報告書&レポート
オーストラリアにおける鉱業と教育 その1-オーストラリア鉱業協会による鉱業高等教育協議会(MTEC)プログラム-
オーストラリアの鉱業界が直面している企業のグローバル化、競争激化、急速な技術革新などの鉱業を取巻く環境の厳し い現状に対応するためには、資源産業界がより優れた専門的な技能をもつ技術者を確保する必要があるにもかかわらず、採 鉱/製錬技術者をはじめ専門的な技能を有する技術者の不足が深刻化している。 そこで、将来的な人材の確保のための、専門家育成の動きが高まっている。MTEC(鉱業高等教育協議会)は、このような要 求に応えるために、オーストラリアで国際的に通用する専門的な技術者を育成することを目的に、1999年10月、MCA(オース トラリア鉱業協会)によって設立された。 本稿では、このMTEC(鉱業高等教育協議会)の概要を紹介する。 |
1. はじめに
MTEC:Minerals Tertiary Education Council(鉱業高等教育協議会)設立には、「オーストラリアの鉱業界が、企業のグローバル化、競争激化、急速な技術革新などのオーストラリア鉱業を取巻く環境のといった厳しい現状に対応するためには、専門的な技能をもつ技術者を確保する必要がある」との資源産業界の危機感が背景にある。
オーストラリア鉱業協会(MCA)は、1999年10月、WA Minerals Industry Tertiary Education Taskforce(西オーストラリア州鉱業高等教育タスクフォース、1996年結成)及びNational Tertiary Education Taskforce(国家高等教育タスクフォース、
1998年結成)* による「オーストラリアに鉱業教育・訓練の国家的中枢機関を設置すべき」との提言に基づいて、オーストラリアにおいて国際クラスの鉱業専門家を育成することを目的に設立された。
* 国家高等教育タスクフォースの委員は、Appendix Aに示した。
2. オーストラリアにおける鉱業高等教育の問題
オーストラリアの鉱業界では、専門技術を保持者が非常に不足しており、特に採鉱/製錬技術者においてはその問題が深刻であるため、将来的な人材の確保のための専門家育成の動きが高まっている。
しかし、一方、人材育成の面からは、「大学教育において、大学職員報酬が低いために優秀な人材が非常に不足している」、「鉱業の履修コースの一部が、学生不足と学費の高さ、教育産業の経済状況が下降気味であることから廃止される恐れが生じている」、「諸大学の鉱業学部は、その規模の小ささから人材や財源が不足し、履修コースの質を向上させることが難しくなっている」などの問題が生じている。
MTECは、オーストラリアの産業界、政府、教育機関のパートナーシップを代表する機関として、鉱業分野における教育の立て直しと専門家の育成に努めている。1999年には、オーストラリア主要企業各社* からの寄付金15百万$が寄せられ、その後、5年間にわたって教材の作成、教員の雇用などに利用された。
連邦政府も、資金充当や大学への奨励(MTECへの協力、複数の大学で履修コースを取る学生の移動の便宜計らい、MTEC提携の大学の事務手続きの軽減など)などの支援を行っており、2003年からは、DEST(連邦政府教育科学訓練省)が、MTEC提携の大学での新人講師12名への財的支援を行っている**。
*寄付金を拠出した企業は、Aberfoyle Resources Ltd, The Broken Hill Proprietary Company Ltd(BHP),
Hamersley Iron Pty Ltd, MIM Holdings Ltd, Normandy Mining Ltd, Powercoal Pty Ltd, QCT Resources Ltd, Rio Tinto
Ltd, Tennent, Isokangas Pty Ltd, WMC Resources Ltd. Additionallyなど。
**Webサイトhttp://www.minerals.org.au/mtec/what_we_do/lecturers#5929
3. 履修コース
-Minerals Geoscience Masters Program(鉱物地球科学修士課程)とMTEC Tertiary Short – Courses (MTEC高等教育短期履修コース)-
鉱業界での懸念の解消のため、オーストラリアでは選抜された大学がMTEC提携校(これらは、 Appendix Bにリストされる)としてネットワークを組み、在学生と社会人の両方を対象とした専門履修コースを開設した。これらのコースは、地球科学、採鉱技術、製錬の分野をカバーし、現在は、鉱物地球科学修士過程(鉱床の地質学と評価)と、地球科学者を対象とした、鉱物探査の応用地質学に関する様々な短期コースがある。
修士課程は、以下の大学に設けられており、これらを自由に組み合わせて選択することが可能である。
表-1. 大学・研究機関の修士課程 |
|
修士課程では、以下のいずれかを満たすことが必要である。
1) 履修単位の6単位取得及び論文提出(全日制で18~24か月間)
2) 履修単位の8単位取得(全日制で12~18か月間)
2005/2006年度では、上記の5大学で、合計15単位(各単位の修得期間は平均で2~3週間)が設けられている。修士課程の授業料は、上記2つとも、16,000~20,000$である。理学士号(Bsc)または名誉理学士号(BSc Hons)の取得には、鉱業界での実務経
験が2年以上なければならない。また、コース履修は、履修コースのホスト大学となっている西オーストラリア大学、タスマニア大学、ジェームスクック大学の3大学のいずれかに学籍を置くことが必要となる。奨学金制度は全て、オーストラリア政府のAPA(Australian Postgraduate Award)プログラムに基づいている。
2005/2006年度の修士課程では、以下のうちの6単位または8単位を修得することが必要である。
表-2. 各大学・研究機関の履修コース |
|
履修科目の組み合わせによっては、上記5大学の全てでコースを履修* することも可能である。
また、MTECは、鉱業界の専門家や地球科学専攻の大学4年生を対象とした短期コースも設けている(Appendix C)。
* 上記のコースの他、モナッシュ大学で2005年2月27日~3月4日に開講のGeophysics Field Camp(地球物理学実習)、及び2005年3月7日~11日開講のGeophysics Software Workshop(地球物理学ソフトウェアワークショップ)に参加することも可能である。
4. MTECによる高等教育の成果と課題
2003年、MTECプログラムの戦略的見直しが行われ、様々な分野の関係者達から35の意見書が提出された。MTECは元来、鉱業界での技能を有する技術者の不足を解消するための、5年間限定プログラムであった。
(1) 成果
これまでにプログラムが達成した成果には、主に以下のようなものがある。
- 鉱物教育に関する公共政策への好影響
- 大学の上部管理者の、鉱物教育の重要性の認識
- 上記のような認識により、大きな大学でも小規模な鉱物学部の存続が可能となった
- 大学での財的支援の有効活用(MTEC講師、新コースの設置、MTECワークショップ、資金補助、 教育融資、奨学金制度)
- 大学間の協力の向上
- 鉱業界での鉱業高等教育に関する理解度の増進
- 鉱業の高等教育に関する、政府意向の伝達
(2) 課題
しかし、MTECプログラム開始から3年後に行われたこの見直しでは、「鉱業界の直面する様々な問題が悪化しているため、もしこの時点でプログラムが中止されれば、このような外的要因(鉱業界での問題)によってプログラムの効果は半減し、結果的にはごく小さなもので終わってしまう」といったことも予想されている。このような、外的要因としての問題には、以下のようなものが含まれる。
- 鉱業企業の構造変化や、合併または買収
- 大学への政府の資金援助の削減
- 大学への財的支援金が、学生数が多く講義費用の掛からないプログラムに集中している
- 理数系学生の減少
- “新ビジネス(IT産業など)”の分野への理数系学生の流出
- 鉱業産業の、職業選択肢としての人気の低下
このようなことからも、見直しでは、オーストラリアの鉱業教育のシステムの持続性の見通しは、依然、悪くなる一方といった結果が出されることになっている。1998年のNational Taskforceの報告書“Back from the Brink ”の発表後、オーストラリアでは鉱物プログラムのうち7つが終了、3つが見直しの最中(終了される可能性が高い)、4つが合理化または他の大型教育機関に吸収となっている。
5. 今後のMTEC -5つのイニシアティブ-
鉱業界が上記のような諸問題に直面する中、MTECは人材不足の緩和のために、今後も以下のような5つのイニシアティブに焦点を当てていく。
1) 大学との相互協力によるコース設置
2) MTEC講師の養成と支援
3) 産業経験
4) MIPCP(鉱業産業での社会人向け履修コースプログラム)
5) 鉱業技術Centres of Excellence(卓越分野の研究センター)
また、上記のイニシアティブの他にも、MCA加盟企業やその他関連企業の中堅管理職との連絡やネットワーク作りに力を入れ、MTECによる改善活動をより正しく理解してもらうことを目指してもいる。MTECは、上記の5つのイニシアティブに、産業リーダー達が現実レベルにおいてより深くかかわることを奨励し続ける。これまで(2003年まで)の3年間は、イニシアティブの実施と目標の達成のための資金が十分ではなかったという印象があった。
6. おわりに
資源ブームに沸くオーストラリアの鉱業界は、一方で深刻な専門技術者不足に直面し、将来の鉱業界における人材確保のための専門家育成の動きが高まっている。他方、専門教育を行う大学側は、理工系離れや教育する側の人材や施設の問題に直面している。MTECは、オーストラリアの鉱業と鉱業教育が直面している問題に対する解決策のひとつとしてその効果が期待されている。
また、オーストラリア以上に鉱業における専門技術者の確保とその大学等高等教育による人材育成が困難となっている我が国にとって、オーストラリアの鉱業界と教育界のこの試みは大いに参考となると思われる。
参考文献
Appendix A:
Minerals Council of Australia website: “Back from the Brink: Reshaping Minerals Tertiary Education”, National Tertiary Education Taskforce Discussion Paper (Nov. 1998), http://www.minerals.org.au/__data/assets/pdf_file/8007/backfromthebrink_exec_summ.pdf, Date accessed: 20/09/2006
Appendix B:
Minerals Council of Australia website: MTEC Universities, http://www.minerals.org.au/mtec/about_mtec/participants/mtec_universities, Date accessed: 20/09/2006
Appendix C:
Minerals Council of Australia website,
1) Metallurgy Short-Courses (Postgraduate),
http://www.minerals.org.au/mtec/tertiary_courses/metallurgy_shortcourses, Date accessed: 20/09/2006
2) Minerals Geoscience Honours Short-Courses (Undergraduate), http://www.minerals.org.au/mtec/tertiary_courses/minerals_geoscience_honours, Date accessed: 20/09/2006
3) MTEC Geoscience Masters Program http://www.minerals.org.au/mtec/tertiary_courses/geoscience_masters,
Date accessed: 20/09/2006
Appendix A: The National Tertiary Education Taskforce (1998)
The National Tertiary Education Taskforce consisted of the following members:
And the taskforce was supported by a Working Party comprising:
Appendix B: Three Academic Disciplines and their respective University Contacts |
|
Mining Engineering School of Mining Engineering, University of New South Wales KENSINGTON, NSW, 2052 Ph: 02 9385 4515 Fax: 02 9313 7269 http://www.eng.unsw.edu.au/units/schools/mining.htm |
Division of Science & Engineering Mineral Science and Extractive Metallurgy Murdoch University South Street Murdoch WA 6150 Ph: 08 9360 2925 (w) Fax: 08 9360 6304 http://wwwscieng.murdoch.edu.au/mineral/index.html |
Curtin University WA School of Mines Egan Street Kalgoorlie WA 6430 Freecall 1800 688 377 http://www.curtin.edu.au/curtin/dept/wasm/ |
WA School of Mines Egan Street Kalgoorlie WA 6430 Freecall 1800 688 377 http://www.curtin.edu.au/curtin/dept/wasm/ |
Sustainable Minerals Institute University of Queensland BRISBANE, QLD, 4072 Ph: 07 3365 4059 Fax: 07 3365 4444 http://www.smi.uq.edu.au/ http://www.minmet.uq.edu.au/ |
Earth Sciences Victorian Institute of Earth and Planetary Sciences (VIEPS), Department of Earth Sciences, Monash University, CLAYTON, VIC, 3168 Ph: 03 9905 1530, Ph: 9905 4072 Fax: 03 9905 4903 http://www.earth.monash.edu.au/ |
Metallurgy Sustainable Minerals Institute University of Queensland BRISBANE, QLD, 4072 Ph: 07 3365 4059 Fax: 07 3365 4444 http://www.smi.uq.edu.au/ |
School of Earth Sciences University of Melbourne Parkville, VIC, 3010 Ph: 03 8344 7675 Fax: 03 8344 7761 http://www.earthsci.unimelb.edu.au/ |
Centre for Ore Deposit Research (CODES) University of Tasmania GPO Box 252-79 HOBART, TAS, 7001 Ph: 03 6226 2819 Fax: 03 6226 7662 http://www.codes.utas.edu.au/3_CoursesAndTraining/ Grad_masters.htm |
|
CRC for Landscape Environments and Mineral Exploration (CRCLEME) c/o CSIRO Exploration & Mining PO Box 1130 Bentley WA 6102 Phone: 61 8 6436 8695 Fax: 61 8 6436 8560 http://leme.anu.edu.au/ |
|
School of Earth Sciences James Cook University Townsville, Qld 4811 Australia Tel: +61 7 4781 4546 Fax: +61 7 4725 1501 http://www.es.jcu.edu.au/teaching/coursework.html |
|
Centre for Global Metallogeny The University of Western Australia 35 Stirling Hwy, Crawley WA 6009 Tel.: +61 (0)8 6488 2640 (UWA) Fax. +61 (0)8 6488 1178 (UWA) |
Appendix C: MTEC Tertiary Short-Course Programs: Postgrad/Undergrad(2005)
|
1) Postgraduate Metallurgy Short-Courses: |
|
2) Undergraduate: Minerals Geoscience Short-Courses (Honours):
Courses offered by CRC-LEME
EMN Environmental Mineralogy
RGG Regolith Geology and Geochemistry
RMF Regolith Mapping and Field Techniques
HGC Introduction to Hydrogeochemistry
RSM Advanced Remote Sensing for Mineral Exploration and Natural Resource Management
Courses offered by VIEPS
AUG Geology of Gold
IGD Igneous Geodynamics and Magmatic Ore Deposits
TOD Tectonic Environments of Ore Deposition
HYG Introduction to Hydrogeology
GWF Geophysics -Geophysical Field Camp
GSW Geophysics -Software Workshop
PVF Physical Volcanology – Field Course
RIG Radiogenic Isotope Geology
GIS Geoscience Information Systems
Courses offered by CODES University of Tasmania
ESF Exploration Skills Mapping Camp (venue: Western Tasmania)
ODM Ore Deposit Models for Mineral Exploration (5 day) (venue: Melbourne)
ODZ Ore Deposit Models for Mineral Exploration (2 day) (venue: Melbourne)
EGF Environmental Geology Field Techniques
Courses offered by UWA
NMO Numerical Modeling of Ore Deposition Processes
SGM Structural Geology and Metamorphism
IPI Igneous Petrology & Isotope Geology
Courses offered by JCU
APT Advanced Practical Techniques for Economic Geologists