閉じる

報告書&レポート

2005年12月15日 ジャカルタ事務所 池田 肇 e-mail:jogmec2@cbn.net.id
2005年91号

ニューモント・ミナハサ金鉱山の鉱害問題の公判始まる

 世界の鉱業界は、ニューモント・ミナハサ金鉱山(PT NMR:PT Newmont Minahasa Raya)における深海鉱さい堆積(STP:Submarine Tailing Replacement)がBuyat湾を汚染し地域住民の健康に重大な被害を与えたとして、インドネシア政府・地域住民らが同社を訴えている損害賠償請求訴訟及び刑事訴訟の動向を注意深く見守っている。
 ニューモント・ミナハサ金鉱山は、インドネシアで初めて鉱さい処分にSTP法を採用した鉱山である。インドネシアには、金銀生産量で世界に誇るグラスベルク銅金鉱山、バツヒジャウ銅鉱山があるが、ともにSTPを採用している。これら訴訟はSTPの可否を左右し、両鉱山の生産活動に影響するばかりか、同国投資に関心を寄せる外国鉱山企業の投資意欲を減退させて、鉱山開発・探鉱プロジェクトを停滞させることになる。
 これに対し、PT NMRは世界保健機構(WHO)、豪州科学産業研究機構(CSIRO)、インドネシア有力大学専門家らによるBuyat湾は汚染されていないとする環境影響調査結果を提示し無罪を主張し、住民らの原告代理人や関係者を名誉毀損罪等で訴えている。また法廷外では仲裁などを通じて和解交渉を進めている。これら一連の論争をBuyat湾論争(Buyat Bay Controversy)と呼んでいる。
 本稿では、世界の鉱業メディアが報道するBuyat湾論争を理解するために、ニューモント・ミナハサ金鉱山の概要と操業方法、これまでの係争、同判決が与える今後の鉱業界への影響について考察したものである。

1. 鉱山概要

(1) 位置・気候 ニューモント・ミナハサ金鉱山は、北スラウェシ県の県都 Manadoの南東約115km(ジャカルタの北東2,414km)に位置する。
 鉱山は赤道(0°52’N)のほぼ直下にあり年間平均気温は27℃である。7月から9月までの3か月間はオセアニア大陸からの風を受けて乾季となる。10月から6月までは、北東貿易風により雨季。年間降水量は、1,700mmである。
 
(2) 鉱床
 ニューモント・ミナハサ金鉱山のMesel金鉱床はカーリン型金鉱床に分類される。その類似点には、硫砒鉄鉱中のミクロサイズの金粒と、金・ヒ素・アンチモン・水銀・タリウムの高い相関、脱炭酸塩化、ドロマイト化、珪化、アージライト化及び細粒の硫化鉱物に特徴づけられたシルト質炭酸塩岩の変質がある。母岩は中新世中期の石灰岩を中心とする炭酸塩岩で、それを中新世中期の安山岩貫入岩が貫く。変質作用には、脱炭酸塩化、ドロマイト化及び珪化があり、強いアージライト化が安山岩中にある。硫化鉱物は黄鉄鉱(1~4%)、鶏冠石、石黄、輝安鉱及び辰砂で、脈石鉱物として、石英、カルセドニー、方解石、ドロマイトが認められる。金は細粒(10ミクロン以下)で、硫砒鉄鉱中に存在する。硫化鉱(初生鉱)が全体の約80%を占め、残りが酸化鉱である。酸化帯は、地表下70mまで連続する。金の高品位部は断層を中心に発達する。
 
(3) 開発経緯:
1. 金産地帯として古くから知られる。1936年~1941年、オランダ人がTapa Beken&Doup鉱山を操業。
2. 1985年までは、イリーガルマイナーがトロンメルとアマルガム法により金を回収。
3. ニューモント・ミナハサ金鉱山は、Newmont社の探鉱により発見、開発された。調査は1984年から始まる。1986年にインドネシア政府と第4次世代事業契約(Contract of Work)を締結してから本格的探鉱が行われた。1988年にMesel地区で金品位10g/tの珪化露頭を発見し、1992年、Mesel、Nibong、Leons地区を対象にF/S調査を実施し、鉱量8.7百万t、平均品位Au 7.1g/t、カットオフ品位Au 2g/t、金量62tが明らかにされ鉱山開発に移行した。鉱山の開発経緯は次のとおり。

 1984年探鉱に着手
 1986年インドネシア政府とCOW締結
 1992年F/S完了、承認
 1994年AMADAL、RKL/RPL(環境管理計画/環境モニタリング計画)承認
 1995年建設工事(投資規模2億3,400万USドル)完了
 1996年金生産開始
 2001年鉱量枯渇のため露天掘りの採掘終了
 2002年インドネシア政府より鉱山閉山計画承認取得 

 2003年 8月31日、プラント運転終了(事実上の閉山)
  PT NMR 閉山後の地域対策としてYasasan Minahasa Raya基金を設立

 2004年7月Buyat係争の始まり
 
(4) 生産実績
 金生産量は1.9百万ozである。1996年から2004年までの生産状況を表1に示す。

表1ニューモント・ミナハサ金鉱山の生産状況
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
Mill給鉱量(,000st)
716 753 754 1,271 1,269 1,048
回収率(%) 90.5 91.0 90.9 91.4 92.4 92.5 89.3 91.4 90.3
金生産量(,000oz) 70.2 92.2 147.2 323.7 364.3 343.9 261.0 206.5 112.7

(5) 金生産プロセス
 硫化鉱はシアンリーチングが困難なため焙焼し酸化した後、シアンリーチングを行う焙焼CIP法が採用されている。一部酸化鉱はリーチング処理された。
 プロセス工程は次のとおり。

1.粉砕工程:プラントの処理能力は2,000~2,500t/日。鉱石は粉砕機(Crusher)で125mmアンダーに粗粉砕され、サグミル(Air Sweep Sag Mill)で850μ、さらにバグハウス(Baghouse)、ボールミル、ダイナミック分級機(Dynamic Classifier)で75μまで磨鉱される。STPの放泥量は2,000t/日、泥粒度は75μ。
2.焙焼工程:75μに調整された鉱石は直立ロースターで580℃で煤焼される。硫砒鉄鉱〔4FeAsS(s)+3O2(g)=FeAsO4(s)+SO2(g)〕及び黄鉄鉱〔4FeS2(s)+11O2(g)=2Fe2O3(s)+8SO2(g)=2Fe2O3(s)+8SO2(g)〕は酸化される。排ガス中の気化した水銀は静電回収機で回収される。
3.シアンリーチング工程:磨鉱に水を1:1で混合し、スラリー濃度を調整した後、青化ソーダと石灰を添加し金を溶解する。排水中に含まれるシアンは、後段のプロセスで無害化される。〔4Au+88CN+O2+2H2O=4Au(CN)2-+4OH-〕
4.金回収工程:シアンリーチングの溶液を活性炭と接触させ金を吸着(Adsorbtion)させる。活性炭をスクリーンで回収し水酸化ナトリウム1%溶液とシアンソーダ0.1%の溶液で洗浄(Stripping)し、Sodium Gold Cyanideイオンとして回収。洗浄液を電解し陰極に金を析出、回収する。
5.無害化工程:有害重金属等(シアン、水銀、砒素、SOx)を除去するための4つのプロセス。

  シアン:毒性の高いシアン8CNは、空気を吹き込み硫酸ナトリウム、硫酸銅と反応させCNO-にして、さらに炭酸ガスとアンモニアに分解処理。〔8CN+SO2+O2+Cu2++H2O=CNO-+Cu2++H2SO4→CNO-+2H2O=CO3-2+NH4+〕
  水銀:水溶液に溶解している水銀についてはチオナトリウム(Na2S)を添加し沈殿物を生成し回収〔Hg2++S2-=HgS〕。気化した水銀については、塩化水銀(HgCl2)と接触させて二塩化水銀(Hg2Cl2)として専用スクラバー(Scrubber)で回収。〔Hg(g)+HgCl2(l)=Hg2Cl2(S)
  砒素:、鉄源を添加し凝集沈殿法により殿物として回収。〔AsO4-3+Fe+3=FeAsO4
  SOx:湿式静電回収装置(Wet Electrostatic Precipitator〔WESP〕)で電解除去。

6.STP:金を回収した後のリーチングパルプは、パイプラインでBuyat湾まで導水し、沖合1,020m、海面下82mで放泥。海水の水温躍層現象を利用しスラリーを海底堆積したもの。水温躍層(Thermocline)とは、表層の軽い水と深層の水塊との間に形成された比較的密度成層の強い層をいう。これより以深で廃棄物を処分すると、海面には拡散されないとする研究結果に基づく処分法であり放射能の低レベル廃棄物の処分法として研究された。

  PT NMRによるSTP採択理由は次のとおり。
  ⅰ STPの環境リスク評価により安全性が確認されている。また、STP実施期間中、モニタリングが徹底される。
  ⅱ 陸地処分は広大な用地を必要とする。
  ⅲ 陸地処分は豪雨等により鉱さいが流出し地表水・地下水を汚染する可能性がある。
  ⅳ 鉱山周辺に農業用地が多くその汚染を防止できる。
 

2. PT NMR関係基準

(1)排水基準:CN:0.5mg/L As:0.5mg/L Hg:5μg/L
【産業排水の基準に関する環境担当国務大臣令 (NO.KEP-51/MENLH/10/1995)】
(2) 鉱さい排出基準:pH:6~9 As(Ⅲ):0.5mg/L Hg:0.008mg/L CN:0.05mg/L Cu:1.0mg/L Fe:3.0mg/L
【環境管理庁長官レターNo.B-1456/BAPEDAL/07/2000】
(3)海水の基準値
1. 鉱山開山当時
As:0.01mg/L【付属書Ⅷ(No.Kep-02/MENKLH/1/88)】
2. 現在
As:0.012mg/L Hg:0.001mg/L
【環境基準値改正に関する環境担当国務大臣令(2004年4月8日)】
 

3. 環境汚染

 PT NMRによる定期モニタリング調査のほか、インドネシア政府編成特別チーム、WHO(水俣病研究所)、UNSRAT (Sam Ratulangi University)医学部、CSIRO (Commonwealth Scientific and Industrial Research Organization)、Manado州立大学など多数の機関により調査が行われている。PT NMRが司法当局に提示ているBuyat湾の水銀・砒素データは次のとおり。
 

表2海水中の水銀・砒素濃度(*1)
調査機関
水銀(μg/L)
砒素(μg/L)
インドネシア環境基準
1
12
Newmont[1996-2004]
0.055
2.7
環境省[2003年11月]
0.059
0.001
政府特別チーム[2004年8/9月]
<0.5
1.5
CSIRO[2004年8月]
0.0053
2.4
NSIT[2004年8月]
<0.05
2.5
WHO/Minamata研究所[2004年8月]
0.0002

表3魚類中の水銀・砒素濃度(*1)
調査機関
水銀(mg/kg)
砒素(mg/kg)
WHO基準 砒素は無機
0.5
2
Newmont[1996-2004]
0.19
0.07
環境省[2003年11月]
0.05
0.39
政府特別チーム[2004年8/9月]
0.17
0.18
CSIRO[2004年8月]
0.09
0.16
WHO/Minamata研究所[2004年8月]
0.24

 なお、今回、政府技術調査団(2004年11月4日)等のデータを入手できなかったため、調査結果を比較することはできないが、政府は「Buyat湾は重金属で汚染されている」とする見解をとっている。ただし、同国健康省は独自の調査に基づきこれを支持してはいない。
 

4. Buyat湾論争

(1) 1996年~2004年
 PT NMRに対する抗議行動は、世界各地で広がった反鉱業運動の一つの流れを受け、組織的かつ大規模に展開された。NGOは、2001年4月、インドネシア・北スラウェシのGLAN PURI MANADOホテルで深海鉱さい処分(STD:Submarin Tailing Disposal)に関する国際会議を開催。5月に英国ロンドンで、アジア太平洋、南アフリカ、アメリカ、カナダなどから24のNGOが参加し、「ロンドン宣言」を採択し、大規模鉱山による環境破壊の監視を強化しBuyat住民の健康と生活環境を保全するために組織間の情報交換を積極的に行うとの声明を発表。ただし、反対運動は法廷外の抗議行動とTIME紙などメディアへのアピールを主体としていた。
(2) 2004年7月から今日に至るもの
 Buyat湾論争はこれまで急進的な環境NGOによる環境保護運動として受け止められている。しかし、今日の問題は、インドネシア政府環境省が鉱山会社に対し民事訴訟・刑事訴訟を行っている点で、外国投資企業に与える影響は大きい。
 ニューモント・ミナハサ鉱山は、COWを取得し必要な許認可申請をクリアーして、開発、生産、廃止される鉱山である。開山当時、STPに関する環境影響評価、管理計画なども含まれ、環境省が承認を行っている。エネルギー鉱物資源省はCOWの契約当事者であり、環境省もまた監督機関である。生産稼行中に排出基準の超過や鉱山保安規則違反がある場合、両省は許認可を取り下げ、鉱山会社に対し改善措置を要求できる。こうした権限を有しながら、閉山を機に訴追が起こされた点でさまざまな憶測を呼んでいる。2004年7月から今日至る係争の経緯を第4表にまとめる。
 Buyat湾論争の主な訴訟は次のとおり。
 
A 民事訴訟
1.Buyat湾住民らによる5億4,300万USドルの健康被害損害賠償請求(所管 Manado地裁)
2.環境省による1億3,300万USドルの損害賠償請求(所管 Jakarta地裁)
3.PT NMRによるKBH K(Buyat湾住民代理人)に対する名誉毀損の損害賠償請求(所管 Manado地裁)
4.PT NMRによる地域医に対する名誉毀損の損害賠償請求(所管 Manado地裁)
5.PT NMRによるK Foundation(公的コメントにおいて原告を汚染企業と名指し)に対する名誉毀損の2億USドル損害賠償請求(所管 Manado地裁)
B 刑事訴訟
 環境省によるPT NMR及び同社長に対する刑事告発【最長10年の懲役と最大6万8,000ドルの罰金を求刑】(所管 Manado地裁)
<起訴状の内容>
 鉱業に関する有害廃棄物は、法律No.85/1999廃棄物コードD222に定める重金属含有汚泥と溶剤とがある。インドネシアでは、危険、有害、有毒のインドネシア語の頭文字をとって通常3B(Bahan Berbahaya dan Beracun)と呼ぶ。STPの3Bは、シアン・水銀・砒素が該当する。政府はPT NMRに対し、法律No.23/1997第14章(Article)1節(Paragraph)に定める環境マネジメント及び第16章1節に定める生産活動者による廃棄物管理義務違反で告発している。
1.STPは水温躍層以深に放泥しなければならないが、混合域(Mixlayer)に放流されており有害廃棄物が海流、高波などの影響を受けて水平方向、垂直方向に拡散し、環境及び住民の健康に被害を発生。
2.PT NMRの月間報告書に鉱さい排出基準の超過が120余件、海水As基準の超過が3件報告されている。
3.PT NMRは2001年から2004年までの4年間、STPに必要な許可をとらずに有害廃棄物の海洋処分を行った。環境省の指摘では、環境管理庁長官文書(No.B-1456/BAPEDEL/07/2000)に基づくBuyat湾における生物リスク評価(ERA)調査において、同社は2001年1月11日に報告書を提出したが内容不十分で不許可としたにもかかわらず無許可操業を継続実施したと述べている。不許可の理由は次のとおり。
 

報告書は、通常のERAとしての要件をみたしていない。
データが不十分である
Buyat湾の水質に関し季節的変化をカバーするものになっていない。
ERAには環境管理庁、エネルギー鉱物資源省、北スラウェシ州知事、ミナハサ県知事、Bolaang県知事、NGO、大学、地域住民等の関係者の参入を義務付けているが、これに違反し独自の調査を実施した。
月日
Buyat湾論争
1996年~2004年 環境NGOが、海生生物への重金属汚染及び人間への健康被害に関し非難活動を展開
2004年7月 妊婦の死産をきっかけに水俣病原因説が流布される
2004年7月20日 医師及びBuyat Pante村民がPT NMRを殺人罪で地元警察に訴える
2004年7月26日 3名の村民が5億4300万US$の健康被害損害賠償請求を開始
2004年8/9月 国連世界保健機構・水俣病研究所及び豪州科学産業研究機構(CSIRO)が調査を実施しBuyat湾の水質、生息魚類は基準値以下であるとの調査結果を公表
2004年8月31日 環境NGO3団体(Mining Advocacy Network(JATAM),WALHI,ICEL)が政府に対しPT NMR関係者の渡航禁止措置要請を行う
2004年8月31日 *******プラントの運転中止、生産活動の廃止******
2004年8/9月 医師らの訴えに対し警察の調査が始まる
2004年9月2日 警察から、PT NMR(1)External Relations Managerが容疑者として指名される
2004年9月3日 Buyat住民が弁護士(LBH Kesehatan)を通じ、5兆ルピアの損害賠償請求をPT NMRに行う
2004年9月7日 警察はさらに(2)Environmental Managerを容疑者に指名
2004年9月22日 PT NMRのExternal Relations部員、USA NGOの主催による現地ミーティングに参加
2004年9月22日 PT NMR幹部4名((1)External Relations Manager,(2)Environmental Manager, (3)Manager, (4)Production Superintendent)が逮捕、拘禁される
2004年9月23日 (5)Mentenance Managerについても逮捕・拘束される
2004年9月24日 在インドネシア・アメリカ大使Ralph L. Boyce、PT NMR幹部の拘束に対し遺憾の意を表明
2004年9月25日 PT NMR 社長、外国渡航禁止措置が講じられる
2004年9月27日 在インドネシア・アメリカ大使、関係者の釈放要請を行う
2004年10月1日 エネルギー鉱物資源省は、鉱山の閉山作業に5人が必要として解放を要請
2004年10月4日 WHO、水俣病研究所が鉱山サイトにおける水銀レベルは通常の範囲と宣言
2004年10月6日 警察本部はBuyat湾関係書類を北スラウェシ高裁に提出
2004年10月12日 警察本部は容疑者の拘留期間を40日間延長
2004年10月14日 環境省の専門チームが調査を実施し、「Buyat湾及びTokok湾の水質に関するデータ解析」と題するレポートを作成。環境汚染はないとの報告を行う
2004年10月18日 PT NMRは政府調査結果を歓迎すると声明
2004年10月21日 PT NMRはCSIROによるBuyat湾は汚染されていないとする調査結果を公表
2004年10月23日 PT NMR社員5名が釈放される
2004年10月24日 環境NGOは、環境省の専門家チームが結論を出す前に、レポートを一般公開すべきであったと環境省大臣のとった措置につき警察本部に訴える
2004年10月30日 公的コメントにおいてPT NMR社を鉱害原因者であると名指した2名を名誉毀損で提訴
2004年11月10日 WALHI,ICEL,JATAMはPT NMRがBuyat湾を汚染したする声明を発表
2004年11月13日 政府の公衆衛生関係者会合において、調査チームが編成され科学技術大臣が議長に指名される
2004年11月24日 インドネシア政府(環境省、研究技術省、厚生省)は、エネルギー鉱物資源省、技術応用評価機構(Agency for the Assessment and Application of Technology)、厚生省、海洋漁業省、インドネシア大学、バンドン工科大学、ボゴール農業研究所、パドジャジャラン大学、インドネシア国家警察、WALHIのメンバーから構成される技術調査団の調査結果を踏まえ、PT NMRがBuyat湾を汚染したことは明らかであるとの見解を表明
2004年11月28日 Sam Ratulangi大学関係者、政府見解を否定
2004年11月29日 インドネシア鉱業協会、Buyat湾が汚染されているとする政府見解に憂慮を表明
2004年11月30日 PT NMR社、Buyat湾で水俣病をおこしたと主張する弁護士に対し200百万US$の損害賠償請求を提訴
2004年12月2日 エネルギー鉱物資源省大臣は、Buyat湾の汚染を否定
2004年12月16日 PT NMRは政府の技術調査団に専門家を加えるよう要求
2004年12月22日 ニューヨークタイムズ紙、PT NMRが水銀を大気中に大量放出していたとする記事を掲載
2004年12月23日 PT NMRは、ニューヨークタイムズ紙記事に反論を展開
2004年12月23日 南ジャカルタ地裁は、警察による6人の市内拘束及び所在連絡義務を課していることは無効であると警察側の提訴を棄却
2004年12月27日 警察、最高裁への上告を検討
2004年12月28日 PT NMR6人の幹部に対し渡航禁止レターを発出
2004年12月28日 PT NMR、地域医を名誉毀損で提訴
2004年12月28日 5億4300万US$の損害賠償請求で和解(原告側が和解文書に署名したとされる)
2004年12月28日 PT NMRは、アチェの津波被害に対しインドネシア政府に50億ルピアを寄付
2005年1月5日 警察、6人の身柄提出令状を無効とする南Jakarta地裁の判決を最高裁へ上告
2005年1月5日 原告側村民は信義違反があったと弁護士(LBHK)を解雇
2005年1月6日 発言を撤回したため一人の名誉毀損提訴を取り下げ
2005年1月7日 南Jakarta地裁、損害賠償請求取り下げを確認
2005年1月10日 WALHI他環境NGOの活動家に同伴し村民が、和解文書の署名は弁護士(LBHK)による偽造であると警察に告訴
2005年1月10日 同弁護士(LBHK)は和解は法的に有効である宣誓し、和解文書を公証人役場に登録
2005年1月11日 PT NMRは、村民との和解は法的に有効と公表
2005年1月13日 PT NMRは、アチェの国際救援活動に対し寄付増額を表明(総額500百万US$)
2005年1月17日 PT NMRは、科学的データを提示することなく水銀汚染の原因者であると名指したKelola Foundationの部長(Director)を名誉毀損罪でManado地裁に提訴
2005年1月28日 PT NMRは、1月25日付け出版記事に対し反論
2005年1月31日 KF、PT NMRの訴訟に対し、個人を対象にしていると拒絶
2005年2月1日 PT NMR、国際調停裁判所での審議を確認
2005年2月3日 インドネシア政府、国際調停裁判所での審議に応じる構えを示す
2005年2月11日 最高裁、Buyat湾関係訴訟に関する書類を受理
2005年2月14日 地域医、有効な証拠はないとして訴えを取り下げ地裁判決により和解
2005年2月15日 PT NMRは原告側の訴訟取り下げによる警察調査の終了を要請
2005年2月16日 警察はPT NMRの要請を拒否
2005年2月21日 警察、弁護士(LBHK)に対する取調べを開始
2005年3月7日 環境省大臣、PT NMR・同社長に対し1億3300万US$の損害賠償請求書を南Jakarta地裁に提訴
2005年3月9日 南Jakarta地裁、正式受理
2005年3月12日 PT NMR、問題を国際調停裁判所に異議申し立てを行うと宣言
2005年3月15日 最高裁判所は身柄提出令状等に関する南Jakarta地裁の判断を撤回する
2005年3月23日 最高裁、警察による調査の継続を承認
2005年3月29日 警察側は、PT NMR社員6名をManado検察局へ起訴。6名を同局へ移送
2005年4月4日 PT NWRは、Manado地裁におけるKFとの民事訴訟において24点に及ぶ証拠書類を提出:Sam Ratulangi大学医学部、CSIRO、WHO他報告書
2005年4月6日 北スラウェシ県人材移住事務所長は、Buyat Pante住民の移転費用には150億ルピアを要し、52世帯はBolmong郡Motongkad村、71世帯はBelang郡Tatengesan村に移転することになると報告
2005年4月12日 南Jakarta地裁において、第1回民事訴訟公判が始まる。PT NMRは欠席。地裁前で小規模な抗議活動が展開される。
2005年4月18日 Manado地裁:PT NMR側証人に対する公判の開始
証人:Sam Ratulangi大学社会政策科学部、サブ地域健康センター他
2005年4月21日 PT NMR及び同社長、COWに基づき地裁の管轄権に言及し権利を保留する
2005年4月27日 北スラウェシ検察局、PT NMRが環境汚染を起したとする公式見解を表明
2005年5月2日 Manado地裁:PT NMR側専門医2名、新生児の水俣病死因説を否定、住民の病気は海岸地域特有のISPA(Acute Respiratory Tract Infection)と診断。弁護団は「証人は買収されている」として退廷。
2005年5月6日 健康省、インドネシア大学市民健康部の専門家らによるBuyat、Ratatotok地域の健康調査において住民の病気は、アンチモン、砒素、水銀などの重金属に起因する病気であるかどうかは十分な証拠はないとする調査結果を公表
2005年5月10日 Manado Ritzy Hotelにおいて「鉱業と環境の持続的開発(Buyat湾の金鉱山論争から学ぶべきこと)」と題する国際セミナーが開催され、Buyat湾が汚染されているとの主張は科学的根拠を欠いているとの大会宣言を採択、報道機関に報告された。
2005年5月29日 最高裁判所の判決を受けて、PT NMR6名の社員は、Manado検察局へ召喚
2005年8月19日 PT NMRは、インドネシアの法律は企業犯罪で外国企業の現地法人経営者を拘留する規則はないと主張。また容疑者の特定にあたり証人の証言を取るよう要請しているが承認への聴取は
2005年9月13日 インドネシア政府とニューモントによる和解交渉が、財務経済産業大臣によりなされる
2005年9月20日 Manado地裁は、PT NMR及び同社社長に対する鉱害裁判を開始する決定を行う。ニューモントの裁判中止要請を棄却
2005年10月7日 Manado地裁において環境省による刑事訴追の公判開始
2005年11月15日 南Jakarta地裁、公的管轄権を持たないとして環境省による1億3300万US$の損害賠償請求を棄却

5.今後の影響

(1)インドネシアで鉱業活動を展開する企業は、アジア経済危機等の時代にカントリーリスクをとりながらインドネシアに参入し、同国の経済を発展させ、地域の雇用を増大させ、学校、病院、道路・電気等のインフラ整備を通し地域社会に大きく貢献したパイオニアである。また、財政難に苦しむ政府に膨大な国庫収入をもたらした企業でもある。PT NMRもその企業の1社であった。しかし、こうした貢献に反し同国政府は進出企業に対し厳しい対応をしているとの批判を耳にする。Newmont社のインドネシア事業は、同社売り上げの6%を占め、同社が開発しているバツヒジャウ銅鉱山はアジア第2位の規模であるが、刑事訴追の動向によっては新規投資を抑制せざるを得ない状況もでてくるのではと危惧される。
(2)アジア第1位のグラスベルク銅金鉱山もまたSTPを採用している。そのため、同様の論争が将来に起こり得る可能性を有している。PT Freeport社もまた米国鉱山企業Freeport-McMoRan Copper & Goldを親会社とする。
(3)STPは、インドネシアに限らずパプア・ニューギニアのリヒール鉱山、ミシマ鉱山などでも採用されている。今後新たに開発が予定されている鉱山においても検討が進んでいる。訴訟の動向によっては当然ながらSTPの安全性の見直しが必須となる。

 
おわりに

 インドネシア国内の環境保護グループは、PT NMR問題を同国政府が環境汚染問題で外国企業を訴追する意思があるかをテストする重要な裁判と位置付け、政府の対応を注視している。
 PT NMRは刑事訴追等に対しCOWの条項に基づき、国際司法裁判所への異議申し立てを検討中である。一方、同国政府もこれに応じる構えを見せている。しかし、同国政府は地熱事業契約(COW)をめぐる米国企業Karaha Bonas Coとの国際司法訴訟において、2億9,900USドルの損害賠償支払い命令を受け敗訴した経験を有する。この事件が、COW制度の見直しに繋がったとも言われる。今回もまた皮肉にも米国企業との国の威信をかけた対立である。
 現在、鉱業法改正法案が国会内で審議されているが、Buyat湾の公判が進むに連れ鉱業界がその継続を求めているCOW制度の廃止論を更に加速することは間違いなさそうである。
 Buyat湾論争では、海水の水質、鉱さいの分析値を取り上げ環境汚染があったかを議論しているが、最も重要なことはステークホルダー間において環境汚染を定義し評価手法を確立することである。
 例えば、排出基準は、汚染物質の濃度を一定限度以下に排出を規制する法律であると同時に、その基準値以下であれば合法性を与える基準である。有害重金属を排出することを環境汚染と定義すれば、いかなる産業活動も環境破壊にあたる。基準値以内は汚染ではないとすれば、当然汚染ではない。Buyat湾論争が関係者の努力により早期に解決されることを期待する。
 
参考資料
ニューモント・マイニング社アニュアルレポート(http://www.newmont.com)
PT NMR提供ニューモント・ミナハサ金鉱山メディア・キット
・Buyat Bay Information Kit
・Manado State University Research Report
・刑事訴追起訴状写し
・プレスリリース集 etc
・クロノテーブル
金属鉱業事業団海外資料第119号1996年10月:インドネシア及びパプア・ニューギニアの探鉱開発プロジェクト動向
MMAJカレントトピックス平成9年9月22日97年31号:インドネシアにおける最近の金鉱山プロジェクト(佐藤マニラ事務所長の報告)ほか

ページトップへ