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報告書&レポート

2010年9月9日 企画調査部 渡邉 美和
2010年45号

中長期的に見た錫の需給動向-1(供給編)

 錫は古来から用いられている金属の一つである。だが、非鉄金属の中に占める重要度は、時代を追って変化してきた。20世紀中盤までは軍事的にも重要な金属として扱われ、錫を産出しない米国では戦略的な備蓄も実施されてきた。資源の偏在性と需要の底堅さが価格の高位安定をもたらしていたのである。
 しかし、高価格は錫の代替品開発を促進した。また全般的な技術進展は錫の需要構造を変化させても来た。その変化が1985年に錫供給体制を揺るがせることにもつながり、LME市場を震撼させたこともある。
 錫の需要分野の変化は現代に至っても継続している。かつては、どちらかというと、錫の使用量を減少させる方向に作用してきた。しかし、最近の大きな変化は鉛フリー化の影響を受け、錫の使用量が増加する傾向である。
 ここでは、主にこれまでの錫需要動向の変遷を、その分野毎に、背景とともに概観する。

1. 世界の錫の埋蔵量

 世界の埋蔵量を表1及び図1に示す。錫の埋蔵量は中国をトップとして、インドネシア・ペルー・ブラジルと続く。中国では雲南省など南部がその中心であり、東南アジア、南米に広く分布していることが分かる。

表1. 世界の錫の埋蔵量

単位;金属量千t
国名 埋蔵量
中国 1,700
インドネシア 800
ペルー 710
ブラジル 540
マレーシア 500
ボリビア 450
ロシア 300
タイ 170
オーストラリア 150
ポルトガル 70
その他 180
合計 5,600
出典;USGS(2010)

図1. 世界の錫の埋蔵量(単位;金属量千t)

2. 世界の錫生産と消費

2-1. 世界の錫生産と消費のバランス
 世界の錫(新地金)の生産量と消費量の5年毎推移を図1に示す。銅・鉛・亜鉛などと比べると1桁小さい量で、生産と消費はほぼバランスしている。


              図2. 世界の錫生産と消費      (出典:WBMS)

2-2. 世界の錫生産の推移
 生産量を国別にみると(表2、図3)、1979~2009年の間に、生産国の順位が変化していることが分かる。ここでは概観を見るにとどめるが、2009年の上位5カ国が占める比率は、1970-80年代では50-60%に過ぎなかったが、2009年には80%以上を占めている。また、東南アジアの錫産出地は継続して中心的位置を占めるが、中国の伸長と、英国・旧ソ連の減退が目立つ。国毎に見ても一様ではなく、かつて圧倒的であったマレーシアの相対的な退潮とインドネシア・ペルーの伸びが分かる。

表2. 世界の錫生産国推移

(単位;千t,%)
中国 インド
ネシア
マレー
シア
ペルー タイ ボリビア ブラジル 英国 ソ連 09上位5国計 同左% 生産量計
1974 23.0 15.1 84.4 19.8 6.9 6.6 15.1 15.0 142.3 62.0 229.7
1979 16.0 27.7 73.1 33.0 15.7 10.1 11.4 18.0 149.8 61.3 244.2
1984 29.9 22.5 46.9 19.7 15.8 18.9 13.8 18.5 119.0 52.8 225.2
1989 28.3 29.9 50.9 14.7 9.7 44.2 10.8 14.0 123.8 54.1 228.7
1994 67.8 39.0 38.0 7.6 19.5 19.4 12.2 152.4 68.8 221.6
1999 90.8 48.3 28.9 17.3 17.6 11.1 12.8 3.9 202.9 82.3 246.6
2004 115.3 86.9 33.9 40.6 20.7 13.8 11.5 3.0 297.4 86.7 343.1
2009 134.5 65.0 36.4 33.9 19.1 15.0 11.0 1.0 288.9 86.8 333.0
- は集計されていないことを示す  1994年以降のソ連はロシアを示す (出典;WBSM )

                図3. 世界の錫生産量の推移と国別占有       (出典;WBMS)

 現在の錫の世界最大の製造者は中国の雲南錫業である。同社は2009年まで5年連続してその首位を保っている。ITRI(International Tin Research Institute)による発表は表3の通りで、ここに掲げられた製造者で世界の錫生産の約7割を占める。また、上位には中国企業が多い。

表3. 世界の錫生産者

錫の世界生産の企業別内訳 International Tin Research Institute
  (単位;t) ITRI 発表2010年2月
順位
2009年
企業名 生産量 増減
備考
2008年 2009年
1位 雲南錫業 中国 58,371 55,898 -4.2 5年連続1位
2位 PT Timah インドネシア 49,029 45,800 6.6  
3位 MSC* マレーシア 31,630 36,407 15.1 インドネシアから粗錫輸入後精錬
4位 Minsur ペルー 37,960 33,920 -10.6  
5位 Thaisarco タイ 21,731 19,300 -11.2  
6位 雲南乗風 中国 13,500 14,947 10.7  
7位 EM Vinto ボリビア 9,544 11,805 23.7 Huanuni鉱山からの供給増、収率改善
8位 柳州華錫 中国 12,037 10,500 -12.8  
9位 Metallo Chimique ベルギー 9,228 8,690 -5.8  
10位 PT Koba Tin インドネシア 7,109 7,455 4.9 自山鉱産出増
11位 箇旧自立錫業 中国 7,000 5,600 -20.0  
12位 Gold Bell Group 中国 3,100 4,650 50.0  
13位 OMSA ボリビア 3,122 3,205 2.7  
14位 Taboca/Paranapanema ブラジル 6,149 2,745 -55.4  
その他 Fenix Metals インドネシア       新規、再生錫生産企業
その他 Talison オーストラリア       Ta鉱山閉山のため錫生産無し
  合計 269,510 260,922 -3.2  
ITRI会員企業合計 237,829 228,367 -4.0

  世界生産計 332,300 334,100 0.5  
世界に占めるITRI会員企業比 71.5% 68.4%  
注1;塗りつぶしはITRI会員企業
 
注2;PT Timahの2009年はITRIによる予測値
注3;世界生産はWMSのRefined Tin Production

2-3. 世界の錫消費量の推移
 図4に世界の錫消費の1974年以降の推移を、銅・アルミ・鉛・亜鉛の推移とともに示す。銅・アルミ・鉛・亜鉛が時間の経過とともに消費量を伸ばしているのに対して、錫の消費量推移は1974~1998年頃まで目立った成長を示していないことが分かる。1998年以降の伸びは中国が大きな部分を占めている。なお、図の最右の値は2009年であり、錫・アルミ・亜鉛が前年比減少しているのはリーマンショックを受けた世界不況の影響を同様に受けているためである。

図4. 錫と銅・アルミ・鉛・亜鉛の世界の消費量推移(出典:WBMS)

 改めて、中国の直接的な影響を排除するため、世界の消費量から中国の消費量を除いた各金属の消費傾向を図5に示す。

  図5. 中国を除いた錫と銅・アルミ・鉛・亜鉛の世界の消費量推移 (出典;WBMS)

 リーマンショックの影響は更に大きく見られるが、他の金属に対して、錫の推移の特異性が分かる。銅をはじめとするベースメタルが、程度の差こそあれ、一様に増加傾向にあるのに対して、錫はほとんど増加していない。原因としてはこの期間に生じた錫の代替の動きにより、錫の使用量そのものが大きな影響を受けたと考えられる。

3. 日本の需給とバランス

 日本の地金輸入量の1990年と2009年の比較を表4と図6に示す。1990年ではマレーシアが輸入先のトップであったが、最近ではインドネシアにその座を譲っている。また、全体輸入量ではこの間で大幅に減少している。また、地金(通関統計上は「錫の塊」)以外に「錫の合金の塊」や「錫の棒・型材および線」などの加工品も輸入されているが、それらの合計は1990年で3.7千t、2009年で1.0千tに過ぎない。

表4. 日本の錫地金輸入

単位;千t
  1990年 2009年
インドネシア 8.6 13.5
タイ 7.3 5.7
マレーシア 12.7 2.3
中国 2.4 0.3
シンガポール 1.4 0.0
その他 0.4 0.3
合計 32.8 22.0
出典;通関統計

図6. 日本の錫地金輸入(単位;千t)

 日本の錫(新地金)の需要量と供給量を図7に示す。供給では、国内での新地金生産は1974年1.4千t→2009年0.9千tと極めて少量であり、輸入がその殆どを占めている。需要面では内需が殆どで輸出が少ない(2009年で0.2千t)傾向が継続している。
 図7からは、1989年頃のピークの後に減少し、更にその後回復し反落しているように見られるが、年毎に詳しく見ると、1998年に供給・需要ともそれぞれ23.3千t・23.4千tと最低値を記録し、2006年に供給・需要とも、それぞれ36.9千t・37.0千tと回復の後のピークを迎え、それ以降は減少している。1998年後の増加の理由はハンダ分野での鉛フリー化の影響が大きいと推定される。
 なお、日本の需給には新地金だけでなく、スクラップリカバリーも含まれ、その新地金に対する比率は1990年頃10%だったものが、2000年頃までには25~30%まで上昇している。ただし、その殆どはハンダ用途である。

図7. 日本の錫需要と供給

出典:「経産省 鉄鋼・非鉄金属・金属製品統計年報」(2001年以前は「資源統計年報」)による。2001年以降は統計方法の変化があるため、需要=前在庫+供給-輸出-後在庫により求めた。

(以下、「中長期的に見た錫の需給動向-2(需要編)」に続く)

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