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報告書&レポート

2005年6月30日 アルマティ事務所 酒田 剛 e-mail:jogmec@nursat.kz
2005年45号

ロシアUdokan銅鉱床をめぐる最近の情勢-入札に関心を示す鉱業企業の動向と今後の展望-

 ロシア政府は2005年11月にUdokan銅鉱床の入札(競売)を予定しており、開発待ちプロジェクトでは世界最大規模の銅鉱床とされるUdokan鉱床は、ライセンスをめぐる10年以上の紆余曲折に終止符を打ち、今新たな開発の幕を開けようとしている。本稿では、まず同鉱床を概説し、次いで最近の情勢として競売に関心を示しているとされる鉱業企業の動向に特に注目して今後の展望について報告する。

1. Udokan銅鉱床とは
1-1. 位置・インフラ
Chita州(東を中露国境のアムール河上流のアルグン川とAmur州に接し、南はモンゴルとの国境をなす)のKalarsky地区、Baikal-Amur鉄道(BAM鉄道)本線Chara駅の南23km、Chita市北東約650kmに位置する。1980年代末のBAM鉄道の営業とともに地区の経済開発が始まり、Chara空港滑走路の舗装、駅周辺での工業用施設(倉庫、機械・建築企業、地域暖房設備、排水処理場、変電所設備など)の建設、本線沿いの高圧電線架設などがなされた。

1-2. 地形・気候 鉱床はUdokan山脈の最高部にあって比高差600m以上、斜面は30度以上と険しく、最高地点はNirudnakan山の2,195m。鉱業用施設の建設に際しては、この地形条件に加え、地震の危険度が高いこと、多年性の氷結土壌(鉱床地帯では厚さは300~900mに及ぶ)であること、山崩れや雪崩の危険があること、凪の日が多く気温の変化が激しいこと、長い寒冷が続く冬期と温暖だが短い夏期に象徴される厳しい大陸性気候(平均気温は、1月:-26~-33℃、7月:+17~+21℃)などを十分に考慮する必要があるとされる。

1-3. 鉱床概要 Udokan銅鉱床は、前期原生代の変成を受けた堆積岩類中に胚胎し、Minginskayaトラフの向斜褶曲部に賦存する。銅の胚胎層準は30km2に亘って厚さ100~350mで分布する。鉱床は層準規制を受けて層状~レンズ状で鉱体群をなし、標高1,720~2,060m間では鉱体の一部が露出している。鉱石鉱物は、輝銅鉱、斑銅鉱、黄銅鉱、孔雀石、ブロシャン銅鉱、藍銅鉱、赤銅鉱であり、稀にクリソコラが見られる。選鉱試験の結果、硫化鉱が約36%、酸化鉱との混合鉱が45%以下、酸化鉱19%以下と区別され、酸化鉱は地表から深さ700m程度まである。地下水の状況はシンプルで、氷結土壌の下限深度1,300~1,350mまでは岩石・鉱石ともにほとんど乾いている。これまでに坑道調査50km、ボーリング調査100km、トレンチ調査350千m3が行われており、現在、埋蔵鉱量1,375百万t、銅量約2千万t、銅品位1.45%と評価されている。

1-4. 操業基本計画(試案) 鉱体の大部分は地上にあり、鉱床周辺に表土・廃石を処分できる広大な土地もあるため、深さ1,300~1,400mまでは露天採掘を行い、その後はブロックケービング法で坑内採掘を展開できると考えられている。これまでに検討された操業計画の試案によれば、年間25百万tの鉱石を採掘し、浮遊選鉱によって銅品位約30%の銅精鉱240千tを回収、浮選工程で分離された酸化鉱は別にリーチングを経て湿式製錬工程で電解採取により精錬銅58千tを生産するプランが示されている。
 

Udokan銅鉱床の操業基本計画(試案)
埋蔵鉱量 品   位 含有金属量
1,375.23百万t
1.45%
9.6g/t
19.95百万t
13.20千t   

項     目 単  位 データ
鉱石採掘量
百万t/年
  25
銅の選鉱実収率
%
89-90
生産量
- 銅精鉱
- 精錬銅
千t/年
千t/年
 240
  58
初期投資額
- 鉱山
- 選鉱場
- 湿式製錬所
百万US$
1,300
 520
 240
 150
操業費
- 採掘工程
- 選鉱工程
百万US$/年
 240
  77
 110

出典:加・豪・露企業が参加して行われたUdokan銅鉱床F/Sプロジェクト(1997 ~98年)を
TsNIGRI※が独自に編纂
※ Central Research Institute of Geological Prospecting for Base & Precious Metals (ロシア天然資源省傘下の地質研究所)

            
 

2. 競売に関心を示す鉱業企業の動向

2-1. ロシア国内企業鉱石採掘から電気銅生産までを手がける産銅大手3社Norilsk Nickel社、UGMK社(Ural Mining Metallurgical Company)、RMK社(Russian Copper Company)が競売に参加する予定とされる。それぞれの企業の特徴と最近の動向は、以下のとおり。
(1) Norilsk Nickel社:東シベリアとコラ半島を拠点とし、ロシア最大の鉱山-製錬一貫体制型の生産企業。主要金融機関や企業と共に新興財閥(オルガリヒ)のVladimir Potanin率いるInterrosグループに属し、2003年の米国Stillwater Mining社の買収(権益55.4%)に続いて2004年3月には南アGold Fields社の権益20%を取得。前者はパラジウムの販売網を、後者は国内金生産者を買収して築いてきた金鉱業をそれぞれ発展させる開発戦略の一環と見られる。最近、拡大する同社の金資産のすべてをスピン・オフさせる新会社の設立構想を打ち出してもいる。2005年4月、同社はChita州政府との間で鉱物資源の原料基盤、環境対策と社会経済・地域開発などの課題に取り組む協力協定に調印しており、同社スポークスマンはUdokan銅鉱床の競売に参加する可能性を示唆している。

(2)UGMK社:ウラル地域で活動する第2位の銅生産者。低い鉱石自給率を改善するために積極的に新規鉱山開発を進めており、2004年3月にはBashkortostan共和国政府と鉱業投資契約を締結して新たに3つの鉱山拠点(未開発のPodolskoye銅鉱床の開発権も含まれる)を取得。Uralelektromedでスクラップ原料から大量の銅地金を生産しているのが特徴であり、近年は電気銅に代わって銅ワイヤロッドに生産・輸出をシフトさせている。同社は1999年当時、Udokan銅鉱床を開発する目的でChita州政府などが設立したZabaikalsky Mining Company社(開発に至らず、最終的にライセンスは剥奪された)に資本参加(Uralelektromedが権益14.5%を取得、現在の資本関係は不明)した経験があり、2003年10月には採掘・処理能力15百万t/年の鉱山・選鉱場を開発費450百万USドルで建設する計画を独自に発表するなど、鉱石不足を打開する原料供給源としてUdokan銅鉱床の開発ライセンス獲得に対して一貫して強い意欲を示している。

(3)RMK社:2004年9月、電気銅を生産するKyshtym Copper-Ekectrolyte Plant(KMEZ社)を中心に設立された垂直統合型企業。2003年8月にはKMEZ社がKazakhmys社(カザフスタン)と50/50の出資でJ/V企業RosKazMed社をChelyabinsk州に設立しており、カザフとロシア両国で鉱山開発を進めるとしている。競売に関しては、あくまでKazakhmys社の戦略的パートナー(合弁企業)との位置付けにあり、競売に応札するための受け皿会社として機能を果たすものと考えられる。

ロシア国内企業の銅生産量(2004年) (単位:千t)
企業名
鉱 石
地 金
備     考
Norilsk Nickel
412.0
447.0
同社Annual Report,2004
UGMK
183.8
342.2
金属資源レポート,2004年5月号
RMK
32.5
130.0
同上(鉱山生産量:2003年)

2-2. 外資企業
 新聞情報等によれば、上述のKazakhmys社やJiangxi Copper社(中)が競売に参加する意向と伝えられている他、Phelps Dodge社(米)やCodelco社(チリ)も関心を示しているとされる。それら企業のうち、Kazakhmys社とPhelps Dodge社の最近の動向を以下に記す。
(1)Kazakhmys社:銅生産をほぼ独占するカザフスタンを代表する垂直統合型企業で、3つの主要生産部門がある。主な資本構成はSamsung Group(韓国・独)28.81%、Cupurum Holding社(蘭)25.75%、Harper Finance社(英ヴァージニア諸島)19.22%など。2004年11月に銅加工業者のMKM社(独、Mansfelder Kupfer & Messing)を買収して傘下に収めたのは、銅加工品の販売・生産戦略の一環と見られる。CIS諸国で最大規模の処理能力50百万t/年、銅精鉱155千t/年を生産するAktogai銅鉱床開発プロジェクトのF/S調査に着手しており、2005年中に経済性が見極められる予定。Kazakhmys社は、Udokan銅鉱床の競売への参加を同社ホームページの中でも明らかにしており、ロシアRMK社とのJ/V企業RosKazMed社を通じてUdokan銅鉱床の競売に参加すると見られる。なお、同社がChita州に子会社を設立したとの情報(Metal Bulletin, 31 May 2005)は裏付けるようなサイド情報が見当たらない。

(2)Phelps Dodge社:米・チリ・ペルーに生産拠点を持つ世界第2位の銅生産者。世界各地で探鉱活動を行っており、2004年にはペルーCerro Verde鉱山の硫化鉱開発を決定した。同社は、ロシアのシベリアと極東で探鉱活動を行うためにChita州にShilko Mining社(あるいはShilka Minerals社)を設立しており、2005年5月に行われたLazurnoye銅鉱床(Primorsky地方)の開発ライセンスを競売で落札したことを受けて、一気にUdokan銅鉱床の競売への参加が囁かれ出した。なお、Shilko Mining社がUdokanで予備的なボーリング調査を開始したとの情報(Metal Bulletin, 6 June 2005)は信憑性に乏しいと考えられる。

 

Kazakhmys社とPhelps Dodge社の銅生産量(2004年) (単位:千t)
企業名
鉱 石
地 金
備     考
Kazakhmys
400.9
427.5
金属資源レポート,2004年5月号
Phelps Dodge
1,034.7
937.0
Raw Materials Data,2005

3. 競売に影響を与える地下資源法案の動向
 2005年6月17日、ロシア政府の承認を得て新地下資源法が下院(Duma)に上程された。法案の審議は、天然資源委員会(Natural Resource Committee)が管轄するとされているが、新地下資源法案と一緒に現行の地下資源法(現行法)に対する改正案が提出されたとする情報がある。現行法では地下資源利用者として外資に特段の制限を課していない(ただし、「安全保障上の理由による制限」規定があるため、入札においては、公開あるいは非公開(特定カテゴリーの企業のみ、あるいはロシア企業のみを参加させる)のどちらで行うか国家安全保障上から判断がなされる)のに対し、新法案では「地下資源利用者としての権利はロシア人、ロシア法人、ロシアと外国との合弁企業に対して付与される」と規定されているものと見られる。また、新法案の策定における外資の取扱いの議論の過程で、『戦略的鉱床はロシア側がコントロールすべきで外国人は支配株を持てない。大鉱床の開発権に対する競売には、ロシア企業が出資比率の過半数を占める合弁企業しか応札を認めない。』と主張してきた天然資源省の見解がどう整理されたのかも注目される。

4. 今後の展望
 Udokan銅鉱床の競売は、戦略産業に対するロシアの国家管理(大規模鉱床の資源開発にどこまで外資参入を認めるか)の一つの試金石でもあり、新法案の動向とともに事態が収斂していくように見える。天然資源省地下資源利用連邦庁(Federal Subsoil Resource Agency (Rosnedra))のAnatoly Ledovsky長官は2005年6月13日、『Rosnedraは埋蔵量評価とライセンス条件の決定を行い、2005年11月に同鉱床の競売を実施する。』と改めて明言したが、Dumaでの法案審議が今後どのような形で進んでいくのか、それ如何によって競売そのものに大きな影響が出ることは必至であり、状況は全く予断を許さない。 Udokan銅鉱床の帰趨に関連して、Norddeutsche社(独、2004年の銅地金生産量で世界7位)のロシア人専門家は興味深い分析を行っている。UGMK社が同鉱床の開発ライセンスを獲得できなかった場合、同社は鉱石不足から深刻な事態に陥るとするシナリオであり、安定した操業には、ライセンスの取得に加えて、ロシアがWTOに加盟しない(加盟した場合、関税撤廃による貿易自由化からスクラップ原料が海外マーケットに大量流出し、やはり原料不足が回避できない)という条件が必要だとしている。UGMK社の鉱山生産量はロシア全体の約3割を占めるだけに、WTO加盟問題とUdokan銅鉱床の行方は、今後のロシア銅産業を見通す上で欠くことのできない視点のように思える。
 Udokan銅鉱床は地理的に日本に近いこともあって、ロシア側は古くから我が国の経済界に対して協力の実現に向けたアプローチを行ってきた歴史がある。古くて新しいこの鉱山開発プロジェクトに対して日本企業にも投資の機会があるとすれば、それは日本とロシアの非鉄産業との新しい関係構築に向けて踏み出される大きな一歩になろう。

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