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報告書&レポート

2005年8月18日 リマ事務所 辻本 崇史 e-mail:ommjlima@chavin.rcp.net.pe
2005年53号

リオ・ブランコ銅鉱床開発の前途に暗雲

 銅価が歴史的な高値で推移する中、銅資源のポテンシャルの高いペルーでは、銅鉱床の探鉱開発が活発化している。中でもリオ・ブランコ(Rio Blanco)銅鉱床の探鉱開発プロジェクトは、数あるプロジェクトの中でもとくに注目を集め、大規模銅山として今後4~5年以内の開山が期待されている。
 このプロジェクトサイトで、7月末、近隣住民が周辺河川の汚染を理由にプロジェクト中止を求める過激行動を起こし、8月1日には警官隊との衝突で死者1名の他、多数の負傷者が出る惨事となった。
 本プロジェクトの行方は、ペルーが産銅国として大きく飛躍できるか否かの鍵を握るほどに重要な意味を持つもので、仮に今回の事件によりプロジェクトの中止・撤退に至る様な事態になれば、ペルー鉱業界へのダメージは極めて大きく、他の大型の銅探鉱開発プロジェクトへの影響は必至と考えられる。
 本報告では、各種の報道等に基づき、今回の事件の概況を述べると共に、本事件の持つ意味、今後の影響等について考察する。

1. リオ・ブランコ銅鉱床探鉱開発プロジェクト

 本鉱床は、ペルー最北端部の中心都市Piura市の東方約150kmのエクアドルとの国境付近(Piura県)に位置する、典型的なポーフィリー型銅・モリブデン鉱床である。
 現在、権益を保有するMonterrico Metals社(英)がバンカブルF/S調査を実施中で、2005年内の終了を予定している。同社が2005年6月末に発表した鉱量は、カットオフ銅品位0.7%の場合、鉱量2.13億t(銅0.89%、モリブデン0.022%)、カットオフ銅品位0.4%の場合、鉱量13.03億t(銅0.57%、モリブデン0.022%)であり、これまでの同社発表では、初期開発投資額約800百万ドルで、産銅量22万t/年、モリブデン3千t/年規模(共に精鉱中)の露天掘鉱山の開発を計画している。
 本プロジェクトに対し、2005年4月には、KGHM社(ポーランド)社長が本プロジェクトに参入すべくプロポーザルの提出を検討中と発言する等、メジャー企業、本邦企業を含む多数の企業が参入に関心を有し、開発資金の調達が必要なMonterrico社との間で協議が進んでいる模様である。

2. 紛争概況

 7月28日~29日ペルーの独立記念の祝祭日に合わせ、プロジェクトサイト近隣地区の住民がサイト付近に集まり(千人規模)、周辺河川の汚染を理由にプロジェクトの中止・撤退を求め、デモ行為を行なった。会社側は、サイトでの活動を中止。鉱山次官は、両者による対話による解決を図るため、現地に出向く用意のあることを表明した。
 8月1日、住民側がサイト占拠等の過激な行動に及んだことから、これを阻止する警官隊と衝突し、当局側の発表では、住民側に1名の死亡者が出た他、両者合計で約20人の負傷者、約30人の逮捕者が出た。
 8月2日~3日、鉱山次官が現地に出向き住民側との対話による解決を試みたが、自らの身の安全も脅かされる等、解決策は見出せず、当面は対話による解決を断念し、治安の回復は治安当局に委ねられることとなった。
 以後、治安当局の警戒もあり、住民側の過激行動は沈静化したが、依然、サイト周辺は緊張状態にある模様である。会社側は、治安が回復するまでサイトでの活動は再開しないとしている。
 エネルギー鉱山省等は、今回の事件について、本プロジェクトは未だ探査段階であり周辺河川の汚染はなく、会社側に特段の問題はないとしている。そして今回の過激行動は、デマ・中傷の類による煽動的行為に触発された一部の近隣住民が起したものと認識し、背後で煽動した組織として、反鉱山を掲げる環境NGO、政府と政治的に対立する左翼系組織、本地域周辺で暗躍し鉱業の発展を歓迎しない麻薬密売組織等を指摘している。
 エネルギー鉱山省は、国家警察とも連携し、当面は治安当局の力により過激な行動を押さえつつ、対話による解決を図り、治安回復によるプロジェクト再開を目指している。会社側も、プロジェクトを継続したいとの意志を強く示しているが、事態が悪化した場合にはプロジェクトの中止・撤退の可能性がある旨示唆しており、最悪のシナリオも意識し始めている様子である。

3. 本事件の重大性

 昨今、ペルーでは、操業鉱山、探鉱開発プロジェクトを巡る争議が頻発しており、鉱業関係者が憂慮する事態となっている。しかし、最近のこれら事件は、ペルーでの鉱業活動、とくに今後の探鉱開発活動に対し決定的なネガティブ要因になる事件ではなかったと考えられる。例えば、操業鉱山については、先のチンタヤ銅山事件があり、また大きな争議には至らなかったがアンタミナ鉱山でも地元住民による過激行動が憂慮された時期があった。しかし、これらの操業鉱山に対する争議は、基本的に地元住民による利益還元要求であり、鉱山の操業取り止めが危惧された問題ではない。鉱山の存在による地元の裨益が如何に大きく、鉱山の消滅が全ての関係者(国、地元、鉱山会社)にとってマイナスになることは多くの住民か理解している。要は、鉱山と住民側の妥協点を探す問題であった。
 一方、地元住民の過激な抗議行動に起因して、探鉱開発の中断や撤退に追い込まれた最近の著名なプロジェクトとして、セロ・キリシュ(金)、タンボ・グランデ(多金属)等がある。しかしこれらは、環境問題等を巡り各プロジェクトに個別の特殊要因があり、これらの要因等から長期にわたり地元と会社側に対立があり、会社側の非も指摘されている。すなわち会社側にも過去の地元対応等に問題があり、最終的なプロジェクトの中断や撤退に至ったとの見方が一般的である。従ってこの点から、これらの争議はペルーでの今後の探鉱開発活動に対し決定的なネガティブ要因ではなかったと考えられる。すなわち、地域固有の特殊な環境問題が予見されない様な探鉱開発プロジェクトでは、会社側がプロジェクトの初期段階から地元に配慮した措置を講じ、適切なプロセスを経れば、地元の理解を得て開山に至ることは十分に可能であると考えられるからである。そして、現在、探鉱開発を推進している企業の多くは、この様な認識を持っていると思われる。
 しかし、今回のリオ・ブランコでの争議は、会社側の非を指摘する声はなく、これまでの会社側の地元対応に大きな問題はなかったと考えられる。2005年の年初にMonterrico社の当地代表と面談した際にも、相手方は、プロジェクト当初より地元との関係には細心の注意を払い、地元との良好な関係を築きつつあると発言していた。にもかかわらず、今回の事件は起こった。
 いわば、今回の事件は、会社側にとって不可抗力の中で起こった事件とも言え、政府に全面的な解決責任がある問題である。
 法的にも実質的にも会社側に責任のない状況で、プロジェクトの中止を求めた住民の過激行動に対し、政府がこれに適正に対応、沈静化し、会社側が納得できる形でプロジェクトを再開できるか否か、関係者の注目度は高い。
 今回の事件は、探鉱開発側が、如何に地元に配慮した形で適切にプロジェクトを進めてもこのような過激行動が起こりうることが示された点で、ペルー鉱業の発展にダメージが大きいが、これに政府が適切に対応できるか否かは更に重要なポイントである。この結末によっては、ペルーの今後の探鉱開発活動に大きなブレーキをかけかねないほど、政府にとって本事件は重大な試練の事件である。

4. 今後の影響

 先に述べた様に、今回の事件は、政府にとって重大な試練である。仮に今回の事件によりプロジェクトの中止・撤退に至る様な事態にでもなれば、鉱業界には、如何に適切に探鉱開発プロジェクトを進めても、いつ何時プロジェクトの中止を求める地元住民の過激行動が起こるとも限らず、その場合、政府には頼れず、泣き寝入りを強いられる事態になりかねないとの見方が広がり、今後の新たな探鉱開発活動が急激に減退する可能性がある。また一方、現在進行中の他の大型の探鉱開発プロジェクトへの影響も危惧される。
 今回の過激な行動に際し、反鉱山を掲げる環境NGO、政府と政治的に対立する左翼系組織等が、デマ・中傷の類による煽動的行為を行なった点が、各方面から確信的に指摘されている。この点に関連して、エネルギー鉱山大臣は、これらの反鉱山の急進的なグループは攻撃対象とするプロジェクトを計画的に進めており、先のチンタヤ事件、今回の事件も一連の計画の中にあると指摘している。その上で更に、今後警戒が必要な鉱山・探鉱開発プロジェクトとして、ラス・バンバス、セロ・ベルデの名を上げ、両サイト周辺の地元住民の動向に、とくに注意している旨を明らかにした。前者は、将来的に大銅山への発展が期待される探鉱案件、後者は拡張工事中で、完成後は年産銅量30万t級の大銅山になる、共に注目の案件である。 今回の事件に対し、政府がその対応を誤れば、新規の探鉱開発プロジェクトの急減、進行中の大型探鉱開発案件に対する過激行動の高揚等、その影響は計り知れず、それだけに本事件の行方が注目される。

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