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メキシコ(ソノラ州)のモリブデン鉱業
まえがき メキシコは世界第6位のモリブデン産出国であり、世界の生産量の約3%を占めている。メキシコは我が国にとって、チリに次ぐ第2位のモリブデン鉱供給国(2006年には年間6,550tのモリブデン焙焼鉱を同国から輸入)であり、同国のモリブデン鉱業の今後の趨勢は、我が国のモリブデン需給に大きな影響を与えるものと考えられる。本稿では、メキシコのモリブデン鉱業の概要、ラ・カリダ鉱山のモリブデン生産状況、ソノラ州内のモリブデン探鉱プロジェクトについて紹介する。 |
1. モリブデン鉱業の概要
メキシコのモリブデン生産は1999年のピーク時には約8,000tに達していたが、2000年以降急激に減少し、2002年の生産量はピーク時の半分にも満たない約3,500tまで落ち込んだ。2003年以降は徐々に生産が回復し、2005年の生産量は4,200tに達した。
図1 メキシコのモリブデン生産量(金属量:t)出典:ソノラ州政府鉱山総局
メキシコ国内で生産されているモリブデンは、全量がソノラ州ラ・カリダ(La Caidad鉱山の銅の副産物であるが、最近のモリブデン市況の好調に刺激され、同州カナネア(Cananea)鉱山でも銅精鉱からのモリブデン回収を検討中である。また、ソノラ州ではモリブデンを対象とした探鉱活動も活発に行われている。図2にソノラ州の主要モリブデンプロジェクトの位置を示す。
図2 ソノラ州の主要モリブデンプロジェクト位置図
2. ラ・カリダ鉱山のモリブデン生産状況
ラ・カリダ鉱山は、カナネア鉱山に次ぎ国内第2位の生産量を誇る銅鉱山であり、メキシコ最大の鉱山企業であるグルポ・メヒコ社(Grupo Mexico)の傘下にある。同鉱山のモリブデン生産状況等の概要は以下のとおりである。
(1) 鉱床の概要 ポーフィリーカッパー鉱床。資源量は40年分あり、精鉱向け鉱石の平均品位はCu 0.4%、Mo 0.03%、SX-EW向け鉱石の平均品位はCu 0.2%である。主な銅鉱物は輝銅鉱、黄銅鉱、銅藍、斑銅鉱である、モリブデンは輝水鉛鉱として産する。高品位部のモリブデン品位は0.08%程度である。 |
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写真1 ラ・カリダ鉱山オープンピット
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(2) 操業の概要
2006年3月に発生し、7月に政府承認を得た上での労働者大量解雇によって解決した違法ストライキの影響はなくなり、現在は平常操業に戻っている。同ストライキ終結後、勤務体制を3交代から2交代に変更した。採掘は、ディスパッチシステムを導入した露天掘りで行っており(写真1参照)、32台のダンプトラック、6台のドリリング機械を稼動している。採鉱量は220千t/日、内130千tがSX-EWで、90千tが選鉱プラントで処理される。カットオフ品位(銅換算)は、SX-EW向けが0.16%、選鉱プラント向けが0.3%である。SX-EWプラントのカソード生産能力は60t/日である。2005年の銅生産量はカソードと銅精鉱の合計で144千tであった。
(3) モリブデン精鉱の生産 採掘された鉱石(精鉱向け)は3次の破砕工程を経た後、磨鉱、選鉱工程に送られ、銅/モリブデン(Cu/Mo)精鉱が生産される。Cu/Mo精鉱中のCu品位は25%、Mo品位は1.5~2%程度である。Mo/Cu精鉱から、さらに8段の選鉱工程を経てモリブデン(Mo)精鉱が生産されている(写真2参照)。Cu/Mo精鉱からMo精鉱を分離するための浮選剤としては、NaSHを使用している。Mo精鉱プラントの従業員数は18名(6名×2直3交代)である。 生産された精鉱は、クンパス(Cumpas)町郊外(ラ・カリダ鉱山との位置関係については図2参照)にあるMolymex社(チリ資本のMoymet社の子会社)のプラントで焙焼処理される。同社プラントの三酸化モリブデン生産能力は22百万lb/年とされている(注1)。 ラ・カリダ鉱山産のMo精鉱は世界でも有数の高品質を誇っていたが、近年、採掘鉱石中の黄銅鉱が増えたために、品質低下の問題が生じている。具体的には、精鉱中のMo品位の低下(58%→56~56.5%)とCu含有率の上昇である。Molymex社との契約では、精鉱中のCu含有量が0.4%を超えるとペナルティを支払わなければならない。 |
写真2 モリブデン精鉱浮遊選鉱装置 |
3. ソノラ州内の主要モリブデンプロジェクト
ソノラ州内では、モリブデンを対象とした探鉱活動が活発に行われている。また、国内第1位の銅生産を誇るカナネア鉱山では、モリブデンを副産物として回収することを検討中である。以下に州内の主要モリブデンプロジェクトの概要を紹介する。
(1) Potreritos 国有鉱区(Asignacion)
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i 鉱 業 権 者 : |
メキシコ地質調査所(SGM:Servicio Geologico Mexicano) |
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ii 位 置 : |
ジェコラ町西方30km |
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iii 鉱 床 概 要: |
斑岩銅鉱床。サンプル分析によるCu品位は0.3~3%程度、Mo品位は0.07~0.7%程度。 |
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iv 沿 革: |
本鉱区内には、60年代に地元企業がモリブデンを対象に採掘を行っていた旧坑が二つ(Buena Vista及びLa Providencia:写真3、4参照)あるが、モリブデン価格の低迷により閉山された。SGMは広域地質図作成中に旧坑周辺の有望性に着目し、国有鉱区(asignacion)とした。現在までにSGMが実施した地質調査により、旧坑を含め銅、モリブデンを対象とした4箇所の探鉱ターゲットが抽出されている。 |
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v 今後の計画: |
現在、ボーリング地点を選定するための物理探査を実施中。ボーリング調査は2007年5月または6月から開始する予定。2008年の公開入札の対象鉱区とする予定。 |
写真3 旧坑坑口(La Providencia)
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写真4 坑道内部(La Providencia)
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(2) Los Verdesモリブデン・銅プロジェクト
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i 鉱 業 権 者 : |
Virgin Metals Inc.(カナダ) |
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ii 位 置: |
ジェコラ(Yecora)町西方20km |
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iii 鉱 床 概 要: |
斑岩銅鉱床。鉱床の延長は800m以上、幅は65~220m。断面はくさび状を呈し、厚さは50~190m。鉱床は西から東に銅/タングステン帯、銅/タングステン/モリブデン帯、銅/モリブデン帯に3分される。資源量(Measured & Indicated resources)は10,502,000t、平均品位はMo 0.124%、Cu 0.46%、W 0.085%。 |
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iv 沿 革: |
1950年代にモリブデンの小規模露天掘りが行われていた。1970年代には、コミンコ社とペニョーレス社の共同ボーリング調査が実施された。1990年代に銅酸化鉱のリーチングプロジェクトが計画された。 |
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v 今後の計画: |
2007年第3四半期に試験操業開始を計画している。試験操業は鉱石処理量200~300t/日の規模で開始し、2008年末までには操業規模を2,000~3,000t/日に拡大することを目指している。 |
(3) Cuatro Hermanos 銅・モリブデンプロジェクト
i 鉱 業 権 者: |
Morgain Minerals Inc.(カナダ) |
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ii 位 置: |
エルモシージョ市南東155km |
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iii 鉱 床 概 要: |
斑岩銅鉱床。Main Zone、Cactus Zone、Sulphate Zone、及びNorth and South Conglomerate Zonesの4つの鉱化帯が確認されている。平均品位はCu 0.48%、MoS2 0.035%(15本のボーリング調査の平均)。 |
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iv 沿 革: |
本地区での探査は1969年にOccidental Petroleum社が開始した。その後、Amoco社(1974~75)、Cominco社(1981)、Morgain社(1993~)が系統的な探査を実施している。2005年11月にCH Copper International Ltd.がMorgain社と本鉱区での生産開始時に権益全てを取得できるオプション契約を締結した。CH社はその後、同オプションをVirgin Metals Inc.に譲渡している。 |
(4) El Creston モリブデンプロジェクト
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i 鉱 業 権 者 : |
Georgia Ventures Inc.(カナダ) |
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ii 位 置: |
エルモシージョ市北東135km |
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iii 鉱 床 概 要: |
斑岩モリブデン鉱床。鉱化作用は53Maの石英モンゾナイトに関連する。母岩の大部分は原生代の花崗岩である。 |
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iv 資 源 量 : |
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v 沿 革: | 本地区での探査は古い歴史を持つ。当初は金銀を対象とした探査が行われていたが、既に1930年代にはモリブデンの資源ポテンシャルを有することが知られていた。1974年から1980年にかけて、Amax社がペニョーレス社をパートナーとして26孔のボーリングを含む本格的な調査を実施した。1980年に、本地区の調査は上記ニ社が保有するFresnillo社に引継がれたが、Amax社がCyprus社に合併されたことを契機として1994年に鉱区は放棄された。その後、Ceston Mining Corp.が本鉱区の権益を獲得したが、2007年3月に本鉱区の権益はCreston社からGeorgia Ventures Inc.に譲渡されている。 |
(5) カナネア鉱山のモリブデン回収計画
カナネア鉱山の銅鉱石には、モリブデンが120~150ppm(鉱床深部では200ppm)程度含まれている。同鉱山では、2008年以内にモリブデン精鉱の生産を開始するべく、実験室規模の試験を実施している。モリブデン精鉱生産は、ラ・カリダ鉱山で採用されている工程と類似の方式で行う予定である。
(6) 上記プロジェクトからのモリブデン生産
Los Verdesプロジェクト及びカナネア鉱山のモリブデン回収計画が順調に進めば、2年後のメキシコのモリブデン生産量は現在の約2倍となり、8,000t(金属量)に達すると試算される(注2)。また、Potreritos鉱区内の旧坑は、訪問した筆者の私見ではあるが、小額の投資で再開が可能と考えられる。
4. おわりに
モリブデンは生産の6割以上が銅鉱山の副産物として生産されるという特殊性があり、また、精鉱焙焼能力の不足から供給障害が生じやすい金属といえる。さらに、中国を中心に鉄鋼・特殊鋼分野での需要増が予想されているため、モリブデンの新たな供給先を確保していく必要がある。
このため、我が国にとって世界第2位のモリブデン鉱供給国であり、かつ、有望な新規プロジェクトを有するメキシコ(同国から見た場合、我が国はモリブデン鉱の最大の輸出先)のモリブデン鉱業の趨勢を注意深く見守る必要がある。
(注1)Molymex社HPの記載。
(注2)La Caridad鉱山のMo生産量を4,000t、Los Verdesの採鉱量を2,500t/日、Cananea鉱山の精鉱向け採鉱量を130,000t/日、後二者のMo回収率がLa Caridad鉱山と等しいと仮定して、各プロジェクトのMo品位を基に試算。