報告書&レポート
ニューモント・ミナハサラヤ・Buyat湾刑事訴訟、無罪判決
北Sulawesi州Manado地方裁判所は2007年4月24日、Buyat湾の汚染、地域住民の健康被害を巡る刑事訴訟 (No.284/Pid.B/2005/PN.Mdo)で、Newmont Minaha Raya(NMR)社と同社Richard Ness社長に対し、無罪判決を決定した。 Richard Ness社長は、最終公判を控えた4月18日に、ジャカルタ在住の日本プレス関係者をJW Marriott Hotel(5F)ビジネスセンター会議室に召集し、Buyat湾刑事訴訟に関する説明会(Briefing with Japanese Press & Business Community)を行った。 NMR社は、PT Newmont Indonesia社の子会社で、PT Newmont Indonesia社は日本法人Nusa Tenggara Mining Corporationと共同でBatu Hijau鉱山を操業するため、日本鉱業関係者に対し、NMR社が直面しているBuyat湾刑事訴訟の困難とその真実を伝えることを目的に説明会を開催したもの。 Richard Ness社長は、自らが刑事裁判の経緯と検察側証人に対する疑惑、物的証拠の曖昧さ等を紹介し、Buyat湾で採取したサンプルのすべてがBuyat湾における水質汚染を否定しており、同社および自身は無罪であるとの説明を行った。 JOGMECジャカルタ事務所は、本説明会に出席しNMR社より各種資料の提供を受けたので、本稿によりその概要を紹介する。 |
1. 説明会:2007年4月18日(水)14:00~16:00
2. 場 所:JW Marriott Hotel(5F)ビジネスセンター
3. 出席者
(1) NMR社長 | Richard B. Ness社長 |
(2) 主任顧問弁護士(LMPP:Luhat Marihot Parulian Pangaribuan法律事務所) | Luhat M.P. Pangaribuan |
(3) NMR社プレス担当(Public Relation Manager) | Rubi W. Rurnomo |
(4) NMR社国際プレス支援コンサルタント (Themcginngroup(Exective Vice President)) |
John Towriss(CNN:21年間在籍) |
(5) 同Themcginngroup(Senior Vice President) | Roderic Olvera Young |
(6) 日本プレス関係者(NHK、朝日新聞、共同通信、時事通信) | |
(7) PT Newmont Nusa Tenggara副社長 | Rio Ogawa |
(8) JOGMECジャカルタ事務所次長 | 池田 肇 |
4. 配布資料
(1)メディアキット一式(日本プレス関係者+JOGMEC)
-Richard Ness氏プレゼン資料を含む(パワーポント資料40P)
5. JOGMEC入手資料
(1) 2004年10月14日付けBuyat湾・Totok湾環境影響調査報告書
(Report Environmental Quality Assessment of Buyat Bay and Totok Bay)
(2) 水質分析データ(8月24日-9月12日)
(3) 最終陳述書Ⅰ(Pledoi of DefendantⅠ)(JOGMEC)
(4) 再抗弁書(Replik 2007年2月23日付け)
(5) 再再抗弁書(Duplik of DefendantⅠ)
(6) 再再抗弁書(Duplik of DefendantⅡ 2007年3月9日付け)
(7) 再再抗弁書(Duplik :Rejoinder 2007年3月16日付け)
6. Buyat刑事訴訟の概要
(鉱山の開発・経緯)
NMR社は、北Sulaweshi島NMR金鉱山(MESEL GOLD MINE)を操業した。(位置図参照)1986年に設立され、インドネシア政府と第4次世代事業契約(COW)を締結。同金鉱山は1996年から金の生産を開始したが、2004年8月に鉱量枯渇のため閉山した。開山から9年間かけて生産した金量は1.9百万oz(59t)と報告されている。2005年、同社はインドネシア政府からNMR金鉱山で行った深海鉱滓堆積(STP:Submarine Tailing Placement)がBuyat湾を汚染し地域住民の健康被害と海洋汚染を引き起こしたとして損害賠償請求、刑事訴追請求を受け、民事訴訟については2006年2月16日、インドネシア政府とGoodwill Agreement(和解)を締結している。
(起訴事実)
Buyat湾刑事訴訟は、NMR社がNMR金鉱山の操業において、1997年法律第33号のセクション41-44の生活環境管理に関する規定に違反したとして、刑事告発(第1被告人NMR社、第2被告人Richard Ness社長)を受ける。
(公判開始)
NMR社は2005年8月5日、Manado地方裁判所で起訴事実を否認し無罪を主張。裁判官はこれを認めず、これまでに53回の証拠取調べ等の公判が行われている。インドネシアの司法裁判史上、最も多い公判の一つと言われる。
これまでの検察側の証人喚問は36人におよび、弁護人側の証人喚問は27人におよぶ。NMRは物的証拠として10,000ページ以上の科学的データを裁判所に提出を行っている。
(検察官の論告求刑)
検察側は2006年11月10日、第一被告人NMR社に対し、罰金10億ルピア(約110,800US$)を求刑。第2被告人Richard Ness社長に対しては、禁固3年と罰金5億ルピア(約55,400US$)を求刑し、同社長が有罪を認めず罰金を支払わない場合には更に禁固刑の6か月間の延長を求めている。
(被告人の最終陳述)
2007年1月、NMR社および社長Richard Ness氏は3つの最終陳述書(PledoiⅠ、PledoiⅡ、PledoiⅢ)を裁判所へ提出し、Buyat湾は汚染されていないとして無罪を主張。PledoiⅠは、第1被告人NMRの無罪を、PledoiⅡは第2被告人Richard Ness社長の無罪を証明するもので、PledoiⅢは、Richard Ness社長が自ら執筆した陳述書となっている。
(判決:最終公判)
最終公判は4月24日に開催され、Buyat湾は汚染されておらず、地域住民の疾患と汚染との因果関係は立証できないとして、2被告人の無罪判決を下す。(これまでに2回順延されていた。(当初は4月4日、2回目は4月18日))。
7. Richard Ness社長の説明要旨
Richard Ness社長は、配布資料(Power Point)により以下の概要説明を行った。
・NMR社に対する鉱害の申し立ては1995年のマナド新聞(Manado Post)に、Buyat湾の住民32家族が1日に10,000匹捕獲できた魚が、1か月で100匹を数えるにすぎなくなったとするクレーム記事をきっかけに始まった。 ・1999年、Buyat湾に住む一人の漁師が、反鉱業活動家としての研修を受けるため、カリフォルニア州Berkleyへ渡米した。 |
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・2001年、NGOが反鉱業・反政権キャンペーンを強化。 ・2004年、大統領・議会選挙を控え、反体制グループがBuyat湾論争を反政権活動の象徴として利用するようになった。 ・時期を同じくして、一人の女医がBuyat湾は水銀に汚染され、住民に水俣病と同じ症例が見られる告発し、メディアがこれを一斉に報道し、世界にニュースが配信された。 <この女医は最終的に自身の発言を撤回し、政府及びNMR社に対し陳謝を行っている> |
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・2004年9月、地方警察は、NMR社幹部6人を逮捕拘束。うち、5人が豪州大使館爆破の容疑者として32日間拘留される。 逮捕された幹部は、External Relation Manager、Environmental Manager、Production Superintendent、Mentenance Manager、Managerなどプラントの環境管理に直接、間接的に従事した社員、技術者の逮捕 |
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・Buyat湾刑事訴訟は、NMR社のみの問題ではない。 ・インドネシアで鉱山を営む鉱山会社のPresident Directorは誰であっても、政治的干渉や反鉱業活動家の思惑によって、環境を破壊したという嫌疑でいつでも被告人席に召喚される可能性を否定しえないことである。 |
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・検察側は、本来、地域住民の代表者を証人として召喚すべきであるが、出廷している証人らは、1999年にカリフォルニア州Berkleyに渡米した青年漁師の親戚縁者(妹2人、異母兄弟、異母兄弟の娘・妹・子etc)ばかりである。 ・この稚拙な演出は、裁判の中立性を損ない反鉱業活動家によって仕組まれた裁判と言える。 |
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・先進国における環境裁判は、現地調査において採取した同一サンプルを原告側と検察側、あるいは必要に応じて審判者を交えクロスチェックすることで、環境基準値超過の事実を両者で確認できる。 ・弁護団より検察側にクロスチェックの申し入れを行っているが、検察側はこれに応じる姿勢はない。 ・一方、検察側が提出した証拠は、現地取得サンプル数24個に対し34個の分析データが提出されている。捏造を裏づける証拠となっている。 |
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・Buyat湾の水質データは、NMRが操業中に取得した管理報告データ(1996-2004)のほかに、様々な研究機関、大学、インドネシア政府機関が分析を行っている。 ・KLH2003、Tim Peneliti SULUT 2004、CSIRO2004、KLH-Technical Team 2004、WHO2004、PTNMR-POLRIサンプル2004(クロスチェック)などがある。いずれのデータからも環境基準値を超過するデータは確認されていない。 ・検察側データは、これらデータに比べ突出して高い値となっている。 ・WHO/水俣研究所もBuyat湾の水銀汚染を否定している。 |
また、2006年7月14日、PTNMR側の証人席に座った元国務環境担当大臣Dr. Nabiel Makarimの証人喚問の様子を撮影した映像を紹介。
同大臣は、NMRは鉱山の操業に必要な許可をすべて適正に取得しており、在任期間(2001年~2004年)中に政府が環境法令違反で同社に警告書を発行したことは一度もなく、2回にわたる詳細な現地調査においても法律に違反する行為は認められなかった。第1回の現地調査は、研究開発技術庁(BPPT)が、第2回目の現地調査は、エネルギー鉱物資源省、健康省、海洋漁業省、国家警察、北スラウェシ州政府、インドネシア大学、WALHI, JATAMなどが実施した。これら検査結果は、2004年10月14日付けBuyat湾・Totok湾環境影響調査報告書として閲覧できる通りである。
8. NMR社の今後の対応
NMR社は、4月24日の判決で有罪となる場合、逐次、高等裁判所、最高裁裁判所へ上告する方針と述べている。
Luhat M.P. Pangaribuan顧問弁護士によれば、民事訴訟は両者の和解をもって訴訟を取り下げることができるが、刑事訴訟はそれを認めていないため最終判決まで係争することになる。
NMR社は、インドネシア政府と2006年2月16日に和解を締結し、今後10年間にわたり、NMR金鉱山跡地の科学環境モニタリング調査(Scientific Environmental Monitoring Program)を実施する計画である。また持続的地域開発計画(Sustainable Development Initiatives)のため3,000万US$の基金の拠出を合意している。したがって、刑事訴訟についてもNMR社としては粘り強く解決の糸口を探っている。
9. 所感
(1) NMR社は日本プレスに対しBuyat湾刑事訴訟に関するすべての情報提供を約束している。NMR社は、その言葉の通りに説明会終了後のJOGMECからの問い合わせに対し科学的な報告書から裁判資料まで提供して来ている。これは、Batu Hijau鉱山の日本パートナーへの配慮がその最大の理由である。
(2) 世界の鉱業界は、インドネシアの鉱業投資を判断する材料の一つとして、Manado地方裁判所における最終判決の行方に注目していた。この判決如何によっては、インドネシアへの鉱業投資がさらに冷え込む可能性を有していた。しかし、今回、NMR社、Richard Ness社長に無罪の判決が下ったことで、鉱業投資家の懸念が一つ払拭された。
(3) 在インドネシア・アメリカ大使館は4月24日、Manado地方裁判所による判決は、鉱業投資家のインドネシアへの信頼を確実なものとして、インドネシアに利益をもたらすとする声明を発表している。
(4) インドネシアは、国内の腐敗調査が示すように警察、検察、司法機関の腐敗が深刻である。法の番人である警察、検察、司法機関が汚職、賄賂に弱く、政争に利用され易く、加えて、貧しい人々はお金で簡単に買収できるため大衆操作しやすい土壌にある。
(5) 地方紙によれば、最終公判の当日、Manado地方裁判所の前では1,000人規模のデモがあったという。反鉱業NGOの中にはNMR社が政府高官に賄賂を渡したと流布するところもある。
(6) 判決は、インドネシアの司法制度の健全性、中立性、公平性、有効性を実証する機会となった。しかし、政府は、今後、上告を検討するとしており、世論の動向がそのトリガーとなることは間違いない。したがって、本件の完全決着までには紆余曲折が予想される。
(7) Richard Ness社長は、NMR社と自身の無罪を主張。併せて2007年は、2009年の大統領・議会選挙を控え、Buyat湾論争が顕在化した2004年当時の環境に酷似しており、第2のBuyat湾論争が再燃する危険があるとして、大規模鉱山周辺における不穏な動きには注意を要すると述べた。説明会の前日(4月17日)、PT Freeport Indonesia社がパプア州で操業するGrasberg鉱山では、数千人規模の労働者が福利厚生、給与、年金制度の改善を要求しストライキを行った。ストライキは4月21日に終結、22日に通常の体制に戻ったとされる。しかし、ストライキが何者かによって扇動され、政府に対しGrasberg鉱山の事業契約見直しを督促するための大衆操作であるとするならば、近い将来また新たな動きが出てくると予想される。第2のBuyat湾論争は、すでにGrasberg鉱山へ飛び火しているのかもしれない。
巻末に当たり、Richard Ness社長は、説明会の席上、インドネシアの資源開発には必ず明るい未来がある。Newmont Indonesia社の4月25日付けプレスリリースの中でも、私はインドネシアに25年間以上居住し、インドネシアが故郷となった。そのインドネシアで正義と真実が勝利したことは幸せであると述べ、法治国家としての自立と鉱業の復興・再生に期待を寄せる一人であった。
JOGMECジャカルタは、インドネシアへの鉱業投資の可能性を追求するため今後も積極的に鉱業投資情報等を積極的に収集していく所存である。
説明会(平成19年4月18日)
奥左から、NMR社プレス担当(Public Relation Manager)Rubi W. Rurnomo、
Richard B. Ness社長、
NMR社国際プレス支援コンサルタント(Themcginngroup)John Towriss副社長、
Luhat M.P. Pangaribuan主任顧問弁護士。