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キルギス地下資源をめぐる最新の動向-新政権が抱える 鉱業行政の課題と鉱業情勢-

中央アジアのキルギスで8月14日、バキエフ氏が正式に大統領に就任した。式典は11カ国と10国際機関の代表が参列して行われた。議会選挙の不正に端を発した反政府暴動から政変が起きてアカエフ長期政権が崩壊してほぼ5か月。この間、首相兼大統領代行を務めてきたバキエフ氏は、7月に行われた大統領選挙でクロフ元副大統領の協力を取り付け9割近い得票で圧勝していた。本稿では、クロフ氏の首相起用を明らかにしているバキエフ体制の船出に際して、現地関係機関から収集した情報に基づき、新政権が抱える鉱業行政の課題と最近の鉱業情勢を報告する。 |
1. 概況
キルギスのマクロ経済は好業績で、2004年のGDPは7.1%増、鉱工業生産(Kumtor鉱山の金生産が4割を占める)は15.0%増を記録した。なお、輸出額750百万USドルの4割を金が占めた。キルギスでは市場経済化を進めてCIS諸国で最初にWTO加盟を果たしたものの、貧困を解消する経済発展には結びついておらず、国民の最大の関心事は貧困と失業、そして前政権の晩年に急増した汚職だと言われている。
2. 鉱業行政の課題
2-1.外資導入政策
資源小国キルギスでは、唯一の輸出産業となりうる金の生産に期待を託し、開発を大胆に外資に開放する政策(1993年7月政令第294号「金の増産対策」)を行った。この結果、1995年にカナダ企業(Cameco社)との合弁事業としてKumtor金鉱山の開発が着手され、1997年に生産を開始、以降は同鉱山(2003年の金生産量で世界18位)が生産した金がキルギス経済の成長を支える牽引力となっている反面、生産状況や国際的な市況が経済を大きく左右する脆弱な産業構造を同国にもたらすことになった。
2-2.法制・税制面の整備
1997年に旧外資法に代わって、国内外の投資家を平等に扱い、差別を排除した外資の権利(外貨送金や収益利用の自由など)を保証する外国投資法が制定されているが、鉱業分野における外資の参入は金に限定されている状況であり、それ以外の投資は少ない。また、ロイヤルティや探鉱準備金制度など地下資源利用に関する鉱業税制を規定した税法典の改正が準備されていたが、政変を受けて事態は進展していない。
2-3.民営化と発展プログラム
1991年から幾度かの民営化戦略が実行されてきたが、鉱業企業の民営化はほとんど進んでいない。また、鉱業行政を管轄する地質鉱物資源庁は、鉱業分野発展のためのマスター・プランを策定中としているが、詳細は明らかにされていない。
3. 最近の鉱業情勢
3-1.Kumtor鉱山の生産状況
同鉱山を操業するCenterra Gold社(Cameco社の子会社54%、Kyrgyzaltyn*1 16%など)によれば、2004年に行ったボーリング調査の結果、新たに金量24.7tを獲得し、2010年まで露天採掘を続けられる見通しが得られたとされる。近年、金生産量は減少傾向にあり、2004年:20.4t、2005年上期:8.7t(前年同期比21.5%減)であった。
今年7月末、Kumtor鉱山があるIssyk-Kul州の地域住民約300人が7年前に起きたシアン流出事故*2 に対する補償を鉱山側に訴えて道路を封鎖する事件が発生。これを受けて政府は8月上旬、クロフ副首相代行を代表として協議に当たらせ、ひとまずは早期の事態収束に成功した。今回の事件が操業に与える影響はないと見られているが、住民側は事前に提出した要望書に対して何の反応も得られなかったことが不満で実力行使したと伝えられており、政変と同様のアプローチが民衆によって行われたことを示唆している。なお、2002年に起きた同鉱山の岩盤崩落事故では生産量が前年比で20%以上激減、キルギスGDPは7年ぶりのマイナス成長となり、鉱工業生産も前年比13.1%減に落ち込んだ。これは、同国経済のKumtor鉱山への依存度の大きさをあらためて示す結果となった。
3-2.外資の主な活動状況
Jerroy金鉱床(Talas州)
Talas Gold Mining社(Oxus Mining社(英)2/3、Kyrgyzaltyn 1/3)が開発工事中であるが、目標としていた2005年末の生産開始は1年以上遅れるものと見られている。金1.9t/年規模で露天採掘から始め、坑内採掘の準備が整い次第、並行して操業を行う計画とされる。2004年8月、キルギス政府は開発作業が進んでいないとして一旦ライセンスの剥奪を宣言したが、Oxus Mining社はすぐに57.8百万USドルの追加投資を決定、作業が継続された経緯がある。金量は107.3t、Au品位:4.9g/t(露天)、9.3g/t(坑内)。
Taldy-Bulak Levoberezhny金鉱床(Chu州)
Taldy-Bulak Gold社(Kyrgyzaltyn49%、Central Asia Gold社(豪)51%)が2004年夏にも開発工事(金生産能力2.0t/年)を開始する予定であったが、計画に対するキルギス政府の合意が得られず着手できなかった。Central社は、見直された開発計画が策定でき次第、工事を開始するとしている。金量は75t、Au品位7.9g/t。
3-3.民営化の動向
KadamzhayアンチモンCombine
本年7月、同Combineの政府保有株70.04%をATF-Invest社(カザフスタン)が2.37百万USドルで落札した。同社は、コンビナート再建に11.5百万USドルの投資を約束したとされ、有力と見られていたロシア企業などとの競争に勝った。1936年に活動を開始した同コンビナートは、旧ソ連最大のアンチモンの生産能力を持っていたが、近年は投資不足から生産量が激減、2004年の生産実績は前年比75.7%減の318.3tであった。
Kara-Balta Ore Dressing Combine(KGRK)
KGRKの政府保有株72.28%を売却する入札(開始価格:140百万KGソム(約3.4百万USドル))が7月末に行われる予定であったが、延期されている。ウラン鉱の処理やモリブデンの生産を行うKGRKは、現在スイス銀行との間で債務8.3百万USドルの履行義務と再構成をめぐって係争中とされる。
4. 新政権発足と鉱業行政への影響
現在、キルギスではアカエフ政権時代に蔓延していた汚職に対して、検事総長の指揮の下、疑惑の追及がなされていると聞く。北部出身者が政府の要職を独占し、自分の部族出身者を部下に重用してきたため、南部住民は政治・経済面で長年冷遇されてきたとの思いが強く、南部出身のバキエフ新大統領に対する期待は極めて大きいとされる。
大統領選挙前の6月、地質鉱物資源庁のムルジャガジエフ長官とカムチベコフ副長官がそろって解任され、もう一人の副長官ズブコフ氏(それ以前はキルギス北地質隊の隊長)がその時点で新長官に就任した。ムルジャガジエフ前長官はアカエフ前大統領に極めて近かったとされ、新政権の人事が固まるまでの暫定的な措置と見られている。なお、鉱業関係機関としてやはり重要なKyrgyzaltynの元社長サルィグロフ国務長官は同じく前大統領に近かったものの、ムルジャガジエフ氏とは不仲だったと言われており、鉱業行政に携わる新閣僚にどのような人物が配されるのか注目される。ちなみに、クロフ首相を軸とするバキエフ新政権は、8月末の独立記念日前までに組閣を終わらせるとの見通しがある一方で、10月までずれ込むのではと見る識者もいる。さらに、未確認ながら、地質鉱物資源庁が省に格上げされるとの情報もあることから、実体経済を重視するバキエフ氏が内政においてどのように鉱業行政を位置付けるのか、この点にも関心が集まっている。
*1 キルギス政府が100%所有する国営企業であり、Kumtor鉱山をCameco社と共同経営する他、小規模金鉱山の操業を行っている。2001年2月大統領令によってKGRKに併設された金精錬工程の割譲を受けて以降は、キルギス国内の金原料すべての精錬を行って金地金を生産している。
*2 シアンを積載したトラックがKumtor鉱山に向かう途中で横転、約2tがBarskaun川に流出したもので、地域住民はいまだに深刻な環境汚染に晒されており、健康被害に苦しんでいると実情を訴えている。

