報告書&レポート
インドネシア鉱業法改正の行方

鉱物石炭鉱業法案(RUU Pertambangan Mineral dan Batubara:(以下「新鉱業法」という))は、2005年5月20日にエネルギー鉱物資源省(MEMR: Ministry of Energy and Mineral Resources)から議会に上程され、現在、法案で審議中である。この法案には、1960年後半、インドネシアが世界に先駆け革新的に導入した事業契約(COW:Contract of Works【KK:Kontrak Karya】)制度を廃止し、事業許可(Izin Usaha)へと大きく政策転換を図る規定などが含まれている。本稿では、同法案のポイント、議論の焦点、さらに今後の可能性を分析する。 COW制度とは、地域開発や大規模投資を条件に国が外国投資企業と直接契約を締結する代わりに、外国企業に対し35年間にわたる鉱業権の保障と鉱産税・法人税等税率の固定などの優遇措置を保障するもの。 なお、新鉱業法が成立すれば(1) 現行の1967年鉱業法がこの新鉱業法に置き換わる。(2) COW制度が廃止される。(ただし、現在承認されているCOWは存続)(3) 外国投資企業は、これまで鉱業活動を制限されていたが、インドネシア法人(PMA法人)を設立することにより地方政府に対し鉱業ライセンスを申請できる。(4)COWの元では外資参入の制限があったジャワ島においても外資参入が可能となる。(5) 税制などはCOWのように一度決めたら固定されるのではなくその都度現行法が適用されることになる。 |
1. 法案上程の理由
インドネシアにおける鉱業部門の基本法規は、1967年に施行された「一般鉱業に関する法律第11号」(UU N0.11 Tahun 1967 tentang Pertambangan Umum、通称「現行鉱業法」)であるが、新鉱業法案が上程された背景には、インドネシアが抱える以下の問題があった。
(1) 第1にスハルト政権崩壊後の民主化の流れを受けて国の富が外国資本に流出しインドネシア国民に還元されていないという意見が強くなり、「地方行政に関する1999年法律第22号」(UU22/1999 tentang Pemda、通称「地方行政法」)および「中央・地方間の財政均衡に関する1999年法律第25号」(UU25/1999 tentang Perimbangan Keuangan antara Pemerintah Pusat dan Daerah、通称「中央・地方間の財政均衡法」)が成立した。地方行政法では外国・国防等を除く全ての行政機能が地方政府に移管され、財政均衡法によって天然資源収入の15~80%が地方に配分されたにもかかわらず、現行鉱業法では中央集権的な規定が変更されておらず法の不整備状態が継続していた。
(2) 第2に一般鉱業法には、現在、社会的に問題になっている鉱物資源採掘後の環境保全、保護林と鉱区との共存、無許可採掘(イリーガルマイナー)などに関する罰則など、諸問題に関する規定が欠如していたこと。
(3) 第3にインドネシアにおける鉱業投資が1998年以来激減しており、投資環境の改善必要性に迫られていたことなどが挙げられる。
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2. 低迷する鉱物資源の開発
インドネシアは、フレーザー研究所(Fraser Institue)が世界鉱山企業157社を対象に行った2003/2004アンケート調査の結果、鉱物資源のプロダクティビティー(生産潜在性)は100ポイント中91ポイントで、ロシア、ペルー、チリと並ぶ資源国として評価され、鉱業投資インデックスでは23ポイントと投資魅力に欠ける地域として下から2番目の評価を受けている。
実際、インドネシアの鉱物資源量は図2に示すとおり豊富である。インドネシアの石炭資源は578億tと推定され、このうち70億tが生産可能とされている。金は3,156t、銅は414億7,000万t、錫は46万2,402t、ニッケルは6億2,781万tの埋蔵量が生産可能と推定されている。カザフスタンからフィリピンまでアジア諸国と比較すると、インドネシアは銅、金、銀、ニッケル、石炭などで埋蔵量、生産などで第1位である。World Metal Statistics Yearbook 2004によれば銅鉱石が世界3位、ニッケル鉱石が第5位、金は第7位という非鉄金属鉱物資源生産国である。
図2 インドネシアの鉱物資源量と生産量 |
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DMCE:Directorate of Mineral and Coal Enterprises Edition 2005 ISSN:1410-2196 |
しかし、インドネシアにおける鉱業部門への投資は1998年の18億USドルから2003年には2億5,500万USドルに大幅に減退している。投資が落ち込む理由について、MEMRのシモン・スンビリン(Simon F. Sembiring)地質鉱物資源総局長は、インドネシア鉱業大会2005及びAFMA会合など講演において「保護林における鉱業活動を禁止する法規と鉱区選定に関する法規の矛盾、鉱業部門の税率問題、複雑で時間を要する許認可手続き、ニューモントミナハシ鉱山で見られる環境問題など法律面におけるさまざまな障壁や、地方政府・地域住民などの社会文化面に至るキャパシティーの不足などといった面がある」と指摘しており、そのため、「現鉱業法に取って代わる新鉱業法を制定し投資環境を改善することが急務だ」と述べている。
3. 新鉱業法案のポイント
本法案は15章・75条から成り立つ長文の法案だが、本報告では鉱業権の取得及び権益の保持に深く関連する部分を紹介する。
3.1 事業体の分類
インドネシアにおいて鉱業ビジネスを営むことのできる事業体として、第7条は個人(Perirangan)と事業法人(Badan Usaha)の両方が参入できると規定している。
(1)個人とは、インドネシア国民。
(2)事業法人とはインドネシアの法律に基づき、国内で設立された事業法人を指し、
Ⅰ 国有企業(BUMN)
Ⅱ 地方公営企業(BUMD)
Ⅲ 民間企業(Badan Usaha Swasta)
Ⅳ 協同組合(Koperasi)
を意味する。
これにより、外国投資企業がインドネシアで鉱業を実施する際は、現地法人(PMA法人)を設立するか、既存の国内事業法人と提携しなければならない。
3.2 鉱業ビジネスの分類
第8条では、鉱業ビジネスを以下の3形態に区分している
(1)放射性鉱物の鉱業事業
(2)金属鉱物と石炭の鉱業事業
(3)非金属・非石炭の鉱業事業
3.3 鉱業事業の形態
鉱業事業の形態は、第13条において委託鉱業事業(PUP)、鉱業事業許可(IUP)、住民鉱業事業許可(IPR)の3形態に分類されている。
(1)委託鉱業事業(PUP: Penugasan Usaha Pertambangan)とは、第14条1項によると、鉱物・石炭の鉱業事業を管轄する大臣が放射性鉱物の鉱業事業を委託することを意味する。
(2)鉱業事業許可(IUP: Izin Usaha Pertambangan)とは、第15条1項によると、金属鉱物と石炭の鉱業事業および非金属・非石炭の鉱業事業に関する事業許可で、国有企業(BUMN)、地方公営企業(BUMD)、民間企業(Badan Usaha Swasta)、協同組合(Koperasi)および個人に対して与えられる。
(3)住民鉱業事業許可(IPR: Izin Pertambangan Rakyat)については、第1条7項で、「鉱区が周辺に居住する住民が簡素な装備を用いて鉱業事業を営むことに対する許可」と定義されている。また、第25条3項では、「住民鉱業に関するより詳細な規定は県知事・市長が制定する条例で定める」としている。
したがって、外国投資企業が参入できる許可形態はIUPとなる。
3.4 鉱業事業形態の種類
これら3つの事業形態の中でも、国内企業を含む事業法人が参入できる許可形態はIUPであるが、第18条1項では、その種類を規定し、探査許可(IU Eksplorasi)と生産活動許可(IUP Operasi Produksi)の2つに分類している。
(1)探査許可とは、フィジビリティー・スタディを含む一般調査および探査活動に関する許可を意味する。
(2)生産活動許可とは、採掘設備の建設から、採掘、加工、精製、運搬、販売を含む一連の活動に対する許可をいう。第18条2項には、探査許可および生産活動許可の保有者は、「規定の活動のすべてもしくは一部を実施することができる」とされている。
3.5 許可の有効期間
探査許可は第19条によると最長8年間有効である。一方、生産活動許可の有効期間は23年となっており、1回の延長申請に10年間の延長が可能となっている。
図3 許可の有効期限及びそのステージ |
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第22条1項によれば、生産活動許可は、鉱業事業を開始するための探査許可とは異なり、すでに交付された探査許可を生産活動許可に格上げ、もしくは探査および調査活動が終了した鉱区が入札に付され、フィジビリティ・スタディの一貫として行われた環境影響分析(AMDAL)データが確保されている場合に与えられる。
なお、「探査許可と生産活動許可のより細かい規定については、政令もしくは政令に基づく法規で定められる」と第21条と第22条3項に規定されている。
3.6 許可の発行機関
鉱業事業許可発行主体については、第16条1項に基づき、「探査許可と生産活動許可は、大臣、州知事、もしくは県知事・市長が発行する」とある。
探査許可の発行主体については、第16条2~3項に、「環境に対する影響が全国レベルになると予想される場合は、州・県知事および市長の勧告をもとに所轄大臣が発行し、同影響が特定地域に限られる場合は、県知事・市長からの勧告をもとに州知事が発行する」とある。
また、生産活動許可については、上述したように探査許可からの格上げと見なされるため、その発行主体も探査許可の発行主体に準じる。さらに、第23条2項では、「採掘および精製現場が2つ以上の州もしくは県・市にまたがって存在する場合、生産活動許可はそれぞれの権限に従い大臣もしくは州知事が発行する」とある。
この規定は、採掘および精製現場が2つ以上の州にまたがる場合は生産活動許可は大臣が発行し、同現場が一つの州に位置しながらも2つ以上の県・市にまたがる場合は、州知事が発行するとの規定になっている。
現在の法案内容からは、探査許可の場合、環境に対する影響により発行主体が大臣(全国的な影響)もしくは州知事(地域的な影響)となり、生産活動許可の場合、鉱区が2つ以上の州にまたがる場合は大臣、2つ以上の県・市にまたがる場合は州知事、1つの県・市に位置する場合は県知事もしくは市長ということになる。
4. 法案審議の経緯
4.1 新鉱業法案草稿の完成と説明会(2005年1月)
新鉱業法案の草稿は、MEMR管下の若手弁護士が担当し、そのたたき台は、2004年に廃案となった鉱業法案によると言われている。同法案が議会において廃案となった理由には、水資源および地熱に関し個別法があるにもかかわらず、これらの規定を盛り込んでいたため却下された、あるいは取り下げられたとの報道がある。しかし、MEMRによると法案は正式には提出されておらず引き続き協議中であったとも伝えられている。
こうした背景の中、2005年1月11日、MEMRのスティスナ・プラウィラ(Sutisna Prawira)法務広報部長(Legal & Public Relation Bereau)は、新鉱業法案の草稿の完成を発表、翌12日、MEMR主催による同法案の説明会が開催され、地方政府のMEMR担当事務所、鉱業部門で活動する民間企業の代表、さらに内務省、法務人権省、NGO、大学など関係者が参加した。同説明会では、MEMR地質鉱物資源総局スフヤル(Sukhyar)官房長(Secretariat of Dr. General)が法案内容の説明を行った。
4.2 議会への上程(2005年5月)
MEMRは、新鉱業法案に関する広報活動を行った後、5月20日、新鉱業法案を正式に議会に上程し、プルノモ・ユスギアントロ(Purnomo Yusgiantoro)MEMR大臣が政府代表者として議会に参加した。
また、MEMR大臣および同省幹部は6月2日と7日の両日、議会に設置されているエネルギー鉱物資源・技術開発・環境担当・第7委員会(Komisi Ⅶ)と法案審議の段取りについて協議し、同委員会は同法案の審議に同意した。ただ、今後の審議を同委員会で専従するか、それとも複数の常設委員会の委員を含む特別委員会で行なうかについては、議会本会議の決議によることにした。
4.3 特別委の設置(2005年7月)
第7委員会の決定を受けて、7月21日、議会本会議は、新鉱業法案を特別委で審議することを決定し、同日、特別委の委員を決定した。特別委は現在議会にある10会派を代表する50人の議員から構成され、これらの議員は国内・地方自治問題を担当する第2委員会、農業、林業、漁業などを担当する第4委員会、そして上述の第7委員会から選出されることになった。
特別委の委員長には与党ゴルカル党(PG)のアグスマン・エフェンディ(Agusman Effendi)議員、副委員長には闘争民主党(PDIP)のサルジャン・タヒル(Sarjan Tahir)議員が選出された。
なお、特別委の審議は非公開で実施されているため、新鉱業法案に関する審議の詳細は定かではないが、南スマトラ州から国立スリウィジャヤ大学、州議会連合会、インドネシア鉱業専門家協会(Perhapi)から学識経験者を招集して9月14日に公聴会を開催することとなった。
5. 現状の意見
5.1 学識経験者
国立スリウィジャヤ大学ザイナル・リド・ジャファール(Zainal Ridho Jaffar)学長は、「新鉱業法案の制定に当たっては、投資家に対する法的な保護を約束し、不法採掘者に対する重い刑罰を科し、政府・経済界・住民の利害を守ることが重要である」と述べ、インドネシア鉱業専門家協会(Perhapi)のアブドル・ラティフ・ベキ(Abdul Latief Beky)会長は、「今後制定される鉱物石炭鉱業法がこの国の鉱業部門の発展に寄与し、そのための原材料およびエネルギーの確保を実現するものでなくてはならない」との意見を述べている。
5.2 産業界
インドネシア・マニング協会(IMA:Indonesia Mining Association)のプリヨ・スマルノ(Priyo Sumarno)専務理事は、「新鉱業法案の内容には強いナショナリズムがあるため、外国投資家の投資意欲を削ぐ可能性がある」と懸念を表明し、「1967年の一般鉱業法では政府と鉱山会社が事業契約(COW)を締結することが認められていたのに対し、これを廃止し事業許可(Izin Usaha)制に移行することは、鉱区の安全性が確保されず企業側の立場を極めて弱体化させている」と意見を述べている。また、「許可発行に際し、地方政府の権限を著しく強化しているが、地方政府には鉱業に詳しい人材に乏しいため、その発行に不測の時間と予見し得ぬ事態が惹起する可能性がある」との指摘を行っている。
5.3 与・野党
第7委員会での協議では、民主党(PD)、ゴルカル党(PG)、福祉正義党(PKS)、民族党(PKB)など、与党的な立場をとる主要政党の議員からは、新鉱業法案の内容を支持もしくは了承する発言が続いる。
また、中立的な立場をとる国民信託党(PAN)の議員からは、「新鉱業法案の前文に、『国の領土内に存在する鉱物と石炭は国家が支配する』との記述があるが、『国家が支配する』とは何を意味するのかを明確に定義する必要がある」との指摘がなされている。法案前文の「国の領土内に存在する鉱物と石炭は国家が支配する」との記述は、憲法第33条3項の「国土及び水、そしてそこに見出された天然資源は、国家が支配し、国民の最大利益のために利用される」との規定の敷衍(ふえん)したものであるが、「鉱業部門における民間投資の促進が何故、国民の最大利益に繋がるか」を質している。
一方、現政権に対し野党的な立場をとる闘争民主党(PDIP)の議員からは、「新鉱業法の成立よりも、むしろエネルギー部門の基本法となるエネルギー法の成立を優先すべきではないか」との意見のほか、ソニー・ケラフ(Sony Keraf)議員などから、「新鉱業法案の特別委における審議(5回の非公開会合)と公聴会等における産業界の意見を踏まえると、多くの外国投資企業は事業許可制を歓迎しておらず投資障壁になりかねない」との意見も出つつある。
5.4 政府
与・野党からの質問に対してMEMR大臣は次の答弁を行っている。国民信託党(PAN)の質問には、「『国家が支配する』との表現の意味については、今後の審議で議会と政府が共通の認識を形成する必要がある」、また、闘争民主党(PDIP)の質問には、「エネルギー法と鉱物石炭鉱業法のどちらが先に成立すべきかについては色々な意見もあるが、エネルギー問題全体を規制するエネルギー法は、新鉱業法の弱点もカバーすべきと思う」と述べ、新鉱業法を先に成立させるとの考えを示唆している。
シモン・スンビリン地質鉱物資源総局長は、鉱業関係者との面談の機会に、政府の戦略的役割を強調しており、「新鉱業法案の上程目的は、鉱業部門における投資環境を改善するため、従来のような政府と企業が契約を行うのではなく、企業と企業(Business to Business)の提携を重視した形態への移行が重要である。」との認識を示すとともに、「現行鉱業法では純インドネシア法人(PMDA:Penanaman Model Dalam Negeri)しか認めていなかったKPの保有を、新鉱業法によりPMA(Penanaman Model Asing)法人にも拡大しており、鉱業投資の起爆剤となることを期待している。」と述べている。
6. おわりに
10月までの新鉱業法案をめぐる政府・与野党・学識経験者の審議を見る限り、その内容に関し各政党からはさほど強い反対意見は出ていない。しかし業界からは、外国投資家の投資意欲を削ぐものとの強い懸念が表明されている。
外国投資企業にとってCOW制度の廃止と、MEMRが唱える事業許可制の導入の両立には、中央政府主導によるエネルギー鉱物資源分野における国家ビジョンの明確化、制度の安定化、予見可能な投資・規制政策の実現、あらゆるレベル(中央、州、県)における鉱業許認可事務の透明性の確保、タイムリーな情報の開示、地域社会開発税制優遇措置、地方政府関係者等のキャパシティービルディング、許認可申請事務に係るスタンダード化などの取り組みに関る関係者の今後の努力が重要であると思料される。
こうした点に配慮しつつ今後の審議において、いかに妥協・修正案が出されてくるかは注目されるところであるが、本年議会内の勢力バランスから見る限り新鉱業法案が本会議を通過する可能性が高い。ただし今後、業界団体などからの陳情やプレッシャーが続いた場合、政府が一定の譲歩をする可能性も残されている。
10月末現在、特別委は、新鉱業法案の各条項に関する各会派の意見リスト(DIM)をまとめている。このリストが出来上がった段階で本会議で各会派が提議した問題を議論し、新鉱業法の成否が決議される。今のところ、本会議での決議は、2006年1月から4月までの会期でなされると見られている。

