報告書&レポート
エスコンディーダ鉱山のストライキを巡るこれまでの動向
世界最大の銅生産量を誇るエスコンディーダ鉱山で8月7日に発生したストライキは、ストライキ発生から3週間経過した現在も会社側の提案を労働組合が拒否し続けており、これまでの幾重なる交渉の実施にもかかわらず未だ解決の糸口が見えない状況である。ストライキが長期化するとLMEなどの国際銅価格に価格の上昇要因として影響を与える恐れがあり、労使交渉の動向が非鉄業界の大きな注目を集めている。 本稿では、ここ3週間にわたる地元各紙の報道を振り返って、本ストライキ発生に至る背景、現在迄の経過、現状と今後の見通し、本ストライキが銅の建値や他企業に与え得る影響等を紹介する。 |
1. ストライキ発生に至る背景
エスコンディーダ鉱山の労働協約は2006年8月2日に期限切れとなるため、同鉱山の労使双方は6月19日から労働協約改定の交渉を行うことを取り決めていた。労働組合幹部は6月18日に組合員総会を開催し、会社側に提示する協約改定案を満場一致で可決、6月21日に同改定案を会社側に提示した。労働組合が提示した改定案の重要項目は(1) 改定交渉終結特別手当と銅価高による特別手当16,000,000ペソ/人の支給、(2) 13%の給与ベースアップ、(3) 労働現場の衛生問題改善、(4) 協約期間を現行の4年から2年に短縮、である。なお、組合側は、特別手当の支給総額は会社が今年第1四半期に得た利益11億36百万$の5.37%に過ぎないと説明。更に、鉱山会社が銅価格の高騰で得た利益は国外の株主に配当されてしまうため地元はその恩恵を受けないが、特別手当は地元で消費されるため地域経済の活性化に寄与することを力説し、地元の理解を求めた。
これに対し、会社側は交渉終結特別手当て1,600,000ペソの支給とベースアップ1.5%を回答。組合側は会社側の回答内容を直ちに拒否した。
会社側はストを回避するため、労働監督局に組合を説得するよう要請したが、組合はこれに応じず、組合員総会を招集しストライキ突入の賛否投票を行った。その結果、投票者数1,997(組合員総数2,052名)、賛成票1,994、白票1、無効票1、反対票1を得て、8月7日にストライキを決行する旨宣言した。
会社側は8月1日にベースアップ1.5%、特別手当合計4,500,000ペソ支給、8月3日にはベースアップ3%、特別手当8,500,000ペソを提示するも、組合はこれを拒否し、交渉は膠着状態となりストライキ突入は避けられない状況に至った。
2. ストライキの発生から現在迄の経過
ストライキ発生から現在までの経過を時系列に整理すると以下の通りである。
8月7日 | 08:00ストライキ発生。 |
8月8日 | 労使双方がストライキ発生後初めて話し合いを行ったが決裂、会社側は当面解決の見通しが経たないとして顧客にフォースマジュールを宣言。 |
8月11日 | 労使の話し合いが再開されたが、何ら進展は見られず、労組側がストライキは少なくとももう1週間は続くであろうとの予想を発表。 |
8月15日 | エスコンディーダ鉱山が今年上半期に29億19百万$の利益を計上したことが公表され、会社側は労使交渉への影響を懸念。 |
8月16日 | 組合側は、ベースアップ13%を10%に引き下げて会社側に提示したが、交渉は何ら進展を見せなかった。一方、約500名の組合員が鉱山への入り口近くにバリケードを築いて道路を封鎖し、路上でタイヤを燃やす等の過激な行動を行ったため、警察隊が介入。組合側は会社が警察に介入を依頼したとして強く反発。両者共その態度を硬化させるに至った。 |
8月20日 | 会社側は最終回答として次の2案を提示:(1)有効期間3年の協約を締結する場合、ベースアップ4%、9,500,000ペソの特別手当支給と無利息融資3,000,000ペソ;(2)有効期間4年の協約を締結する場合、ベースアップ4%プラス最終年に1.3%の上乗せ、13,000,000ペソの特別手当支給、無利息融資4,000,000ペソ。 組合側は総会を開き採決をとった結果、組合員総数の98%が会社の回答を拒否したため、翌21日にストライキ継続を宣言。 |
8月22日 | 組合側はベースアップの要求を8%に引き下げると共に、特別手当の要求を16,000,000ペソから10,000,000ペソに引き下げることを発表。しかし会社側は8月19日の回答が最終回答であるとして譲らず、話し合いは中断されたまま、早期解決の見通しは遠のいた感じである。 |
3. 組合側の戦略
今回会社側との交渉を始めるに当って組合側がとった最も効果的な戦略は、コンサルティング企業Law Investment Corporation Consulting(LINCC)を起用したことであるとされる。LINCCは組合が会社側と交渉するに当って必要な技術・経済面の綿密な報告書を作成し、組合に提出している。この中で、エスコンディーダ社の財務内容、銅価格高騰により同社にもたらされる利益見通し額、ストライキを決行した場合の銅価格の動向、エスコンディーダ社の鉱石ストック量、一連の銅精鉱販売契約等を詳細に分析し、銅価格の高騰により獲得可能なベースアップと特別手当の水準を算出したと云われている。組合が提出した要求書の水準の高さに会社側も驚きを感じている模様である。
また、今までとの一番大きな違いは、組合が当初からストライキ実施を前提に行動していたと見られる点である。LINCCが事前にストライキ中の組合員の活動資金、生活資金を銀行から手当てしていたと云われている。
組合はLINCCに5億ペソ(約90万$)のフィーを支払う契約であると伝えられているが、LINCCの計算によれば、組合側が当初の要求を勝ち取れば、組合員全員が2年間に収得する総金額は3億75百万$に達し、組合幹部は安い買い物であると語っている。組合側は今後更に60日間戦い抜く覚悟をしており、その経済的な裏付けもあると強気の姿勢を崩していない。
組合側のもう一つの戦略は、近い将来労働協約の改定交渉を行う予定の他の鉱山会社、特にCODELCOのCodelco Norte事業所やAndina事業所の労働組合の支援を勝ち取り、共闘を目指すことである。Codelco Norteの労働組合は既にエスコンディーダ労組への支援を表明し、活動資金の提供を約束しているという。
なお、地域の一般住民にとっては、エスコンディーダ鉱山の計上する利益額や労働組合の要求額は全て夢のような非現実的な金額と思われがちなため、労組員は鉱山サイトやアントファガスタ市内でデモを行っては、地元住民にストの正当性と地域経済への寄与度を訴え、一般世論の支援取り付けにも努力している様子が伺える。
4. 会社側の対応
銅価格の高騰による歴史的な利益を計上し続けているため、会社側にこれといった有効な対策があるようには見えない。会社側は当初からかなり高額な特別手当の支給は覚悟していたようであるが、銅価格の高騰はあくまでも一時的な現象であり、生産性アップもコストダウンもないのに大幅なベースアップは認められないとの立場を鮮明にしている。
エスコンディーダの交渉結果が、近く行われる予定のCODELCOの労働協約改定交渉に大きな影響を与えることは明らかであり、CODELCOひいては政府にとっても高額な妥結内容になることは好ましくないであろうとの考え方から、会社側は労働監督局や労働大臣の介入を要請してみたが、実質的な成果は何一つ得られなかった。
組合が会社の提示した最終回答を拒否した後、会社側は組合員と個別折衝を行い、組合の団結を崩す戦略をとる一方、代替職員採用の可能性を追求する意向を表明している。
5. ストライキによる損失
地元各紙の報道によると、ストライキ発生後、エスコンディーダ鉱山は通常の生産能力(銅精鉱3,600t/日)の40%操業を余儀なくされているという。特に採鉱部門は出鉱量が10%にダウン。顧客への精鉱引渡し義務を果たすため、鉱石のストックを放出して精鉱生産の40%操業を続けているが、組合側は既に鉱石のストックは底をついており、今後生産は大幅に落ち込むと指摘。会社側はこれを否定している。
エスコンディーダ社は、8月20日、今回のストライキによる損失は1日当り16百万$、スト発生後8月18日迄の12日間で計1億90百万$に達するとの報告書を証券・保険監督局に提出した。なお、会社側はストライキ中の生産量については公のコメントを一切行っていない。
6. ストライキの影響
エスコンディーダ鉱山ストライキの影響で、銅価格は、8月13日、前週比2.1%上昇しUS$3.59/lbを記録したが、同17日にはUS$3.42/lbと小幅な値下がりを示している。一方、LMEの在庫は2週連続で増加し、168,400tとなった。現在までのところ、市場は比較的落ち着いた動きを見せており、エスコンディーダ鉱山のストライキが大きく影響しているようには見えないが、アナリスト達はストライキが長引けば銅の建値は4US$近くに上昇する可能性が有ると指摘している。
一方、本ストライキがチリの他企業に与える影響は深刻である。特に今年第4四半期に労働協約の改定交渉を控えている鉱山会社は、エスコンディーダ鉱山の交渉の成り行きに神経を尖らせている。CODELCOは10、11月にCodelco Norte、Andina、Ventanas事業所の労働協約改定交渉、12月にはChuquicamata事業所の交渉が控えており、民間でもSpence鉱山やCerro Colorado鉱山が近く協約改定の時期を迎える。
また、地元紙はこのストライキがチリ政府にも大きな影響を及ぼしていると報道している。エスコンディーダ鉱山は今年上半期に10億98百万$納税しており、今年度の納税総額は20億$を超えると予想されているが、このストライキにより1日当り8百万$の税収減になる計算であるという。
7. 今後の見通し
地元各紙の報道を基に判断すれば、組合側の要求と会社側の回答には特にベースアップに関して未だ大きな隔たりがあり、ストライキが急速に解決に向かう可能性は低いと思われる。
会社側は、現在の銅価格の高騰は一時的な異常現象で、何れ正常なレベルに落ち着くとの立場を堅持しており、将来とも健全な企業経営を考えると、生産性の向上が伴わないベースアップにこれ以上譲歩することは考えにくい。BHP BillitonのGoodyear社長は、地元紙のインタビューに応じ、「ストライキはもっと早期に解決できると思っていたが、予想外に長引いている。しかし、現在までのところBHPグループの収益に大きな影響は受けていない」と余裕を持った受け答えをしている。
一方、組合側は会社が未曾有の利益を計上している今をおいて、大幅なベースアップを獲得するチャンスはないとの立場を取っており、当初13%であった要求を8%まで引き下げているが、当面これ以上の要求引き下げに応じる気運はなさそうである。
但し、ベースアップ以外の点では労使間の差は既に殆ど埋まった感があるので、会社側が組合員との個人折衝を続けて、職場復帰を希望する人員を増やして行く等の対策を講じれば、案外早めにスト解消を実現できる可能性も否定できない。