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北部準州のウラン開発について-連邦政府主導によるウラン資源開発決定の背景-

連邦政府のMcFarlen産業観光資源相は、2005年8月、北部準州での新たなウラン鉱山開発を推進するため、同準州におけるウラン資源開発を連邦政府が直接コントロールすると発表した。 本稿は、連邦政府がこのような決定に及んだ背景について検討する。 |
1. はじめに
オーストラリアは、ウラン埋蔵量は全世界の約40%を占めるにも関わらず、生産量はカナダに次いで世界第2位に甘んじている。これにはウラン資源の輸出を制限した「3鉱山政策(Three Mines Policy)」の影響がある。
一方、地球温暖化対策、最近のウラン需要拡大見込みや価格の上昇など、ウラン資源開発を取巻く環境は大きく変化している。
2. 「3鉱山政策」の影響
「3鉱山政策」とは、1984年に当時連邦政府の政権の座にあった労働党が、Ranger鉱山(北部準州)、Nabarlek鉱山(クィーンズランド州)、Olympic Dam鉱山(南オーストラリア州)の3鉱山に限りウラン資源の輸出を認めたことを言う。
オーストラリア憲法では、鉱業に関する立法など諸権限は州政府にあり、連邦政府は州政府の協力がなくしてはその政策を進めることはできない状況にあるが、外国との貿易・通商に関しては権限を有しており*1、ウラン資源の輸出を規制する立法及び検疫・通関などを通じて、実質的にウラン資源の輸出をコントロール下に置くことが可能である。また、オーストラリア国内には原子力発電はなく、ウラン資源の市場が自国内には存在しないことから、ウラン資源の輸出をコントロールすることは、即ちウラン資源開発をコントロールすることになる。「3鉱山政策」は、ウラン資源の輸出を制限することで間接的かつ実質的にウラン資源開発を制限していた。
その後、1996年に自由党と国民党の連立政権に代わると、「3鉱山政策」に当初より反対していた両党は「3鉱山政策」の廃止を決め、近年はウラン資源生産を拡張するとの方針を示しているが、鉱業に関する立法などの諸権限は州政府にあり、かつ州・準州政府の全てが労働党政権であるために連邦政府はその政策を進めることができず、これまでオーストラリア国内のウラン資源開発は進んでいない。
また、労働党内でも比較的保守的といわれる南オーストラリア州政府は、州の発展のためにはBeverley鉱山やHoneymoon鉱山の開発、Olympic Dam鉱山の拡張が必要であり、ウラン資源開発に好意的と考えられていたが、10月に開催された南オーストラリア州労働党の大会では、党中央の意向に沿って反ウラン鉱山の方針を再確認し、周囲を驚かしている。
更に、他州については、西オーストラリア州は環境への影響の観点から、クィーンズランド州は州内の石炭産業を圧迫するとの観点からウラン資源開発を禁止する方針を示しているほか、ニューサウスウェルズ州に至ってはウラン資源探査をも禁止しているなど、州政府レベルでの反ウラン鉱山の方針は依然維持されている。
* 1オーストラリア憲法には連邦政府の権限が列挙されているが、その中では鉱業に関する事項は挙げられていない(第51条など)。また、同条1項、34項は貿易に関する連邦政府の権限を規定。
3. 北部準州のウラン開発への連邦政府の関与
北部準州は法律上(特に憲法上)、州とは異なる扱いをうける*1。鉱物(mineral)に関しては、「北部準州にある鉱物に関する連邦の全ての権利(interest)は(Atomic Energy Act 1953及びそのActのもとで定められた規則…に規定された物(substances)以外)は本条により、その日(施行日)をもって帰属する」(Northern Territory (Self-Government) Act 1978第69条(4))と規定されていることから、ウランに関する権利は北部準州には帰属しないことになる。
また、連邦政府が準州に対して立法措置を行うことができることから*2、ウラン開発に関する立法も可能と考えられ、労働党北部準州政府の反ウラン鉱山の方針が示されたにも関わらず、ウラン資源の輸出を増やしたい連邦政府は、ウラン資源に限って準州内のウラン鉱業ライセンスの付与に関する権限を有するとのしたのである。*3
* 1北部準州はNorthern Territory (Self-Government) Act 1978によって設立・権限が規定されている。
* 2 憲法第122条に基づいて、連邦政府が準州自治のために立法することがあるが、準州の独立性を認めず、準州と連邦の政策が異なる場合に連邦政府が準州の法律を無効とする場合が多いと言われる。1995年に北部準州が安楽死を許可する法律を制定したが、1996年に連邦政府(連立政権)はそれに反対し、同法を無効とする立法措置(Northern Territory Act 第50条Aの追加)を行ったなど。
* 3 2005年8月4日の連邦政府の発表
4. 自由党・国民党連立政府(現連邦政府)のウラン政策
自由党・国民党の連立政権である連邦政府は、「ウラン資源開発を進めて輸出を拡大する」方針を唱えている。特にMcFarlen産業観光資源相、Nick Minchin産業科学資源相は強く主張していると言われる。
連立政権の主張の理由は、「(1) ウラン価格の上昇:堅調な電力需要に加え旧ソ連の軍事用ウランの放出が減少するなど、近年、ウラン価格は30USドル/lb以上と高騰しており、この時期にウラン資源の輸出制限を続けることは、競争相手国であるカナダ、ナミビア、南アフリカ、ナイジェリア、カザフスタンに遅れをとり、得られるはずの経済的利益を失うことになること、(2) 鉱業界からの圧力:Rio Tinto社やWMC社(Olympic Dam鉱山)を買収したBHP Billiton社などの大鉱山会社やウラン探鉱活動が増加し、業界団体であるオーストラリア鉱業協会(Minerals Council of Australia)は政府のウラン政策の見直しを強く迫っていること*1、(3) 中国の需要拡大:2005年8月から、オーストラリアは、中国(今後、原子力発電を約30基建設する計画*2)と同国向けウラン資源輸出の交渉を開始していること、(4) 温暖化対策協定:2005年7月にオーストラリアは米国・中国・韓国・インドと地球温暖化対策のための技術協定を締結したこと」などがあげられる。
連邦政府は、労働党が唱える「3鉱山政策」が鉱山数は制限するが生産量は制限しないことの矛盾、国益を考えてウラン資源政策を考えること、西オーストラリア州やクィーンズランド州には何十億豪ドルにも及ぶウラン資源があることなどを指摘し、ウラン資源開発を制限する州政府の「政策」を改めるよう迫っている。
2005年8月、連邦政府は、ウラン産業の枠組み3年計画(「Three years Uranium Industry Framework*3」)を発表した。この政策の目的は、「(1) ウラン資源輸出の障害をなくすこと、(2) 全国的に一貫性があり効果的な規則を制定すること、(3) 国民にウラン資源利用について啓蒙すること」などであある、また、州、準州、企業、アボリジニ・グループなどと協議し、政策の実現に向けた特別委員会を設置するなどの施策を講じるとしている。
当面の政府の目標は、5年以内に北部準州に第2のウラン鉱山を開発すること、2010年までにオーストラリアのウラン資源輸出量を年間10,000tから30,000tに引き上げること、輸出金額を現在の2倍の年間10億豪ドルにすることとしている。*4
* 1 MCA Media release,2005/8/4,“MCA Welcpmes Federal Government action on uranium mining in the Northern Territory”及びMCA Media statement “Time for a change on uranium policy”,2005/9/5」など
* 2 The Korea Herald,2005/8/30,Kim So-Hyun,“Doosan Heavy to tap Chinese nuclear reactor opportunities”
* 3 Media release,2005/8/11,The hon Ian Macfarlane, MP, “Vision for Australian’s Uranium Export Industry”
* 4 The Australian,2005/8/11,“Nuclear power play”
5. おわりに
オーストラリアは「ウラン資源大国」でありながら、「3鉱山政策」によって、長年、自国のウラン資源開発を制限してきた。連邦政府が労働党政権から自由党・国民党政権へと変わり、連邦政府レベルでのウラン資源政策は見直しがなされたが、鉱業活動に権限を有する州政府は依然として労働党が政権を握っており、その結果として「3鉱山政策」は州レベルでは未だその効力を失っていない。
しかし、空前の資源ブームでウラン価格は急騰し、今後、温暖化対策としての原子力エネルギー、中国のエネルギー需要を考えると、ここ何年間はウラン資源ビジネスにとって稀にみるビッグチャンスであり、この好機を逸することは「ウラン資源大国」であるオーストラリアにとって国益を大きく損なうとの認識が広がっている。
オーストラリアは、今、与野党ともに「過去」の政策の呪縛から解き放たれる手段を模索していると言えよう。

