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報告書&レポート

2006年7月13日 リマ事務所 西川信康 e-mail:ommjlima@chavin.rcp.net.pe
2006年47号

ペルー・大統領選の総括とガルシア政権による鉱業政策の行方

 金属価格の歴史的な高騰により企業収益が記録的な高水準にある中、ペルーでは、2005年あたりから、地域住民と鉱山側との衝突・対立問題が頻繁に発生し、最近でもCerro Verde鉱山の所得税支払い要求やYanacocha鉱山拡張計画の反対運動など、一向に沈静化する気配はない。また、6月末に税安定化契約下にある企業に対して鉱業ロイヤルティの支払いを義務化する法案が国会で可決されたことも新たな火種となっており、今後5年間で100億$とされる鉱業投資を不安視する声が出始めている。これらの課題に7月28日のペルー独立記念日に発足するガルシア政権がいかに対処し解決していくのか、内外の鉱業関係者の注目が集まっている。本稿では、先の大統領選挙結果をレビューするとともに、ガルシア次期政権による鉱業政策の行方について考察する。

1. 大統領選及び議会選挙結果

 ペルーでは、4月9日に大統領選挙が行われ、大本命と目されていた中道右派のルーデス・フローレス候補が破れ、資源の国家管理強化や貧困撲滅などの急進的な公約を掲げ、国民の半数を超えるとされる貧困層の支持を得た元陸軍中佐オジャンタ・ウマラ氏がトップの得票率を獲得した(最終得票率:ウマラ氏 30.616%、ガルシア氏 24.324%、フローレス氏 23.814%)。但し、いずれの候補も過半数に達しなかったため、6月4日に、1位のオジャンタ・ウマラ氏と2位のアラン・ガルシア氏との間で決戦投票が行われ、自由主義を重視し穏健左派路線を訴えた元大統領アラン・ガルシア氏が、第1回投票でフローレス氏を推した財界など保守層の支持により、逆転勝利した(最終得票率:ガルシア氏52.625%、ウマラ氏47.375%)。
 両者の地域別票の内訳を見ると、ガルシア氏は、首都リマと輸出産業が伸びている北部沿岸地域など大票田の10の州で過半数を獲得したものの、地方では軒並みウマラ氏に敗れており(ウマラ氏は南部や内陸部の15の州で勝利)、都市部と地方とに大きく分裂された結果となったのが特徴的である。
 ガルシア氏は1985年に、当時36歳という世界で最も若い大統領として内外の注目を集め就任したが、経済政策のつまずきから7,500%を越すハイパーインフレを招き、国内が混乱、汚職の蔓延や左翼ゲリラの台頭を許し、失脚後は、コロンビアやフランスに一時亡命していたという経歴がある。ペルー国民の中には、ガルシア氏がかつてペルーの暗黒時代を作った張本人だったとし、不信感、拒絶感を持つ国民が多いとされていたが、ガルシア氏は、今回はこうした過去の反省から、「同じ過ちは二度と繰り返さない。責任を持った変革を断行する」とし、外国投資を奨励しつつ、雇用創出や農業振興など、国民に裨益する経済発展を目指すことを訴え、16年ぶりの返り咲きを果たした。
 一方、4月9日の1回目の大統領選挙と同日に行われたペルー議会選挙は、ウマラ氏が率いるペルー統一党(UPP:Union Por El Peru)が120議席中45議席を獲得し、第1党に躍進し、一方のガルシア氏率いるアメリカ人民革命連合(アプラ党:Partido Aprista Peruano)は36議席に留まった。(以下、フローレス氏率いる国民連合(Unidad Nacional)17議席、フジモリ派の未来連合(Aloanza Por Futuro)13議席、その他9議席)。敗れたウマラ氏は、議会で第1党になったことを受け、今後も国家主義に向けた活動を推進していくと言明しており、ガルシア次期大統領は、少数の与党勢力のもと、他党との連携を模索するなど、難しい政権運営を迫られものと見られる。
 

2. アプラ党の鉱業政策基本方針

 先の大統領選挙及び議会選挙向けに打ち出したアプラ党の2006年-2011年の政策プランによると、鉱業分野では、次の7項目にわたる基本方針が示されている。この中で、鉱業の持続的な発展のためには、外国投資促進を図りつつ、鉱山側と地域住民側との相互理解、共存共栄が必要で、国は、その調整、仲介に積極的な役割を果たすと強調している。
 
(1) ペルー経済の発展に鉱業は大きな役割を果たしており、鉱業の発展のために外国投資促進政策を奨励する。
(2) 鉱業の持続的な発展のため、資源の所有者である国家及び鉱業活動の影響下にある地域住民に対する適切な利益配分を促進する。
(3) 市町村レベルにおける地方発展事業計画策定にあたり、自発的かつ積極的な住民参加を促す。
(4) 地域住民に対する適切な教育研修を促進することで、住民と鉱山操業者間の直接的かつ建設的な対話を実現し、さらに雇用機会の増加を図る。
(5) 国は、企業と住民の仲介役となり、鉱業規則を策定し、規則の遵守を監査する。
(6) ペルーの地質ポテンシャルは高い。従って、鉱業投資促進のためには、環境保護及び企業と地元住民との良好な関係を維持しつつ、国際競争力のある経済的・社会的・法的な安定性を強化することが肝要である。
(7) 投資機会の少ない小規模又は零細鉱山に対しては国からの支援を行う。ただし、これは必ずしも公的資金を供給するものではない。

3. 最近のアプラ党幹部による鉱業政策の関する具体的発言

 最近、アプラ党の幹部から、現在大きな問題となっている地域住民問題やロイヤルティ徴収問題について具体的な発言があり、次期ガルシア政権の鉱業政策の行方を示唆するものとして注目されている。
 アプラ党の鉱業政策担当で国会のエネルギー・鉱山委員会顧問ペドロ・ガミノ氏は、現在、ペルー国内には、現政権下で積み残しとなっている鉱山と地元住民との間で対立しているプロジェクトが30件にのぼり、この問題が解決されない場合、今後5年間で予定されている100億$の投資を脅かされる危険性があるとし、国家が問題解決に向けて早急に取り組む必要があるとの認識を示した。これについてガミノ氏は、「住民に対して鉱業のもたらす利益について説明する組織がなく、和解のための話し合いも成り立たないケースがある。また、鉱業が必ずしも環境汚染を引き起こさないこと、また汚染を軽減する手段がとられていることを把握する機会がない。我々は、国家、住民、企業との戦略的な協調関係について十分議論し理解し合わなければならない」と指摘し、このような地域住民への説明不足、理解を得るための努力不足が、対立の根幹となっているとし、国が、地域住民への啓蒙、教育活動を促進するとともに、鉱山側と住民側との対立解消に向けて仲介役として積極的な役割を果たす考えを示した。
 また、同氏は、資源還元税(カノン税)問題についても、徴収額がこの数年で大幅に拡大したにもかかわらず(2006年度は前年比約9割増の約5.7億$に達する見込み)、地域への還元が滞っているとし、この状況を打開する方法の一つとして、地元住民が主体的に公共事業を進められるようなしくみを作るとともに、現在、徴収から交付までの期間が1年半かかっている問題に触れ、「鉱山会社から徴収したカノン税を速やかに地方に交付できるしくみを整えるべきだ。また、交付された予算を効率的に運用するために、民間企業の活用を推進するべきだ」とし、そのための法整備を議会内で進めていくと表明している。本問題に関しては、ガルシア次期大統領も、カノン税を鉱山が操業している地元の地方自治体に直接納税する仕組みを作るべきだとし、財源の地方分権化を提案している。
 一方、6月末に国会で可決した税安定化契約下にある企業も鉱業ロイヤルティの支払いを求めた法案の扱いについて、アプラ党のカスティージョ書記長は、「ロイヤルティ問題については、適当な時期に検討を行うつもりだ。鉱山会社の理解が得られることを確信している」と語るとともに、「鉱山会社にとっては政治的・社会的に安定した環境において操業することが重要であり、より多くの納税や社会的責任を負担すれば、ペルー国家や国民が恩恵を受け、さらに企業に対する信頼も向上し、全ての層にとってプラスになるはずだ」とし、鉱山会社に対し追加的な負担を求める可能性を示唆する発言を行っている。
 

4. 今後の動向

 今回の大統領選挙は、ペルーが、国家管理を強化し自立の道を歩むのか、あるいは、自由主義経済体制を今後とも維持していくのかが大きな争点となり、ペルーの政治・経済路線の転換期を迎えた選挙であったと言える。一方で、決選投票は「失敗した元大統領」か「反米で急進派の元軍人」かの「より悪くない候補者の選択」とも揶揄された選挙であったが、最終的には急激な政策変更を望まない都市部の有権者の声がまさり、最近南米で広がっている反米、国家主義の動きに一応の歯止めがかかった結果となった。
 しかしながら、多くの鉱山が存在する地方では、ウマラ候補を支持する勢力は大きく、貧困層や先住民の間で資源国有化への待望論が消えたわけではない。また、2006年11月には統一地方選挙も控えていることから、ガルシア政権の安定化には、今後、ウマラ氏に流れた地方の支持回復が大前提であり、そのための対策が緊急に求められていると言える。このような観点から、ガルシア政権の鉱業政策の方向性としては、上記アプラ党有力議員の発言にあるように、鉱山会社との契約は遵守するとの基本的立場は維持し、企業側とのコンセンサスを得つつ、より地方に軸足を置いた、地域住民に裨益感をもたらしていく政策を打ち出していくものと見られる。今後、この方向に向けた政府による企業側、地域住民側との話し合いや調整が精力的に進められていくものと思われ、その動向を注意深く見守る必要がある。

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