報告書&レポート
カナダの重希土類に富むプロジェクト:Thor Lake
JOGMEC希少金属備蓄部とバンクーバー事務所は、中国の資源政策の変化を背景に供給不安が高まるレアアースの安定供給に資するため、2007年7月に本邦関心企業向け、カナダの重希土類に富むThor Lakeプロジェクトを訪問する機会を設けた。ツアーには日系各社などから7名の参加を得るなど、改めて本邦関係者のレアアースに対する関心の高まりを確認した結果となった。本稿では、このツアーでの知見を踏まえ、Thor Lakeプロジェクトの現状と探鉱開発を推進する在トロントAvalon Ventures社の取り組みについて紹介したい。 |
1. はじめに
世界のレアアース(希土類)生産は、現在のところ中国一国がその95%以上を担っているが、近年中国国内において、この生産や貿易に関する大きな変化が現れている。中国国内では、環境問題の顕在化とこれに伴う産業規制、エネルギー問題の視点からのエネルギー多消費産業への規制、外貨準備高の急増をうけた貿易摩擦の回避、また国内産業の競争力強化といったことが政策課題として掲げられており、これに基づいて、希土類生産者の選択と淘汰を目指したライセンス制の導入、外貨獲得から内需を優先し、希土類の輸出を規制するといった動きが顕在化している。中国におけるこうした政策上の変化は、希土類原料供給上の構造的な変化を意味しており、ユーザーの間で中長期的な安定供給についての関心は高まりをみせている。
希土類の今後の需要の伸びを考えると、とりわけ中~重希土類の確保に高い関心が寄せられている。ディスプロシウム、テルビウムは高性能磁石の添加剤として注目される原料であり、高性能磁石はハイブリッドカーや燃料電池車に搭載されるモーターを製作するための主要部品であることから、今後急速な需要の高まりが見込まれている。またこうした中~重希土類は、蛍光体材料、セラミックコンデンサなどのハイテク分野、また原子炉中性子遮蔽材(Gd)といった今後とも需要の拡大が予想される分野にとって欠かせない原材料にも相当していることから、中国以外の新たな安定的な供給ソースの開拓、供給の多様化が求められているのである。
JOGMEC希少金属備蓄部とバンクーバー事務所はこうした現状を踏まえ、日本企業の北米における資源確保を促進する目的で2007年2月には日本企業向けに視察ミッションを組織し、探鉱開発プロジェクトを有する複数の企業*をデンバーに招いて、プロジェクトの現状を把握する機会を提供した。その後、このうちとりわけ中~重希土類に富むカナダThor Lakeプロジェクトに注目し、プロジェクトのオペレータであるAvalon Ventures社のご協力の下、7月17日に日系関心企業数社と共に現地調査を行ったところである。本稿では、現地ツアーで得られた知見を中心に、Thor Lakeプロジェクトの概要と、プロジェクトを推進する在トロントAvalon Ventures社の最近の取り組みについて簡単に報告したい。
* 面談企業は、Avalon Ventures社のほか、在Great Western Minerals Group社(Hoidas Lakeプロジェクト、カナダ・サスカチュワン州)およびMolycorp社(Mountain Passプロジェクト:休止鉱山、米国・カリフォルニア州)。
2. Thor Lakeプロジェクトの経緯、権益関係、鉱床、開発計画
Thor Lakeプロジェクトはカナダ中西部、ノースウエストテリトリー、イエローナイフの100km南東に位置する原生代のアルカリ複合貫入岩体に伴う多鉱種のレアメタル鉱床であり、現在トロントのAvalon Ventures社が100%の権益を保有する(図1)。Thor Lakeには、イットリウム、レアアース、ベリリウム、タンタル、ニオブ、ジルコニウム、ガリウムらの濃集がみられ、生産に至る可能性があるが、最近の産業ニーズの高まりから、なかでも中~重希土類の産状に関係者の注目が集まっている。
図1 Thor Lakeプロジェクト位置図 Wardrop社(2007)より
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本邦では、2007年5月の資源地質誌に石原・渡辺両氏によってThor Lakeプロジェクトの地質・鉱床の概要が紹介され、地質技術者を中心に既にご存じの方も多いと思われる。本稿では地質記載に関する重複は最小限に留めることとし、探鉱の経緯や権益関係、今後の探鉱計画、開発計画など、2007年6月央に刊行されたスコーピングスタディ*と当日ご説明頂いた内容を中心として概要をご紹介することとしたい。
*予察的な経済性調査。プレFSの前段。
2-1 プロジェクトの経緯、権益関係
Thor Lake鉱床の発見は1972年に遡る。当時カナダ連邦政府により行われたウラン探査を目的とした空中放射能探査によって顕著な放射能異常が検出されたことが発見の端緒となった。1976年にはHighwood社がウランのポテンシャルに注目しThor Lake鉱区を取得、その後約3年間探鉱を行ったのであるが、ウランを欠きトリウムに富むこと、またニオブ、タンタル、イットリウム、レアアースらレアメタルが顕著に濃集することが次第に明らかになっていった。その後、1980年にPlacer社が参入し、予備的選鉱試験を実施したものの有望性を見いだせず撤退。また1986年にはHecra Mining社が参入し、斜坑を掘削しバルクサンプルを取得、パイロットプラントを用いた本格的な選鉱試験を実施し、FSを完成させたのであるが、その後の市況急落から開発は塩漬けとなり、Hecla社は結局1990年にプロジェクトからの撤退を決めたのである。その後Thor Lakeプロジェクトは数社の手を渡ったものの、実質的には塩漬けの状態が続いていた。Avalon Ventures社は2005年5月に当時の鉱区保有者であるBeta Minerals社から鉱区を購入し、探鉱・開発を手がけることになった。
Thor Lake鉱床を発見したHighwood社は主に1980年代の探鉱期間中、一貫して探鉱オペレータを努めてきていた。Avalon Ventures社によるプロジェクトの再開に伴い、当時のHighwoodの中心的地質技術者であったDavid Truman氏、Chris Pedersen氏が再びAvalon Ventures社に集まり、開発に向けた中心的なスタッフとして従事している。Avalon Ventures社CEOであるDonaldo Bubar氏に、当該プロジェクトを手がけるきっかけは何かと尋ねたが、ノースウエストテリトリー地方政府から進言もあったということであるが、実のところThor Lakeの開発を夢見る元Highwood社技術者がBubar氏の手腕を見込み、プロジェクトを獲得するよう働きかけたということが真の経緯のようである。
プロジェクトに関する鉱区オーナーはノースウエストテリトリーの先住民企業であり、Avalon Ventures社は100%コントロールできる21年間の鉱業賃借権を有している(満了時更に21年間の延長可能)。またプロジェクト初期段階での個人2名の権益も存在しており、5.5%のネット・スメルター・ロイヤルティが設定されている。プロジェクトの総鉱区面積は4,249haである。
地質巡検当日はBubar氏、Truman氏、Pedersen氏らの参加を得、North T Zoneの露頭部、貯鉱を観察しつつ、地質の説明を受けたほか、開発までのイメージなどについて話を聞くことができた。
2-2 鉱床
図2にThor Lakeプロジェクト周辺の地質を示す。Thor Lake鉱床のうち、ある程度の探鉱を通じて既に資源量が把握され、開発が見込まれている鉱体は、北部の小規模高品位鉱体であるNorth T Zone、および南部の大規模鉱体であるLake Zoneの二つである。鉱床は原生代のGrace Lake花崗岩の中に貫入したThor Lake閃長岩に伴われて生成した熱水性鉱床と考えられている。
図2 Thor Lake プロジェクトの周辺地質、North T ZoneとLake Zoneの位置
Trumanほか(1988)より |
North T Zone
North T ZoneはLake Zoneの北端から約1km北方に位置する径100m程度の鉱化帯で、Grace Lake花崗岩の中に発達するNW-SE方位の弱線に沿って生成する。North T Zone鉱体は、上から下に向かって収束する漏斗状の形態を呈しており、伴われる鉱化作用には垂直方向の累帯が存在する(図3)。最下位には重希土に富む帯が位置しており、上位に向かい、順に重希土とベリリウムに富む帯、リチウムと軽希土に富む帯、無鉱化の石英帯の順に累重する。最下位の重希土類に富む帯の鉱石は主に石英、磁鉄鉱、緑泥石からなり、これに様々な量比の蛍石、ジルコンが伴われる。イットリウムと重希土類はソライト(thorite、 ThSiO4)およびこれと密接に共存する考えられるゼノタイム(xenotime、 YPO4)に伴われる模様である。この上位でベリリウムに富む帯に漸移するが、ベリリウムは珪酸塩であるフェナサイト(phenacite、 Be2SiO2)に含まれる。世界のベリリウム鉱床のうち、主要な鉱石鉱物としてフェナサイトに経済性が見いだされている産状とはThor Lakeのみであるらしい(Pedersen氏)。鉱体は、この上位で石英、含リチウム雲母[polylithionite、 KLi2AlSi4O10(F, OH)2]、アルバイトから構成される部分、更に上位で主に軽希土を含有するバストネサイト[bastnaesite, (Ce、 La)CO3(F、OH)]に富む部分に移化する。総じて上部に向かいシリカ含有量は漸増する傾向があり、最上位の石英帯では、ほとんど石英のみからなり、部分的に微量の炭酸塩鉱物、硫化物、蛍石が伴われる程度である。
図3 North T Zoneの鉱化断面と鉱量計算の上で区分された帯
Wardrop社(2007)より |
母岩となる花崗岩と鉱体との間には幅10m程度の角礫化の著しい部分が生じており、Wall Zoneと呼称されている。Wall Zoneはマイクロクリンの巨晶(30cm)とこれを交代するアルバイトからなっており、微量の石英を伴う。Wall Zoneでは全岩で500ppm程度のガリウムが含まれる模様で、現在Avalon社によってその経済性の有無について関心が払われている。ガリウムは長石中のアルミニウムを交代して存在すると考えられている。
Lake Zone
Lake Zone鉱体は花崗岩中に貫入したLake Zone 閃長岩の西縁に位置を占めて産する。Lake Zone鉱体は平面図上では、長径約2kmのおむすび型の分布を呈し、およそ鉱体の北側半分は水深5~7m程度の湖、Thor Lakeの形態に一致している。鉱体の断面を考えると、地表下150mまでに水平方向に広がるイットリウム・重希土類に富む富鉱層が3層確認されているという(Pedersen氏談)。Lake Zone鉱体の下位でネフェリン閃長岩が存在しており、こうした鉱化帯はこの岩型を「根」として収束するらしい。
Lake Zone鉱床は、内側のCore Zoneおよび外側のWall Zoneの二つからなっている。Core Zoneは角礫組織の著しい閃長岩からなり、造岩鉱物として部分的にかんらん石、角閃石、黒雲母、アルバイト、磁鉄鉱を伴う。これに様々の鉱石鉱物、変質鉱物が伴われる(添付1)。Lake Zoneにおいては、このうちイットリウム・希土類はフェルグソナイト[fergusonite、 Y(Nb、 Ta)04]に主に含有されている(表1)。フェルグソナイトはNorth T Zoneでレアアース鉱石鉱物の主体をなすゼノタイムとは異なり、トリウムを伴わず放射能を欠くことから、開発許認可取得の上でより容易な採掘対象であると考えられている(Bubar氏)。フェルグソナイトは肉眼的には識別が困難であるが、ジルコンと密接に共存しており、ジルコン含有量に比例してイットリウム・希土類品位は増加する。このため現地ではジルコンの量比がこれらの品位を知る上での肉眼的な指標として利用されている。
表1 Thor Lakeプロジェクトにおける主要な鉱石鉱物
Wardrop社(2007)より |
Wall ZoneはCore Zoneの外縁部分に位置を占める。Core Zoneとの比較では、より角礫組織に乏しいこと、また構成鉱物がほとんどカリ長石とアルバイトからなることに差があるようである。長石以外では、ごく微量の磁鉄鉱、螢石が伴われる程度である。こうしたWall Zoneの岩型は北部North T ZoneのWall Zoneの岩型に類似しているという。Wall Zoneの岩型はCore Zoneに対し漸移する関係にあるとされているが、Thor Lake閃長岩に対してはシャープな境界をもって明瞭に区別されるという。このガリウム品位について現地で言及は無かった。
2-3 鉱量、重希土類の分布、開発計画
今回のスコーピングスタディを請け負ったWordrop社がこれまでの試錐分析結果を基に見積もったNorth T ZoneおよびLake Zoneの推定鉱量を表2に示す。試錐はいずれもAvalon Venturesがプロジェクトを取得する以前に行われたもので、同社による試錐は現状行われていない。North T Zone鉱床には垂直方向の累帯がみられ、いわば不均質であることから複数の帯に分類し鉱量が計上されている。表2をY2O3+TREO(total rare earth oxide)についてみると、North T ZoneのF帯の6.5%なる高い品位に注目される。F帯はバストネサイトの濃集により特徴づけられる帯であることから、この品位は主に軽希土の存在を反映した値とみることができる(表3)。他方、その他の帯のY2O3+TREO品位は0.72%(C、D、E帯)、0.45%(Y帯)、と低いのであるが、ここではゼノタイムが主要な鉱石鉱物であることから、中~重希土類の含有量について、これらの帯はF帯を凌ぐとみられる。他方、Lake Zone鉱床は比較的均一であり、Y2O3+TREOの鉱石鉱物もフェルグソナイトのみであることから、鉱量計算の上では複数のカットオフモデルが単に提示されている。表3のLake Zoneのフェルグソナイトが呈するREE含有パターンをみると、ネオジウム、サマリウム、ガドリニウム、ディスプロジウムら、とりわけ高性能磁石の原料となる中希土類に富む特徴がみてとれる。またLake Zoneのフェルグソナイトと、North T Zoneのゼノタイムとの比較では、ディスプロシウム、テルビウムなど重希土がゼノタイムでより富む傾向がある。
表2 Thor Lakeプロジェクトの鉱量 Wardrop社(2007)より
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表3 Thor LakeプロジェクトのREE鉱物が示すランタノイドの品位分布
Wardrop社(2007)より |
Avalon Ventures社が想定する今後の計画として、先ず探鉱余地の比較的多いLake Zoneに対して2007年7月から150mx20孔の探鉱を行うほか、冬季も引き続き同様の規模の試錐キャンペーンが行われる。2008年3月ないし4月までに試錐を完了させ、カナダの情報開示基準NI43-101を満たす精度を確保しつつ、Lake Zoneの鉱量の増加を図る考えである。その後、プレFSの作成に着手し、同時に開発に向けての許認可にも着手するという。同社によれば、当面の資金についてもエクイティファイナンスによる5百万C$の調達に既に目途がついており、FS段階までの資金は問題ないとのことである(Bubar氏)。
スコーピングスタディで示されたThor Lakeプロジェクトの生産のイメージとは、イットリウムおよび中~重希土類を主産とし、ベリリウム(North T Zone)、タンタル、ジルコン(Lake Zone)の副産を得るというものである。North T ZoneとLake Zoneの両方を開発対象とし、それぞれ露天採掘を想定。先にNorth T Zoneの生産に着手し、次にLake Zoneの開発を行うという。ゼノタイムが伴うトリウム放射線量はフェルグソナイトとの適切な混合により低減し、問題ない水準に押さえたいとする考えもある模様。採掘された粗鉱は山元で浮選処理の上、精鉱とし、次に別の場所でこの精鉱に溶媒抽出法による処理を加え、イットリウム・レアアースの一次製品を得る考えという。ベースケースとして想定されているイットリウムおよび中~重希土類酸化物の生産量は年間500tの規模であり(表4)、これは現在の北米需要の約50%に相当するという。また副産されるベリリウム精鉱(フェナサイト)は現在のところ生産量は世界の年間需要を上回る量となるため、余剰分については貯鉱し将来に備えたいとのことである。まだラフなスコーピングスタディの段階ではあるが、プロジェクトが見込む初期投資額、採掘コストを表4、キャッシュフロー計算の結果を表5にそれぞれ示す。
表4 Thor Lakeプロジェクトが見込む年間生産量(REE酸化物)、初期資本コスト、採掘コスト
Wardrop社(2007)より |
表5 Thor Lakeプロジェクトの予察的なキャッシュフロー分析
Wardrop社(2007)より |
3. 所感
北米には多くのカーボナタイトの産状が知られており、これに伴うバストネサイトの濃集など軽希土類に富む産状は複数報告されている。しかしカナダThor Lakeにみられる中~重希土類に富む産状は北米でも希なケースであり、安定した投資環境とも相まって魅力的な投資対象と映る。
プロジェクト全体を見渡した上で、これからの開発許認可取得という点は気になる点の一つである。随伴するトリウムに対し、どのように適切な処理計画を作成し承認を得るかという点が、今後の本プロジェクトの一つの鍵であると考えられる。カナダのウランプロジェクトの場合、開発許認可取得まで10年はかかるという専門家の見方もあり、現実に業界団体からこうした許認可審査を早めるよう、政府に強い働きかけがなされているところである。現在のところ、North T ZoneとLake Zoneの双方の開発が見込まれているわけであるが、この点トリウム含有を欠くフェルグソナイトを産するLake Zoneの採掘に特化することも、開発を早めるためには一つの有力な選択と思われた。またLake Zoneの採掘法についても坑内採掘を検討することは有力とみられる。Lake Zone 鉱体の富鉱部は地表に平行な層状を呈しつつ広範に分布することから、鉱体の形状からも坑内採掘になじみやすいと考えられるのである。またツアー参加者からは、North T Zoneにおいても、坑内採掘の方が品位をコントロールする上で利があるのではないかという見方も示された。
現在のところLake Zoneには探鉱余地が残されており、鉱量も十分確定していない。判断には少なくとも来年春までの試錐結果を待つ必要があるのであるが、日本グループとしては今後のプロジェクトの進展を十分ウォッチする必要があるであろう。
文献 | |
Avalon Ventures社、(2007)ニュース、リリース 6月18日 | |
石原舜三・渡辺寧(2007)、熱水性レアアース鉱床:カナダトアレイクの例.資源地質57(1)、65-70. D.L..Truman、J.C.Pedersen、L.De St.Jorre、and D.G.W.Smith(1988) | |
The Thor Lake rare-metal deposits、 Northwest Territories.Recent Advances on the Geology of Granite-Related Mineral Deposits.280-290. | |
Wardrop社(2007)、Preliminary Economic Assessment on the Thor Lake Rare Metals Project、NWT.170p. |