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報告書&レポート

2008年8月14日 リマ事務所  西川 信康報告
2008年58号

ペルー鉱業を巡る争議の現状と背景 -新たに既得権抗争が表面化-


 最近、ペルーに対する国際的格付機関の評価が高まっている。米国のS&P(スタンダード・アンド・プアーズ)とFitch Ratings(フィッチ・レーティングス)は相次いでペルーの債務格付を“BBB-”(投資適格級)に引上げた。これは、GDP成長率が10%近い伸びを示していることや、インフレ率が5%台に留まっていることに加え、対外債務の減少や内需拡大など、堅実な財政マネージメントが評価されたものである。
 一方で、ペルーでは鉱業を巡る争議が後を絶たず、大きな社会問題化しているとともに、一部では、その影響で鉱業活動が一時的に停止するなど、好調な経済に水を差す動きが拡大している。最近の争議は、地元住民による反鉱山運動や労使対立に留まらず、カノン税や利益配当の配分など限られたパイを巡っての地方対地方、住民対鉱山労働者といったペルー人同士の内部抗争といった複雑な様相に発展している。本稿では、最近の争議の現状とその背景について報告する。

1. 鉱業カノン税配分を巡る争い
(1)鉱業カノン税の問題点と改正議論
鉱業カノン税とは、鉱山会社が納める所得税のうち、その50%を鉱山地域が存在する地方に還元される制度で(地方の配分比率は図1を参照)、毎年7月に交付額が明らかとなる。ここ数年、金属価格の高騰による鉱山会社の業績拡大により、カノン税は鰻登りに上昇しており、2008年においても、2007年度を4.5%上回る4,436百万N.Soles(約1,584百万US$)と、伸び率は大きく落ち込んだものの、依然、高水準を維持している(図2)。
 カノン税を巡っては、従前より、配分先が鉱山の存在する地域や県に限定されること(例えば、図3に示すように、2007年のカノン税交付額は上位5県で、全体の約3/4を占める)による地域格差の助長、また、地方自治体の行政能力の不足、さらに、地元住民の裨益感の欠如など運用面での問題が指摘されていた。こうした問題を改善するため、カノン税を鉱山地域以外の貧しい県にも再分配すべきとの考えやカノン税の一部を地元住民に直接現金支給するなどといった制度改革案が議論されてきた。しかしながら、他県への再配分問題に関しては、鉱山地域の県や地方議員による猛反発を受け、また、地元住民への直接支給については、地方の持続的発展というカノン税の目的から外れるとともに、支給を受ける家庭と受けない家庭との間の格差や不公平感が生まれ、新たな対立を生むとの批判を受け、改正に向けた国会内での議論は、事実上、棚上げ状態となっていた。
 こうした中、6月に、カノン税配分を巡る新たな対立が表面化した。


図1. カノン税の配分比率(2007年)


図2. カノン税交付額の推移


図3. 県別のカノン税配分比率(2007年)

(2)Moquegua(モケグア)県におけるカノン税の適切な配分を求めた抗議行動
 6月11日、カノン税の配分を巡って、ペルー南部のMoquegua県で、2万人規模の抗議行動が発生し、大きな社会問題となった。
 この抗議行動は、Southern Copper社が操業しているMoquegua県のCuajone鉱山とその南部に隣接するTacna(タクナ)県のToquepara鉱山における2007年の銅鉱山生産量(金属量)が、それぞれ、187,090t、172,570tとほぼ同量であったにも拘わらず、政府が示した2008年のカノン税の交付額は、Moquegua県:225百万N.Soles(約80百万US$)、Tacna県:715百万N.Soles(約255百万US$)と大きな開きがあるとして、Moquegua県政府が適正な配分を求めて起されたものである。なお、政府は、この計算の根拠として、金属量ではなく、粗鉱量に基づいて算出したと説明している。
 抗議行動の参加者は、2万人に達し、Tacna県との県境に位置する橋やパンアメリカンハイウェイを封鎖し、投石や車両放火をなど抗議運動が激化し、デモ鎮圧に出動した警察との衝突で約80名の負傷者が出たほか、一時、警察官約60名がMoquegua市内の教会に軟禁される事態となった。さらにデモ隊は、Southern Copper社の鉱山施設の一部襲撃や鉱山アクセス道路の封鎖などを行ったため、一時的に供給不安が広がり、銅の国際価格にも影響を与えた。
 両県境でデモ隊によって唯一のアクセスを阻まれたTacna県では食糧不足によって食料価格が高騰したほか、Tacna県とMoquegua県で学校の休校や観光客が足止めを食らうなど、多方面に影響が出た。Tacna商工会議所によれば、この暴動によって両県の経済的損失は8,000万N.Soles(約2,857万US$)に上るとしている。 6月19日、政府代表者とMoquegua県知事らとの14時間にわたる協議の結果、以下の特別措置を講ずることで、合意に達し、同県内の抗議活動はようやく沈静化、パンアメリカンハイウェイの封鎖も10日ぶりに解除された。

  • Moquegua県内の貧困対策プロジェクトに国費から82百万N.Soles(約29百万US$)を充てること
  • 複数の県で操業する鉱山の会計を個別化する制度を設置すること
  • Moquegua県に対して150百万N.Soles(約53.6百万US$)の鉱業ロイヤルティを還元すること
  • Moquegua県に対して2007年度の自発的拠出金24.8百万N.Soles(約8.9百万US$)、2008年度分26百万N.Soles(約9.3百万US$)を割当てること

などとなっている。
 また、Castillo首相は、Tacna県知事とも会談し、同県への鉱業カノン税は減額せず、予定どおり交付することを言明するとともに、Moquegua県知事とTacna県知事に対し、両県は多くの財源を抱えているにもかかわらず、県内の貧困率が高い点を批判し、これらの財源を有効活用するよう釘を刺した。


写真1. 県境での抗議行動


写真2. パンアメリカンハイウェイの封鎖風景

(3)カノン法改正法案が国会に提出
 Moquegua県での暴動が呼び水となり、カノン税配分を巡る本格的な議論が加速化している。国会のカノン税改正検討委員会は、7月17日、12項目から成るカノン税改正法案を国会に提出した。主な改正ポイントは以下のとおり;

  • カノン税の算出ベースを、資源採掘企業が納める第3種所得税だけでなく、鉱山地域に納付されている消費税や付加価値税、さらに、第5種所得税(資源採掘企業の社員が納める所得税)に拡大する。
  • 上記措置によって、貧困地域やカノン税収がない或いは少ない地域に配分する。
  • 同一企業が複数の異なる地域で操業する場合、鉱山ごとに計上する。
  • 鉱山の存在する郡に還元されるカノン税全体の25%のうち、5%を、精鉱パイプラインや製錬所などの存在する地域へ配分する。
  • カノン税の利用目的を、インフラ事業だけでなく行政能力向上のための職員研修や投資プロジェクト企画専門家の契約に拡大する。
  • 地方自治体は、カノン税の利用報告を、会計監査院だけでなく内閣及び国会予算委員会へ報告する。またカノン税利用状況について年に2回、公聴会及びホームページで発表する。

 なお、本改正内容に関して、Valdiviaエネルギー鉱山大臣は、既にカノン税の恩恵を受ける地方政府の反発を視野に入れた慎重な審議を国会に要請した。本改正案は、国会の経済・地方分権委員会での審査を経たあと、次期国会で審議される予定となっている。
 これに対し、Cusco県やTacna県知事らは一定の理解を示しながらも自分たちの県に対するカノン税削減は受け入れられないとし、貧困地域に対する拠出は超過利益税など別の税の導入によって実現するべきだと主張した。一方、Cajamarca県知事は、カノン税が同県の鉱害対策に充てられていることを理由に削減に反対を表明し、同県に対するカノン税が削減された場合、Moquegua県で起こった暴動と同様の抗議行動が起こるだろうと警告した。このように、既得権益を守ろうという勢力の反対は根強く、本法案が新たな対立の火種となって、争議が拡大していくことが懸念される。

2. 利益配当を巡る労働争議
(1)全国鉱山労働者ストの発生
 もう一つの最近の大きな争議は、利益配当を巡る全国規模の鉱山労働者ストである。これは、利益配当金上限の撤廃、早期退職制度や年金制度の確立など、労働環境や労務制度の改善を求めたストで、2007年も、5月及び11月に全国規模の鉱山労働者ストが発生した。2008年に入ってからも、鉱業労働者連盟は、国会内での法案審議が一向に進展しないことに業を煮やし、法案の早期成立を求めて6月30日、無期限ストを開始した。ストに参加した労働者数について、同連盟は鉱山労働者全体の約70%に相当する2万7千人と発表する一方、エネルギー鉱山省は、Shougang鉱山で70%、Antamina鉱山で60%、Southern Copper社では90%の労働者がストに参加したが、Cerro Verde鉱山やTintaya鉱山、Yanacocha鉱山ではストは実施されておらず、生産の影響は限定的との発表を行った。
 全国ストは、その後、Shougang社やSouthern Copper社など離脱する組合が相次いだことと、法案成立に向けて政府が積極的な姿勢を示したことから、7月6日夜に組合幹部の協議で中止を決め、全国ストは1週間で終結した。

(2)利益配当金上限の撤廃法案を巡る攻防
 本法案のポイントは、利益配当の対象を正社員だけでなく派遣労働者に拡大すること、労働者1人当りの年間利益配当上限を現在の18か月分から80か月分に引上げることなどである。現行法においては、鉱山の利益のうち8%を労働者に配当することが規定されているが、労働者への配当後の余剰金額については、鉱山が存在する地方政府に配当し、県内におけるインフラ事業に充当することになっている。その額は全国で年間7億N.Soles(約2.5億US$)に上るといわれている。本法案の行方について、パスコ労働雇用促進大臣は、政府は同法案を支持する旨表明し、国会での審議が長引いているものの必ず可決し、2009年から施行する見通しであることを強調した。
 これに対し、鉱山が存在する地方の県知事や地方出身の国会議員らは、県に対する余剰利益の配当機会が失われることを理由に本法案に対して強く反対している。6月11日には、Ancash県知事の呼び掛けで、本法案反対の意思表示をするために、同県のパン・アメリカンハイウェイの一部の区間において、道路封鎖を強行した。これにより、抗議行動に参加した住民と警察との間で衝突が起こり、通行車両への投石・襲撃が行われ、複数の怪我人が出た。この抗議行動は、半日で中止されたが、このように、本法案を巡っては、単に、労働者対企業、労働者対国といった対立だけでなく、鉱山労働者と地方政府・地域住民との新たな対立を生む問題もはらんでおり、法案成立までには、なお、紆余曲折が予想され、その審議の進展状況によっては、再び、全国規模の鉱山労働者ストが再発する可能性がある。

3. 最近のその他争議
 以下に、この数か月に発生した争議の中で、大きな社会問題となったもの、または成りつつあるものを紹介する。

(1)Untuca鉱山での住民占拠事件
 5月、Puno県のUntuca金鉱山周辺で零細鉱業を営んでいる地元住民400名が、鉱山に対し、一部の採掘権の移譲と、鉱業ロイヤルティの支払いなどを求めて、鉱山施設やアクセス道路を占拠。一時、鉱山労働者29名が人質となるとともに、住民と警察官との衝突で、女児1名が死亡、双方に多数の負傷者が出る惨事に発展。エネルギー鉱山省などの代表者によって構成される調停委員会が現地に出向き、事態を沈静化。

(2)Puno県におけるカノン税の適正配分を求める抗議行動の動き
 6月、Puno県の自治体及び市民団体の代表者らは、同県及びMoquegua県の県境に位置するAruntani鉱山のカノン税がMoquegua県に交付されていることを問題視し、政府に対しカノン税の適正な配分を要求。代表者らは、対話交渉が優先であるとしながらも、現状が改善されない場合、Moquegua県と同様の抗議活動を行う考えを表明。また、Moquegua県へ水を供給するダムがPuno県に存在しているなど、水利権を巡る対立も顕在化。

(3)Retamas鉱山での労働者スト
 7月、La Libertad県のRetamas金山において、利益配当を求めて6月30日より無期限ストを行っていた鉱山労働者(大半が派遣労働者)約1,000名らと警官隊約200名が衝突し、死者1名及び複数の負傷者が出る事件に発展。最終的には鉱山側が未払いの利益配当を実施することで合意し、沈静化。

(4)Madre de Dios県大規模抗議行動
 7月、Madre de Dios市で、違法採掘による環境汚染被害などに抗議し、暴徒化した集団が、放火、略奪、さらに県庁の施設を一部破壊。Brack環境大臣、Isasi鉱山次官をはじめとする政府代表団が、現地入りし、県内の先住民領域での農業・林業の保護や違法鉱業の合法化を目指すことで合意に達し、沈静化。Brack環境大臣は、Madre de Dios県内で操業する鉱山のうち、エネルギー鉱山省によって承認された環境影響評価を行ったのは僅か1社にすぎないとし、これ以上の環境汚染を避けるため同県における鉱区の付与を停止すべきと主張。

(5)ボリビア違法鉱山労働者による違法採掘に伴う抗議行動の動き
 7月、Puno県Huancane(ワンカネ)郡で、住民コミュニティ代表者らは、ボリビアの違法鉱山労働者が無断越境し、国境沿いのペルー領内1,200haの範囲で仮住宅を建設し金の違法採掘を行い、ラミス川が深刻な汚染被害を受けているとし、地方政府及び中央政府に対し、早急な対応及び解決を要請。これが実現されない場合、無期限抗議行動を行うことを予告。

4. おわりに
 ペルーでの争議は、もともと、Yanacocha鉱山やRio Blanco銅開発プロジェクトなどに代表されるような環境汚染に根ざした反鉱山運動や、利益還元を求めた抗争など、鉱山単位、プロジェクト単位で実行されることが主体であったが、ここ最近は、これに加え、今回紹介したような制度改革を巡る既得権争いに端を発した地方自治体レベルあるいは、全国労働者レベルでの争議が表面化し、今後の政府の対応次第では、さらに拡大していく様相を示している。
 最近、活発化、複雑化している一連の争議は、現在、好調に推移しているペルー経済が、脆弱な社会構造、行政システムの上に成り立っていることを、改めて強く印象づけるものとなっている。こうした中、持続的な経済発展に向けて、3期目に入ったGarcía政権の今後の社会政策、経済政策の舵取りが注目される。

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