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報告書&レポート

2010年8月12日 ロンドン事務所 萩原 崇弘 金属企画調査部 廣川 満哉
2010年40号

欧州連合のクリティカルな原材料について

 欧州連合(EU)委員会は、6月17日に欧州鉱物資源戦略であるRaw Material Initiativeの一環として、「EUにとって不可欠な原材料(Critical raw materials for the EU)」を発表した。本報告書では、41鉱種の重要鉱物候補について詳細に分析され、EUにとってクリティカルな14鉱種の鉱物資源が選定されている。産業構造が我が国とは異なるものの、検討・分析の指標とされた鉱種毎の産業重要度、供給リスク、環境リスクに関する考え方は、今後の重要鉱種選定検討の参考となることから、その概要を紹介する。

1. これまでの経緯
 欧州委員会が決定した”Raw Material Initiative”(2008年11月)では、EUとしての鉱物資源戦略の柱として、[1]国際市場における原材料アクセスの確保、[2]EU域内からの持続的供給体制の確立に向けた環境整備、[3]リサイクルや省資源化の推進による原材料消費の削減の加速化を掲げると共に、その付属文書の中で「クリティカルな原材料」に関する準備調査を掲載している。
 それによると、EUにとっての「クリティカルな原材料」としては、[1]EU経済にとって重要なハイテク金属、[2]供給リスクの高い金属となるとの考え方を示している。具体的には、[1]ハイテク金属としては、タンタル(携帯電話)、インジウム(フラット・パネルTV)、ガリウム(LED)、CIGS太陽電池(銅・インジウム・ガリウム・セリウム)(環境技術)、PGMs(自動車触媒・燃料電池)、レニウム・ルテニウム・チタン(航空産業)を、[2]供給リスクの高い金属としては、副産物(レニウム・ハフニウム)、近年の需要増大(タンタル)のほか、生産の偏在性及び資源国の資源保護政策に伴う供給リスクを挙げ、仏BRGMの分析を引用し、供給リスクのある16鉱種をリストアップしている(アンチモン、クロム、コバルト、ゲルマニウム、ガリウム、インジウム、リチウム、マグネシウム、モリブテン、プラチナ、パラジウム、ロジウム、レアアース、レニウム、チタン、タングステン)。また、全米研究評議会(NRC)報告書及び日本の備蓄鉱物に着目して、クロム、マンガン、ニオブ、タンタル、バナジウムも重要であると言及している。
 その後、欧州委員会は専門家によるワーキンググループを設置し、以下の41鉱種の候補を選定した。(41鉱種:アルミニウム、アンチモン、バライト(重晶石、バリウム)、ボーキサイト、ベントナイト、ベリリウム、ホウ酸、クロム、粘土、コバルト、銅、ダイアトマイト(珪藻岩)、長石、フローライト(蛍石:CaF2)、ガリウム、ゲルマニウム、グラファイト、石膏、インジウム、鉄、石灰岩、リチウム、マグネサイト、マグネシウム、マンガン、モリブテン、ニッケル、ニオブ、パーライト(真珠岩)、PGMs(白金族)、レアアース、レニウム、珪砂・ガラス砂、銀、タルク(滑石)、タンタル、テリリウム、チタン、タングステン、バナジウム、亜鉛)。

2. クリティカルな14鉱種の選定方法
 選定された41鉱種の重要鉱物候補からEUでの経済的重要度、供給リスク度、環境リスク度の3つ評価項目を設けて、一定閾値以上の14鉱種を選定した。以下に各評価方法及びその結果を紹介する。

1) EUでの経済的重要度
 EUでの経済的重要度(Eli)を評価するため、各原材料の産業毎の経済的重要度にその消費割合を乗じて、EUのGDPに対する比率で評価している。計算式は以下のとおり。
   Eli=ΣAisQs/GDP(Ais: 各原材料の産業(エンドユーザー)毎の消費割合、Qs:産業毎の経済的重要度)
 その結果、クロム、マンガン、バナジウムが最も高く、ニッケル、亜鉛、ボーキサイト、ニオブ、モリブデン、タングステン、アルミニウムの順となっている。これらの鉱種の供給障害が起これば、EU産業への影響が大きいとしている。

2) 供給リスク度
 各原材料の供給リスクは、原材料生産国の安定度、原材料代替度、原材料のリサイクル度の3つの指標を用いて評価している。
 [1]生産国の安定度(HHIWGIは、その国の生産割合と世界銀行が公表している世界各国の統治指数から計算する。
   HHIWGI=Σ(Sic)²WGI(Sic:世界生産におけるその国の割合、WGI:世界銀行の世界統治指数)
 [2]原材料代替度(σi)は、原材料の代替性を係数に置き換えて、産業毎の消費割合を乗じて計算する(σi=ΣAisσis)。
 [3]リサイクル度(ρi)は、原材料のEU消費量に対するリサイクル率から算出する。
 供給リスク度は上記の数値を用いて以下の計算式から算出する。
      SRi=σi(1-ρi)HHIWGI
 この計算式では、安定度が低い生産国での生産割合が高く、代替度やリサイクル度が低い原材料ほど、計算結果が高くなり、供給リスクが高いとなる。
 その結果、レアアースが最も高く、白金族、ニオブ、ゲルマニウム、マグネシウム、アンチモン、ガリウム、インジウムの順で供給リスクが高いとされた。
 以上の結果に基づき、図1に示すとおり経済的重要度指数5.0以上、かつ供給リスク度指数1.0以上の14鉱種を選定した。

図1. 経済的重要度と供給リスク度の相関図

  図1. 経済的重要度と供給リスク度の相関図 (出典:EU委員会報告書)

3) 輸入相手国の環境リスク度
 第1段階では、経済的重要度と供給リスク度から評価したが、第2段階として、原材料毎にEUが輸入している国の環境リスクを評価している。
 環境リスク度は、供給リスクの評価に用いた原材料代替度、リサイクル度と国別環境パフォーマンス指数(アメリカ・エール大学公表)から算出する。
  EM=σi(1-ρi)HHIEPI(各国の環境パフォーマンス指数)
 その結果、上記で選定された14鉱種は、いずれも図2に示すとおり環境リスク度が1.2以上と高かった。特にレアアースが高く、ゲルマニウム、アンチモン、マグネシウム、ガリウム、ニオブ、ベリリウム、インジウムの順となっている。

図2. EUにおける鉱種毎の環境リスク指標

  図2. EUにおける鉱種毎の環境リスク指標 (出典:EU委員会報告書)

3. 選定された14鉱種がクリティカル原材料とされる理由
 本報告書では、選定された14鉱種がなぜEUにとってクリティカルかを個別に述べている。

1) アンチモン
・利用先であるフレーム反応減速材に有効な代替物質がない
・最も埋蔵量を有する中国がEUへのメタル供給の大部分を占めることから、量的、価格崩壊のリスクが高い。
・使用先が散逸し、集積困難なため、リサイクルが困難である。
・もしEUのアンチモンのバリューチェーンが崩壊した場合には、フレーム反応減速材のノウハウが散逸することとなり、これは世界的損失である。

2) ベリリウム
・米国と中国の生産量が世界の99%を占有している。
・リサイクル率が低い。
・代替性については、効率が低く困難である上に、将来の可能性も予測困難である。

3) コバルト
・DRCコンゴが世界生産の大部分を占める。
・一次生産に関する競争分野が一定水準にない。特に中国との競合
・代替可能性が限定されている。

4) 蛍石
・EU消費量の25%は域内生産で、その他は輸入であるが、その大部分は輸出規制や輸出税のある中国からの輸入に依存している。
・リサイクル率はEU内では1%以下。
・代替可能性が限定されている。

5) ガリウム
・中国が主な生産国(75%)、EU内ではハンガリーとスロバキアに少量生産がある。
・南アフリカ、中国、ロシアはガリウムに関して貿易制限の対象となっている。
・ガリウムは現在スクラップからリサイクルされていない。
・特定の利用先にしかガリウムの代替性はない。

6) ゲルマニウム
・輸入鉱石を精錬しゲルマニウムを輸出するので、EU域内では回収不可。EUは、2009年の世界生産の71%以上を占める中国からの輸入に強く依存している。
・リサイクル率は約30%。

7) グラファイト
・EUの95%以上輸入に依存、特に中国がメイン。
・リサイクルは増加したが、非常に限定的である。

8) インジウム
・EUの輸入の81%以上は中国からである。
・インジウムのリサイクルの可能性は主に製造工程の残渣で限定的であり、代替できるのはわずかな可能性のみである。

9) マグネシウム
・EUは、マグネシウム世界生産量の47%を輸入。中国は世界最大のマグネシウム生産者で生産量の93%を占めている。
・中国、ロシア、南アは貿易規制がある。
・マグネシウムのリサイクルの可能性は限定的である。

10) ニオブ
・EUでは生産しない。92%以上のニオブがブラジル、7%がカナダで生産する。
・総消費量の推定リサイクル率は20%。ニオブの代替可能性はあるが、コスト高で効率が悪い。

11) PGM
・EUでは一次生産はない。EUへのPGMの主要ソースは、南アフリカ(約60%)とロシア連邦(30%強)。
・ライフサイクルの特徴として、消費生産物からのPGM回収は限定的である。ヨーロッパ内での自動車触媒に使われているPGMの回収レベルは50%以下にとどまり、電気関係も約10%だけである。
・PGMは複数の元素からなり、しばしばその中で相互の元素が代替されるが、プラチナとパラジウム鉱山生産は同量程度なので、単なるシフトするだけで、代替にならない。

12) レアアース
・EUでは生産しない。中国が2009年の世界生産量の97%を産する。さらに、中国のレアアースの輸出制限や割り当てを受ける。
・新規鉱山プロジェクトは、中国以外の国で進行中であるが、鉱山からの生産までには時間的スパンがあるだけでなく、レアアース抽出には多くの付随する困難が伴う。
・レアアースの回収プロセスはこれまでも開発されてきたが、現在、商業的規模で明確な技術はない。レアアースの代替の可能性はあるが、効率的ではない。

13) タンタル
・DRCコンゴが生産のほとんど占有している。
・リサイクルが限定的。
・代替が困難で、効率が悪く可能性は予測困難。

14) タングステン
・世界で一番の埋蔵量を有する中国が原料供給(APT、酸化物)を占有していることから、量的にあるいは価格崩壊の高いリスクがある。
・タングステンスのクラップマーケットでは、中国の略奪的行動のリスクが増えている。
・代替の可能性は、代替性物質は技術的に効率性が低く環境負荷が高いので、制限がある。
・自動車、宇宙、医療、光源など多くのタングステン製品を開発してきたリーダーとして、EUのタングステン付加価値チェーンが崩壊したならば、世界的ノウハウの損失により、重要産業は海外からの輸入に全面的に依存する結果となる。

4. おわりに
 本報告書は、EU各国から選ばれた30人の資源関係の専門家が検討作成したものであるが、今後欧州委員会としては、2010年中を目途に取りまとめられるコミュニケと共に、本報告書を正式承認する予定である。
 欧州委員会へのヒアリングによれば、EUの鉱物資源をめぐる状況は、プラチナ、レアアース等の鉱物資源のEU域外からの輸入率が100%であり、選定された14鉱種の鉱物資源の供給に危機感を持っている。その点では日本と共通する点が多いと考えられる。
 しかし、欧州委員会としては、権限を有する貿易問題、特に、使用済み製品のEU域外不法輸出の問題に強い関心があり、実際のクリティカルな原材料への対応策は、EU各国の施策次第としている。
 米国でも、2007年、全米研究評議会(NRC)において同種の検討が行われ、白金族、レアアース、インジウム、マンガン、ニオブを当面クリティカルな鉱種としている。資源高騰を背景としたEU、アメリカの資源確保戦略は、今後とも注目していく必要がある。

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