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中長期的に見た錫の需給動向-1(供給編)
錫は古来から用いられている金属の一つである。だが、非鉄金属の中に占める重要度は、時代を追って変化してきた。20世紀中盤までは軍事的にも重要な金属として扱われ、錫を産出しない米国では戦略的な備蓄も実施されてきた。資源の偏在性と需要の底堅さが価格の高位安定をもたらしていたのである。 |
1. 世界の錫の埋蔵量
世界の埋蔵量を表1及び図1に示す。錫の埋蔵量は中国をトップとして、インドネシア・ペルー・ブラジルと続く。中国では雲南省など南部がその中心であり、東南アジア、南米に広く分布していることが分かる。
表1. 世界の錫の埋蔵量
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![]() 図1. 世界の錫の埋蔵量(単位;金属量千t) |
2. 世界の錫生産と消費
2-1. 世界の錫生産と消費のバランス
世界の錫(新地金)の生産量と消費量の5年毎推移を図1に示す。銅・鉛・亜鉛などと比べると1桁小さい量で、生産と消費はほぼバランスしている。

図2. 世界の錫生産と消費 (出典:WBMS)
2-2. 世界の錫生産の推移
生産量を国別にみると(表2、図3)、1979~2009年の間に、生産国の順位が変化していることが分かる。ここでは概観を見るにとどめるが、2009年の上位5カ国が占める比率は、1970-80年代では50-60%に過ぎなかったが、2009年には80%以上を占めている。また、東南アジアの錫産出地は継続して中心的位置を占めるが、中国の伸長と、英国・旧ソ連の減退が目立つ。国毎に見ても一様ではなく、かつて圧倒的であったマレーシアの相対的な退潮とインドネシア・ペルーの伸びが分かる。
表2. 世界の錫生産国推移
(単位;千t,%) |
年 | 中国 | インド ネシア |
マレー シア |
ペルー | タイ | ボリビア | ブラジル | 英国 | ソ連 | 09上位5国計 | 同左% | 生産量計 |
1974 | 23.0 | 15.1 | 84.4 | – | 19.8 | 6.9 | 6.6 | 15.1 | 15.0 | 142.3 | 62.0 | 229.7 |
1979 | 16.0 | 27.7 | 73.1 | – | 33.0 | 15.7 | 10.1 | 11.4 | 18.0 | 149.8 | 61.3 | 244.2 |
1984 | 29.9 | 22.5 | 46.9 | – | 19.7 | 15.8 | 18.9 | 13.8 | 18.5 | 119.0 | 52.8 | 225.2 |
1989 | 28.3 | 29.9 | 50.9 | – | 14.7 | 9.7 | 44.2 | 10.8 | 14.0 | 123.8 | 54.1 | 228.7 |
1994 | 67.8 | 39.0 | 38.0 | – | 7.6 | 19.5 | 19.4 | – | 12.2 | 152.4 | 68.8 | 221.6 |
1999 | 90.8 | 48.3 | 28.9 | 17.3 | 17.6 | 11.1 | 12.8 | – | 3.9 | 202.9 | 82.3 | 246.6 |
2004 | 115.3 | 86.9 | 33.9 | 40.6 | 20.7 | 13.8 | 11.5 | – | 3.0 | 297.4 | 86.7 | 343.1 |
2009 | 134.5 | 65.0 | 36.4 | 33.9 | 19.1 | 15.0 | 11.0 | – | 1.0 | 288.9 | 86.8 | 333.0 |
- は集計されていないことを示す 1994年以降のソ連はロシアを示す | (出典;WBSM ) |

図3. 世界の錫生産量の推移と国別占有 (出典;WBMS)
現在の錫の世界最大の製造者は中国の雲南錫業である。同社は2009年まで5年連続してその首位を保っている。ITRI(International Tin Research Institute)による発表は表3の通りで、ここに掲げられた製造者で世界の錫生産の約7割を占める。また、上位には中国企業が多い。
表3. 世界の錫生産者
錫の世界生産の企業別内訳 | International Tin Research Institute |
(単位;t) | ITRI 発表2010年2月 |
順位 2009年 |
企業名 | 国 | 生産量 | 増減 % |
備考 | |
2008年 | 2009年 |
1位 | 雲南錫業 | 中国 | 58,371 | 55,898 | -4.2 | 5年連続1位 |
2位 | PT Timah | インドネシア | 49,029 | 45,800 | 6.6 | |
3位 | MSC* | マレーシア | 31,630 | 36,407 | 15.1 | インドネシアから粗錫輸入後精錬 |
4位 | Minsur | ペルー | 37,960 | 33,920 | -10.6 | |
5位 | Thaisarco | タイ | 21,731 | 19,300 | -11.2 | |
6位 | 雲南乗風 | 中国 | 13,500 | 14,947 | 10.7 | |
7位 | EM Vinto | ボリビア | 9,544 | 11,805 | 23.7 | Huanuni鉱山からの供給増、収率改善 |
8位 | 柳州華錫 | 中国 | 12,037 | 10,500 | -12.8 | |
9位 | Metallo Chimique | ベルギー | 9,228 | 8,690 | -5.8 | |
10位 | PT Koba Tin | インドネシア | 7,109 | 7,455 | 4.9 | 自山鉱産出増 |
11位 | 箇旧自立錫業 | 中国 | 7,000 | 5,600 | -20.0 | |
12位 | Gold Bell Group | 中国 | 3,100 | 4,650 | 50.0 | |
13位 | OMSA | ボリビア | 3,122 | 3,205 | 2.7 | |
14位 | Taboca/Paranapanema | ブラジル | 6,149 | 2,745 | -55.4 | |
その他 | Fenix Metals | インドネシア | 新規、再生錫生産企業 | |||
その他 | Talison | オーストラリア | Ta鉱山閉山のため錫生産無し | |||
合計 | 269,510 | 260,922 | -3.2 | |||
ITRI会員企業合計 | 237,829 | 228,367 | -4.0 |
世界生産計 | 332,300 | 334,100 | 0.5 | ||
世界に占めるITRI会員企業比 | 71.5% | 68.4% |
注1;塗りつぶしはITRI会員企業 |
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注2;PT Timahの2009年はITRIによる予測値 | ||
注3;世界生産はWMSのRefined Tin Production |
2-3. 世界の錫消費量の推移
図4に世界の錫消費の1974年以降の推移を、銅・アルミ・鉛・亜鉛の推移とともに示す。銅・アルミ・鉛・亜鉛が時間の経過とともに消費量を伸ばしているのに対して、錫の消費量推移は1974~1998年頃まで目立った成長を示していないことが分かる。1998年以降の伸びは中国が大きな部分を占めている。なお、図の最右の値は2009年であり、錫・アルミ・亜鉛が前年比減少しているのはリーマンショックを受けた世界不況の影響を同様に受けているためである。

図4. 錫と銅・アルミ・鉛・亜鉛の世界の消費量推移(出典:WBMS)
改めて、中国の直接的な影響を排除するため、世界の消費量から中国の消費量を除いた各金属の消費傾向を図5に示す。

図5. 中国を除いた錫と銅・アルミ・鉛・亜鉛の世界の消費量推移 (出典;WBMS)
リーマンショックの影響は更に大きく見られるが、他の金属に対して、錫の推移の特異性が分かる。銅をはじめとするベースメタルが、程度の差こそあれ、一様に増加傾向にあるのに対して、錫はほとんど増加していない。原因としてはこの期間に生じた錫の代替の動きにより、錫の使用量そのものが大きな影響を受けたと考えられる。
3. 日本の需給とバランス
日本の地金輸入量の1990年と2009年の比較を表4と図6に示す。1990年ではマレーシアが輸入先のトップであったが、最近ではインドネシアにその座を譲っている。また、全体輸入量ではこの間で大幅に減少している。また、地金(通関統計上は「錫の塊」)以外に「錫の合金の塊」や「錫の棒・型材および線」などの加工品も輸入されているが、それらの合計は1990年で3.7千t、2009年で1.0千tに過ぎない。
表4. 日本の錫地金輸入
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![]() 図6. 日本の錫地金輸入(単位;千t) |
日本の錫(新地金)の需要量と供給量を図7に示す。供給では、国内での新地金生産は1974年1.4千t→2009年0.9千tと極めて少量であり、輸入がその殆どを占めている。需要面では内需が殆どで輸出が少ない(2009年で0.2千t)傾向が継続している。
図7からは、1989年頃のピークの後に減少し、更にその後回復し反落しているように見られるが、年毎に詳しく見ると、1998年に供給・需要ともそれぞれ23.3千t・23.4千tと最低値を記録し、2006年に供給・需要とも、それぞれ36.9千t・37.0千tと回復の後のピークを迎え、それ以降は減少している。1998年後の増加の理由はハンダ分野での鉛フリー化の影響が大きいと推定される。
なお、日本の需給には新地金だけでなく、スクラップリカバリーも含まれ、その新地金に対する比率は1990年頃10%だったものが、2000年頃までには25~30%まで上昇している。ただし、その殆どはハンダ用途である。

図7. 日本の錫需要と供給
出典:「経産省 鉄鋼・非鉄金属・金属製品統計年報」(2001年以前は「資源統計年報」)による。2001年以降は統計方法の変化があるため、需要=前在庫+供給-輸出-後在庫により求めた。
(以下、「中長期的に見た錫の需給動向-2(需要編)」に続く)
