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報告書&レポート

2006年2月23日 シドニー事務所  永井正博、久保田博志 e-mail: (永井)masahiro-nagai@jogmec.net   (久保田)kubota-hiroshi_1@jogmec.go.jp
2006年10号

オーストラリア・NSW州の鉱業法の改正提案について

 オーストラリアでは州政府が鉱山開発のライセンス、環境上の規制権限を持っている。この度、国内石炭生産の41%、銅生産の20%、金生産の10%を占めるNSW州において、各州に先駆けて、持続可能な開発を鉱業法の目的の一つと位置づけ、かつ環境管理の強化に重点をおいて鉱業法の見直しを行った。本稿は、その改正提案の内容を報告するものである。 

1. はじめに

 オーストラリア・ニューサウスウエルズ州(以下NSW州)では、現在、約300の金属・非金属鉱山があり、約750の探査権が存在している。こうした鉱業ブームの中、NSW州政府は、環境の規制権限を拡大した鉱業法の改正案を提案している。
 鉱業法(Mining Act 1992)の見直しは、鉱業行政の改善が可能な分野を中心に行われ、環境マネジメント・罰則条項・法律の一貫性及び明確化に重点が置かれた。また、目的条項(Objects Clause)を盛り込むことによって、州政府の主な目標である「持続可能な開発」を強調するといった提案がなされている。

2. 法的枠組み

 鉱業法(1992年)は、NSW州内での探鉱/採鉱活動に関する主要法規であり、主な条項は、以下のとおりとなっている。
 
・探鉱や採鉱に関する権限(以下、鉱業権という)(探鉱ライセンス・調査リース・鉱業リース・鉱業クレーム・オパール探鉱ライセンスなど)の付与
・探鉱/採鉱権の更新・譲渡・取り消し、鉱業リースの合併
・環境保護
・監督官等の立入り権
・補償
・ロイヤルティの支払い
・鉱務監督官(Mining Warden)の指名と鉱務監督官の法廷(Warden’s Court)における処理過程に関する要求事項
 

3. 鉱業法の目的

 2003年、NSW州政府は、鉱業の目標を、「地元社会や自然環境の必要性を満たし、NSW州の発展に貢献するような、環境面・社会面・経済面の3面における、安全・繁栄・持続可能」と定めている。
 また、「持続可能な開発」の原則の重要性を認識しており、環境マネジメントの条項に反映し、「環境基準を犠牲にしない、かつ地域社会の期待に沿った鉱業開発」といった、NSW州の政策との整合を図っており、新しく目的条項を設けている。
 目的条項は次のとおりである。
1.持続可能でかつ効率的な鉱物資源の利用がNSW州にもたらす、多大な社会的・経済的恩恵を理解し擁護する。
2.探鉱/採鉱の鉱業権を効果的に管轄するための行政枠組を設ける。
3.探鉱/採鉱によって土地保有者が被る損失や損害に対する補償の枠組みを設ける。
4.採鉱によってNSW州が適切な財的利益を得ることを保証する。
5.鉱区の土地回復を保証するための保証金の支払いを要求する。
6.(探鉱/採鉱によって)荒廃した土地の効果的な回復を保証する。
7.鉱物資源の発見及び開発における環境への打撃を最小限のものとする。

4. 環境マネジメント

 鉱業法の改正提案は、環境マネジメントに重点が置かれている。鉱業法のPart 11(環境の保護)には、探鉱/採鉱の際の環境保護に関する条項が定められており、鉱業権の付与の事前の環境配慮・探鉱/採鉱の際の環境保護に関する条件・採鉱後の土地回復と鉱業施設の撤去に関する指示などが含まれている。また、同法では、Part 11以外にも、保証金の納付・違法行為/罰則など、環境に関する条項が定められている。
4-1 環境条項の強化
(1) 環境アセスメント
 現行鉱業法のSection 237では、「大臣による権限(Authority)の付与あるいは鉱業登録官(Mining Register)による鉱業クレームの付与の前に、当該鉱区の特徴的な環境・歴史的遺産・資源の保護に関する十分な考慮が必要である。」と定められているが、以下のように改めることが提案されている。

 1. 「特徴的な環境・歴史的遺産・資源」に関する記述を、環境計画アセスメント法(Environmental Planning and Assessment Act 1979)で定義されるような、環境影響の配慮の要求事項に置き換える。
 2. 「NSW州第一次産業省は、鉱業権の更新において、当該の鉱業権保有者の環境パフォーマンスを考慮する」といった要求事項を盛り込む。
 3. 「必要な場合に環境計画アセスメント法のPart 5に基づく環境影響アセスメントを実行すれば、この項(Section 237)で定められる義務を果たしたことになる」という条項を定める。

(2) 環境保護に関する条件
 現行鉱業法のSection 238には、「大臣あるいは鉱業登録官が適切であると認めた場合、権限の付与や鉱業クレームの条件には、Section 237で定められるような、特徴的な環境・歴史的遺産・資源の保護を保証するといった条件が含められなければならない。」と定められているが、鉱業法は、以下のように改めることが提案されている。

 1. 「鉱業権の条件には、Section 237に定められる環境影響への配慮に基づく、環境保護の条件が含まれること」といった要求事項を盛り込む。

(3) 土地回復に必要な条件
 現行鉱業法のSection 239では、権限と鉱業クレームに関し、探鉱/採鉱によって損害を受けたまたは荒廃した土地の回復に関する条件が定められているが、改正においては、この条件の適用を更に強化するために、それが任意に基づいて行われるという箇所を削除することが提案されている。
 また、土地回復の方法に関する記述は、「回復(rehabilitation)・平地化(levelling)・再緑化(re-grassing)・再植林(reforesting)・輪郭形成(contouring)」のみとなっているが、昨今の土地回復は、採鉱後の土地利用の種類によって、形態や複雑性が異なっている。従って、法的要求事項は、このような土地利用の多様性を広域にカバーしたものとなるべきである。このため、以下のように改めることが提案されている。

 1. 鉱業権の条件に、探鉱/採鉱に打撃を受けた土地の十分な回復に必要とされる条件を含む。
 2. 以下のような、土地回復に関する定義を盛り込み、開発への同意を必要とするような土地利用への要求事項が、鉱業法の範囲のみに限られないようにする。
 「土地回復とは、荒廃した土地を、周辺の土地利用に整合するような、安全かつ安定した環境となるまで手入れ及び管理することである。」

(4) 保証金
 現行鉱業法は、「鉱業権の保有者は、鉱業法のもとに課せられる義務の遂行のための保証金を納付あるいは維持するといった条件が課せられる場合がある」と定めているが、以下のように改めることが提案されている。

 1. 鉱業権の付与においても更新においても、その保有者は、鉱業法のもとに課せられる義務の遂行のための保証金を納付あるいは維持する条件が必ず課される。
 2. 保証金額は、鉱業法による義務を遂行するための費用(特に、鉱業権に課せられる土地回復の費用)の全てを賄うものでなければならない。

(5) 土地回復または環境保護に関する指示
 現行鉱業法のSection 240では、「大臣は、過去または現在の鉱業権保有者に対して、土地回復あるいは環境保護に関する鉱業権の条件(Section 238及び239で詳細が定められている)の遂行のための指示を与える権限を有する」と定められている。そして、当該の鉱業権保有者がこの指示に従わない場合、大臣は、Section 241及び242のもと、指示の内容を代行し、伴う費用の全額を回収する権利を有する。
 これに関しては、大臣の権限(環境マネジメントに対する指示や、土地回復に掛かった費用への保証金の充当に関する権限など)を更に明確化することが提案されている。
 また、鉱山は通常、鉱業権保有者ではなく、契約や協定のもとの請負業者によって操業が行われるものであるため、「鉱業権保有者が操業主でない場合、大臣の指示は鉱山の操業者に対して行われ、」と改正することが提案されている。また、「通知した者が、指示の実行の確認を怠った場合、それは違法行為と見なされるべきである」といった改正も提案されている。

 1. 大臣または担当官の、「鉱業権の条件の遂行に関する指示」・「環境マネジメント」・「土地の保護/回復に関する欠陥の改善」などにおける権限を明確化する。
 2. 大臣または担当官は、鉱業権保有者以外によって操業が行われる鉱山で緊急措置が必要とされる場合は、指示を当該の操業者に下す。
 3. Section 241を改正し、「大臣が必要であると判断した土地回復に掛かった費用は、当該の(土地回復の義務を負う)鉱業権保有者から徴収された保証金によって賄われる」といった旨を明文化する。
 4. 土地回復や環境保護に関する保証金の額及び充当における大臣の権限は、上記の「大臣の指示」の範囲内に制限されないものとする。

(6) 鉱業権の範囲外における環境影響
 現行鉱業法の、環境影響/保護や土地回復に関する条項の大半は、鉱業権が付与された土地のみに適用されるものとなっているが、改正においては、これらの土地の隣接地の回復に掛かる費用も、保証金の対象に含めるようにすべきと、提案されている。
 現行鉱業法のSection 81(3)では、「鉱業リース地として見なされ、地表で行われる探鉱活動に関しては、同法のPart 11が適用される」と定められているが、改正においてはこの箇所を簡素化し、「リース地の地表で行われる探鉱活動に関しては、鉱業法の環境保護に関する条項が適用される」といった内容とするよう、提案されている。

 1. ライセンス付与の際に行われる環境影響アセスメントは、鉱業権が付与されていない土地も対象に含める。
 2. 環境保護のための条件は、鉱業権が付与されていない土地にも適用される。
 3. 探鉱や採鉱によって、損害あるいは影響を受けた土地は、それらが鉱業権が付与されていない土地であっても、土地回復に関する条件が適用される。
 4. 鉱業権が付与されていない土地にも、大臣の土地回復または環境保護に関する指示が適用される場合がある。
 5. 鉱業権が付与されていない土地も、その回復が必要と予想される場合は、相応の保証金が徴収され、実際に土地回復が行われた場合はその保証金が費用に充当される。

4-2 閉山計画
 鉱山寿命が終わりに近づいている鉱山は、「閉山計画」を施業案の一部に含めることが義務付けられているが、改正においては、閉山後の鉱区の土地回復の促進及び適切な土地利用のためにも、この義務を法定化することが提案されている。
 また、改正においては、鉱業権期間の終了後も、当該の鉱区が環境目標を達成するまで鉱業権保有者が(その土地の回復に)責任を持つよう、Part 11に以下のような新条項を盛り込むことが提案されている。

 1. 前進的な鉱山閉山計画(メンテナンス目的で閉山される鉱山も含む)を施業案の一部として作成し、実施する。
 2. 土地回復/閉山報告書を作成及び提出する。保証金の返還は、土地回復が一定の基準で完了した後に行われるものとする。
 3. 土地回復及び閉山計画に対し、適切な監査が行われるものとする。

4-3 放棄された鉱山及び施設
 放棄鉱山(derelict mine)とは、それらの管理または土地回復の義務を負う個人あるいは法人が存在せず、土地回復が行われていない鉱山のことである。NSW州第一次産業省は現在、年間に約1.6百万豪ドルを投じ、関連機関との共同で放棄鉱山土地回復プログラムを実施し、公共の安全や環境に害を及ぼす恐れのある放棄鉱山の土地回復にあたっているが、これらの現場への担当官の立入りに関する法的基盤や、土地回復の調整の明確化の必要性が生じている。
 改正においては、Part 11に以下のような新条項を盛り込むことが提案されている。 

 1. 放棄鉱山の土地回復に関する法的基盤を確立する。
 2. 放棄鉱山においては、鉱業権が存在してもしなくても、担当官あるいは契約業者に関連の業務を執り行わせる。

5. 施行

(1)施行権限
 現行鉱業法の要求事項には、相応の違法行為や罰則が設けられていないものがある。また、今回の改正によって新しく設けられた要求事項の違反に関する罰則条項を設ける必要性も生じている。このため、以下のように改めることが提案されている。

 1. 鉱業法や鉱業規則の要求事項、あるいはこれらの法のもとに与えられる指示の不履行に対する、違法行為/罰則条項を盛り込む。
 2. 以下のような事項に対処する違法行為/罰則の条項を盛り込む。
  ⅰ) 鉱業権に関する、条項、条件における要求事項の不履行
  ⅱ) 鉱業権に関する、条項、条件のいずれかのもとに付与された認可に伴う条件の不履行
  ⅲ) 上記(ⅰ)・(ⅱ)のもとに合法的に与えられた指示の不履行

(2)継続的な違法行為
 現行鉱業法で定められる罰則は、「単発的な」性質のもののみであるため、継続的な違法行為に対する罰則の設置が必要と考えられている。このため、以下のように改めることが提案されている。

 1. 鉱業法及び鉱業権の条件への継続的な違法行為(保証金の滞納も含む)に対する罰則を盛り込む。

(3)時効期間
  現行鉱業法で定められる環境問題などの要求事項への違法行為に対する起訴の時効期間は、通常は6か月間となっている。しかしながら、6か月間という期間は、摘発のための証拠収集や調査及び意思決定において十分ではないと考えられるため、以下のように改めることが提案されている。

 1. 違法行為の起訴時効期間を、一定の違法行為(環境問題に関するものなど)に関しては3年間、その他のものに関しては12か月間に延長する。

(4)会社のアカウンタビリティー
 現行鉱業法のSection 376では、会社の違法行為に関しては、社長や管理職が、違法行為を“察知の上で容認していた”場合、その違法行為に加担していたと見なしている。改正においては、このSectionの「個人的な責務を追及するには、その責務が生じていることを証明する必要がある」といった箇所を削除し、「個人は、注意義務(Due Diligence)による防護策を確立することが必要」といった要求事項を新たに設けることによって、取締役や管理職の責務を強化することが、提案されている。このため、以下のように改めることが提案されている。

 1. 違法行為への、“察知の上による認可あるいは容認”に対する個人責務を追及し、これに対する社長・従業員・管理職の注意義務による防護策の確立を義務付ける。

6. まとめ

 今回の鉱業法の改正提案は、「持続可能な開発」を鉱業法の目的に取り込むことにより、環境マネジメントの強化をねらっている。このため、鉱業権の範囲外における環境影響も含め、土地回復の条件、保証金といった環境条項の範囲の拡大と強化を図っている。また、違反行為に対する罰則条項を整備し、かつ、仮に法律違反があった場合、会社の役員は違反を知っていながら認めたのではないということを立証する立場におかれるというアカウンタビリティーを付け加えてある。
 このことから、州政府の資源ブームによって、採掘が乱掘となることを未然に防止しようという強い意図が感じられる。しかしながら保証金制度ひとつをとってみても、土地回復の費用をすべて賄う(しかも鉱業権の範囲以外の土地も)ということはかなりの金額になると予想され、鉱業権者の活動をかなり制限することになることが危惧される。
 今回の改正提案が、オーストラリアにおける探鉱/採鉱意欲の高まりを削ぐものになるのか、我が国が休廃止鉱山の復旧に多くの資金と労力を投入せざるを得なかったという現実を、未然に防ぐものになるのか、今後の評価が待たれるところである。

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