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報告書&レポート

2007年9月6日 ジャカルタ事務所 池田 肇 Tel:+62-21-522-6640 e-mail:jogmec2@cbn.net.id
2007年84号

インドネシア鉱業法改正の行方 その8(2006-2007年度議会第4セッション(5月7日-7月20日)の審議状況:いまだに決着つかぬ議会審議の争点は?)

はじめに
 インドネシアでは2007-2008年度議会が8月16日から新年度入りした。当期議会(第1セッション)は8月16日から10月10日まで予定され、その後、約3週間の休会が予定されている。
 新鉱業法案の議会審議状況については、インドネシア鉱業法改正の行方 その7(2007年3月22日付け草稿から見る製錬義務化・鉱業事業協約(PUP条項)の審議)(平成19年6月7日付けカレントトッピクス)の中で、(1) 与党最大政党であるゴルカル党が鉱業事業契約(COW:Contract of Work)の廃止に替えて鉱業事業協約(PUP:Perjanjian Usahs Pertambangan)を新たに提案していること、(2) 新規の鉱業投資に対し、原則、インドネシア国内における鉱石処理と製錬が義務化される可能性があることなどを紹介した。また、鉱業大会における議会関係者や政府関係者の講演、証言から、新鉱業法は7月20日の会期内に成立する可能性があることも言及した。しかし、新鉱業法案は政府関係者の期待に反し成立せず、現在もなお、環境NGO、地方政府、鉱山会社、専門家、大学学識経験者などからの賛否両論の中で審議が重ねられている。
 鉱業法案の審議を担当する議会・第7委員会のアグスマン・エフェンディ(Agusman Effendi)委員長(ゴルカル党)は8月9日、「鉱業法案の内容には当初の予想に反して論議を長引かせる多くのポイントがある。」と述べている。本稿では、一般メディアの報道や第7委員会関係者からの情報などに基づき、5月7日から7月20日までの鉱業法案の審議の中で浮上した議論のポイントと争点を探って見ることにした。

1. 未解決の鉱業事業協約(PUP)の基準(必要要件)
 平成19年6月7日付けカレントトッピクスで紹介した通り、3月22日付けの草稿では、第9条に、「鉱業事業協約とは、株式会社(Perseroan Terbatas)の形態で行われる金属鉱物と石炭の鉱業事業について締結されるもの」との記述がゴルカル党案・ペンディング事項として付記され、ゴルカル党が提案する鉱業事業協約(PUP)の必要要件(案)も明らかにされている。

  (1) 鉱業事業協約(PUP)は、投資家と政府の鉱業事業権を代表する機関と締結される。
  (2) 対象となる鉱物は、戦略的な鉱物とする。
  (3) 投資スケールは、大規模なものでなければならない。
  (4) 対象地域および鉱区面積については、今後定める。
  (5) 事業内容は、上流から下流までを含む総括的なもの。
  (6) 政府の方針としては、長期的な安定した税率を保証する。
  (7) 対象企業は、国際的な名声を持つ企業とする。
  (8) (協約を締結した)企業の売却(divestment)は、資本市場で行うことを基本とする。
  (9) 国有鉱山企業(BUMN)が政府の代理となる。

 しかし、これら必要要件は3月時点で合意されたものではなく、あくまでもゴルカル党の素案であり、今後の審議の留意点を意味するものに過ぎない。第7委員会関係者の話では、7月20日までの審議では鉱業事業協約(PUP)に関する合意は達成されなかったという。その原因は、鉱業事業協約(PUP)を締結できる鉱業事業の分類として、スケール(鉱業投資規模)、投資額、鉱物の種類を法律に明記すべきとの意見が出され、これらの基準に関する合意が得られなかったからだという。

2. 新たに提案された特別鉱業許可(IKP: Izin Khusus Pertambangan)
 5月7日から7月20日までの一連の審議において、鉱業事業の事業形態として新たに特別鉱業許可(IKP)なる概念が提案された。
 鉱業法案作業委員会のソニー・ケラフ(Sony Keraf)委員長(闘争民主党)は7月11日、「国家保留鉱区(WUP)の開発を対象とし、ゴルカル党から新たに鉱業事業協約(PUP)に似た事業形態として特別鉱業許可(IKP)が提示された。国家保留鉱区の選定については国会の提案と検討に基づき大統領が決定することになる。そのため、国家保留鉱区内の開発を希望する鉱業投資家は、エネルギー鉱物資源相に対し鉱業特別許可(IKP)を申請し、許可取得後、探鉱及び環境影響評価を含むFS調査を実施することになる。同制度の下では、探鉱調査の結果、経済性があると判断し開発(Exploitation)ステージに移行する場合には、国会の事前承認を必要とする。」と述べた。
 同委員長によると、「国家保留鉱区(WUP)とは、戦略的な価値があると判断し国家が管理すべきと認定された鉱区」であるという。こうした国家保留鉱区(WUP)は、3月22日付け草稿では議会の助言をもとに大統領が定めるとなっているが、同草稿第26条6項で、「政府は、国家保留地区(WUP)における金属鉱物の開発を行うために国有鉱山企業(BUMN)を鉱業事業許可(IUP)事業者として指名することができる」とのみ規定し、民間企業の参入については国有鉱山企業(BUMN)のコントラクターとしての参入が認められるだけと推測されていた。しかし、新たな特別鉱業許可(IKP)の創設により、民間企業(外国投資家を含む)は特別鉱業許可(IKP)を取得することにより国家保留鉱区(WUP)で鉱業事業を主体的に展開できることになった。
 ソニー委員長によれば、「特別鉱業許可(IKP)の発行主体は、地方政府ではなく中央政府(エネルギー鉱物資源省)となるため、特別鉱業許可(IKP)は国家保留鉱区(WUP)における大規模な鉱区の開発を意味し、政府と民間との契約的色彩が強く鉱業事業協約(PUP)と共通する点が多い。」という。
 しかし、鉱業事業協約(PUP)と特別鉱業許可(IKP)を客観的に比較する場合、前者は国が指定する事業者との契約であり、後者は「許可」制である。したがって、特別鉱業許可(IKP)における議論は下記の3点がある。

  (1) 特別鉱業許可(IKP)は、事業契約(COW)、鉱業事業協約(PUP)ではなくあくまでも許可制である。
  (2) 国家保留鉱区の決定プロセスや具体的な地域選定の基準や場所が問題
  (3) 採鉱-鉱業特別許可(Exploitation-IKP)の取得に国会の事前承認を義務化していることは、かつての鉱業事業協約(COW)にも類似する制度となっている。

 以上、いずれの事項も多くの議論がありそうである。
 
3. 企業の社会的責任(CSR)をめぐる論議
 ソニー委員長は7月26日、「7月20日に成立した株式会社法(Undang Undang Perseroan Terbatas)の第74条に盛り込まれた「企業の社会的責任」(CSR: Corporate Social Responsibility)についても、鉱業事業との関連で国会議員の間で論議を呼んでいる」と指摘している。
 株式会社法の第74条は4項から成り立ち、それぞれの条文は次のようになっている。

  (1) 第74条第1項:天然資源の分野および/もしくはそれと関連する事業を展開する株式会社は、社会的・環境的な責任を果たす義務がある。
  (2) 第2項:社会的・環境的な責任は、妥当性および合理性を配慮して株式会社の予算として計上されなければならない。
  (3) 第3項:社会的・環境的責任の義務を果たさなかった株式会社は、法令に基づき罰則が科せられる。
  (4) 第4項:株式会社の社会的・環境的責任に関するより詳細な規定は、政令によって定める。

 しかし、株式会社法第74条の条文からは、株式会社の社会的・環境的責任の内容がまったく見えてこず、唯一、この法律から明らかなことは、株式会社の社会的・環境的責任の適用は「非再生天然資源事業および/もしくはそれと関わる事業を営む株式会社」に限定され、石油ガス会社、鉱山会社、廃棄物処理事業者が対象となると予想されている。そのため、ソニー委員長によると、鉱業法案でも企業の社会的責任(CSR)に関する規定を盛り込むべきとの意見が一部の国会議員から出されており、同委員長自身は、「鉱業事業における企業の社会的責任(CSR)は株式会社法の規定に準じるべき」との考えを明らかにしているが、企業の社会的責任(CSR)については、これからの鉱業法案審議の中で再浮上する可能性もあると指摘している。

4. 税外国家歳入に関する論議
 7月中に浮上した議論の一つには、税外国家歳入の比率を明確にすべきとの意見があった模様である。3月22日付け草稿の第50条1~2項には、「鉱業事業を展開する事業体は国家に対して税金と税外歳入の両方を納めなければならない」と規定され、同4項には税外歳入の内訳として、「(a)定額鉱山使用料(ランドレント:Land Rent)、(b)鉱業生産賦課金(鉱業ロイヤルティ:Royalty)、(c)石炭生産賦課金(石炭ロイヤルティ)、(d)情報提供に対する報酬、(e)生産分与における政府取り分(ボーナス)、(f)鉱物資源の消耗に対する賦課金(depletion levy)」が明記されている。
 こうした規定に関して、第7委員会のイドリス・ルトフィ(Idris Lutfi)議員(福祉正義党)は7月5日、「鉱業法案の規定では、鉱業事業許可(IUP)が鉱業事業の主体となっているため、政府は鉱業事業からの配当に預かれない。そのため、鉱業事業における国家歳入を保証するためには、税金と鉱山使用料以外の税外国家歳入の額は、企業が鉱業事業によって得られた配当の10%に定めるべき」と提案している。
 これは、上述の税外国家歳入の内、定額鉱山使用料を除くすべて、つまり鉱業生産賦課金、石炭生産賦課金、情報提供に対する報酬、生産分与における政府取り分、鉱物資源の消耗に対する賦課金の合計が鉱業事業によって得られた配当の10%に相当しなければならないことを要求しており、こうした議論が今後の審議でいかに収拾されるか、注視していかねばならない。

5. 既存鉱業権等の暫定移行期間条項に関する論議
 その他の論議でまだ決着がついていないのは、暫定移行期間に関する議論である。移行期間に関する規定には、3月22日付け草稿の第73条a項にて、「本法律が施行された時点では、既存の鉱業事業権(Kuasa Pertambangan)、事業契約(KK:Kontrak Karya)(COW)、炭鉱運営事業協約(PK2PB:Perjanjian Karya Pengusahaan Pertambangan Batubara)(CCOW)、地方鉱業許可書(Surat Izin Pertambangan Daerah)、住民鉱業事業許可書(Surat Izin Pertambangan Rakyat)はそれぞれの有効期間が終了するまで有効と見なす」と規定されているが、3月22日付け草稿には、この規定に関し複数の追加記述が付け加えられ、中でも注目すべきは、2006年11月22日の作業委ノートとして「既存の鉱石処理製錬事業に関する移行期間規定も盛り込む必要がある。」と付記され、さらには2007年3月21日の審議の覚書として、次の3点が留意事項として記載されたことである。

  (1) 企業に対する移行期間として鉱業法に適応するために3~5年間の移行期間を与える。
  (2) 税制面に関するインセンティヴ条項を盛り込む。
  (3) 税制に関する条項を盛り込む。

 こうした状況から、第7委員会は鉱業法成立後の移行期間に十分な配慮をしていることが窺えたが、7月12日の政府と作業委員会の協議では、議会側から、「鉱業法が制定された時点からすべての鉱業事業は同法の規定に従わなければならない」との主張が出されたのに対し、政府側の代表として審議に参加したエネルギー鉱物資源省のシモン・スンビリン(Simon Sembiring)鉱物資源石炭地熱総局長は、「鉱業事業を展開している企業には上場企業も少なくないため、急激に鉱業法の規定に整合しなければならなくなると株価にも大きな影響を与えかねない」として一定の移行期間の必要性を強調するとともに事態の収拾に努めている。
 シモン・スンビリン総局長は、[表1]を用い鉱業法案に盛り込まれたさまざまな規定の内、企業が法律制定時にすぐに従わなければならないものと、一定の移行期間を設ける必要があるものに分けて議会側の説得を行っているようである。

[表1]7月12日作業委員会で政府側が述べた移行期間条項案の内訳
(現在の規定を温存する場合を網かけで示す。)
鉱業法案の規定 政府案
 税金  移行期間が必要(一定期間、現在の規定を温存)
 税外国家歳入の額  同
 鉱区面積  同
 鉱石の加工・精錬義務  移行期間は不要(法律制定時から新規定を実施)
 鉱業事業の契約期間  移行期間が必要(一定期間、現在の規定を温存)
 コミュニティー・デべロプメント義務  移行期間は不要(法律制定時から新規定を実施)
 環境保全義務  同
 労働  同
 ローカル・コンテンツ  同
 鉱業事業終了後の環境復旧義務  同
 投資撤退(divestment)  移行期間が必要(一定期間、現在の規定を温存)
出典:鉱業法案作業委員会

6. まとめ
 本稿では、2006-2007年度議会第4セッション(5月7日-7月20日)にかけて審議され、7月末までに未解決と見られる4つの課題(鉱業事業協約(PUP)の基準(必要要件)、特別鉱業許可(IKP)、企業の社会的責任(CSR)、税外国家歳入、既存鉱業権等の暫定移行期間条項に関する論議)を取り上げ紹介した。
 一方で、議会内では、事業許可の発行主体、すなわち鉱業権付与を中央政府から地方政府へ移管するという流れの議論は見当たらない。それは、1999年の地方行政法、地方財政均衡法などの規定を尊重し基本方針として扱われているからである。つまり、探査許可の場合、環境に対する影響により発行主体が大臣(全国的な影響)もしくは州知事(地域的な影響)となり、生産活動許可(生産IUP)の場合、鉱区が2つ以上の州にまたがる場合は大臣、2つ以上の県・市にまたがる場合は州知事、1つの県・市に位置する場合は県知事もしくは市長ということになる。
 また、新規の鉱業投資に対し、インドネシア国内で鉱石処理と製錬を義務付けることについては、3月22日付け草稿の第18条1項に、「生産活動許可の保持者は鉱業事業で得られた鉱石の処理と製錬を国内で行わなければならない」と記述され、議会においては鉱業投資家の意に反して新たな議論も浮上していないことから付加価値化に関する議論の対立はなく、政府方針は間違いなく法律に盛り込まれる危惧が高まったと言える。付加価値化の対象鉱種、加工レベルなどの詳細は政令で規定され、既存鉱業権等の暫定移行期間条項の審議次第によっては、法律の成立と同時に即刻適用される可能性が高い。
 なお、第7委員会関係者からは、鉱業法案の審議が長引いたのは、前述の鉱業事業協約の基準や移行期間に関する合意が得られなかったことに加え、「この数か月、第7委員会は、シドアルジョ泥噴出事故*1の処理について政府に対する説明要求権を行使するかどうかでもめたため、鉱業法案の審議がなおざりなった嫌いがある。」との意見もあった。
 以上、これにより鉱業法案の審議は、今期議会が閉会する10月10日が次期ターゲットとなっている。

*1   2006年10月6日付けジャカルタ海外事務所レポート「インドネシア:ラピンド社の泥水噴出はマッド・ボルケーノ(Mud Volcano:泥火山)?(短報)」で紹介。ラピンド・ブランタス社が操業する東ジャワ州シドアルジョ県ブランタス鉱区バンジャルパンジ1号井で2006年5月29日、大量の泥水が噴出し、近隣住民の住居と高速道路、鉄道が埋没。現在もなお流出は続き、泥水の止水、環境修復が政府にとって最重要課題となっている。泥水はマッド・ボルケーノによるものとの見方が有力。

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