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オーストラリアの労働関係法改正と鉱業界に与える影響
オーストラリアのJohn Howard保守連立政権は、2004年の選挙で上院の過半数を獲得したこと、資源分野を中心にオーストラリア経済が好景気にあり失業率が低下していることなどを背景に、1996年に続いて、再度、これまで労働者側に有利とされていた労働関係法の改正を行った。 本稿は、2006年3月末に施行予定のオーストラリアの労働関係法改正とそれが鉱業界に与える影響について報告する。 |
1. 背景
1996年、労働党政権下で失業や経済低迷に対する不満が高まるなかHoward自由党・国民党保守連立政権が誕生した。同政権の政策の中心は経済改革、特に、労使関係制度の改革であった。
連立政権は、現行制度にあたる1996年職場関係法(「1996年職場関係及びその他の関連法改正に関する法律」、Workplace Relations and other Legislation Amendment Act 1996)の改正を行ったが、その中心的な改正点が労働者個人と使用者が交渉することを認めた「オーストラリア職場協定(Australian Workplace Agreement:AWA)」であった。
この法律は、与野党逆転の上院を通過するためにかなりの修正が加えられた経緯などから、成立当初から再度改正すべきとの意見があり、その後、1999年に改正法案が提出されたが、野党が過半数を占める上院にて廃案となっている。
しかし、2004年の選挙の結果、連立与党が上院で過半数を占め、議会運営で優位になったことから改革関連法案の提出が相次いで提出された。職場関係法改正案「Workplace Relation Amendment (Work Choice)Bill 2005」もこれら改革関連法案の一つとして提出されていた。
2. 主要な改正点
今回の職場関係法の主な改正点は、以下のとおりである。
(1) 制度の連邦化
現在、諸州によって異なる複雑な労使関係制度(異なる130の労使関係制度、4,000以上の労働最低基準(Awards)、6つの職場関係制度)を廃止して全国的な制度「WorkChoice」に統一する。
(2) オーストラリア公正給料・条件基準(Australian Fair Pay and Conditions Standard)の設定
新制度では、最低賃金・各種休暇・法定労働時間などの労働条件「オーストラリア公正給料・条件基準(Australian Fair Pay and Conditions Standard)」を定める中立機関としてオーストラリア公正給料委員会(Australian Fair Pay Commission)を新たに設置する。
また、現行、多岐にわたっている労働最低基準(Awards)を簡素化するためのタスクフォースによる見直しを行うとしている。
(3) オーストラリア職場協定(AWAs)(個人労働契約)手続きの簡略化
現制度では、個人労働契約であるオーストラリア職場協定(AWAs)は、雇用援護事務所(Office of the Employment Advocate:OEA)による「非不利益テスト」(No disadvantage test)の結果、労働最低基準(Awards)に比べて不利益とならない場合に認められていた。
新制度では、オーストラリア職場協定(AWAs)は、雇用援護事務所(OEA)の非不利益テストに代わって、オーストラリア公正給料・条件基準に沿ったものであれば、雇用援護事務所への届出によってその効力が認められることになった。
(4) オーストラリア労使関係委員会の権限縮小
新制度では、今まで労使関係の中心的な存在だったオーストラリア労使関係委員会(Australian Industrial Relations Commission:AIRC)の権限を縮小した。同委員会にストライキ中止権限は残すが、義務的仲裁権限はなくなり、一方で民間機関による労働調停も可能とした。
(5) 不公正解雇法(Unfair dismissal)
新制度では、従業員100人以下の事業所は、「不公正解雇法」の適用外としている。
(6) 労働争議の制限
新制度は、ストライキ実施には秘密投票による労働組合員の過半数賛成が必要などとする争議活動の要件を定めた。また、オーストラリア労使関係委員会(AIRC)に「違法」争議活動の中止権限を与えた。更に、労使関係大臣には、緊急時及び経済に影響を与えるとの理由で、同大臣が指定した警察、消防、救急等の職種に対するストライキ権の制限を認めている。
(出典:*1、*2)
3. オーストラリア鉱業界への影響
鉱業界は、労使関係法の見直しに積極的で、鉱業経営者団体(Australian Mines and Metals Association:AMMA)、鉱業協会(Mineral Council of Australia)は、これまでの労働関係法の改正を、(1) 鉱業における労働組合員数が半減した、(2) 鉱業労働者におけるAWAsの割合が高くなった(金属鉱業労働者の80%がAWA、16%が労働組合の交渉による労働協定の対象)、(3) 鉱業における安全記録が産業全体でも最高水準に改善した、(4) 生産効率が7%改善(産業全体平均は1.8%)したことなどと一定の評価をしている。(出典:*3、*4、*5)
新制度に関して、鉱業界は、草案段階で以下の意見を発表している。
(1) 労働契約の柔軟性
新制度における「オーストラリア職場協定(AWAs)の合意手続の簡素化、有効期限の最長5年間への延長、オーストラリア労使関係委員会(AIRC)の仲裁権限の減少、不公正解雇法の改正、州法の制限、個人契約者の法的地位の明確化、最低賃金・最低労働条件を守るためのオーストラリア公正給料委員会の設置・条件の明確化など」の諸改定が、「技術職から事務職まで職域が広く、都会の事務所から遠隔地の現場と職場環境や労働条件が大きく異なり、また、厳しい国際競争にさらされている」など、他産業とは大きく異る鉱業にとって、労働条件・労働契約の柔軟性を高めることに寄与し、その結果、生産力・利益率の向上、就業率改善、労働者にとっては賃金アップが期待されるとしている。(出典:*3、*4)
(2) 「新グリーンフィールド協定」(Employer Greenfield Agreement)
新制度は、新規プロジェクト(いわゆる「グリーンフィールド」プロジェクト)等における労働条件を、労働組合との交渉なしに使用者側が一方的に決めることができる新たな協定「新グリーンフィールド協定」(Employer Greenfield Agreement)が加えられている。*
これらは、鉱山経営者側にとっては新規プロジェクト開始の動機となると期待されているが、協定の有効期間(組合との再交渉を行うまでの期間)が1年間と従来の3年間よりも短いことから、鉱業経営者団体(AMMA)は5年間にするべきと主張している。
* 従来の協定(Union Greenfield Agreement)は、新規プロジェクト等における労働条件は、新規雇用者とではなく労働組合との交渉で決め、同意しない労働組合の労働者は新規プロジェクトから排除することが出来た。(出典:*5)
(3) 労働争議の制約
労使関係委員会(AIRC)の仲裁権限等の縮小、労使関係大臣がストライキ中止権限を持つこと(大臣が、「経済に影響を与えることを理由に、今後、ストライキの多くを中止させることができる」)など労働争議が制約され、その結果として安定した操業が行えると期待されている。(出典:*5)
(4) オーストラリア職場協定(AWAs)
鉱業労働者の多くが個人労働契約であるオーストラリア職場協定(AWAs)の対象になるとみられており、有効期間(労働契約の更新)が現制度の3年間から新制度では5年間に延長されることになる。契約有効期間が長くなることは「労使関係の安定」につながり、鉱業投資、開発が容易になると考えられている。(出典:*5)
(5) 労働組合
新制度では、労働者の全てがオーストラリア職場協定(AWAs)対象である職場への、労働組合の代表者の立入を制限できることから、鉱業界のようにオーストラリア職場協定(AWAs)の割合の高い産業では労働組合結成が困難になると見られている。
4. 労使関係改正に対する野党・労働団体等の反対意見
労働党・諸労働組合は反対で一致している。以下は関係団体の反対意見である。
(1) 労働党
労働党は、新制度を「極端主義」、「労働党が政権の座に就いたならば新制度を廃止する」として改正に強く反対の姿勢を示した。
Ⅰ 労働時間について | |
「オーストラリアは、年間平均労働時間が1,870時間と、アメリカ1,830時間、日本1,700時間等に比べ長く、OECD国々の中では労働時間が最も多い国の一つである。」 | |
Ⅱ 雇用条件・失業問題について | |
「不公正解雇法には改正の余地はあるが、不公正解雇法の廃止は、安易な労働者の解雇につながる、現在、景気は順調で失業率は低く、あえて労使関係制度を改正する必要はない。全国で労働組合員数は1980年代の半分、ストライキ活動も歴史的に低い水準にあり、新制度によって労働組合活動を制限しようとするのはイデオロギーのためである。」 | |
Ⅲ 技能労働者不足問題について | |
経済グローバル化のなかで、中国・インドなど新興国に対する国際競争力は賃金の低さではなく、労働者の技能にあるとし、技能訓練に投資することこそが現在の技能労働者問題の解決策である。 |
(2) 州政府
労働党が政権を握る州政府の全てが新制度に強く反対している。ニューサウス・ウェールズ州、クィーンズランド州、ビクトリア州政府は違憲訴訟を最高裁判所に提起した。
(3) 労働組合
全国労働組合団体であるオーストラリア労働組合評議会(Australian Council of Trade Unions:ACTU)は、2005年4月から反改正のTVコマーシャルを放送した。一方、連邦政府も4月からTVコマーシャルを放送予定していたが、労働党と労働組合から「国家予算を使った自由党の政治的プロパガンダ」として最高裁判所に違憲訴訟を提起された。最高裁判所は10月に合法という判決下し、連邦政府はコマーシャルキャンペーン実施した。
労働組合は、最高裁判所での違憲訴訟、国連の国際労働機関(ILO)への提訴など法的手続きのほか、2005年11月15日には300,000人規模の全国ストライキを実施した。
労働組合は、新制度の次のような問題点を指摘する。
Ⅰ 団体行動の制約について | |
「労働組合の活動が広範囲にわたり違法とされる可能性がある。」と指摘している。 | |
Ⅱ 賃金について | |
「オーストラリア公正給料委員会は、これからの裁定賃金の増加は制限できても賃金を下げることはできない」と政府は主張するが、ACTU幹部は、「これからは裁定給料の増加が少なくなり、実質的に賃金は減少し、「働く貧民階級」を生み出す。オーストラリア公正給料委員会は政治的に独立しているとされるが、委員は政府が任命するので、政府の影響を受けている」と指摘している。 | |
Ⅲ 労働時間について | |
「新制度は、法定労働時間を38時間/週に制限するが、時間外賃金はオーストラリア職場協定(AWAs)で定めるため、残業賃金を割増賃金ではなく通常賃金と同額にすることも可能となるのではないか」と指摘している。 | |
Ⅳ オーストラリア職場協定(AWAs)と労働組合の関係について | |
「オーストラリア職場協定(AWAs)の条件は労働最低基準より優先されることから、雇用主がオーストラリア職場協定(AWAs)を利用して労働条件を引下げることが可能となる。新制度の本質は、多くの労働者を個人労働契約に移行させ、労働最低基準等の団体交渉による職場協定を徐々になくすことにある。新制度の多くの条件はオーストラリアの労働組合を破壊するためにある。」、などと主張している。 |
5. まとめ
法案は、2005年11月2日に下院(The House of Representative)に提出され、同月10日に通過、上院(The Senate)で修正の後、12月2日に通過、同月7日に修正案が下院で了承され、同月14日に公布、2006年3月27日に施行された。
出典
*1 Australian Government (2005), WorkChoices A New Workplace Relation System
*2 Hon Kevin Andrews MP (2006.2.3), Australia’s New Workplace Relations System – Workchoices
*3 Mineral Council of Australia (2005.10.9), Media Release ”MCA welcomes Industrial Relations Reform Platform”
*4 Mineral Council of Australia (2005.8), ” Industrial Relations Reform Platform”
*5 Australian Mines and Metals Association (2005), Submission to Senate Employment, Workplace Relations and Education Legislation Committee, “Inquiry into the Workplace Relations Amendment (WorkChoices) Bill 2005”
*6 Australian Council of Trade Unions (2005.10.12), Summary of WorkChoice

