGOで分かれる(EIR)評価―
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はじめに
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経緯
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提言の概要
- 鉱業プロジェクトにより直接的影響を受ける原住民及び地域コミュニテイの、十分な説明に基づく自由意志による事前同意をプロジェクト採択の条件とする。住民参加はプロジェクトの初期段階から行い、強制移住は認めない。
- 鉱業プロジェクトは、特別な理由がない限り、カテゴリーAプロジェクト、即ち環境へ重大な悪影響を及ぼすであろうプロジェクトに分類する。
- 鉱山廃さいの河川廃棄は認めない。海底廃棄は、珊瑚礁のように環境的に重要な地域や文化的に重要な地域、原住民や地域社会が重要な目的で沿岸水を使用している地域では行わない。その他の地域でも、公平で説得力のある調査が安全性を証明するまで実施しない。
- シアン使用ガイドラインを欧米並みに強化する。シアン分析能力のない地域では使用しない。使用する場合、鉱山及びその周辺の飲料水や水生物の監視を行う。
- 鉱山閉鎖後の計画も世銀プロジェクトに含める。閉山後の社会・環境対策を保証する財務的措置を講じる。閉山後の対策及び積み立て額を決定する独立監査手続きを創設する。酸性坑廃水による悪影響が発生した場合、その対策について影響をうける住民の事前合意を得る。
- 地球温暖化対策を優先し、2008年までに石油生産への関与を止める。石炭鉱業への投資は直ちに止め、石炭鉱業からの脱却を目指す国への支援を強化する。
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提言をめぐる議論
- 世銀が石油石炭プロジェクトへの融資を一律に止めたら世界の炭素排出に効果を及ぼすという報告書の仮定を認めない。マイナスの評価を与えるべきは、炭素の採取ではなく、燃焼による炭素の排出である。(米国財務省)
- 世銀が採取業から撤退しても、採取業への投資はやまず、世銀は採取業への影響力を失うのみ。世銀の関与の停止は、成長と貧困軽減へ逆効果を及ぼす(英国国際開発省)
- 貧困軽減は、入手可能なエネルギーへのアクセスなしには実現できず、化石燃料は最も安価なエネルギーを提供する。(化学エネルギー鉱山労働者組合国際連合)
- 石油への投資を止める根拠が不明。世銀の石油投資の停止は、石油開発全般に対する非難と一般に解釈され、倫理的理由から石油への投資を留まる者もでてくる。石油開発に世銀が関与しない場合、より不透明な条件で開発が行われ、逆効果。(Norsk Hydro社)
- 世銀の撤退は、産業への悪影響が軽減できないという印象を与え、責任ある開発プロジェクトが減る。世銀が関与しないと、統治レベルと操業基準は低下するだろう。(赤道原則銀行グループ)
- 既存の保護方針がすでに十分な指針を示している。(赤道原則銀行グループ)
- 資源開発をどのように行うかはその国が決定することであり、世銀による過剰介入は国家主権の侵害である。(チリ銅委員会)
- 事前合意の実際的な定義が不明。さらに、その国と原住民にとって最良の形でいかに鉱業を行うかの決定はその国の政府の役割である。強制移住はできるだけ避けるべきであるが、その国の法律に従い適切な補償があれば、国家的必要性を認めるべき。本提案が実施された場合、企業倫理を重視する会社による途上国への直接投資は少なくなり、企業倫理を重視しない会社にとってかわられるだろう。(国際鉱業金属協議会:ICMM)
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世銀の対応
鉱業に対する欧米市民の視線は厳しい。エネルギーや金属が日常生活に必要であることは理解しながらも、一般市民が鉱業から連想するイメージは、森林が伐採され地肌が露出した採掘場、製錬所の煙突からモクモクと出る煙、シアンや重金属を含んだ排水の河川への流出、といったマイナスのものが多い。このため、鉱山開発に原住民や地元民が反対している場合、原住民らに同情が集まり、鉱山会社は悪者扱いされがちである。
その現われのひとつが、世界銀行グループ(世銀)が行った見直しである。石油、ガス、鉱物資源産業(以下「採取産業(Extractive Industry)」という)における世界銀行の役割を外部有識者によって見直したもので、2001年に始まり、2004年1月に報告書が世銀総裁に提出された。報告書の採取産業への評価と提言は欧米市民の視線に近いもので、採取産業のもたらす悪影響が強調され、開発よりも環境と人権を重視することを世銀に提言するものであった。特に、石油・石炭プロジェクトへの融資の停止と、住民の事前通知合意をプロジェクト採択の条件とする旨の提言が関係者間の議論を呼んでおり、世銀は提言への対応をまだ決定していない。
もっとも、世銀の活動が採取産業に占める度合いは低く、世銀が採取産業への融資を停止したとしても、直接的な影響はさほど大きくないとされる。しかし世銀の方針は「世界標準」となり得、世銀の方針に準拠する銀行や、企業倫理を重視する企業が世銀に追随する可能性が高く、産業として社会的に否定されるに等しい、と業界は危惧している。本稿では、見直しの経緯と提言の概要、そして提言をめぐる議論について報告する。
2000年6月、世界銀行グループ(世銀)のJames Wolfensohn総裁はプラハで開催された世銀と国際通貨基金(IMF)の年次会合で、採取産業における世銀の果たすべき役割を見直す、と表明した。おりしも反グローバリゼーション運動が最高潮に達しており、1999年6月のケルン・サミット、12月のWTOシアトル会議に続いて、その年の世銀・IMF年次会合も数万人規模の抗議デモに会場が取り巻かれていた。本見直しは、世銀の採取産業への関与に対するNGOや市民の批判に対応したものであった。
2001年7月、元インドネシア環境大臣のEmil Salim博士を責任者とした外部有識者による見直しが開始され、採取産業の社会的役割の評価と、世銀が果たすべき役割について提言された。
2004年4月、Wolfensohn総裁はSalim博士と会談し、議論が必要な課題が残されていることから、6月に再び会談することとした。
提言の基本的考え方は、「持続可能な発展による貧困の軽減に貢献でき、適切な条件を設定した場合に限り、採取産業における世銀の役割は依然としてある。主な条件は、貧困民衆支援と企業ガバナンス、より効果的な社会・環境対策、人権の尊重の3つである。」というものである。一般論としては既存の世銀の保護方針(safeguard policies)に調和したものであるが具体的条件では、世銀の活動方針を大きく変える内容である。なかでも注目を集めている具体的条件には次のものがある。
(1) 貧困民衆支援と企業ガバナンス、人権の尊重 | |
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(2) より効果的な社会・環境対策 | |
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(3) 世銀としての優先順位の見直し | |
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報告書の主要提言への賛成者は欧州議会とNGOである(下表)。欧州議会は2004年4月1日に本見直しに関する決議を行い、報告書を尊重するよう求めた。NGOも環境・人権NGOが連名で世銀総裁あてに報告書提言に従うよう求める書簡を発している。
提言 | 賛成 | 反対 |
石油・石炭プロジェクトへの融資停止 | 欧州議会、環境・人権NGO | 英政府、米政府、Norsk Hydro、赤道原則銀行グループ、化学エネルギー鉱山労働者組合国際連合 |
事前通知合意の条件化(強制移住の禁止) | 欧州議会、環境・人権NGO | チリ銅委員会、アメリカ鉱業大臣会、国際鉱業金属協議会(ICMM)、赤道原則銀行グループ |
廃さいの河川・海底廃棄の禁止 | 欧州議会、環境・人権NGO | ICMM |
(1) | 石油・石炭事業からの撤退提言の理由は、地球温暖化防止から世銀は石油・石炭事業への関与をやめ、クリーンなエネルギーの開発に関与すべきであるという。これに対する反論は以下のとおりである。 |
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(2) | 事前合意取得提言への反論は以下のとおりである。 |
廃さいの河川・海底廃棄の禁止については、「一律に禁止すべきではなく、案件毎に妥当性を検討するべき(ICMM)」との反対意見がある。 |
2月に世銀の対応案が一部マスコミに流出した。Financial Times紙によれば、重要な提言は拒否する内容であったという。また同じ頃、豪州で開催された会議での総裁の発言も報道されており、総裁の本報告書へのコメントは「書きぶりが悪く、十分に調査されていない」という厳しいものであった。6月の総裁とSalim博士の再度会談で、その際に世銀がどのような対応を示すか、注目される。
