報告書&レポート
チリ北部における鉱山用水問題

チリは南緯18度から南緯56度の南北2,500kmにわたる狭長な国土を有し、北の砂漠~ステップ気候、中央部の地中海~西岸海洋性気候から更に南端部のツンドラ気候地帯に跨る。チリにはワールドクラスのポーフィリー銅鉱床と酸化鉄銅金鉱床を産するが、いずれもサンティアゴ以北の砂漠・ステップ気候、地中海・西岸海洋性気候区に産する。とりわけ、北部のアタカマ砂漠に多くの鉱山が集中する。アタカマ砂漠一帯は年間降水量10mm/年以下の乾燥地帯で水資源が限られていることから近年環境問題も絡み、鉱山用水確保が深刻な問題として顕在化してきた。特に新たな鉱山開発および拡張計画にともなう用水確保は益々困難になり、生産コスト上昇要因になることは必死である。最近チリ政府も鉱業界と協調してこの問題解決に向けて動き出したところである。チリ北部における鉱山用水問題についてその現状を報告する。 |
1. チリ北部の気候区と鉱床生成区
チリの太平洋沿岸は南からフンボルト海流が北上するため海岸地域は低温であるが、チリ北部からサンティアゴ付近にかけての内陸部は高温となる。このため海岸地域の気候区は「曇天砂漠」~「曇天ステップ」に、内陸部は「砂漠」~「砂漠周辺」に、更にアンデス山脈側は「砂漠周辺高地」~「ステップ周辺高地」に区分される(図1右)。降水量は、アンデス山脈では200-300mm/年の降水量があるが、アタカマ砂漠を中心とした砂漠地帯では年間雨量が10mmにも満たない(図1左)。航空機でアリカからサンティアゴに向けて南下すると、ラセレナ付近から植生が目立つようになり、気候区の違いが明瞭にわかる。
一方チリの銅鉱床生成区を見てみると、海岸山脈にジュラ紀から白亜紀の酸化鉄銅金鉱床生成区が、更に内陸側には新生代のポーフィリー銅鉱床生成区が発達する(図1左)。Collahuasi、ChuquicamataやEscondida鉱床といった新生代前期の超大型ポーフィリー銅鉱床のほとんどが年間降水量10mm以下の砂漠地帯に産する。一方Los Pelambres、Andina、Los BroncesおよびEl Tenienteといった新生代後期の超大型鉱床は、降水量も十分にある温暖気候区内に存在しており、これらサンティアゴ市東方にある鉱山では鉱山用水不足といった問題はない。
図1.チリ北部の降水量・主要鉱床分布(左)および気候区(右)
2. チリ北部の地形と水理地質
(McKitrrick, 2007)
図2. チリ北部の地形断面模式図(上)
および中央低地の水理地質断面(下)
TDS:全溶解塩濃度
チリ北部の地形は、図2に示すように、サンティアゴからアントファガタス付近までは、太平洋側から内陸に向かって海岸山脈(Costal Cordilera)、中央低地(Central Depression)、ドメイコ山地(Cordilera Domeyko)、プレアンデス盆地(Pre Anidean Basin)、西コルディレラ山脈(Western Cordilera)と変化する。一方北部のイキケ付近では、海岸山脈(Costal Cordilera)は低く、太平洋岸から一気に西コルディレラ山脈に至る。しかし北部一帯は第四紀の火山を除けば全体に急崖を有する山岳地形は少なく、サンティアゴ東方のコルディレラに比べると比較的なだらかな地形を示す。海岸地域は既述のようにフンボルト海流のために曇天が多いが降雨はほとんどない。西コルディレラ山脈の北部では1-2月にボリビアの冬(Inverano Boliviano)と言われる集中的な降水があり、これが塩湖や地下水脈の起源となり主に伏流水として流入する。また局所的ではあるがボリビア・QuetenaにあるSilala盆地から流出するSilala川も水源となっている。当然河川はワジとなって伏流し、地表を流れるものは非常に少ない。ドメイコ山地と西コルディレラ山脈の間のプレアンデス盆地および海岸山脈とドメイコ山地の間の中央低地に伏流水がトラップされ帯水層を形成する。中央低地の水理地質断面を図2(下)に示す。地形的高地から塩湖に向かった動水勾配を形成し、塩湖が湧水ゾーンとなっている。また塩湖では塩濃度が高いが離れるに従い低下する。
チリ北部の鉱山では主としてこれら塩湖および地下水脈から揚水している。砂漠地帯では、蒸発散量が多いため人工的取水が無くても水収支は極端に悪くっており当然地下水の自然減少も無視できない。
コピアポ付近まで南下するとステップ気候区になり、降水量もやや増加、西コルディレラ山脈には氷河が存在し農業用として氷河の融水を利用している。Pascua Lama金・銀鉱床開発では氷河の移動を巡って地元農民による鉱山開発反対運動が起こったことは記憶に新しいところである(金属資源レポート2007年1月号)。
3. 水資源管理と水資源保護
チリの水資源管理は、1981年に制定された水典法(Codigo de Aguas、No.20,017)に基づき、公共事業省水資源総局(DGA:Direccion General de Agua)が管轄している。水典法によると、水利権所有者は無料でかつ無制限に水を使用することが出来たが、2006年1月から施行された改正法では、従来なかった水量制限が設けられ、企業は使用する水量の正当な技術的根拠を求められるようになった。このためアタカマ砂漠のような水資源に乏しい北部での適切な使用量は当然地域の収支バランスから決定されることになり、鉱山で必要とする用水を確保できない場合が出てくることになった。
チリ北部の海岸山脈とドメイコ山地およびドメイコ山地と西コルディレラ山脈の間には多数の塩湖が存在しており、河川のない当地域では数少ない水場になっている。図3に示すように近年自然保護の観点から水資源保護区やラムサール条約登録湿地の指定地になっているところが少なくなく、益々鉱山用水の採取が困難になって来ている。
チリ政府環境当局は、鉱山に対して地下水の使用を自主的にカットするように求めているが、Collahusai鉱山では、近隣のCoposa塩湖の水位が低下したとして地方政府当局から1,000L/秒から760L/秒に取水制限を受けている(2006年3月10日付け Diario Financierio紙)。
図3.チリ第Ⅲ州の鉱山分布と水資源に関連した保護区および取水制限区域
(McKittrick,2007)
凡例 濃緑色:森林委員会(CONAF)指定保護区、淡緑色:国立公園、黄色:取水制限若しくは禁止区域、水色:塩湖、赤:帯水層・湿地保護区、ハッチ:Pampa del Tamarugal保護区、赤丸:ラムサール条約登録湿地、深紅:軍演習場
チリとアルゼンチンおよびボリビア国境は分水嶺に引かれていることが多いが、Chuquicamata鉱山上流のSilala川の源流はボリビア国内にあり、その水利権を巡って両国では古くから問題が起こっているが、最近ボリビアのMorales大統領は同河川を活用して地域の工業化を進めるためとして、一時軍隊約20名を派遣して示威行動を行っており、鉱山地帯への重要な水源地域の動きも目を離せないところである。
4. 鉱山における水使用量
チリ国内全体では、農業分野での使用が最も多く鉱業分野では僅か7%であるが、鉱業州である北部の第Ⅱ州では鉱業分野の使用割合は68%にも達している(McKitrrick, 2007)。
鉱山における水の使用は、硫化鉱を処理する場合は、殆どが選鉱プラントで使用され、また酸化鉱を処理する場合はSX-EWプラントで使用される。使用量は、モリブデンの選鉱を伴う場合は、更に多くの水を使用することになる。Collahuasi鉱山で生産されるモリブデンは、銅精鉱として積み出し港のPuerto Patacheで銅精鉱と分離している。表1にMcKittrick(2007)によるチリの主要鉱山における鉱石処理量、銅生産量、水使用量を示す。ただし、銅生産量に比べ鉱石処理量が少ない場合が見られ、水の使用量が実際よりはやや少ないように思われる。硫化鉱の選鉱の場合は0.4~0.7m3/t(鉱石処理量)、酸化鉱のSX-EWの場合0.1~0.4m3/t(鉱石処理量)と見積もっている。
表1.チリ第IおよびⅡ州の鉱山別水使用量 |
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McKittrick(2007) |
* 鉱石処理量トン当り |
5. チリ北部鉱山の現状
第Ⅱ州全体の最大適正使用量は260,000L/秒と言われているが2005年の申請量は2004年比40.1%増の342,000L/秒となった。チリ水資源総局(DGA)は第Ⅱ州の新たな水資源開発許可および水利権認可を停止したほか、第Ⅱ州以外でも新たな水利権の認可を停止しており、新規鉱山開発や拡張に必要な用水は、既存の水利権を購入しなければならないことになる。以下チリ北部各鉱山の現状を紹介する。
・Escondida鉱山:160百万US$を投資して海岸から山元まで170km、比高3,000mのパイプを敷設し、鉱石積出港Colosoで海水を淡水化し、4つのポンプステーションを経由して送水している(525L/秒)。2004年に隣接するZaldivar鉱山から15年間の水利権を214百万US$で購入している。同鉱山では更に不足分を確保するため、2007年1月、第Ⅱ州地方環境委員会(COREMA)に投資額30百万US$でAtacama塩湖から1,027L/秒の揚水計画を提出したが、5月に水資源総局(DGA)は生態系に影響を及ぼすとして用水量を削減するよう要請、同鉱山では環境影響調査の再検討を行っている。
・Collahuasi鉱山:近隣のCoposaおよびMichincha塩湖から取水しているが、チリ第I州環境委員会は、同鉱山の取水により塩湖の水位が低下し塩湖周辺に生息する生物の生態系に影響がでるとして、2006年3月、同鉱山が必要とする水量の70%に相当する760L/秒に取水制限を行った。取水制限は2010年までにさらに300L/秒まで段階的に制限されることになっている。同鉱山の拡張(Rozario Oeste鉱床開発)には新たな用水確保は不可欠となる。
・Cerro Colorado鉱山:2006年2月、第Ⅰ州地方環境委員会はLagunillas湿地帯の水位が低下したとして89,000US$の罰金を課した。これに対して同鉱山では、2006年7月に70百万US$を投じてCoposa塩湖の北方で揚水井戸を掘削する予定で、300-500L/秒を確保すると発表した。
・Michilla鉱山:酸化鉱のSX-EWからカソードを生産しているが、海岸に近いこともあり鉱山用水として海水を利用している。
・Esperanza鉱山(未開発):150-200百万US$を投資して海岸から山元まで140kmのパイプを敷設し海水をポンプアップ、そのうち10%のみを淡水化し、選鉱工程のうち精鉱洗浄のみに淡水を使用する計画を持っている。
6. 第IV州以北の鉱山開発計画と鉱山用水対策
チリ北部では2012年ごろまでに次のような新規鉱山開発が計画されている。
・ Alejandro Hales(第Ⅱ州):2011年から生産開始、精鉱生産量(銅含有量)200,000t/年
・ Gaby(第Ⅱ州):2008年から生産開始、SX-EWカソード生産量150,000t/年
・ Esperanza(第Ⅱ州):2010年から生産開始、精鉱生産量120,000t/年
・ Fortuna de Cobre(第Ⅱ州):2009から生産開始、SX-EWカソード生産量75,000/年
・ Cerro Casale(第Ⅲ州):2012年から生産開始、精鉱生産量125,000t/年
・ Frankenstein(第Ⅲ州):2009年から生産開始、SX-EWカソード生産量25,000t/年
・ Caserones(第Ⅲ州):2011年から生産開始、SX-EWカソード生産量110,000~150,000t/年。
・ Andacollo(第Ⅳ):2009年から深部硫化鉱生産開始、精鉱生産量85,000t/年。
なお地元紙情報によると、Collahuasi鉱山(第I州)では現在採掘中のRosario鉱床の東側でRosario Oeste鉱床を発見しており、Rosarioピットを拡張して450,000t/年から900,000t/年(銅含有量)に増産する計画がある模様。
上記新規開発計画プロジェクトの多くは既に水利権を獲得していると思われるが、単純にSX-EWに必要な水量を0.25m3/t(鉱石処理量)、選鉱に必要な量を0.55m3/t(鉱石処理量)とすれば、全鉱山が稼動すれば116,000m3/日が新たに必要となって来る(Collahuasi拡張分は含まず)。更にそれ以上の鉱山用水を確保することは非常に難しい状況である。
新たな水利権が認められない状況下で、鉱山用水確保には堆積ダム貯水の再利用、淡水化海水のポンプアップといった手段が考えられる。後者については既述のようにEsocndida鉱山で実施しているが、投資額は160百万US$と言われており大型優良鉱山であるEscondida鉱山ゆえに投資できる事業で、新規開発鉱山では大変な負担増になる。Caseronesに海水をポンプアップするには、150百万US$の投資が必要と言われている(2007年2月10日付けLa Tercera紙)。
水利権の価格は第ⅠおよびⅡ州では75,000-225,000US$/L/秒、第ⅢおよびⅣ州では7,500-15,000US$/L/秒と言われている(McKitrrick,2007)。また第ⅠおよびⅡ州ではサンティアゴの2.7倍もするという報告もある(Guajardo, 2006)。
おわりに
チリ北部では降水量が限定されているため、水収支から塩湖や地下水脈からの取水は限界に近づいてきていると言われており、一部農業用水も含め水資源の争奪戦の様相を呈してきた。チリ北部での鉱山開発には水利権の確保が極めて重要であるが、取水量の限定された水利権では十分な水の確保が出来ない状況となっている。尾鉱ダム貯水の再利用、淡水化海水のポンプアップなどの方策が考えられるが生産コスト上昇に繋がることは避けられない。政府当局は水利権のスワップや水の使用を削減する技術導入を図るべきと提案しているが未だに具体的な解決の道は示されていない。
チリの銅生産量は2006年の535万tから、Alejandro Hales、Cerro Casale、GabyおよびEsperanza等の新規鉱山開発および拡張計画が順調に進めば、2012年には680万t生産体制になると見られている。しかし鉱山用水問題は、チリ北部での新規鉱山開発や拡張計画に大きな影響を与えることは避けられない状況にあり、今後探査段階から鉱山用水確保を念頭に置かなければならない。
参考文献 | |
Cabrera, L., Chong, G., Jensen, A.,Pueyo, J. J.,Saez, A. And Wilke, H. G. (1995) | |
Cenozoic and Quaternary lacustrine system in northern Chile (Central Andes, Arc and Foe-r Arc zones). Recent and Ancient Lacustrine System in Convergent Margins, GLOPAS-IAS Meeting, Antofagasta 12-18th November 1995 | |
Guajardo, J.C (2006) Future Copper Growth Potential in Chile..Macquaire Connection Copper in Chile資料 | |
McKitrrick,R.(2007) Desarrollo y Proteccion de Recursos Hidricos del Norte Chile. 第6回世界銅会議資料 |

