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報告書&レポート

2006年11月24日 バンクーバー事務所 宮武 修一 e-mail:miyatake@jogmec.ca
2006年94号

アラスカ州知事選と金属資源政策への影響(ペブル銅金鉱床開発を巡る議論)

 1. はじめに

 11月7日、米国では中間選挙が行われ、長引くイラク介入への嫌気から共和党が大敗を喫した。共和党は下院で31議席を減らし少数派に転落、また100議席のうち33議席の改選が行われた上院でも過半数割れとなり、12年ぶりに上下院ともに民主党が多数派となった。また中間選挙と同時に行われた全米36州の州知事選挙においても民主党は躍進し、アーカンソー、コロラド、ニューヨーク、オハイオ、メーン、メリーランドの各州で共和党から民主党知事への政権交代が実現し、この結果、民主党知事州は過半にあたる28州に増加した。
 資源州であるアラスカ州知事も今回の改選の対象となっていたが、共和党は42歳の新人女性候補Sarah Palin(サラ・パリン)氏を擁立して今回の選挙戦を制した。8月末に行われた得票予測によればパリン氏は民主党候補Tony Knowles氏に対し17%リードしていた。選挙戦が進むに連れこの差は徐々に縮まっていったのではあるが、結局Palin氏民主党Knowles氏に対し8%の得票差をつけて逃げ切った。
 共和党知事の誕生は先ずは資源ビジネスにとって望ましい選択とも思われるが、前知事とは主張を異にする点も多く、石油天然ガスの分野ではむしろ大きな方針転換を意味しているとさえ言える。本稿では特に非鉄金属資源の視点から新知事を捉え、簡単な経緯と共にパリン氏の鉱山開発に対する姿勢、当選後の初スピーチとなったアラスカ鉱山学会での発言内容、またアラスカ鉱業協会の新知事への期待などについて紹介したい。

2. サラ・パリン候補の横顔と共和党予備選

 サラ・パリン氏はアラスカ州Wasilla市出身で、現在三児の母。アイダホ大学でジャーナリズムを専攻、1984年にはミス・アラスカを競うなど異色の経歴もある。28歳でワシラ市長に就任し、その後6年間にわたり市の経済振興を実現し、他方、固定資産税などの減税を両立させるなど市政に高い手腕を示した。
 パリン氏はワシラ市長を二期務めた後、2002年からはMurkowski (ムルコウスキー)アラスカ州知事の州知事選に協力するなどし、当選後、ムルコウスキー知事から重用を受ける。2003年にはアラスカ石油ガス管理委員長に選出されたが、これがのちに州知事から距離を取り、州知事選出馬へと繋がる契機となってゆく。同委員会の委員にはムルコウスキー前州知事の片腕とされ石油分野の専門家であるルードリッヒ氏が就任していたが、この頃、ガス試掘会社とルードリッヒ氏の密接な関係、これに関する文書漏洩疑惑が取りざたされていた。パリン氏は同委員長および倫理顧問の立場から、こうした指摘に知事室が回答するよう厳しく迫り、最終的にはルードリッヒ氏を辞任に追いやった(のち和解)。またその後もムルコウスキー州知事の選挙対策を担うレンケス弁護士の石炭取引を巡る矛盾を追求し辞任に追いやるなど、パリン氏はマスコミを味方に付けつつ現政を批判し、産業に癒着しない高い倫理観の持ち主として大衆的支持を集めていった。他方、大きなイメージダウンを被った現職のムルコウスキー州知事陣営との対立は避けられないものとなっていった。
 2006年8月には共和党内のアラスカ州知事候補者を決定する予備選が行われたが、州政の刷新を訴える独立系候補ともいうべきパリン氏は、現職州知事のムルコウスキー氏、前アラスカ州議会議員ビンクリー氏らと争い、51%の圧倒的多数の得票を得て勝利した。現職のムルコウスキー氏は、続出する倫理がらみの問題によるイメージ低下の影響が大きく、かつ州のプライベートジェット機導入推進を巡る争い、また娘の上院議員への選出といったことも有権者の不評をかい、結局全体の19%の支持を得るに留まった。この予備選の結果によって現職ムルコウスキー州知事の続投は無くなり、2006年11月中の退陣が決定したのである。
 

3. 知事選、非鉄プロジェクトの見方とペブル銅金プロジェクト

 11月のアラスカ州知事本選には6名が出馬したが、選挙戦は事実上共和党パリン氏、民主党候補で前アラスカ州知事(1994-2002)のTony Knowles(ノウルズ)氏の一騎打ちの様相を呈した。
 アラスカ州政をめぐり様々な論点がある中、活況を呈しているアラスカ非鉄金属鉱業への対応は新知事が避けて通れない論点の一つでもあった。とりわけ世界最大規模のペブル銅金探鉱プロジェクトの開発は、これからのアラスカ金属鉱業の発展を占う試金石とみられており、地元紙にはこの視点からの候補者の主張も掲載された。
 民主党ノウルズ候補は、「ペブル開発は受け入れ難いリスクを伴っており開発には断固反対する」と主張した。また、その他の鉱山開発についても積極的に持論を展開し、現在開発許認可の最終パブリックコメントの段階で環境団体から差し止め請求が出たKenshington金鉱山プロジェクトについては開発支持の立場を示し、他方ジュノー近郊のカナダ側に位置するTulsequah Chief多金属鉱床については開発反対を主張するなど、是々非々の姿勢を示した。またアラスカ州が推進する資源開発のインフラ推進政策、“Roads to Resources” については賛意を示さなかった。
 他方、パリン候補は州によるインフラ推進には支持の姿勢を示したものの、ペブルなど個別案件への対応について選挙期間中ほとんど態度を明らかにしなかった。ただし、レッドドッグのような先住民参加型の開発例は賞賛に値するとしている。
 
 以下参考まで、簡単にペブルプロジェクトの概要と、最近の論点を紹介しておきたい。
 ペブル銅金プロジェクトは、カナダ在バンクーバーの中小探鉱企業であるHunter Dickinson社のプロジェクト子会社、Northern Dynasty社が100%の権益を有している。Northern Dynasty社による探鉱は現在も継続しているが、2006年初頭の段階で粗鉱量およそ30億t超(銅品位0.5%、金品位0.35g/t)の規模の鉱床が把握されつつあり、鉱量は更に拡大中であるなど、北米最大規模の銅金鉱床となることは疑い無い。現行の開発計画によれば、径3kmの露天採掘ピット、隣接する深度1,000m超のブロックケービング、長径5kmにおよぶ人工堤防に囲まれた尾鉱ダム、インハウスのシアンリーチプラントなどの建設が想定されており、立ち上げに必要な起業費は30億$超と見積もられている。
 ペブルプロジェクトは未だ探鉱段階であり、事業者の開発判断は先であるにも関わらず、その規模から既に政治家、市民の間で開発の是非を問う議論が存在する。共和党優位とされるアラスカ州ではこうした大型資源案件について支持が得られるのが通常であるところ、なかなか単純ではなく、アラスカ選出の上院議員Ted Stevens氏(共和党)は「ペブル開発は環境に対し無視し得ない影響を与えるほか、鮭漁場に深刻な影響」などと開発に深刻な懸念を表明している。この在職37年の古参上院議員の発言を受け、本来開発により最も潤うべき地元のKenai Peninsula郡も上院議員との対立を避けるため積極的な支持を表明するに至っていない模様である。またプロジェクトサイト近隣の先住民組織Dillinghamプロジェクトへのヴィレッジコーポレーションにおいても実に3/4に近い住民が開発に反対していると言われている。このような反対意見が相次ぐ裏側には、プロジェクトサイト周辺に別荘を持つ富裕な個人が資金提供し、強力なロビー活動を展開したことが引き金とも言われている。
 しかし、こうした中、2006年7月には非鉄最大手の一角、英国Rio Tintoが米国子会社を通じてペブルプロジェクトへの参入を決定した。これは資源メジャーから優良プロジェクトとしてお墨付きを得たことを意味している。Northern Dynasty社は今後の開発資金の捻出とリスク分散のため更なる事業者との提携、とりわけアジアの産銅各社・商社らとのコンソーシアムの形成を模索しているが、Rio Tintoとの提携は大きな後ろ盾とみなせることは疑いない。今後、ペブル開発の是非を巡る議論は更に本格化してゆくものと見通されるが、ペブルは果たしてフィージブルなのかどうか見守るアジアの各プレーヤーにとっても一連の議論の行方や肝心の州知事の基本姿勢というものは気になるところと思われるのである。
 

4. パリン州知事の公約、鉱山開発に関するコメント、アラスカ鉱業協会の見方

 11月7日に行われた選挙戦に勝利したパリン氏は、アラスカ州にとっては最年少かつ女性として初の知事に就任することになる。彼女の選挙キャンペーンはアラスカ州で力を持つ石油産業などからは距離を置いた草の根レベルから出発したということもまた州知事としては異色と言える。
 当選決定後、パリン氏は公約に基づき州のプライベートジェットの廃止、また液化石油天然ガスのパイプラインの建設について時間をかけた対応をとると言明した。パリン氏はLNGパイプラインの建設そのものについて、州にとり望ましい選択と主張しているのではあるが、前職ムルコウスキー知事がExxon Mobil、BP、ConocoPhillipsら三社と早急に建設契約を進めていると批判、幅広いパートナーシップを考慮しつつ、開かれた議論により、時間をかけて対応するとしている。
 11月9日にはパリン氏はアンカレッジで開催中のAlaska Miners Association(アラスカ鉱業協会)年会の場に飛び入り、非鉄金属鉱業関係者約300名を前に選挙後初のスピーチと前置きして、
 「鉱業関係者のアラスカ州への貢献と日々の努力に心から感謝申し上げます。」「新知事として業界と十分な対話を行い、より良い尽力(better serve)を心がけ、州が安全かつ健全な発展がとげられるよう正しい選択を行いたい。」「州が運営を行うMental Health Trust(トラストランドの運用を担う組織、地下資源鉱区の運用も含まれる)の活動を今後より活性化させる方向で取り組むほか、資源産業が求めるアクセスなど必要なインフラの充実についても前向きに取り組みたい」などと述べた。
 アラスカ鉱業協会専務理事Steven Borrel氏によれば、協会の基本スタンスとは、「特定候補を後援するのでは無く、新知事に対して鉱山開発に係る明確なルールの設定と一貫性のある判断を下すよう求める」というものである。金属鉱山ビジネスに経験の浅いパリン知事の選出に伴い、協会の今後の見通しや取り組みについてBorrel氏に年会の場で尋ねたところ、「金属資源産業にとって望ましい選択がなされたと思う。」「協会としては新知事に対し徐々にこのビジネスにつき説明し理解を深めて頂き(educate)、将来のより良い判断に生かしていただきたい」と述べていた。
 パリン氏の州知事就任に伴って、争点となっていたガスパイプライン建設の進展など、とりわけ石油ガスビジネスに関しては今後大きな影響が現れることになる。しかしながら、こと非鉄金属資源開発への対応を巡っては、限られた範囲の取材ではあるものの、まだ白紙と言うべきで、今のところ特段のマイナス材料というものは見いだせない。

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