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インドネシアBatu Hijiau銅・金山資本移譲に仲裁裁定-180日以内に移譲実施-

インドネシアBatu Hijiau銅・金山を所有するPT Newmont Nusa Tenggara社(以下PTNNT)資本の内、外国資本が所有する株式のインドネシア側への移譲問題に関する国際商事仲裁裁定が2009年3月31日に出された。これは、インドネシア政府(エネルギー鉱物資源省)とPTNNTがBatu Hijiau銅・金山開発に当たって締結した鉱業事業契約(以下COW)においてPTNNT株式をインドネシア側に移譲するとされていたが、これが進展しなかったことから両者が選定した3名の仲裁人による国際商事仲裁裁定を求めていたものである。本稿では、同裁定の内容と背景、今後の課題についてまとめた。 |
1. 仲裁裁定
(1)エネルギー鉱物資源省は、4月1日付けで裁定概要を以下のとおり発表した;
[1] PTNNTはCOWに定める資本移譲義務を実行しなければならない
[2] PTNNTはその株式17%をインドネシア側に移譲しなければならない
[3] 移譲は裁定の日から180日以内に行われなければならない
[4] 移譲される株式は、“clear and clean”でなければならない
[5] 株式購入資金調達方法の選択権は、購入側(インドネシア側)にある
[6] PTNNTはインドネシア政府が要した仲裁費用を裁定の日から30日以内にインドネシア政府に対し支払わなければならない
(2)一方、PTNNT権益45%を所有するNewmont社(米)は、3月31日付けで裁定概要について以下のとおり発表し、同社CEOはCOW及び本裁定に基づき、株式移譲作業を進めていくとコメントした;
[1] インドネシア政府はCOWを終了させられない(有効として継続する)
[2] PTNNTは、2006年及び2007年分において移譲するはずであったPTNNTの株式10%を裁定の日から180日以内にインドネシア政府、または同政府が指定する者に移譲しなければならない
[3] 2008年分の株式7%についてもインドネシア政府に第1優先権がある(COWに沿った株式移譲相手の明確化)
※注)国際商事仲裁:
国際的な民事・商事取引において紛争が発生した場合の解決手段の一つ。仲裁裁定は拘束力を有する。本件では、3名の仲裁人のうち1名はインドネシア政府がシンガポールから、1名はPTNNTが米国から、1名は両者合意でスイスからそれぞれ専門家を選定した。国連国際商取引法委員会(United Nations Commission on Internatinal Trade Law:UNCITRAL)制定の仲裁規則に基づいた手続きで、インドネシア法に準拠して仲裁がなされた。手続き、裁定結果は、非公開、非公表。
2. 鉱山概要
(1)位置:インドネシアの中央部Sumbawa島西部に位置する(図1参照)。
行政区域は、“Nusa Tenggara Barat州Sumbawa Barat県”である。

(2)規模:埋蔵鉱量(Reserves) 968百万t
品位 Cu 0.41%、Au 0.309g/t(含有金属量 Cu 3,969千t、Au 299t)
(3)生産実績(銅精鉱中含量)
表1.Batu Hijauの生産量推移 |
2004 年 | 2005 年 | 2006 年 | 2007 年 | 2008 年 ※1 | 2009 年 (計画) ※2 |
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銅 (千 t ) | 320 | 270 | 206 | 220 | 129 | 206 |
金 ( t ) | 22.4 | 22.8 | 13.9 | 17.1 | 8.4 | 15.1 |
※注1:2008年は採掘対象鉱画が低品位部であったための生産量減 ※注2:2009年は低品位部採掘が終了して生産量は回復する見通し |
※注2:2009年は低品位部採掘が終了して生産量は回復する見通し
(4)権益構成: | 外国資本80%、インドネシア資本20%。外国資本のうち、35%は日本企業連合(住友商事㈱26%、住友金属鉱山㈱5%、三菱マテリアル㈱2.5%、古河機械金属㈱1.5%)による日本企業の権益である(図2参照)。 |

(5)鉱山開発の経緯
1986年12月 インドネシア政府とPTNNTがCOWを締結
1990年 大規模斑岩型銅鉱床発見
1997年 鉱山開発開始
2000年3月 本格生産開始
3.株式移譲
(1)スケジュール
COWでは、PTNNTからのオファーを受ける権利は中央政府に第1優先権、地方政府に第2優先権、最後に私企業と規定。生産開始から6年経過した時点で3%、以降毎年7%をオファー。生産開始から10年経過時点で31%、インドネシア法人既所有分20%と合わせて51%がインドネシア資本となる。移譲スケジュールは下表のとおり。
表2.PTNNTの権益移譲計画 |
オファー期限 | 率 | オファー価額 | インドネシア資本合計 |
2006 年 3 月 | 3 % | 109 百万 US$ (政府合意済) | 23 % |
2007 年 3 月 | 7 % | 282 百万 US$ (政府合意済) | 30 % |
2008 年 3 月 | 7 % | 426 百万 US$ | 37 % |
2009 年 3 月 | 7 % | 348 百万 US$ | 44 % |
2010 年 3 月 | 7 % | - | 51 % |
累計 | 31 % | - | 51 % |
(2)これまでの動き
表3.PTNNTの権益移譲計画に係るインドネシア政府とPTNNTの動き |
年月 | インドネシア政府とPTNNTの動き |
2006年3月 | PTNNT、2006年3%分価額を政府にオファー。106百万US$で両者合意 |
2007年2月 | 政府、3%分は購入しないが地方政府が関心を示していることを通知 |
2007年3月 | PTNNT、2007年7%分価額を政府にオファー。282百万US$で両者合意 |
2007年8月 | PTNNT、地方政府に対し同社からの融資(long-term, no-risk loans)による買取を提案 ○地方政府 鉱山が存する又は隣接する、西Nusa Tenggara州、同州西Sumbawa県、及び同州Sumbawa県(3者) ○融資条件 配当の範囲内での返済、完済前閉山の場合は残債務免除、1%当たり現金333,333US$の支払保障等 ○PTNNTは、移譲における考え方として次のことを挙げている。 ・COWの規定に合致した移譲であること ・地域社会、PTNNT従業員及び株主に最大利益をもたらすこと ・鉱山及び従業員と長期間にわたるパートナーとして良好な関係を築けること ・地域政府との関係を高められること ・鉱山経営に共通理念を抱ける者であること ・地域社会向上実現に向かっての意志を有していること |
2008年1月 | PTNNT、Sumbawa県と2%売却に合意 ○西Nusa Tenggara州及び西Sumbawa県は、PTNNTの融資による買取提案に対し2008年2月時点で回答せず。西Nusa Tenggara州知事は、提案の融資条件ではいつまでたっても完済できずと業界紙にコメント ○Financial Timesが、「インドネシア民間企業が地方政府3者と協定を締結し、同社が権益85%を保有する会社を地方政府3者と設立、PTNNTの全移譲株式(31%)を取得する計画がある」という記事を掲載(2月28日)。PTNNTは、民間企業が拠出する会社への売却がCOWに基づく地方政府への売却といえるのかとコメント |
2008年2月11日 | 政府、PTNNTに対し、2月22日までに政府指示どおりの移譲を行わない場合、債務不履行によるCOW終了を通知(期限は後に3月3日まで延長) |
2008年3月3日 | 政府及びPTNNT、国際商事仲裁へ提訴 |
2008年3月 | PTNNT、2008年7%分価額426百万US$を政府へオファー |
2008年6月 | 政府、移譲対象のPTNNT株式が同社の借入金の担保となっており、担保から外した上で2008年7月13日までに移譲するよう要求 ○PTNNTは、鉱山開発資金の一部として米国輸出入銀行(USEIB)、国際協力銀行(JBIC)及びドイツ復興金融公庫(KfW)から約10億US$の融資を受けており、同社株式は全てこの担保に供されている。PTNNTは、株式を担保に供することはエネルギー鉱物資源省の承認を融資時に受けており、問題は無いと主張。政府は、財政法により政府及び国営企業は担保となっている株式取得を禁止されているため、担保から外すよう主張 |
2008年7月10日 | PTNNT、2008年分及び担保問題について国際商事仲裁へ提訴。政府も提訴 |
2008年12月 | 仲裁証人質問等(於:ジャカルタ) |
2009年3月 | PTNNT、2009年7%分価額348百万US$を政府へオファー |
2009年3月31日 | 仲裁裁定 |
4.仲裁結果
(1)仲裁に当たって、次の事項に焦点が当てられた:
[1]政府はCOWを終了させられるか
[2]PTNNTとSumbawa県の合意はCOWの規定及び政府の要請に合致したものか
[3]PTNNTは、2006年及び2007年分の手続きを、COWに定めるスケジュールどおり進めたと認められるか
[4]担保に供されたままでの株式の移譲が認められるか
[5]地方政府への移譲にも拘わらず、私企業からの資金が購入資金に充当されることは認められるか
(2)裁定は、COW終了は認めなかったが、PTNNTはCOWどおりの移譲を行っていないとされ、180日以内に政府が指定する者に対し株式を担保から外した上で移譲しなければならないとされた。また、インドネシア側の株式購入資金の選択権も購入側(インドネシア中央政府あるいは地方政府、あるいはインドネシア私企業)にある(民間企業の出資も可)という裁定により、同社はどういう者が共同事業者となるか関与できない状況となった。さらに、政府が要した仲裁費用をPTNNTが支払わなければならない等、実質的にはPTNNTの敗訴となった。
(3)17%分のオファー価格は8億US$を超えており、2009年、2010年分を加えた31%となると15億US$規模となることも予想される。世界的金融危機の最中にこれだけの資金を拠出することは、政府、地方政府はもとより、国営企業(PT Antam等)、民間企業にとっても容易ではない。国営企業株式の買取機能を有する政府投資センター(PIP:Pusat Investasi Pemerintah。数百億US$規模の資金を有するとされている)を通じた国営企業への資金供給も取りざたされているが、国会の承認、地方政府との権益配分等の検討課題もある。鉱山事業の円滑な運営のためにも、早期に円満な決着が図られることが望まれる。
5.今後の課題
2009年1月に成立した新鉱業法では、COW制度は廃止され、鉱業事業許可(IUP)又は特別鉱業事業許可(IUPK)を受ける制度となった。外国資本100%でもIUP又はIUPKの取得は可能となったが、生産開始から5年経過後にはその資本の一部をインドネシア側に移譲するよう規定し、詳細は政省令に委任している。
現在検討されている政令案では、生産開始後6年目から9年目までの間、毎年5%以上を移譲し、最低20%はインドネシア側が保有するという案となっている。優先取得権は、[1]政府、[2]地方政府、[3]国営企業、[4]地方政府所有企業、[5]民間企業の順となっている。また、すでにインドネシア資本が20%以上保有している場合は、対象外としている。
現政令案では、本件のように過半数がインドネシア側に移譲されるということにはなっていないが、毎年の手続き、交渉、プロジェクトファイナンス等の担保問題等を勘案すると、信頼のおけるインドネシア資本と早期から共同(20%以上)していくこともプロジェクトを円滑に推進するための一案であると考えられる。

