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報告書&レポート

2007年5月24日 ジャカルタ事務所 池田 肇 Tel:+62-21-522-6640 e-mail:jogmec2@cbn.net.id
2007年48号

インドネシアで始まった一次産品の輸出規制について

 商業省は最近、一次産品について輸出禁止、輸出規制に関する商業省令を発行した。「砂、土、表土(腐植土を含む)の輸出禁止に関する商業省令第02/M-DAG/PER/1/2007号」1)(以下「商業省令2007年第1号」という。)および「錫地金の輸出規制に関する商業省令第04/M-DAG/PER/1/2007号」2)(以下「商業省令2007年第4号」という。)などである。これらの商業省令は、自国の一次産品をインドネシア国民の最大利益のために利用しようとする資源ナショナリズムの高揚と一次産品の輸出量を制限することで市場価格を調整し天然資源収入を増加させようとする政府の意図が窺われる。
 本稿では、一般紙に報道された記事のほか、商業省貿易総局産業鉱業産品輸出局3)アアン・カナン・アディクスマ(Aang Kanaan Adikusumah)局長とのインタビューを通じ、砂、土、表土(腐植土を含む)の輸出禁止、錫地金の輸出規制に至る背景と政府の狙いを探って見た。

1. 砂、土、表土(腐植土を含む)の輸出禁止(商業省令2007年第1号)
1.1 商業省令2007年第1号のポイント
 「商業省令2007年第1号」は2007年1月22日に制定され、その内容は3条からなる。
 第1条1項は、「砂、土、表土(腐植土を含む)の輸出を禁止する」と規定し、同2項では、「1項で述べた砂、土、表土(腐植土を含む)の定義は本省令の添付文書の定義に準じる」と規定している。同3項では、「砂、土、表土(腐植土を含む)以外の砂の輸出の禁止は2007年2月6日から施行する」と規定している。
 第2条は、砂、土、表土(腐植土を含む)以外の砂の輸出契約を2007年2月5日以前に締結した企業が砂の輸出を実施するための条件を規定している。
 第3条は、本商業省令は2007年1月23日から発効すると規定している。
 
1.2 商業省令2007年第1号制定の背景
 砂、土、表土(腐植土を含む)の輸出を禁止する商業省令が制定された背景には、1976年以来隣国シンガポールにおける海岸地帯の埋立てプロジェクトの実施があり、1990年以降同プロジェクトの実施に拍車がかかったため、大量の砂の需要が発生した事実がある。
 シンガポールは、埋立てプロジェクトの実施により、自国面積を1990年の580km2から2010年までに760km2まで拡大する計画を有する。この計画によると、シンガポールの陸地面積はこの20年間で約31%増加する。
 インドネシア産の砂の急激な需要増加は、2001年8月頃から始まり、インドネシアからシンガポールへの砂の密輸も頻繁に発生した。2002年には当時の商工大臣、海洋漁業大臣、環境大臣が共同大臣令を制定し、3か月間の間、一時的に砂の輸出を禁止し、その間に砂輸出に対する政府の監視制度を確立することが定められた。同共同大臣令はさらに、無計画な砂の輸出および密輸が、環境破壊をもたらしていると指摘した。
 こうした共同大臣令が制定された直後、当時のメガワティ(Megawati)大統領も2002年5月に大統領令を制定し、商工大臣を長とした砂輸出管理監督チームを設置。
 しかし、その後も、砂の輸出および密輸の規制に政府は具体的な成果を挙げることができず、2003年2月には商業大臣が、経済的な観点から大量と見なされる砂の輸出の一時的禁止を定めた商業省令を制定。同商業省令のポイントは、「無計画な砂の輸出は、インドネシア海域の小さな島々の環境破壊をもたらすため、こうした環境破壊を防ぐための抜本的なプログラムが制定され、インドネシアとシンガポールの間の海域に関する条約が締結されるまで大量の砂の輸出を禁止する」というものだった。この商業省令で注目されたのは、無計画な砂の輸出による環境破壊以外に、インドネシアとシンガポールの間の海域に関する条約の締結といった政治的な条件が記載されたことである。
 インドネシアは、シンガポールによる海岸地域の埋立てが今後も実施される場合、シンガポールの陸地面積が増加する一方、インドネシアの海域が侵食されることを懸念しており、これを防ぐためにも両国における海域に関する条約の締結を求めている。
 他方、インドネシアの非政府組織WALHIは、2001年までに約70の小島が砂の違法採掘や密輸によって海面下に沈んだとしており、こうした実態は、インドネシア政府が度重なる砂輸出の規制を発行してきたにもかかわらず取締りを怠ってきたことを逆に裏付けるものとなっている。
 一方、シンガポールは、2003年の商業省令発行以降もインドネシアとの海域条約を締結する構えは見せておらず、これに嫌気したインドネシアが今回、新たに商業省令第2007年第1号を発行して砂の輸出を禁じる手段を取ったものと見られている。

1.3 商業省令2007年第1号の影響
 砂、土、表土(表土と腐植土を含む)の輸出の禁止に関する商業省令が制定された後、在ジャカルタ・シンガポール大使館は2007年2月19日、「砂、土、表土(表土と腐植土を含む)輸出の禁止に関する商業省令には、シンガポールとインドネシアの海域条約の締結を狙った政治的な思惑が感じられる」との声明を発表した。
 また、シンガポールのジョージ・ユー(George Yoe)外相も同国議会において、「インドネシアの海上治安調整委員会のジョコ・スマルヨノ(Djoko Sumaryono)委員長によると、今回の砂輸出禁止令はシンガポールとインドネシアの海域条約および犯罪人引渡し条約の締結を狙ったものだ」と述べたという。
 インドネシアのハサン・ウィラユダ(Hasan Wirajuda)外相は2月22日、シンガポール側のこうした憶測を否定し、「砂輸出の禁止はあくまでもインドネシア海域にある島々の環境保全が目的である」と説明している。
 商業省令第2007年1号による経済的な影響としては、砂、土、表土(表土と腐植土を含む)の輸出禁止により、シンガポールに最も近いRiau諸島州における砂輸出業者たちにとって、シンガポールとの海域条約の締結まで、砂輸出の可能性が完全に閉ざされたことである。同州政府の歳入見込みに対しても一定の打撃をもたらしたといえる。

2. 錫地金の輸出規制(商業省令2007年第4号)
2.1 商業省令2007年第4号のポイント
 「商業省令2007年第4号」は2007年1月22日に制定され、その内容は11条からなる。
 第2条1項は、「錫地金の輸出は商業省貿易総局によって錫地金輸出事業として認可された企業のみが行うことができる」と定められ、第2条2項は、錫地金輸出事業者として商業省の認可を受けるための条件を規定している。第3条は、商業省によって認可された業者が輸出できる錫地金の技術的基準(錫純度99.85%以上)を規定している。第4~5条では、錫地金の輸出は商業省が指定した検査者(Surveyor)によって認証されなければならないと定められ、検査者に指定されるための条件が明記されている。
 
2.2 商業省令2007年第4号の背景
 砂、土、表土(表土と腐植土を含む)の輸出禁止に関する商業省令の制定が多分に2国間の政治問題を持っていたのと異なり、錫地金の輸出規制に関する商業省令は、経済面および環境面からの国内事情によるところが大きい。
 商業省令の制定とともに発表されたプレスリリースの中で、マリ・パンゲストゥ(Mari Elka Pangestu)商業大臣は、「最近外国からの錫の需要が高まり国内の錫石および砂錫の違法採掘が増加したため、輸出錫地金の品質が低下し、インドネシア産の錫地金価格が軟化した。そのためこれまで自由な取引であった錫地金の輸出を規制する必要性が生じ、本商業省令を制定するに至った」と説明。
 また、商業省のディア・マウリダ(Diah Maulida)貿易総局長は、2006年11月、商業省令の審議を行なう議会第6委員会(商工・投資等担当)の作業部会において、「政府は、砂錫の輸出禁止措置を講じているが、輸出業者は法の網目を潜り抜け砂錫を加工し輸出を増加しており、砂錫輸出禁止措置は有形無実化している。インドネシアは、環境破壊や環境修復の遺産を被るばかりではなく、ロイヤルティ収入の減少と国内での高付加価値化の機会が喪失している。輸出された粗錫はシンガポール、マレーシア、タイで経済的価値の高い製品に加工され、インドネシアはこれら製品から得られる外貨収入の機会を失っている」と法整備の必要性を強調。
 エネルギー鉱物資源省のウィトロ・スラルノ(Witoro Soelarno)技術環境局長も、「錫の違法採掘が増加したため、政府のロイヤルティ(Royalty)歳入が激減し、およそ1000万US$の損害が生じた」と指摘。
 商業省貿易局産業鉱業産品輸出局アアン局長は、「商業省令2007年第4号は、政治的意図はなく、違法鉱業による環境破壊が最大の要因である。錫の産地となっているBangka島では、一般住民が自宅周辺で錫を採掘している光景があちこちで見られ、こうした環境破壊を防止するための措置である。」と明言。
 
2.3 商業省令2007年第4号の影響
 商業省令2007年第4号は上述の通り、砂、土、表土(腐植土を含む)の輸出禁止に関する2国間の政治的な影響は皆無と言える。
 同商業省令は、錫の輸出を中央政府が認可した業者のみに限定することになるため、従来、Bangka・Belitung県などが発効していた鉱業権の他に中央政府による錫地金輸出事業者としての登録が必要になり大きな混乱を招いている。
 4月3日現在、中央政府によって認可された錫地金輸出事業者は2社(PT TimahとPT Bellitin Makur Lestari)。また、商業省が認可した検査者(Surveyor)は2社でPT ScofindoとPT Surveyor Indonesiaが登録されている。

3. まとめ
 インドネシアは、商工省令1998年第558号(No.558/MPP/Kep/12/1998)に基づき輸出規制品を指定している。現在は、数度の改定を経て、原油、合板、繊維、肥料、砂錫(鉱石・精鉱)等が輸出規制対象となっている。今回、新たに2007年1月22日付け商業省令2007年第1号により砂、土、表土(腐植土を含む)が、同日付けの商業省令2007年第3号により岩塩、大理石、石灰等が、さらには同日付けの商業省令2007年第4号で錫地金が輸出規制されることになった。政府は、これにより一次産品の違法採掘や密輸を防止し取締りを強化することで環境保全を徹底する方針である。一方、錫地金については、ロイヤルティ収入の改善、付加価値化機会の創出、輸出割り当て制度導入の検討などが伝えられていることから一部は資源ナショナリズムの高揚に後押しされた動きと見て取れる。
 したがって、現在、新鉱業法案が議会で審議されているが、ニッケル、銅などの製錬義務化に関し、より資源ナショナリズムを意識する議論が展開されていくものと想像され、今後の議会およびエネルギー鉱物資源省の動きをより注視する必要がある。
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 1) Permendag No. 02/M-DAG/PER/1/2007 Tentang Larangan Ekspor Pasir, Tanah dan Top Soil
 2) Permendag No. 04/M-DAG/PER/1/2007 Tentang Ketentuan Ekspor Timah Batangan
 3) Direktur Ekspor Produk Industri & Pertambangan, Ditjen Perdagangan Luar Negeri

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