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ボリビア、新憲法案の承認と鉱業への影響

ボリビアでは、1月25日に、先住民の権利拡大や天然資源の国家管理強化などを目指す新憲法案の是非を問う国民投票が行われ、賛成票が約6割を占め(1月29日時点、開票率99.8%で賛成票61.47%)、承認された。 |
1. 新憲法案の概要
Morales(モラレス)大統領の公約の柱である新憲法案を巡っては、2007年12月に憲法制定議会で承認されたものの、2008年9月、保守勢力との対立が激化し、多数の死傷者が出る衝突に発展、その後、反対派との交渉の末、10月に一部修正が加えられ、今回の国民投票の実現に至った。
新憲法では、スペイン語のほかに人口の約6割を占める先住民言語も公用語とする、下院の議席に先住民枠を新設する、コカの葉栽培を伝統文化として容認する、土地所有面積に上限を設定し、非利用地は国家が接収する等が明記され、先住民の権利を大幅に拡大する民族主義色の濃い内容となっている。
また、鉱業分野については、既存の鉱業権は否定しないとしながらも、鉱業権譲渡の禁止や、保護区(新規鉱区)での民間企業活動の規制など、資源の国家管理強化が鮮明になっている。
2. 天然資源、鉱業関連の条文
新憲法の構成は、大きく次の5つの編(Parte)に分かれている:
・第1編:国家の基礎-権利・義務・保証
・第2編:国家の基本構造・組織
・第3編:国家の領土構造・組織
・第4編:国家の経済構造・組織
・第5編:法規序列・憲法改正
天然資源の条文は次に明記されている。(仮訳を巻末に示す)
・第4編の第2章(Titulo)環境、天然資源、国土、領域
・第2節(Capitulo)天然資源(第348条~第358条)
・第4節鉱業・冶金業(第369条~第372条)
(1)天然資源
- ・天然資源の定義:第349条において「天然資源はボリビア国民の直接的かつ共有、不可侵の所有物であり、その管理は国家に委ねられる。国家は、土地や天然資源に関する個人及び法人の所有権及び利用権を承認、尊重、付与する。」と位置付けている。
- ・天然資源事業で得られた利益:「天然資源の採掘を行うボリビア国内外の民間企業は、税金及びロイヤルティを支払う義務を負い、これら税金やロイヤルティは返金不可能な性質のものである。」(第351条第4項)。さらに、「あらゆる天然資源の利用によって得られる利益は、ボリビア国民に平等に配分されるものとする。」(第353条)と定めている。
- ・天然資源の産業化:第355条で「国家は、天然資源の産業化と取引に関して優先的に取り組む」「天然資源の産業化と取引によって得られる利益は、国家の様々な領域における経済の多様化を促進することを目的に、配分・再投資されるものとする。」「産業化プロセスは、生産地において優先的に実行するものとし、国内外の市場における競争力向上を条件とする。」と産業化の推進を目指すことを宣言している。
(2)鉱業分野
鉱業・冶金業に明記されている主な内容は以下のとおりである。
- ・第369条:国家は、国土に存在する鉱物資源の責任者であり、特に、塩湖内に存在する非金属や蒸発残留物、硫黄その他の物質は、国家にとり戦略的な性質を有する。
- ・第370条:国家は、該当法令に従って、自然人及び法人と鉱業に関する契約を締結し、鉱業権を付与できる。国家は、ボリビアの経済・社会的発展のため、鉱業協同組合を振興・強化する。国家は、独立経済公団を通じて、鉱業の発展を目的に、非再生資源の管理・調査・探鉱・採掘・選鉱・産業化・取引に関する施策を推進・実行する。
- ・第371条:鉱業契約により認可された鉱山開発区域は第三者に譲渡不可能であり、担保権はなく、相続は認められない。鉱業会社の法的所在地はその主要鉱山事業が行われる管轄区域(県)に定めなければならない。
(3)新憲法施行過渡期条項
新憲法案では、新憲法が公布されてから、それぞれの関連法令(鉱業分野では新鉱業法)が制定されるまでの移行期の取扱い条項(Disposiciones Transitorias)が規程されており、鉱業に関連した条文は以下のとおりである。
- ・新憲法施行過渡期条項第1条I項:新憲法制定後、ボリビア国議会は新多民族国立法議会(一院制)議員、新大統領、新副大統領の総選挙を2009年12月6に実施する。
- ・同第5条:新憲法による多民族国立法議会は、その第1立法任期(5年)内に憲法条項の施行に必要な立法をしなければならない。
- ・同第8条I項:政府より認可、または委託された天然資源の開発権、電力、通信及びその他の基本的施設、サービスは、(新)大統領及び(新)国会議員の選挙から1年以内に、新法制度に適応しなければならない。この場合、新法制度への変更は既得権を否定するものではない。
- ・同第8条II項:同じ期限内に、ボリビア国内の保護区域内で、金属及び非金属鉱物、蒸発残留物、塩湖、その他に関して、政府から所有権または開発権を与えている諸契約または権利は無効とする。(なお、この意は、既に、2007年5月の最高政令第29117号において、保護区域はCOMIBOL(ボリビア鉱山公社)の管理下に置くと明記しており、その後、不正に取得した、あるいは、行政が誤って付与した民間鉱区のことを指す)
- ・同第8条III項:新憲法の施行以前にボリビア国籍または外国籍の企業が取得した鉱業権は、新憲法の施行日より1年内に、新法制度に適応する契約に変更しなければならない。
- ・同第8条Ⅳ項:政府は、Cooperativa(鉱業共同組合)の社会的意義を考慮し、その権利を認識・尊重する。
- ・同第8条V項:新憲法施行以前に取得された放射性鉱物に関する鉱業権は無効となり国に返還される。
3. 鉱業権譲渡禁止問題の経緯
新憲法第371条の鉱業権譲渡禁止規程については、ボリビア憲法裁判所が、2006年5月10日、鉱業権の譲渡、オプション契約及び担保に関する現行鉱業法の条項を憲法違反とする判決を下したことに起因している。
この判決は、鉱物を含む地下資源はボリビア国の所有物であり、その開発に関する権利は、ボリビア国及び全国民に帰属するもので譲渡不可能のものであるという解釈を基本として、鉱業権は政府が契約によって認めるものであり、不動産の譲渡ではないとして、ボリビア鉱業法の、鉱業権及び鉱区の譲渡、オプション契約及び担保に関する範囲に限り、第4、68、69、72、74及び75条の条文の一部を憲法違反と判決したものである。
また、憲法裁判所は、その発効日は判決の通達日から2年後と定め、国会にこの期限内に、鉱業法の該当条文を、本判決の意図に沿って改正するよう促した。
2008年4月に、下院議会において、この判決に基づき、鉱区売買を禁止する旨の鉱業法の一部改正法案が成立し、上院に送られた。しかしながら、野党が過半数を占めている上院では、実質的な審議は行われず、結果的に、期限内での鉱業法の該当条文の改正はなされず、憲法違反と判決された条文は、2008年6月6日の発効日より実質的に廃止となった。従って、発効日以降の鉱業権及び鉱区の譲渡、オプション契約及び担保は、現在、無効となっている。
4. Echazu(エチャス)鉱業冶金大臣の見解
2008年11月、JOGMECリマ事務所がEchazu鉱業冶金大臣に対し、新憲法中の鉱業分野の基本的な考え方について聴取した。その中で、Echazu大臣は、次のように述べた。
- (1)「新憲法案は、既存の権益を否定するものではない。従って、サンクリストバル鉱山のような民間企業がすでに取得している権利は尊重する。一部で懸念されているような国有化するようなことは全く考えていない。」
- (2)「現行の鉱業法では、国が鉱業活動を行うための権利(コンセッション)を与えるという規程にもかかわらず、多くの投資家は鉱業権をあたかも不動産のように、売買、相続、抵当の対象として扱ってきた。新憲法では、こうした行為を禁止する。」
- (3)「新規の鉱区(保護地域)はCOMIBOLが一元的に管理・運営し、新規プロジェクトは、COMIBOLが原則、入札でパートナーを選び、協定書を結ぶ。さらに、その協定書は、最終的に国会で承認を得るというプロセスをとる。 これによって、参入した企業は、法的な保証が得られることになり、ボリビアで長期的・安定的な鉱業活動が担保される。」
そのように既存の外資鉱山を国有化する考えのないことを明言するとともに、新憲法下での鉱山契約の国会承認は、むしろ民間企業にとって、インセンティブになると強調した。ただし、この国会承認については、2008年6月、COMIBOLと大韓資源公社(KORES)が調印したCorocoro銅開発プロジェクトの協定書に関して、現在もまだ、国会で審議が開始されていないという現実もあり、迅速性を問題視する声が大きい。
5. 今後の鉱山開発ビジネスの方向性
以上を踏まえ、新憲法下での鉱山開発ビジネスの方向性、具体的な手法について、現地法律事務所の見解は以下のとおりである。
(1)現行鉱業法に従って取得された鉱業権を間接的に取得する方法
第371条により、鉱区及び鉱業権の売買は無効または禁止されるため、他社が保有している鉱業権を取得する方法としては、権利保有者が会社である場合、その会社を買収することにより鉱業権を間接的に取得することができる。この場合、権利保有者が株式会社であれば、基本的にはその株式の過半数以上を取得することによって、鉱業権を取得することが可能となる。
(2)現行鉱業法に従って取得された鉱業権を持つ会社と共同で鉱業活動を行う方法
鉱業権の譲渡行為をせずに、参入者側が探鉱開発投資を行い、あるいは権利保有者と参入者が共同で投資し、その結果、生産に結びついた場合、双方の取決めに従い、利益を分配するという契約事業形態が成り立つ。
(3)COMIBOLと共同で鉱業活動を行う方法
すでにCOMIBOLが保有している鉱区あるいは、COMIBOL管轄下の保護区域内にある鉱区に関して、国内外の民間会社は、原則、公開入札を通して、COMIBOLとJV契約またはリース契約を締結し、COMIBOLと共同で探鉱、鉱山開発を行なうことができる。
JV契約では通常COMIBOLがマジョリティを持ち、参入側が資本と技術ノウハウを提供し、利益は、通常、参入者側が投資額を回収した後に権益比率に応じて分配する。
リース契約では、COMIBOLは一定のリース料を受領し、さらに生産段階では利益の一部、またはNet Smelter Returnの一部を受領するという条件で鉱区をリースする形態を採る。
前者はすでに、大韓資源公社(KORES)とCorocoro銅開発プロジェクトにおいて、また、後者については、CooperativaとのPulacayo鉱山において実績を有している。
なお、新憲法施行過渡期条項第5条によれば、新憲法による多民族国立法議会はその第1立法任期(5年)内に新鉱業法を制定する予定であり、その審議の過程で上記の方法を変更、あるいは、上記以外の契約形態が導入される可能性も否定できない。
6. おわりに
Morales政権は、今回の国民投票結果をテコに、政治的に一層強固な基盤が築かれ、Morales色の強い民族主義的な社会主義政策への展開が加速化されていくものとみられる。なお、2006年1月に就任したMorales大統領の任期は、本来2011年までのところ、今回の新憲法案承認により、新憲法下での選挙を2009年12月に実施し、当選すれば2014年まで続投が決まる。更に、新憲法では、1回限りの連続再選を認めており、最長で2019年までの政権運営が可能となる。
今後、議論が本格化する新鉱業法については、既に、決定、運用されているCOMIBOL権限の強化・建直し、鉱業税制の強化、鉱業の付加価値化の推進等、といった国家管理を強化する内容がより具体的、かつ鮮明に盛込まれているくものと推察される。
こうした中、住友商事によるSan Cristabal鉱山の完全買収や、我が国企業によるUyuni(ウユニ)塩湖におけるリチウム資源開発への関心の高まりなど、ボリビアの資源ポテンシャルに熱い視線を送っている日本企業は少なくない。JOGMECはじめ政府機関としては、こうした企業への技術的・資金的な側面支援強化に留まらず、国レベルのプロジェクトの推進や対話チャネルを拡充するなどの手立てを講じて、日本への安定的・長期的な資源確保に向けて資源外交を一層強化していくことが重要である。
(参考)ボリビア共和国憲法(天然資源、鉱業分野条文)仮訳
第2節:天然資源
第348条
あらゆる形態の鉱物、炭化水素、水、空気、土壌、地下、森林、生態系、電磁スペクトル、活用可能な物質や物理的な力は、天然資源である。
天然資源は国家発展を目的とした戦略的・公共利益の性質を有する。
第349条
天然資源はボリビア国民の直接的かつ共有・不可侵の所有物であり、その管理は国家に委ねられる。
国家は、土地や天然資源に関する個人及び法人の所有権及び利用権を承認、尊重、付与する。
第350条
保護地域内におけるあらゆる権利は、国家による必要性や公共の利益を根拠とする許認可を有しない限り、無効とする。
第351条
国家は、政府機関や協力機関・民間団体等を通じて天然資源の探査・開発・産業化・輸送・取引を管理すると共に、民間企業との契約締結や合弁企業の設立を可能とする。
国家は、天然資源活用を目的とした国内外の法人との契約を締結する権利を有する。その際、ボリビア国内における利益の再投資が保証されなければならない。
天然資源政策・管理においては、市民社会参加が保証されなければならない。政策・管理においては、国家と市民社会双方の代表による合同機関を設置し、公共の利益を守るための予防的活動の実施を可能とする。
天然資源の採掘を行うボリビア国内外の民間企業は、税金及びロイヤルティを支払う義務を負い、これら税金やロイヤルティは返金不可能な性質のものである。ロイヤルティは天然資源利用の対価であり、憲法及び法律によって規定される。
第352条
国内の一部地域における天然資源採掘は、採掘影響地域を対象とする住民投票を前提条件とする。住民投票は自由参加型で、国家が事前に公示し、実施するものとする。
一方、憲法及び法律の枠組みに沿って、環境政策プロセスへの国民参加を保証、生態系の維持を推進しなければならない。
農民や先住民によって構成される集落や農村における住民投票は、村・集落独自の規則やプロセスを尊重しつつ実施するものとする。
第353条
あらゆる天然資源の利用によって得られる利益は、ボリビア国民に平等に配分されるものとする。天然資源が存在する地域における優先的な所有権は農民や先住民によって構成される集落や農村に対して与えられるものとする。
第354条
国家は天然資源と生物多様性の管理、維持、利用に関する調査研究を実施・促進するものとする。
第355条
国家は、天然資源の産業化と取引に関して優先権を有する。
天然資源の産業化と取引によって得られる利益は、国家の様々な領域における経済の多様化を促進することを目的に、配分・再投資されるものとする。利益の配分率は法律によって規定されるものとする。
産業化プロセスは、生産地において優先的に実行するものとし、国内外の市場における競争力向上を条件とする。
第356条
非再生資源の探鉱・採掘・精錬・産業化・輸送及び取引は、国家による必要性や公共の利益を有する性質のものとする。
第357条
ボリビア国内外のいかなる個人或いは企業も、ボリビア国民の所有物である天然資源の所有を、証券市場に登録或いは証券化等の金融取引を目的に利用することはできない。
第358条
天然資源の利用権は憲法及び法律の規定に沿わなければならない。
さらに、この利用権は技術・経済・環境規定に沿ったものであるか定期的な見直しの対象となるものとする。
なお、法律の不履行は利用権の無効或いは取り消しの理由となる。
第4節:鉱業・冶金業
第369条
国家は国土及びその地下に存在する鉱物資源の責任者であり、その取り扱いは法律によって規定されるものとする。
塩湖内に存在する非金属や蒸発物、硫黄その他の物質は、国家にとり戦略的な性質を有する。
国家は、鉱業・冶金政策を定め、鉱業を振興・促進・管理する責任を負う。
国家は、鉱業の全生産プロセス、鉱業権者の活動、鉱業契約並びに既得鉱業権に対する管理・監査を実施するものとする。
第370条
国家は、該当法令に従い全生産プロセスにおいて、鉱業権を付与し、自然人或いは法人との鉱業契約を締結することができる。
国家は、ボリビアの経済・社会的発展のため、鉱業協同組合を振興・強化する。
あらゆる生産プロセス段階の鉱業権及び鉱業契約は、鉱業権者によって、経済・社会的役割を果たしつつ直接行使されなければならない。
鉱物或いは金属を対象とする投資・地質調査・探鉱・採掘・選鉱・産業化・取引を実施中の鉱業権は鉱業権主に帰属し、その権利の範囲は法律によって規定されるものとする。
鉱業権に関する契約は、鉱業権者に対して、社会的・経済的公益のために鉱業事業を行う義務を課す。
国家は、独立経済公団を通じて、鉱業の発展を目的に、非再生資源の管理・調査・探鉱・採掘・選鉱・産業化・取引に関する施策を推進・実行する。
第371条
鉱業契約により認可された鉱物採掘区域は第3者に譲渡不可能であり、担保権や相続も認められない。
鉱山企業の法的所在地は、採掘事業が最も大規模に行われる管轄区域に定められなければならない。
第372条
国有化された鉱山グループ及びその工場、製錬所等は国民の財産であり、民間企業に対する譲渡や落札等の対象にはなり得ない。
鉱山企業の経営陣或いは上級管理職は、法律規定に従って独立経済公団への協力を担当しなければならない。
国家は、法律の規定に従って金属・非金属資源の産業化及び取引に参加しなければならない。
国家によって新たに設立される独立経済公団は、鉱産物生産が最も多いPotosi県及びOruro県に法的所在地を定めるものとする。

