報告書&レポート
ペルー・チンタヤ銅山の操業停止問題

ペルーでは昨今、操業鉱山、探鉱開発プロジェクトに係わる各種の争議が頻発し、鉱業投資に対する悪影響が懸念されている。この様な状況の中、ペルー主要銅山の一つであるチンタヤ(Tintaya)銅山で、地元への利益還元を求めるデモ行為が過激化し、鉱山労働者の安全確保に不安が生じる事態となり、同鉱山を操業するBHP Billiton社は、5月24日、操業の一時停止を決定した。 チンタヤ銅山は、ペルー南部のクスコ県エスピナール郡に位置する世界的にも著名な銅山(2004年産銅量11.9万t(ペルー第4位))で、本銅山の操業停止が長引けば銅市況に影響を与えることも予想され、さらに我が国の銅製錬所にとっては鉱石調達先の一銅山(2004年輸入量約2.6万t:銅量)でもあり、本争議の今後の動向が注目される。 本レポートでは、各種の報道等に基づき、デモ発生から現在までの状況を速報すると共に、本争議の背景、今後の見通し等についても言及する。 |
1. 争議の経緯
5月23日
地元住民の一団(約2千人)が、鉱山側に、毎年20百万ドルの地元への拠出とアルキーパ市までの鋪装道路の建設(約200km)等を求め、チンタヤ鉱山の施設を取り囲みデモ行為を行う。
5月24日
上記一団の一部が、鉱山施設内に乱入し、事務所への投石、放火等の過激行動に及び、施設の一部が損傷する事態に至る。一団の人数は、最終的には約4千人に及んだとの報道もある。
これに対し、鉱山側は鉱山労働者を避難させる一方、数百人規模の警察官が催涙弾等も使用して鎮圧にあたり、一団側に負傷者と逮捕者が各20人程度出る。
5月25日
鉱山側は、今回の事態を、鉱山労働者の安全を確保できない状況と判断し、鉱山操業の一時的な停止を決定し、鉱山労働者の安全確保が確認できるまで操業は再開しないと発表する。
5月26日
政府は、事態打開のため、鉱山次官をトップとするミッションを現地に派遣し、鉱山次官は住民側代表と直ちに協議に入る。
5月27日
住民側は、鉱山次官の説得に応じ、過激行動は休止し、鉱山側、政府代表団との三者会談を行うことに合意する。
5月28日
鉱山次官は、6月1日に三者会談を開催する予定と発言する。
5月30日現在、操業停止は続いているものの、鉱山周辺は落ち着いた状況にある模様。
2. 争議の背景
チンタヤ銅山では、2003年12月に地元と協定書を結び、毎年、税引前利益の3%(最低1.5百万ドル)を地元に拠出することになっている。これは、鉱山の地元への社会貢献や利益還元への要請が高まる中、一つの模範例と賞賛されてきた。従って、今回の住民要請は本協定に反し、この点からの批判も大きいが、にも拘わらず過激な行動に出た根底に、昨今の銅価高騰による企業収益の大幅な増加を指摘できる。
2004年来、操業鉱山で発生している争議は、鉱山労働者によるスト(SPCC社銅山等)、地元住民のデモ行為(アンタミナ鉱山等)に分かれるが、共に鉱山収益の還元を求めたものである。今週明けにも、当地の亜鉛生産最大手のVolcan社の鉱山(セロ・デ・パスコ等)で、5月26日に鉱山労働者によるストが始まったと報じられているが、これも鉱山側に利益還元を求めたものである。
今回の争議も含め、地域住民による過激なデモ行為は、計画的かつ組織的に行われる場合が多いことから、背後にこれらを煽動する組織の存在があるとされ、鉱業活動に批判的なNGO、左翼系の組織・政治家等が指摘されている。確かに、これら組織の影響は否定できず、とくに操業鉱山に対する場合、鉱山の地元への利益還元が少なく不当との意識を助長している可能性はあるが、どの程度の影響力があるかの実態は不明である。
しかし、当国において昨今の操業鉱山に対する争議で重要な点は、多くの場合、鉱山の閉鎖を求めたものではなく、最終的な目的はあくまで収益の還元を求めていることである。現存の鉱山が、いかに地元に大きな経済的インパクトを与えているかは周知されつつあり、とくに鉱山規模が大きいほど地元への裨益が大きい点は理解されている。今回のチンタヤ鉱山の争議も、基本的には、収益の地元への還元を求めたものである。そして、昨今の操業鉱山での争議は、総じて操業に大きな影響を及ぼすことなく、鉱山側と地元との協議により短期間で解決している。
3. 今後の見通し
昨今の操業鉱山に対する紛争事例から、今回の争議も地元に利益還元を求めた行動であり、政府も積極的な仲介姿勢を示していることから、話し合いによる短期での解決が期待される。しかし、現存する地域住民との協定書の取り扱い、金額的な折り合いをどうつけるかは、他の操業鉱山への影響も必至なことから、鉱山側が難しい選択を迫られる可能性もあり、問題の長期化も否定できない。また、世界的にも注目されている今回の争議に対し、投資環境へのマイナスイメージを少しでも和らげたい政府が、どのように仲介役を果たすか、道理的には全く分がない住民側の行動・要求にどう対処するか、注目される。
4. おわりに
操業鉱山に対し、地元への貢献、利益還元への社会的要請が高まり、地元住民の権利意識も向上する中、操業鉱山に対する地元住民の要求は、エスカレートし、過激化する傾向にある。政府も、資源開発税や鉱業ロイヤルティ等により、鉱業活動による地元への裨益を重視した政策をとり、各鉱山も、その多くは独自に地元に配慮した支援事業を行っているが、今回の様な事件は後を絶たない。政府がこれらの不法な過激行動に対し、一般に厳しい対応を取らず、最終的に、鉱山側が地元住民の要求に譲歩する形で決着している場合が多い事も、”騒ぎ得”の印象を与え、この種の事件が頻発する一要因と思料される。さらに、鉱産物市況が高値推移する状況下、操業鉱山が大幅な収益を上げていることは地元住民も知るところであり、その割に地元への利益還元が少ないとの不満も、恐らく潜在している。2004年8月のラス・バンバス銅鉱床の入札では、探鉱開発案件にも拘わらず、高額な落札額となった結果、64百万ドルもの大金が地元に拠出されることとなった。この様なニュースは、とくに大規模な操業鉱山を有する地元住民に対し、自分達は鉱山規模に相応しい裨益を受けているのであろうか、と改めて問い直す動機づけにもなっていよう。
これらの争議は一般に、操業停止を求めていない点は鉱山側にとって致命的ではないが、鉱山側の譲歩は、単に当該鉱山だけでなく、ペルー国内の他鉱山、さらに他国へ波及的に影響することもあり得るので、慎重な対応が求められよう。
不法な鉱山争議の解決に、少なくとも現政権下では政府を頼りにできない現状において、各鉱山が紛争解決に如何に取り組んで行くのか、その手腕が注目される。

