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報告書&レポート

2005年10月27日 バンクーバー事務所 宮武 修一 e-mail:miyatake@jogmec.ca
2005年72号

北米地域のタングステン生産事情と最近の探鉱開発

 中国タングステン精鉱の輸出引き締めに起因する供給不足から、2005年のタングステン市況は記録的な騰勢を示しており、これに呼応して北米地域でも新たな生産・探鉱計画が現出している。本稿では北米地域のタングステン生産を唯一担うカナダNorth American Tungsten社の動きを中心に、北米地域の近年のタングステン生産事情、開発や探鉱の現状について報告する。

1. 北米タングステン生産の経緯と現状

 北米地域のタングステン生産には、この四半世紀に大きな変化が生じた。1970年代末には、米国、カナダの両国で世界生産の11%強を担うなど、北米地域は有力なタングステンの生産地域であった。しかし1980年代に入り、中国の増産と供給過剰からタングステン市況は低迷、北米地域のほとんど全てのタングステン鉱山は1980年代後半までに閉山を余儀なくされた。中国の世界生産に占めるシェアは1979年の時点で20%強に過ぎなかったものが、2003年には80%超に達するなど、市場は短期間に中国により席巻され、中国の国内事情が、タングステン市況を直接左右するという異例な構造が生じている。
 1990年代以後の北米地域の生産を振り返ると、1994~1995年および2000~2001年は、中国の生産減や輸出規制から一時的に市況が戻った時期にあたり、その都度、休止鉱山の再開計画が検討されてきた。米国では鉱山の再開は実現しなかったが、カナダでは市況に応じて断続的に生産が発生。最近では、2003年末に北米地域のタングステン生産はいったん途絶えたが、今般の騰勢を踏まえ、2005年9月より生産が再開されたところ。また、カナダでは2005年から複数のFSプロジェクトや探鉱プロジェクトも緒につくなど、新たな探鉱開発の動きもみられる。

2. 米国の需給と休止中の主要鉱山

 2000~2003年の米国のタングステン需要は、精鉱およびその他形態の合計で11,000~15,000t程度存在するが、この60%強は輸入に依存している(USGS)。輸入元は中国(47%)、カナダ(18%)、その他35%となっている。このほか国内でスクラップから4,000t程度が回収されており、見掛消費の約30%強が賄われている。また2000年からは、政府の戦略備蓄物資が市場に放出されており、年により差はあるものの、1,000~3,000tが毎年売却されている*
 米国国内のタングステン鉱山生産は1994年頃より途絶えている。1970年代末のUSBM資料によれば、当時WO3ベースで年間3,000t程度を生産し、世界生産の6%強を占めていた。当時の生産量のほとんどは、Union Carbide社のPine Creek鉱山(カリフォルニア)、Emerson鉱山(ネバダ)、AMAX社のClimaxモリブデン(タングステン、錫)鉱山(コロラド)、およびTeledyne Tungsten社のNorth Fork鉱山(カリフォルニア)ら4鉱山から生産したという。その後、こうした主要鉱山は相次ぎ閉山、1991年にPine Creek鉱山が休止した後は、零細な生産者がごく若干量を生産した程度である(統計無し)。1994~1995年に中国の生産減から建値が上昇した際は、英国Avocet Ventures社とStrategic Metals社のJVにより、Pine Creek鉱山(埋蔵量140万t、WO3品位 0.51%)を再開する計画が持ち上がった。しかし市況はほどなく低迷し、生産開始の判断には至らなかった。また2005年5月に、フェルプスドッジ社はモリブデン市況の高騰を背景に、Climax鉱山の再開を検討していることを報じたが、タングステン精鉱の生産可能性については明らかにされていない。

3. カナダの稼行鉱山と探鉱開発プロジェクト

 カナダ国内でタングステン精鉱の需要はほとんど無く、国内生産分は主に米国へと輸出されている。
 カナダのタングステン鉱山生産は、在バンクーバーのNorth American Tungsten社(NAT)が一社でこれを担う構造となっている。ノースウエスト準州とユーコン準州の境界地域には灰重石スカルン鉱床が点在しているが、NAT社が生産再開したCanTung鉱山、また開発に向け動き出した大型のMactungプロジェクトはこの代表例である(図)。NAT社の有するこれらのタングステン資源の合計は、世界の地質鉱量の15%に匹敵する量とされ、同社が西側社会で最大のポテンシャルを持つ生産者であるという(NAT社)。

図 CanTung鉱山とMactungプロジェクトの位置

(1) CanTung鉱山
 CanTung鉱山は、加NAT社が100%の権益を有する北米を代表するタングステン鉱山である。CanTung鉱山の歴史は古く、1962年にCanada Tungsten Mining社(CanTung)により生産が開始された。生産量はWO3ベースで年間約4,450tと、北米最大の規模で、かつ、いわゆる西側社会の中での最大生産鉱山である。
 1986年にタングステン市況の低迷からいったん生産は休止したが、1994~1995年の市況回復時には、在トロントのAur Resources社により再開が計画された。Aur Resources社はCyprus Amax社の所有するCanada Tungsten Mining社の株式全量を買い受け、経営の支配権を握ったが、その後市況は低迷、結局開発判断には至らなかった。
 Aur Resources社が有するCanTung 鉱山らのタングステン資産は、その後1997年にNorth American Tungsten 社(NAT)へ売却された。NAT社は再開の機会を窺っていたが、2000~2001年には市況が再び改善、スウェーデン企業および独シーメンスの米国子会社との融資売鉱契約がまとまるに至り、2001年10月にCanTung鉱山の再開を決定した。2002年2月に最初の精鉱が出荷、年間生産規模は40万MTU(メトリック・トン・ユニット、1MTUはWO3:10kg,或いはW:7.9kg)であった**。また2003年5月発表の生産コストは39.35USドル/MTU、フレートとロイヤルティを含めたネット販売単価は52.04USドル/MTUであった。生産はおおむね順調であったが、2003年12月には買鉱側から契約の打ち切りを通告され、再び生産は休止した。
 NAT社は、2004年末からのタングステン市況の騰勢を受け、2005年6月にCanTung鉱山の再開を決定、約3か月の短い準備期間を経て、2005年9月1日より操業を再開した。当初の粗鉱処理量は900t/dであったが、10月にはフル生産の1,025t/dに増加する見通し。また年間生産量は40万MTUとなる見通しで、これは世界生産の約7%に相当するという。NAT社は再開に先立ち、Aur Resources社が有するCanTung鉱山の4%の売り上げ(NSR)ロイヤルティを1%にまで買い戻す契約を締結、生産コストの低減に対策を講じた。NAT社の発表によれば、現在のCanTung鉱山の可採鉱量は771,000t、平均WO3品位1.75%、また全体の地質鉱量は600万tである。

(2) Mactungプロジェクト
 Mactungプロジェクトは、NAT社が100%の権益を有する最大規模の開発待機案件で、CanTung鉱山の160km北に位置する。1962年に鉱床発見。AMAX社により、以後1973年までに試錐、探鉱坑道により鉱床の概要が把握された。1978年にはいったんFSが完成し、開発時期が窺われていたが、1984年以後の市況崩壊から、開発計画は塩漬けとなっていた。Mactungプロジェクトの鉱量は3,000万t超、平均WO3品位は0.96%と見積もられている。 NAT社は、2005年よりMactung鉱床の開発に向け、FS作成に着手した。調査は、120万加ドルを投じた計6,000mの鉱量確認ボーリングのほか、探鉱坑道の取り開けとチャネルサンプリング、100tの鉱石を用いる選鉱試験からなっている。同社は今後、2005年冬に新鉱量を報告、2006年には環境ベースライン調査に着手、2007年早々を目途に、州政府の開発許認可取得に向けた手続きに入りたいとしている。

(3) その他のプロジェクト
 NAT社は2005年からCanTung鉱山、Mactungプロジェクトのほかにも、次のタングステンの探鉱プロジェクト、新鉱区の取得に着手した。
Rifle Range Creek鉱区:CanTung鉱山の6km北東、ノースウエスト準州に位置。氷河堆積物の縁辺に灰重石の鉱化作用を確認された。2005年夏期に物理探査を併用しながら、試錐により氷河の下位に伏在すると考えられる鉱化帯を把握する計画。
Mactung周辺鉱区:Mactung鉱区の西縁に隣接して約1,800acre(7.2km2)の鉱区を新たに取得。

4. 将来見通し

 過去、北米地域では、世界生産の7~8%の寄与が可能であるカナダCanTung鉱山が、市況に応じて柔軟に生産開始可能な需給バッファとして振る舞ってきた。仮に中国のタングステン輸出引き締めの基本的なポジションに変化がなく、ある程度市況が高止まりするようであれば、今後カナダのMactungの生産がこれに加わるものと予想される。世界のタングステン資源の賦存状況をみると、カナダ、米国には、それぞれ9%、4.8%が賦存すると見積もられており(USGS)、新たな探鉱の試みも今後増加することも予想される。
 自国の資源の優位を、加工品の優位、さらには産業の優位に発展させようとする中国の高付加価値政策もあり、中国は圧倒的な生産国のポジションに加えて、タングステンの大消費国としての存在も際立ってきている。2005年初頭の時点では、このため米国専門家の間には、「タングステン需給は中国国内で完結する構造。中長期の需給について、中国国内の残鉱量は十分にあり、従って大きな不安は少ない」との楽観的な見方も存在していた。しかし、今般の歴史的な高騰は、一国に依存する供給構造の危うさを改めて認識させる結果となったのではないか。また今回のタングステン市況の高騰は、北米地域の鉱山開発への出資、長期の買鉱契約など、供給国の多角化について再考する転機となるのではなかろうか。

*米国の戦略備蓄物資は、2007年末までには完売される計画。
**CanTung鉱山精鉱は、1980年代までの生産では低品位精鉱はアイオワ州フォートマディソンにてAPT処理された。1998年からの生産物は米ペンシルバニア州トゥォンダに搬送され処理された。

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