報告書&レポート
McArthur River鉱山露天採掘計画と環境問題
ダーウィンの南西750km、Carpentaria湾(北部準州)に位置するMcArthur River 鉱山は、1995年に世界規模の亜鉛・鉛鉱山として操業を開始したが、現在の坑内採掘ではまもなく鉱山寿命を迎える。同鉱山の親会社であるXstrata社は、鉱山寿命が25年に延びる露天採掘を計画し、環境影響調査報告書(Environmental Impact Statement:EIS)を北部準州環境庁(NT Environmental Protection Agency)に提出した。 本稿では、北部準州経済に重要な影響を与える総額66百万A$の露天採掘計画が、環境と開発のバランスの上で、経済界、環境団体、伝統的土地所有者らを巻き込んでその是非が議論されている状況について報告する。 |
1. はじめに
2005年8月3日、McArthur River鉱山は、総額66百万A$の露天採掘計画を発表した。この計画に対して、先住民や環境グループはMcArthur River川の汚染を招き、河川及び海に住む生物を危険にさらすとして反対の姿勢を示していた。2005年12月、McArthur River鉱山は、環境影響調査報告書(Environmental Impact Statement ;EIS)を北部準州環境庁(NT Environmental Protection Agency:EPA)に提出したが、2006年2月、Marion Scrymgour北部準州環境・遺産保護大臣(Minister for Environment and Heritage)は、露天採掘計画を持続可能な開発ではないとして却下した。北部準州のKon Vatskalis鉱山エネルギー大臣(NT Minister for Mines and Energy)は、3月20日にXstrata社による計画の見直しと、環境庁(EPA)による再評価を求めた。
図1 McArthur River亜鉛・鉛鉱山位置図
(McArthur River Mining Webサイトより) |
2. McArthur River亜鉛・鉛鉱山の開発経緯と露天採掘計画
(1) 開発経緯
McArthur River鉱床は、1888年に発見され、鉛の露天採掘がその後10年間続けられた。1911年には、北部準州鉱山局(NT Mines Department)がBarney Hill 地区に事務所を開設して探査を実施した。1955年には、MIM Holdings Ltd. 社(MIM社、後にXstrata社に買収される)が亜鉛・鉛・銀鉱床を発見するが、その後30年間、インフラ等建設コストの問題から開発には至らなかった。
1989年、MIM社は、プレF/S調査の結果、坑内採掘、微細粒の亜鉛・鉛精鉱生産、北部準州政府によるインフラ建設支援、フライ・イン・フライ・アウト(fly-in/fly-out)などの導入により開発を決定。1992年にANT Minerals Pty. Ltd社*1とのJV(MIM社70%、ANT社30%)による開発に着手、1994年末に生産を開始した。その後、MIM社は2002年に権益75%とし、2003年にはXstrata社に買収され、鉱山権益もXstrata社に移り、2005年9月には、JV相手方のANT Mineral社の権益 25%を買取ることに合意、同年12月に取得を完了している。
*1 Nippon Mining & Metals, Mitsui & Co and Marubeni Corporation.
(2) 露天採掘計画(図2)
2005年8月3日、McArthur River鉱山は、採掘方法を現状の坑内掘から露天採掘へ、採掘能力を1.6百万t/年から1.8百万t/年(亜鉛・鉛・銀精鉱生産は330,000t/年から320,000t/年へ微減)、鉱山寿命25年を可能とする計画を発表した。
開発規模は、現在の鉱山敷地面積の12km2のほぼ2倍の24km2で、この内、露天採掘範囲は83ha。既存の鉱山施設及びインフラが利用できることが開発の上で有利になっているが、露天採掘予定地にMcArthur River川が流れていることから、同河川を露天採掘の縁にそって5.5kmにわたって迂回する(河川を切替える)工事及び同地区ではしばしば洪水が発生することからその対策が必要となっている。
図2 McArthur River亜鉛・鉛鉱山露天採掘計画図
(McArthur River Mining EISに加筆) |
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(出典:McArthur River Mining EIS)
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3. 露天採掘計画と環境評価
(1) 環境影響調査報告書案の作成・提出(2005年8月12日)
Xstrata社は、北部準州環境評価法(Northern Territory Environmental Assessment Act 1982)に沿った環境影響調査報告書案(Draft Environmental Impact Statement :EIS)の作成準備を2003年3月頃より開始し、2005年8月12日に同報告書案を提出している。
Xstrata社は、「同グループの健康・保安・環境・地域社会ポリシー(Health, Safety, Environment and Community:HSEC)に沿った高いレベルでの健康・安全・環境への配慮を実現するために最大限の努力をしている。」としている。
(2) 意見聴取のための報告書公開(2005年8月13日~10月21日)
同年8月13日、環境影響調査報告書案(Draft of Environmental Impact Statement ;EIS)を北部準州環境庁(NT Environmental Protection Agency)に提出、同報告書案は同年10月22日までの10週間、意見聴取のために公開された。
McArthur River鉱山によると、「公開期間中に露天採掘計画には政府機関や地域住民グループなどから環境評価等に関する13件の意見が寄せられ、それによって約150件以上の検討事項が問題とされた。特に、露天採掘建設のために5.5kmにわたって行われるMcArthur River川の河川切替えが河川及び海へ与える影響、廃さい及びはく土堆積場の安全性についての指摘が多かった。」とのことである。
(3) 環境影響調査報告書修正(2005年12月13日)
Xstrata社は、12月13日、環境影響調査報告書案公開により指摘された事項について、「河川切替えは、植栽や生物への被害を最小化し、下流域の魚類への悪影響を避ける形で2年以上の環境対策を行い、計画を実施する」とする環境影響調査報告書修正( Supplement to the EIS)を提出している。
(4) 北部準州環境・遺産保護大臣による露天採掘計画却下の決定(2006年2月1日、23日)
北部準州環境保護庁(EPA)は、2006年2月1日、「1.McArthur River川とBarney及びSurprise Creekの修復案、2. 廃さいダムの能力と閉山後も含めた長期的な管理体制、3. はく土の堆積場所と管理、4. McArthur River川の水質低下の可能性、5. 露天採掘ピット終了後の不確実性、6. 洪水対策堤の効果、7. 地域社会へのコンサルティング方法、8. 淡水性のこぎりエイ(freshwater sawfish)の個体数に与える影響、9. 河川及び上流の溜まり水(Djirrinmini Waterhole)を含む地下水への影響」の9項目を指摘し、計画が実施された場合、環境に重大な影響を及ぼすとの評価を発表。
Marion Scrymgour北部準州環境・遺産保護大臣は、「環境保護庁(EPA)による環境影響調査報告書の検討の結果、McArthur River川の切替え及び露天採掘ピットの洪水平原(flood plane)に与える長期的な環境への影響について重大な不確かさがあることから計画を不許可とし、Kon Vatskalis北部準州鉱山エネルギー大臣に報告した。鉱山エネルギー大臣はこの報告を受けて、露天採掘計画の是非を決定するであろう」と、露天採掘計画を却下した。
(5) 環境評価調査報告書の評価差戻しと試験的露天採掘の拡張(2006年3月20日、4月20日)
Kon Vatskalis北部準州鉱山エネルギー大臣は、2006年3月20日、環境保護庁(EPA)が指摘した懸案9項目について、Xstrata社に対して対応策を講じることを要求し、再評価を行うよう環境評価調査報告を環境保護庁(EPA)に差戻した。
McArthur River Mining社は、露天採掘計画が新たな段階に入ったとしてこの差戻しを評価するとともに、既に許可されている試験的露天採掘の南側への延長部での採掘を開始するとした。同社によれば、この小規模な試験的露天採掘の南側への延長部での採掘により鉱石生産が可能となり、McArthur River 鉱山閉山の危機は回避できる。また、この採掘によるMcArthur River川の切替えは必要としない。
鉱山エネルギー大臣は、Xstrata社による許可済み試験的露天採掘の南側への拡張(Stage B Test Pit Project)を認めることを4月20日に発表した。
(6) 先住権・伝統的土地所有者との関係
北部準州政府資料によると、既存の鉱山地区及び露天採掘計画地区の土地利用状況は放牧リース地(Pastoral lease)となっており(図3)、先住権の主張は可能であるが、アボリジニ地区保護局(The Aboriginal Areas Protection Authority (AAPA))は、McArthur River地区には146か所の「神聖な場所」(sacred suites)が存在し、そのうち5か所がMcArthur River鉱山の鉱区(Mining lease)に近接しているが、露天採掘計画による「神聖な場所」への影響はないことを確認している。
また、先住民や地域住民、環境団体は、露天採掘計画に伴う河川切替えが鉱山地区を流れるMcArthur River川下流を汚染し、海草に被害を与え、ジュゴンを危険にさらし、海亀の個体数を減らすことになるなどの懸念を表明している。(図4)
4. おわりに -今後の展開-
2月23日の天然資源・環境・遺産保護省による露天採掘計画却下の決定によって、McArthur River鉱山は「閉山の危機」に直面した(Xstrata社コメント)が、3月20日の鉱山エネルギー大臣によるXstrata社への計画見直し要求と環境保護庁(EPA)での再評価、4月20日に試験的露天採掘の南側への拡張承認により鉱山の生産は維持される見込みとなった。
McArthur River 川の切替え等を伴う露天採掘計画は、今後のXstrata社の計画見直しと環境保護庁(EPA)による環境影響の再評価、その結果を踏まえた鉱山エネルギー大臣の判断に委ねられている。
図3 McArthur River亜鉛・鉛鉱山周辺の土地関係図(北部準州資料より)
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図4 海棲生物への影響(McArthur River Mining Webサイトより) |
参考文献等
Xstrata Zinc, News Release 2005.8.3, “McArthur River Mine to move to open pit”
McArthur River Mining, News Release, 2005.8.3, “McArthur River Mine to move to open pit”
McArthur River Mining, News Release, 2005.8.12, “Open cut development EIS released”
McArthur River Mining, News Release, 2005.12.13, “Supplementary environmental impact statement”
Northern Territory Government, Media release, 2006.2.23, “McArthur River Mine expansion proposal fails science test”
McArthur River Mining, News Release, 2006.2.23, “McArthur River mine disappointed with Minister’s recommendation”
McArthur River Mining, News Release, 2006.3.20, “Response to cabinet recommendation for future discussion on MRM roposal”
McArthur River Mining, News Release, 2006.4.12, “MRM proceeds with environmental review”
McArthur River Mining, 2005.8.12, “McArthur River Mine Open Cut Project Draft Environmental Impact Statement”
McArthur River Mining, 2005.12.13, “McArthur River Mine Open Cut Project Environmental Impact Statement Supplement”
McArthur River Mining web-site
The Australian Financial Review,2006.3.22
The Sydney Morning Herald,2006.3.22
The Australian,2006.3.17,
The Australian,2006.3.11-12
Sydney Morning Herald,2006.3.22
ABC Online,2006.2.28
ABC Online,2006.2.23