報告書&レポート
ペルー・自発的拠出金問題が決着

鉱山地域の貧困対策、社会投資にあてられる自発的拠出金問題が2006年暮れに決着した。43の鉱山会社が向こう5年間で25億ソーレス(約7.8億$)におよぶとされる基金を設立するという法的枠組みが政府と企業との間で合意に達し、政府は12月21日、協約文を定めた政令を公布した。調印は順次、企業毎に行われることになっている。本稿では、世界的にもユニークなこの自発的拠出金制度の概要を報告する。 |
1. 背景・経緯
ペルーでは、鉱山会社が支払う税金が地方に還元されるしくみとして、カノン税(地方還元税:所得税の50%分)及び鉱業ロイヤルティ制度(精鉱売上高の1~3%)がある。しかしながら、いずれも、中央政府の管理下にあることに加え、特に地方自治体に公共事業計画の立案能力が不足しているといった行政側の問題から、カノン税等の運用が効果的に行われず、結果的に地域への税還元が十分図られていないといった構造的な問題が存在している。そうした状況に地域住民から不満の声が大きく、これが、現在頻発している地域住民と鉱山会社との対立問題の大きな要因の一つであると指摘されている。
自発的拠出金は、ガルシア大統領が、大統領選挙期間中に、鉱山会社に対し、最近の金属価格高騰に伴う高収益の一部を鉱山地域の社会事業に振り向け、貧困問題の解決に貢献を求める発言を行ったことに端を発する。本拠出金の基本的な考え方は、追加的な課税等のような国からの強制的な制度による支出ではなく、あくまで、企業側の自主的な寄付金という意味合いのもので、この資金を基金として、国ではなく、鉱山会社とその地域で運用・管理していくということが特徴的である。これは、政府として、仮に、過剰利益税というような新たな税制度を導入すれば、ルールを変更することになり、企業側の反発を招くだけでなく、今後5年間で100億$と言われているペルーへの鉱業投資に悪影響が及びことを懸念し、そうした状況を避けたいという狙いがあるものと見られる。企業側も、こうした新たな課税制度は設けないという政府の姿勢に一定の理解を示し、また、安定的な操業には昨今頻発している地域住民との紛争の根幹である貧困問題の解決が緊急の課題であるとの認識から、当初から、この拠出金問題を前向きに受け入れる方向で話し合いが進んでいた。
ガルシア政権発足直後の8月下旬に政府と企業側との間で、合意した本拠出金の基本的なフレームワークをベースに、その後、具体的な拠出基準、拠出金の管理・運営方法などについて話し合いが重ねられ、今回の完全合意となった。
これを受けて、ガルシア大統領は、12月21日、本件を法制化した「地域連合鉱業プログラム」(Programa Minero de Solidaridad con el Pueblo)を設立する政令を発令し、同日、大統領府において、ペルー政府は、まず、Antamina鉱山と6,400万$におよぶとされる自発的拠出金の合意文書に関する調印を行った(なお、政府側はバルディビアエネルギー鉱山大臣及びカランサ経済財務大臣が署名)。さらに、12月27日には、鉱山会社9社(Buenaventura、Yanacocha、Southern Peru、Milpo、Retamas、Horizonte、Arasi、Aruntani、Cedemin)との署名を完了した。政府としては残り33社についても1月末までに署名を完了させたいとしている。
2. 自発的拠出金の内容
最高政令で定められた本拠出金の概要は以下のとおり。
(目的)
以下の優先順位で自発的拠出金を活用したプロジェクトを実施する。
(1) | 5歳以下の子供と妊婦を対象にした栄養プログラム |
(2) | 初等教育及び教育プログラムへの援助 |
(3) | 健康改善プログラム |
(4) | カノン税や鉱業ロイヤルティ等の資金利用を促進するため、地方公務員に対してそれら資金を活用したプロジェクト実現に向けた企画・評価能力を養成するための研修制度の強化 |
(5) | 鉱山の操業期間終了後も継続が可能な生産連鎖と持続的発展プログラムへの支援 |
(6) | 電力、上下水道、道路整備など基礎的なインフラ事業 |
(7) | 地域住民の健康や生活の質向上につながる事業を、地元の労働者を採用して行うこと |
(8) | カノン税や鉱業ロイヤルティなどの資金を補完し、プロジェクトの計画と実現を図ること |
(9) | 前項に挙げた内容のプロジェクトの終了後、さらに持続的な発展に関連するプロジェクトがあればこれを実施すること。 |
(拠出金の期限と条件)
・本制度の期間は5年間(2007年から2011年まで) ・ただし、拠出金は現在の高水準の国際金属価格が継続することを前提としており、自発的拠出金の支払いの条件となる国際金属価格の下限は以下のとおり。 ・なお、上記に挙げられた金属のうち、1つの金属が年生産高の65%以上を占める場合は単一金属生産企業とみなされ、この金属の価格によって拠出の有無が決定される。また、生産高の65%に達する金属がない場合は多金属生産企業とみなされ、毎年最も生産高の高かった金属を3つ選択し、その下限価格指数によって決定。 ・鉱業セクターを対象とする新たな税制度が設定された場合は本拠出金の支払いをただちに停止することができる。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||
(基金の種類と拠出金算定方法) |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||
・各企業は、自らが直接運営・管理する信託基金あるいは法律によって許可された法人を設立して拠出金を振り込む。 ・信託基金は、地方を対象とする地方鉱業基金(Fondo Minero Local)と県単位の県鉱業基金(Fondo Minero Regional)と2種類の信託基金が設立され、前者は鉱業活動地域を対象とし、後者は県内の貧困地域を対象とする。 ・自発的拠出金は、基本的には、地方鉱業基金として年間純利益の2.75%、県鉱業基金として年間純利益の1%、合計で年間純利益の3.75%相当分が拠出される。(表2) 拠出金額=地方鉱業基金(純利益の2%+追加1(0.5%)+追加2(0.25%)) +県鉱業基金(純利益の1%)=純利益の3.75% ・但し、ロイヤルティを納付している企業は、地方鉱業基金のうち、純利益の2%分とロイヤルティ支出の64.4%分とのどちらか高い方を納める。(多くの場合、ロイヤルティ支出の64.4%分の方が高くなるので、ロイヤルティを納めている企業は、地方鉱業基金として純利益の2%分及び追加1の25%分は免除される。従って、地方鉱業基金として、純利益の0.25%(県鉱業基金分の25%、表2の追加2)及び県鉱業基金として純利益の1%を合わせた、純利益の1.25%分を拠出すればよいことになる)。 したがって、ロイヤルティ支出分が純利益の2%を上回る場合の拠出金は以下のとおりとなる。 (ロイヤルティ支出の64.4%分>純利益の2%の場合) 拠出金額=地方鉱業基金(追加2(純利益の0.25%)) +県鉱業基金(純利益の1%)=純利益の1.25%
(基金の運用) |
3. 今後の課題・問題点
同拠出金の支払いを巡っては、支払い対象企業全43社のうち、Tintaya鉱山(2006年5月、XstrataがBHP Billitonより買収)及びCerro Verde鉱山(Phelps Dodge 53.6%、 Buenaventura18.2%、住友金属鉱山16.8%、住友商事4.2%等)の2社が、過去に支払われている同種の拠出金を勘案するよう求め、政府との交渉が継続している。Tintaya鉱山は、金属価格が高騰する以前の5年前から自主的に利益の3%を鉱山周辺地域に拠出し続けており、本自発的拠出金の先駆者であると言われている。一方、CerroVerde鉱山は、本拠出金問題の議論が開始する直前の2006年8月に地元の浄水場建設に5千万$を投資することなどで地元自治体と合意に達したばかり。
これに対し、エネルギー鉱山大臣は、「Tintaya鉱山もCerro Verde鉱山も、自発的拠出金を支払うこと自体を拒否しているわけではない。これら2社については、ロイヤルティを支払う企業と類似した方法を採用することになるだろう。」と述べ、これら2社が既に行っている社会投資を本拠出金の一部としてカウントする方針であることを明らかにしている。
今回の自発的拠出金制度の完全合意に向けた最大の争点は、拠出金の支払いの前提となる金属の下限価格であったとされる。鉱山側としては、この下限価格をできるだけ高く設定するよう求める一方、政府は可能な限り低い価格を設定し、拠出金を長期化させて安定的な貧困対策の財源確保を図りたいとする反面、低すぎる価格を設定して外国企業の投資熱を冷やすことは回避したいという2つの意向があった。両者のベストバランスが今回の下限価格(1991年から2005年の主要金属の平均価格にある標準偏差を加えて算出)となったものだが、一部から、設定された下限価格は少し高すぎるのではないかという指摘もある。例えば、銅の場合、すでに銅価格が高水準に達した2005年でさえ、平均価格は1.68$であり、この下限価格を下回っているというのがその根拠である。従って、ひとたび、米国景気の減速や中国人民元の切り上げなどによって世界的な金属需要が減少し、2005年の水準まで金属価格が下落すれば本拠出金は直ちに停止されることになる。その際、すでに3,000以上と言われている貧困対策プロジェクトが頓挫してしまい、一時的に裨益を受けた地元住民の反発を招き、現在、頻発している鉱山側と地域住民との対立を誘発するのみならず、再び、税制度の見直し議論が再燃するのではないかと懸念する声も聞かれる。このように、本制度は、二律背反の関係で、国、企業、地方の利害、思惑と市場価格という複合的な微妙なバランスの上に成り立っている不安定な制度であると言わざるを得ず、今後の成り行きから目が離せない。

