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報告書&レポート

2010年2月18日 資源技術部担当調査役  阿部幸紀サンティアゴ事務所  大野克久
2010年07号

Lithium Supply & Market 2010講演概要

 2010年1月27日及び28日の両日、ラスベガス(米国)において英国調査会社Metal Bulletinが主催するLithium Supply & Market 2010が開催された。
 本会議は近年の地球規模における環境意識の高まりを受け、次世代自動車として期待が高まっているHEV、PHEV及びEV用(※)Li-ion電池向け原料であるリチウム(以下“Li”とする)資源について、需給動向、探鉱開発動向等に係る情報共有を図るもので、2009年1月のサンティアゴ(チリ)に続く第2回目の催しで、参加者は2009年比44%増の216名であった。本稿では、今次会議の内、Li需給動向を中心に概要を報告する。

(※HEV:ハイブリッド電気自動車、PHEV:プラグインハイブリッド、EV:電気自動車)

1. 2009年Li需給
 2009年における世界のLi需要について、Li-ion電池搭載のHEV、PHEV及びEVの商業生産が開始されておらず、小型家電向けLi-ion電池、ガラス、フリット(釉薬)、グリース等景気動向に敏感に反応する製品需要が多いことから、2008年後半の世界景気後退以後は、2008年の在庫取り崩しで対応していたことに伴い、SQMでは2008年比25%減の85~90千t(LCE:炭酸Li換算)、FMCでは同30%減の65千t程度との発表があり、更にSQMでは、製品別及び用途別内訳についても発表した(図1)。
 なお、両社共に世界のLi需要が2008年レベル(100~120千t:LCE)に回復するには、今後2~3年を要すると見込んでいる。
 英国の調査会社であるRoskillによれば、2009年における中国のLi需要約30千t(LCE)で、内4.5千t(LCE)が中国国内のかん水から生産(表1)されているが、市場スペックの点でプロセス改善の余地があり、西豪州に拠点を置くTalison Resourcesから20千t(LCE)のLi精鉱輸入に依存していることを指摘している(表1)。

図1. 2009年製品別、用途別Li需要(出典:SQM)
図1. 2009年製品別、用途別Li需要(出典:SQM)

表1.2009年中国におけるかん水からのLi生産量(t:LCE)
企業名 2009年生産 生産能力
CITIC Guoan 1,100 5,000
Tibet Mineral (Zabuye) 1,000 5,000
QinghaiSaltLake 400 3,000
Qinghai Lithium 2,000 5,000+
4,500 18,000+
(※生産能力は、2008年データ)


2. 今後のLi需給

(1)需要
 今後のLi需要はHEV、PHEV及びEV生産に左右されるとの見方が強いことから、これらLi-ion電池搭載車の市場予測を基にしたLi需要予測が発表された。
 HEV、PHEV及びEVの普及については様々な予測がなされているが、2020年におけるこれらLi-ion電池搭載車の生産について、SQMが500万~750万台、Chemetallが500万~600万台、FMCが1,440万台、Roskillが500万台前後(市場普及率5%の場合)と見込んでおり(表2、表3)、また、Western LithiumはHEV、EV普及率とLi需要量の関係をマトリックス化したものを発表した(表4)。
 HEV、PHEV及びEV向けLi-ion電池では、正極板の違いで使用するLi量に差異があることから、単純に比較することは適当ではないが、2020年のこれら自動車向けLi需要について、SQMは 40千t、FMC は82千t、Roskillは 60千tと見込んでいる。なお、Li-ion電池の普及率、LCE使用原単位の予想は各社で相違しているが、Roskilは市場普及率5%(HEV 2kg/台、PHEV 15kg/台、EV 22kg/台:LCE)としている。

表2.今後のLi需要予測(SQM)
  2015 2020 2030
HEV, PHEV, EV(万台) 120~240 500~750 1,500~2,000
HEV, PHEV, EV向けLi(t:LCE)   40,000 125,000
その他Li (t:LCE)   150,000 215,000
合計(t:LCE) 130,000 190,000 340,000

表3.今後のLi需要予測(FMC)
  2010年見込み 2015年見込み 2020年見込み
全自動車生産台数(千台) 70,169 91,872 117,976
  HEV市場普及率(%) 1.1 2.7 5.4
  PHEV市場普及率(%) 0.0 0.5 2.6
  EV市場普及率(%) 0.0 0.5 4.2
HEV~EV以外の販売台数(千台) 69,396 88,389 103,573
HEV~EVの販売台数(千台) 台数 LCE(t) 台数 LCE(t) 台数 LCE(t)
HEV 744 536 2,484 1,788 6,358 4,578
PHEV 22 132 502 3,012 3,048 18,288
EV 8 96 498 5,976 4,997 59,964
774 764 3,484 10,776 14,403 82,830
世界Li需要 計 (千t:LCE) 70 120 220
[※リチウム使用量(LCE):HEV 0.72 kg/台、PHEV 6 kg/台、EV 12 kg/台]

 【前提条件】
 ・石油価格:2015年47.2 ¢/L、2020年50.3 ¢/L
 ・Li-ion電池価格:2009年1,200 US$/kWh、2020年500 US$/kWh
 ・自動車寿命:10年、年間走行距離:24千km
 ・走行距離:ガソリン車13.6 km/L、軽油車11.9 km/L、HEV 19.1 km/L、PHEV 25.5 km/L

表4.今後のLi需要予測(Western Lithium)(単位:千t)
  EV普及率
1% 5% 10% 15% 20%
HEV普及率 5% 49 109 185 260 336
10% 82 143 218 294 370
15% 116 176 252 328 403
20% 150 210 286 361 437
25% 183 244 319 395 470
30% 217 277 353 428 504
35% 250 311 386 462 538
40% 284 344 420 496 571
45% 318 378 454 529 605

(2)供給
 2009年の世界全体でのLi生産能力について、SQMから155千t/年(図2)、Roskillでは約150千t/年と報告され、SQM、FMC及びRoskillでは、2010年代半ば頃に需給がバランスすると予測している。
 なお、SQMでは現在の生産者の施設拡張により、2020年の稼働率は71%(生産能力:約265千t)、2025年では90%(生産能力:約285千t)、開発中のプロジェクトも含めると、2020年の稼働率は49%(生産能力:約380千t)、2030年でも稼働率は84%に留まり、当面は供給障害が発生しないとの見込みを発表した(表5)。

図2. 2009年における世界各国のLi生産能力[計155千t/年](出典:SQM)
図2. 2009年における世界各国のLi生産能力[計155千t/年](出典:SQM)

表5.現在進行中のLi開発プロジェクト
企業名 地域 鉱床タイプ 生産能力
LCE (千t)
操業開始 進捗状況
Galaxy
Resources
Mount Cattlin,
  Jiangxi China
リチア輝石 17.0 2010 開発中
Sentient Group Rincon
  Argentina
かん水 12 2010 開発中
Orocobre OlarOZ
  Argentina
かん水 15.0 2012 FS
Canada
  Lithium
Quebec
  Canada
リチア輝石 3.3 2012 プレFS
Keliber
  (Nordic Mining)
Lantta
  Finland
リチア輝石 10+ 2013 プレFS
Simbol Mining California
  USA
かん水 3.3 2013 プレFS
Western Mining Nevada
  USA
ヘクトライト 27.7 2014 プレFS
リチウム生産能力 計  88.3+    
(出典:Roskill(一部JOGMEC改))

3. Li-ion電池のコスト構成
 HEV、PHEV及びEV向けLi-ion電池の技術開発では、安全性、走行距離、電池寿命、低コスト等の観点から技術開発が進められているが、現在PCや小型家電に使用されているLi-ion電池の正極材はコバルト酸リチウムで、高価なコバルト(現在の価格は約21 US$/lb)が使用されていることから、コバルト使用量削減に向けて正極材の技術開発が活発化している。
 今次会議では、FMCより正極材としてNi-Co-Mn系のリチウム酸化物を用いたLi-ion電池(25 kWh)のコスト構成について説明があった。
 この場合、Li-ion電池コストを15,000 US$と仮定すると電池セルのコストは約7,400 US$で、内Li原料コストは約120 US$、コスト割合について、電池セルでは1.6%、Li-ion電池全体では0.8%程度であるとの発表があった(図3、表6)。

図3. Li-ion電池セルに占めるコスト割合
図3. Li-ion電池セルに占めるコスト割合
(出典:FMC、ドイツ銀行)

表6. 自動車用Li-ion電池(Ni-Co-Mn系正極材)のコスト
(単位:US$)
電池セル(150セル、25 kWh) 7,395
部品、パッケージング、工賃 4,005
マージン 3,600
15,000

4. Li埋蔵量
 米国の独立系コンサルタントのKeith Evansは、2009年の第1回会議で既往調査結果等を基にLi資源量を発表しており、今回も同様の発表が為された(表7、表8)。
 Evansの試算では、2010年のLi資源量は2009年より約460万t増加している。これは、西豪州でTalison Resourcesが保有するGreenbushes鉱床(リチア輝石)でLi埋蔵量が1,000~1,300千t増加したことと、かん水についてはボリビアUyuni湖の資源量についてRisacherのレポート(1989)を引用したためと発表している。
 Evansによると、Li資源量は世界全体で3,000~3,500万tと推定されるが、実収率を勘案すると、現時点では50%程度と考えるのが妥当とコメントしている。

表7. リチウム資源量 表8. リチウム埋蔵量

(出典:Keith Evans試算)

(出典:USGS:Mineral Commodity Summaries2010)

5. 最後に
 各自動車メーカーがHEV、PHEV、EV試作車を公開し、市場投入時期を発表している中、今次会議においても今後の需要先として期待されるLi-ion電池搭載車の普及予測についての関心が集まっていた。
 2020年時点におけるLi-ion電池搭載車の需要予測は40~82千t(LCE)で、現状では2010年代半ばにはLi供給余力が無くなるとの見方が強いものの、既存生産設備の拡張及び新規プロジェクト生産開始で対応可能との見込みである。
 現在、車載用Li-ion電池は安全性、走行距離、電池寿命、低コスト等の観点から急速に技術開発が進んでおり、近い将来、これら技術開発要素をクリアするLi-ion電池が開発された場合、地球規模で環境問題に対する意識が高まっている現状も手伝って、Li需要が急激に拡大することも十分に想定され得る。
 HEV、PHEV、EVは環境負荷軽減、特にCO2削減の観点から次世代自動車として注目が集まる中、Li-ion電池は1993年にSONYが世界で初めて実用化し、1997年にはトヨタが世界で初めてHEVであるプリウスを市場投入している等、日本は本分野において世界に先駆けた技術力を有していることから、今後ともLi市場について継続的に注視していくことが必要である。

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