報告書&レポート
オーストラリア、労働党政権誕生と鉱業-鉱業、特に、ウラン開発政策に与える影響について-

2007年11月24日、オーストラリア連邦議会議員選挙(下院の全議席、上院の半数が改選)が行われ、即日開票の結果、野党労働党が、11年半にわたる自由党・国民党連立政権に代わって政権の座に就くことになった。 本稿では、労働党への政権交代がウランをはじめオーストラリア鉱業にどのような影響を及ぼすか考える。 |
1. はじめに
今回の連邦議会議員選挙において労働党が11年半ぶりに政権の座に就くことによって、鉱業関係で直接的な影響を受けるのはウラン鉱山開発とウラン輸出、間接的には、労働関係法の見直し・技能労働者不足対策・インフラストラクチャー整備などが考えられる。
2. 2007年連邦議会議員選挙結果
今回の連邦議会議員選挙は、下院が全議席の150議席、上院が半数の40議席が改選された。順位投票のため最終確定には至っていないが、12月3日時点で下院では野党労働党が西オーストラリア州を除く全ての州・準州で勝利を収め、80議席(改選前60議席)を獲得、与党連立の59議席:自由党49議席・国民党10議席(改選前86議席、自由党74議席・国民党12議席)を大きく上回り過半数を占めた。
一方、上院では、野党労働党は32議席(改選前28議席)を獲得したにとどまり、依然、連立与党が過半数を占める状態が続く。
3. 新政権の組閣人事とプロフィール
1)Kevin Rudd首相(ケビン・ラッド、50歳、党内右派)
オーストラリア国立大学で中国史・中国語を専攻、外交官、クィーンズランド州高官、コンサルタント会社勤務を経て、1998年にクィーンズランド州内の選挙区から連邦下院初当選。
外交官時代には北京大使館勤務の経験もあり、中国語は堪能で中国通として知られている。党内右派に属し、ウラン鉱山開発を支持し、「3鉱山政策」撤廃に貢献したとされている。
2)Julia Gillard副首相/教育大臣/雇用職場関係大臣(ジュリア・ギラード、46歳、党内穏健左派)
アデレード大学・メルボルン大学(法,芸)卒、弁護士、ビクトリア州労働党職員を経て、1998年にビクトリア州内の選挙区から連邦下院初当選。
オーストラリア史上初の女性副首相であり、教育、雇用職場関係の主要大臣を兼務する重要ポストを務める。
3)Martin Ferguson資源・エネルギー・観光大臣(マーチン・ファーガソン、53歳、党内左派)
シドニー大学(経済)卒、貿易組合オーストラリア協議会会長、国際労働機関(ILO)のオーストラリア政府機関委員などを経て、1996年にビクトリア州内の選挙区から連邦下院初当選。
Ferguson氏は、ウラン開発積極派として知られている。2006年7月24日に当時労働党党首のKim Beazley氏が「3ウラン鉱山政策」(反ウラン鉱山政策)の転換を示唆する発言をした翌日、労働党影の連邦政府一次産業資源林業観光大臣(Shadow Minister for Primary Industry, Resources, Forestry & Tourism)であったFerguson氏は、ウラン探鉱投資セミナー「Australian Uranium Conference 2006」において、「オーストラリアの国益と温暖化防止の観点からウラン輸出の拡大、新規ウラン鉱山開発は必要である」などと講演し、3ウラン鉱山政策の廃止を支持する姿勢を示していた。
4)Peter Garrett環境・遺産・文化大臣(ピーター・ギャレット、54歳)
オーストラリア国立大学(経済)、ニューサウスウェル大学(法律)卒、前職は気候変動・環境・遺産に関する連邦労働党スポークスマン。2002年にニューサウスウェルズ州内の選挙区から連邦下院初当選。
ロック歌手であったと言う異色の経歴を持つほか、1970年代後半から新規ウラン鉱山開発に反対するキャンペーンを24年間にわたり行い、2007年の労働党の全国大会でも、3鉱山政策を廃止に強硬に反対している。また、不規則発言やメディアへの露出も多く、とかく話題の多い人物である。
同大臣の任務は、エネルギーと水資源有効利用プログラムの監視、新規ウラン鉱山の承認・監督などであり、BHP BillitonのOlympic Damウラン鉱山拡張計画の承認の鍵を握るポストにある。
5)その他主要閣僚
Wayne Swan財務大臣(ウェイン・スワン、53歳、党内右派、クィーンズランド州の選挙区選出)、Penny Wonng気候変動・水資源大臣(ペニー・ウォン、39歳、党内穏健左派、南オーストラリア州の選挙区選出)、Kim Car産業・イノベーション科学研究大臣(キム・カー、52歳、党内左派、ビクトリア州の選挙区選出)など20名が閣内大臣(内閣)に、10名が閣外大臣に任命されている。
4. 鉱業関係者の反応
連邦議会議員選挙後、鉱業関係者からの労働党新政権への期待が表明されている。
1)オーストラリア・ウラン協会(Australian Uranium Association)
ウラン鉱山会社・探査会社等を会員とする同協会(本部メルボルン)は、11月28日に発表したメディアリリースにおいて同協会のMichael Angwin執行取締役のコメントとして、「Rudd新首相は、ウラン鉱山開発を阻んでいる現在の規制上の諸問題を排除することは、新政権が1年以内に取組むべき優先事項であることを指摘している。我々(同協会)は、(新政権の)その取組みを支持する」とする新政権への期待を表明している。
2)資源業界
オーストラリア鉱業協会(Mineral Council of Australia:MCA)、西オーストラリア州鉱物・エネルギー会議所(Chamber of Mineral & Energy of Western Australia: CME)、鉱山・探査会社協会 (Association of Mining and Exploration Companies Inc.:AMEC)は資源・エネルギー・観光大臣にMartin Ferguson氏が任命されたことを歓迎する姿勢を示した。労働党内にあってウラン開発に積極的な同氏への期待は大きい。
5. ウラン産業への影響
1)オーストラリアのウラン政策の現状
自由党・国民党政府は、1996年に、労働党が定めた新規にウラン鉱山開発を禁止する「3鉱山ウラン政策」を廃止しているが、実際のウラン鉱山開発の許可権限は州政府にあることから、現在までに、オーストラリアでウランの探鉱・採掘が共に認められているのは、操業鉱山のある南オーストラリア州と北部準州だけである。また、大規模ウラン鉱床の存在は知られていないが、タスマニア州は、ウラン探鉱・採掘を制限する法律・規制がない。有望ウラン鉱床の存在が確認されている西オーストラリア州とクィーンズランド州は、政策上(法律ではなく)ウランの採掘を禁じている。ビクトリア州とニューサウスウェルズ州は法律でウランの探鉱・採掘を禁止している。
2)労働党政権のウラン開発への影響
労働党は、2007年4月の党全国大会において「3鉱山ウラン政策」の廃止を決定した。この政策変更に党内右派でウラン鉱山開発を支持する新首相Kevin Rudd氏が大きく貢献したと言われている。また、資源・エネルギー・観光大臣のMartin Ferguson氏は、3ウラン鉱山政策の廃止を支持していたなど、新政権はウラン鉱山開発・輸出に前向きであると業界団体であるオーストラリア・ウラン協会も分析している。
3)西オーストラリア州やクィーンズランド州への影響
また、労働党は4月の党全国大会で新規のウラン鉱山開発は、州政府の判断に委ねるとしたことから、西オーストラリア州やクィーンズランド州などでは、その後もウラン採掘が禁止された状態が続いている。今回の選挙で連邦が労働党政権となったことで、このような状態は、連邦労働党と州労働党との間でウラン政策のような重要事項に関して政策の一貫性を欠くこと、Rudd氏のリーダーシップの「弱さ」を露呈する結果となることから、各州に対してウラン採掘禁止撤回の働きかけがあるものと見られている。即ち、Rudd労働党政権誕生は、西オーストラリア州やクィーンズランド州では今後、ウラン開発に好ましい方向に作用すると分析されている。
4)北部準州
連邦政府がウラン開発の最終権限を握っていた北部準州では、連邦労働党政権誕生により、これまでの「連立政権によるウラン開発推進」から、連邦労働党政権が4月の党全国大会の方針「ウラン開発は州・準州政府に委ねる」との立場を続けた場合、準州労働党内のウラン開発促進派と慎重派との力関係次第で準州でのウラン鉱山開発が減速する可能性も考えられた。
しかし、現在の北部準州政府は、ウラン開発慎重派が多数を占めた2005年頃とは異なり、ウラン開発促進派が多数を占めることから、同準州は中国と鉱物資源の探鉱・開発投資に関する長期的な協力関係強化(11月には同準州高官が訪中するなど)を進めており、ウラン資源は同準州にとって大事な商品であることを考えると、Rudd労働党政権誕生は、同準州のウラン開発に大きな影響は与えない(これまでどおり、ウラン開発が行える)と分析されている。
6. おわりに
オーストラリア連邦議会議員選挙によって労働党政権が誕生したが、オーストラリアの基幹産業である鉱業への大きな政策変更はなく、大きな影響はないと考えられる。
ただし、個人労働契約をはじめとする労使関係法関係の見直し、技能労働者不足とそれに関連した高等教育への取組み、インフラストラクチャー整備、京都議定書に直ちに批准するなど、今後更に、地球温暖化への具体的な対応が、注目されるところであろう。
また、ウラン政策に関しては、既に2007年4月の党全国大会において「ウラン3鉱山政策」の廃止を決定しており、ここでも大きな政策変更等はないが、政権政党として連邦と州・準州の政策の統一性の実現、即ち、ウラン資源ポテンシャルの高い西オーストラリア州及びクィーンズランド州におけるウラン採掘禁止がどのタイミングで政策変更されるのかが関係者の最大の関心事であろう。
なお、本稿作成にあたり、労働党新政権誕生のウラン政策に与える影響分析に関して、ウラン政策に詳しいクレイトン・ユッツ法律事務所 加納寛之弁護士(ブリスベン)にご協力いただいた。
参考・引用文献
JOGMECカレントトピックス2006年57号「オーストラリア、活発化するウラン探鉱投資セミナー -「AusIMM Uranium Conference | |
Tour, Australian Uranium Conference 2006」より- 」 2006.8.17,シドニー事務所 久保田博志 報告 | |
Australia Uranium Association, Media release, Election of a Rudd Government ‘an opportunity to speed up uranium | |
development’ | |
JOGMEC ニュースフラッシュ「豪州・Kevin Rudd政権誕生」, 2007.11.30, シドニー 永井正博, 久保田博志 |

