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インドネシアNusa Tenggara Barat州Batu Hijau銅鉱山現地調査

Batu Hijau銅鉱山は、インドネシアNusa Tenggara Barat州Sumbawa島の南西部(ジャカルタから東に1,929km)にあり、Sumbawa Barat県の県都Taliwangから南へ30km、標高450mに位置する。
Batu Hijau銅鉱山へは、Jakarta(Java島)からは、Denpasar(Bali島)、Matram(Lombok島)まで商業便を乗り継ぎ、Matramからは小型水上飛行機を利用して銅精鉱の積み出し港Benete(Sumbawa島)へ入り、Beneteから露天掘りまでは車で約30分のところにある。第1図にBatu Hijau銅鉱山の位置を示す。

第1図 Batu Hijau銅鉱山位置図1
1 PENGELOLAAN SISTEM PENEMPATAN TAILING di DASAR LAUT 2005より抜粋
2. 気候
年間降水量は2,500mmに達する。季節は、雨季(10~6月)と乾季(7~9月)に分かれている。12月10日の露天掘り周辺の気温は30℃前後と比較的過ごし易かった。
3. PT Newmont Nusa Tenggara社
(1)出資比率
鉱山を運営するPT Newmont Nusa Tenggara社(PT-NNT)は、1986年に鉱業事業契約(COW)に基づき設立された鉱山会社である。Newmont Indonesia社が権益45%を保有し、日本企業は日本側投資法人Nusa Tenggara Mining社を通じ権益35%を保有する。残る権益20%は、インドネシア法人PT Pukuafu Indah社が保有する。日本企業の出資比率は第2図の出資関係図のとおり。

第2図 出資関係図
(2)財務状況2
PT-NNTの過去3年間の財務状況は第1表のとおり。
2006年度の純利益は2億900万US$、2005年度は2億4,800万US$であった。

(3)従業員
PT-NNTの従業員は約4,300人でそのうち日本人は5名である。日本人は、副社長、マーケティング、採鉱、選鉱、水管理の主要なポジションにつき、鉱山開発計画、管理、監督を行っている。鉱山労働者の約6割がNusa Tenggara Barrat州の出身者となっている。
2 PT NNT Financial Statements 31 December 2006, 2005 and 2004
4. 沿革
Batu Hijau銅鉱山は、1986年、鉱業事業契約(COW)の締結後、Newmont Indonesia社による10年間の探鉱調査を経て、約20億US$を投じる鉱山建設が1997年から始まり、1999年に完成し、試験操業の後、2000年3月1日に本格的商業生産に移行している。発見、操業に至る経緯は次のとおり。
・1985年9月 | Newmont Indonesia LtdがPT Pukafu Indahと探鉱契約を締結 |
・1986年12月2日 | インドネシア政府と第4次世代鉱業事業契約を締結 |
・1990年5月 | Batu Hijau鉱床を発見 |
・1996年10月 | 建設開始 |
・1997年3月 | 完成 |
・1998年3月 | 選鉱場基礎工事(コンクリート打ち)着工 |
・1998年8月 | 鉱山町完成 |
・1999年8月 | 鉱石粉砕開始 |
・1999年12月 | 銅精鉱の初出荷 |
・2000年3月1日 | 本格的商業生産開始 |
5. 鉱区面積
鉱業事業契約に基づく鉱区面積(オリジナル)は、1,127,134haである。
6. 地質、鉱床
鉱床付近には第三紀漸新世~中新世の安山岩質火山岩類が広く分布している。その後の火成活動としてトーナライト、閃緑岩、安山岩質斑岩が安山岩質火山岩類に貫入している。構造としては、NE, WNW, NW系の断層が発達している。
Batu Hijau鉱床は島弧環境で生成された典型的なポーフィリー鉱床である。安山岩質溶岩および安山岩質砕屑岩とこれに貫入したカルク・アルカリ岩系複合岩体(トーナライト、閃緑岩、安山岩質斑岩など)が鉱床の母岩である。主な鉱石鉱物は黄銅鉱、斑銅鉱で裂罅、あるいは石英細脈中および脈の縁辺部に鉱染状に産する。黄鉄鉱は鉱床周辺のプロピライト変質帯に多く、鉱床内部には少ない。金は主にエレクトラムとして銅鉱物あるいは石英に伴われる。硫化帯の上部には弱い二次富化帯があり更にその上に酸化帯、溶脱帯が分布している。
7. 鉱石埋蔵量
2006年12月時点の埋蔵量3は銅純分で89億lb(約4,000千t)、金は950万oz(約300t)となっている。これにより現状の生産規模でマインライフを試算すると、露天掘り採鉱は2016年頃終掘し、選鉱場は、貯鉱堆積場の鉱石を2028年頃まで処理できる見込みとされる。
8. 鉱山の概要
(1)概要
一般的な露天掘り鉱山として法勾配は40~55°、ベンチ高さは15mを基本に採鉱計画、形状設計がなされている。落石対策としてダブルベンチを採用する場所もある。露天掘りでは、斜面のゆるみ、変位異常を検知するため、レーダーとプリズムを用いたRTS(Robotic Total Station)とミリ波レーダを用いたSSR(Slope Stability Radar)を設置し、GPS(Global Positioning System)測量などを加えて、常時、監視が行われている。斜面崩壊の危険性のある区域については、亀裂計、孔内傾斜測定器などを設置し、重点監視を行っている。 4これら計器により、露天掘り斜面で変位異常を検出した場合、ピット内作業者に避難警報が発せられる。また、雨量強度が一定レベルを超えると露天掘り作業が中断されることになっている。
平成19年12月10日現在の露天掘りの直軸径は約2km、ピット頂部の標高は315m、最下底は△95mであった。
最終ピットの形状は、最下底は海抜△525m、深さ約900m以上、直軸径2.7km、短軸径2.2kmの円錐形が計画されている。
Batu Hijau銅鉱山には特筆すべき次の2つの特徴がある。
(i)廃さいの深海堆積(STP:Submarine Tailings Placementと呼称)
(ii)選鉱用水の海水利用

写真1
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平成19年12月10日
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平成18年11月13日
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1年前の露天掘り形状の違いを示す
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(2)深海廃さい堆積(STP)
STPは、1996年にFS調査とともに実施した環境影響評価調査報告(AMDAL:Kep-41/MENLH/10/1996)において法的要件を満足し環境担当国務大臣府によって認可された。

写真2 Senunu湾と海水揚水/STPパイプライン5
PT-NNTによれば、STPの採択理由は次のとおり。
(i) | 対案となる地上廃さいダム方式は2,310haに及ぶ熱帯雨林、農業用地が消失する。 | |
(ii) | 2,500mm超える年間降水量は、廃さいダムの水管理及びテーリングの流出防止を困難にする。 | |
(iii) | 鉱山は地震帯に位置し、地震によるダム決壊の危険性と流域周辺住民のリスクを排除する必要性があった。 | |
(iv) | 鉱山の南方Tongoの沖合いスヌヌ海溝(3,000~4,000m)が存在するという地理的適合性と水深が深く、海洋生態系への影響を最小化できる。 |
廃さいは、選鉱場から直径1,100mmの硬質塩ビ管により3.2km沖合いまで導かれて、水深約125mの海底に放出されている。
放出箇所は、海底渓谷で、廃さいは自重により渓谷を流下しSenunu海溝に流れ込む。PTNNT社は、海水水質、底質、底生生物、漁業資源等への影響を評価するため定期的(日~年間隔)にモニタリングを実施しており、これまでのところ問題となる環境影響は検出されていない。
また、モニタリング調査は、自社のほか、中央政府、地方政府、インドネシア海洋調査研究所、コモンウェルス科学工業研究所なども定期、不定期に実施している。
(3)選鉱用水の海水利用
Batu Hijau銅鉱山では選鉱用水の安定的確保が困難なため、海水を揚水し選鉱用水として供している。選鉱設備の腐食対策はこれまで特に行われていなかったが、2008年から本格的な錆除去・腐食対策を講じる計画である。

写真3
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上左 鉱石貯鉱パイル
下左 浮遊選鉱設備 |
上右 選鉱場建屋SAGミル
下右 鉱さい(テーリング) |
3 PT NNT Financial Statements 31 December 2006 and 2005
4 Batu Hijau鉱山の露天掘り操業,露天掘採掘特集,資源と素材(2006年Vol122 P601~605)を参照
5 PENGELOLAAN SISTEM PENEMPATAN TAILING di DASAR LAUT 2005より抜粋
9. 粗鉱生産能力及び鉱石処理能力

写真4 電気ショベル ダンプトラック
Batu Hijau銅鉱山は、平均品位は銅0.47%、金0.34g/tと低品位ながら、1日当たりの粗鉱生産能力は70万tとGrasberg鉱山にも匹敵する規模である。主要掘削機器は、ダンプトラック111台(218t積)、電気ショベル7台(26~43m3バケット)、ドリル6台となっている。選鉱方法は、典型的な一次粉砕(SAGミル)、二次磨鉱(Ballミル)、浮遊選鉱で、1日当たり選鉱場の鉱石処理能力は130,000~140,000tである。
10. 銅精鉱生産量
PT-NNTの2005年の銅精鉱の生産量は年間90万8,258t、金は22.7t、銀は68.2tと報告されている。過年度の生産量は第2表6のとおり。
第2表 生産量
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6 エネルギー鉱物資源省鉱物石炭地熱総局Edition2006 ISSN 1410-2196から抜粋
11. 今後の鉱山開発計画
鉱山開発計画によれば、最終ピットの最下底標高は海抜△525mになることから、地下水対策が重要となる。鉱石品位は露天掘りの深部化に伴い低下すると見られるため、生産量を維持するためには選鉱場の粗鉱処理能力の増強が不可欠である。選鉱プロセスのボトルネックは、鉱石粉砕能力で現在はSAGミル(Svedala36“×19”)2基を擁し処理を行っている。
12. 主な銅精鉱の出荷先
銅精鉱は2006年度実績で97%が長期買鉱契約に基づき販売されている。主な出荷先は、インドネシア(Gresik製錬所)、日本、韓国、インド、ヨーロッパである。同鉱山から日本の産銅会社各社(三菱マテリアル、住友金属鉱山、古河機械金属)に輸出されている銅精鉱量は、我が国の銅精鉱年間輸入量の約10%に相当し、我が国の鉱石長期安定輸入に大きく貢献している。
13. 国家歳入への貢献
PT-NNTの国家歳入への貢献状況は、第3表のとおりである。
第3表 国家歳入への貢献状況
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14. 環境対策
PT-NNTの環境対策の基本は、鉱石に接触した地表水、地下水は系外に排出することなく、選鉱用水などとして利用することである。堆積場の周囲には、地表水・浸透水を集水するための水路や貯水池が設置されている。ピット底のたまり水等とあわせプロセス用水として利用、リサイクルされている。
使用済み捨石堆積場、露天掘り法面などは緑化工事が進められており、覆土材は、露天掘りピット開削の際の表土を取り置いていたものを使用している。覆土厚は2mを基本とする。日本の休廃止鉱山の使用済み堆積場の鉱害防止工事の覆土厚さは一般的に30cmであることを考えると十分な覆土厚と言える。

写真5 |
左 調査時の露天掘りのたまり水の状況を写す。
右 緑化工事施行地区及び貯水池 |
15. PT-NNTの課題
PT-NNTが現在、抱える最大の課題はダイベスチャー(内資本化)問題である。PT-NNTのダイベスチャーは、鉱業事業契約の国家権益促進(Promotion of National Interest)条項に規定される。同条項によれば、PT NNTは、Newmont Nusa Tenggara Partnershipが所有する権益80%を2005年から2010年にかけて段階的に49%まで引き下げなければならない義務を負う。権益の売却先は、インドネシア法人(Indonesian Participants)に限定され、第1優先交渉権者は、政府(Government)で、政府が権益を購入しない場合、インドネシア人(Indonesian Nationals)ないしはインドネシア人が支配する法人(Indonesian Company)に売却しなければならないとされる。ダイベスチャーのタイムスケジュールは、2006年は3%、2007年は7%、2008年7%、2009年7%、2010年7%となっている。現在、PT-NNTと政府により協議が進められている。
16. おわりに
PT-NNTが直面するダイベスチャー問題は、Batu Hijau鉱床よりも有望とされるElang鉱床(Batu Hijau銅鉱山の東60km)の開発に大きく影響を与える。仮にPT-NNTの権益51%がインドネシア法人に移転され、Newmont Nusa Tenggara Partnership の経営権が不安定になる場合、投資に慎重にならざるを得ず、Elang鉱床の開発に大きくブレーキがかかることになる。
しかし、Nusa Tenngara Partnershipが、中央政府、Nusa Tenggara Barat州政府、Sumbwa Barat県政府、Sumbawa県と良好な関係を維持し、ダイベスチャーにおいても全面的な協力が得られる場合、あるいは、Batu Hijau銅鉱山の操業に直接参画しているTRAKINDOなどの関係会社がパートナーとなる場合など、投資機会の拡大も期待される。
一方、ダイベスチャーが異業種への進出機会を狙う資源大手や投機家のマネーゲームのターゲットとなる場合、日本企業の権益比率の低下のみならず、経営基盤の不安定化をもたらし、我が国銅精鉱の長期安定輸入に重大な影響を与えることになる。
したがって、ダイベスチャー問題は、日本企業にとっては、将来においてもインドネシアが鉱業投資の対象国でありうるのか、また、インドネシア政府が、アジア通貨危機においてもインドネシアから撤退することなく鉱山開発を成功させたパイオニア企業への恩恵を顧みる事もなく、鉱業事業契約の履行だけを要求する政府であるのか、あるいは、外国鉱業投資家にフレンドリーな政府であるのかを見極める機会として捉える必要がある。
鉱物石炭鉱業法案の議会内審議において、新法成立後の既存鉱業事業契約者の権利義務に関する暫定移行期間の問題が政府、議会で大きく取り上げられている。インドネシア政府は、2007年4月26日、内外無差別化を基本方針とする2007年法律第25号(新投資法)を成立させた。この投資法改正趣旨を踏まえれば、既存鉱業事業契約に係るダイベスチャーの取り扱いについても議論されなければならないはずである。しかし、本件に対するインドネシア政府、議会の対応は鈍い。
今回の出張は、ダイベスチャー問題に関し、日本企業権益を守るためにJOGMECとして何ができるのかをあらためて考えさせられる機会となった。
最後にカレント・トッピクスを発行するに当たり、Batu Hijau銅鉱山を見学する貴重な機会を提供頂くとともに、各鉱山現場で便宜、ご協力、ご説明を頂いたPT Newmont Nusa Tenggara社関係者に深く感謝を申し上げる。

